功を焦って大変な相手に手を出してしまった
勇者暗殺がうまくいかないエルゼムは焦っていた。
勇者パーティーへの潜入に成功したことで簡単に行くはずの任務だったのだが、思いの外失敗が続いていたのだ。
確かに勇者は正面切って戦えばエルゼムよりも数倍は強い。
絶対に気づかれずに初撃で仕留める必要がある。
それでも、凄腕の暗殺者であるエルゼムの見立ててでは、少女である勇者を始末するのにそう時間はかからないはずだった。
だというのに、戦闘中は腕の立つ戦士だというバルボザの目があって中々暗殺に踏み切れずにいたし、それ以外のときはリーヴェはアルムと一緒に居たために狙うことができなかった。
荷物持ちであるアルム程度であれば強引に暗殺を実行することも考えたのだが、偶然なのかいつもアルムが立っている位置が絶妙に邪魔であった。
確実にリーヴェを葬るにはリーヴェが一人の時を狙うしかなかった。
そんなわけで魔王への忠誠が強いエルゼムは結果を出せないでいる現状に強い焦りを感じていたのだが……アルムの追放などという事件が起こってエルゼムは内心ガッツポーズである。
魔王様に良い成果を報告するためにも、いつにも増してリーヴェの暗殺を狙っていたのだった。
「……このチャンスを逃すわけには」
エルゼムは街の外れに来ていた。
ここは人もあまり寄り付かず、ところどころに木が生えていたり草が生い茂っていることから、隠れるのにも適している。
「この作戦が成功すれば……勇者はここに来るはず……」
エルゼムは、リーヴェがアルムに会いたがっていることに気づいていた。
随分とアルムは罵倒されていたように見えたが、アルムが追放されてからというものリーヴェには覇気がない。
そこで、リーヴェを暗殺するためにアルムからの偽の手紙を作ることでリーヴェをおびき寄せようとしていたのだ。
幼稚な手であるが、勇者はまだ子供。
対象にあわせて手段を変えるのも一流の暗殺者だ。
「……来た!!」
そこにやってきたのはリーヴェだ。
怪しまれて失敗する可能性も考えてはいたが、こうもうまくいくとは。
エルゼムは息を潜めて獲物が射程圏内に入るのを待つ。
リーヴェがエルゼムの短剣の射程に入れば、あとは首を取るだけ。
「お兄ちゃん……? どこに居るの……?」
無防備にもリーヴェは声を上げながら近づいてきていた。
射程内に入るまであと5歩……
4歩……
3歩……
2歩……
「お兄ちゃん……?」
1歩……
……捉えた!
エルゼムは隠れていた草陰から飛び出す。
神速の剣閃。
その短剣はリーヴェの首を刈りと……ることはなかった。
「ッ……!!」
勇者の身体能力は想像以上だった。
リーヴェは突然飛び出してきたエルゼムに対応し、身体をずらした。
それによってエルゼムは致命の一撃を当てることに失敗してしまう。
「だ、誰……!?」
「ざまぁないな、勇者」
だが、エルゼムは勝ちを確信していた。
「エルゼム……!? うっ……」
リーヴェが左手で右肩を押さえた。
だが、吹き出る血は止まらない。
いや、それどころか、そこにあるはずの右腕はすでになくなっていた。
……リーヴェの右腕はエルゼムの一撃で切断されたのだ。
そこで初めて、リーヴェは肩を押さえながら地面に自分の右腕が落ちていることを認識した。
「……え……?」
「無様だな勇者。私が魔族だとも知らずに」
リーヴェの呼吸が荒くなる。
一方のエルゼムは、もはや隠れる必要もないと短剣を構えて立っていた。
「いくら勇者と言えどその傷は致命傷。右腕がなくてはまともに戦えまい」
「そんな……」
リーヴェが膝をつく。
勇者であるリーヴェは仮に右腕を失っても、本気で戦えばエルゼムに対抗できる可能性があった。
しかし、それ以前に心が折れていた。
自身の右腕がなくなるような傷などこれまでに負ったことがなかったし、仲間に裏切られたという事実はリーヴェの心を強く抉った。
だからこそ、リーヴェは最後の希望に縋ろうとする。
「そう……そうだ……お兄ちゃんは……?」
「まだ手紙を信じているのか。所詮は勇者と言えどガキだな。あんなもの、お前を呼び寄せるための偽物に決まっているだろう」
「うそ……」
「本当にあの男が居なくなって助かったよ。いつもお前と二人で居たから殺そうにも殺せなかった。追放してくれて手間が省けた」
「う……う……」
リーヴェは自分のせいだと思った。
自分がアルムに対して素直になれず酷いことばかりを言ってきたから、その天罰がくだったのだと思った。
こんな最期を迎えるのなら、あんなことはしなかったのに……
リーヴェの瞳から涙が溢れる。
それは勇者の力に目覚めて天狗になり、仲間の正体すら見抜けなかった自分への情けなさを自覚したからか……
それとも、アルムに酷いことばかり言って横暴な態度ばかりしていた自分の業を認識したからか……
リーヴェの口からこぼれたのは謝罪だった。
「うう……ごめんなさい……」
「なんだ? 命乞いか?」
「ごめんなさい……お兄ちゃん……」
「ふん、諦めただけか。この日が来るまで予想よりも長かった。私は魔族のために勇者の命を貰い受ける!」
エルゼムの神速の一閃。
膝を付き、うなだれているリーヴェに、それを避ける術はない。
確実に勇者の命を葬る一撃……
「痛い目を見て反省したか?」
その短剣は突如間に割って入った一人の男によって止められていた。
……しかも、素手で。
「お兄ちゃん……?」
居るはずのない人物の声に、リーヴェが顔を上げる。
そこに居たのは、確かに追放したはずのアルムだった。
「間に合ってよかった」
「貴様……なぜここに!?」
エルゼムがバックステップで距離を取る。
だが、頭には一つの疑問が浮かんでいた。
なぜあの男は自分の速度についてこれているのか。
どうしてあの男は自分の短剣を素手で止めることができたのか。
思考を加速させ答えを導き出そうとするが、どうしても答えは出ない。
「エルゼム、ここは退いてくれないか。魔王とは話をつけてきた」
「貴様! 魔王様の名を使うとは、なんたる不敬! 勇者もろとも命で贖え!」
エルゼムは疑問を振り払い、持てる全ての力を持って攻撃を仕掛ける。
リーヴェはすでに瀕死だ。
ならば、アルムさえ倒せばすべてが終わるはずなのだ。
「ハッ!」
エルゼムの姿がかき消える。
超高速移動に3段階のフェイントを織り交ぜ、普段は隠している魔法の力で威力まで強化を施した必殺技。
エルゼムが繰り出せる技術と力の極地であった。
その一撃は短剣とは思えぬ破壊力で対象の命を一瞬にして奪い取る……!
「退いてくれないか、と言っているんだが」
「なんだと……!?」
アルムの命を奪うはずだったはずの短剣は、またも素手で止められていた。
それどころか……
「よっと」
バキリ、と掴まれていた短剣の刃が折れる。
「馬鹿な……!? 魔王様から賜った魔鉱短剣が……!」
「そうだ、あれを試してみるか。 ダークネス・チェーン!」
「ぐっ」
アルムが魔法を唱えると、闇の鎖がエルゼムの身体を拘束した。
「これは……魔王様の魔法では……!? どうして貴様が!」
「真似したらできただけだが」
「ふざけるなっ!」
暴れるエルゼムだったが、闇の鎖はエルゼムの身体をがっちりと拘束しており、抜け出せるようには見えなかった。
「リーヴェ、すぐ治療する」
そう言うと、アルムは落ちていたリーヴェの右腕を右肩にあわせる。
「パーフェクト・ヒール」
アルムの身体から魔力が放たれ、傷口を覆う。
そして、次の瞬間には最初から傷などなかったかのようにリーヴェの右腕は元通りになっていた。
「うう……お兄ちゃんごめんなさい……ごめんなさいぃ……」
「今頃謝ったって、もう遅い。だけど、リーヴェはまだまだ子供だ。今のうちだけは遅くたって許されるさ」
アルムはリーヴェを抱き寄せて頭を優しく撫でる。
リーヴェはそれでもアルムに謝っていたが、そのうちアルムの腕の中で意識を失ってしまった。
パーフェクト・ヒールは治癒の魔法ではあるが、大きな怪我を治療した場合には本人の体力を消費する。
右腕が切断されるほどの傷を治したことで、リーヴェは倒れてしまったのだろう。
アルムはリーヴェを抱えてエルゼムとの会話を再開する。
「もう一度言う。魔王と話をつけてきた。リーヴェの暗殺は中止にするそうだ」
「戯言を……!」
「仕方ない……直接魔王の元まで俺が連れて行ってやるから、そのまま少し待っていてくれ」
そう言うと、アルムはリーヴェを連れてその場を去る。
アルムはまずはリーヴェを安全な場所に寝かせてからエルゼムとの決着をつけようと考えたのだった。
……残されたエルゼムは一人でつぶやいた。
「……え? この鎖、あいつが居なくなっても残るの……? これ、もしもあいつが戻ってこなかったら……」
アルムの魔力によって放たれたダークネス・チェーンの持続時間は、込める魔力量によって異なるが解除しなければ3日くらいは維持できる。
アルムはこの後戻ってくるわけだが、そのまま放置されていたら色々と大変なことになっていただろう。
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