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歴戦の衛兵、二刀流のバルジャック

「さて、ここがセルヴァン伯爵邸か」


 エリスの書類に書かれていた日時にあわせて、俺はリーヴェの力を危険視する貴族たちの密会が行われるセルヴァン伯爵邸に来ていた。


 今回、用があるのは3人の貴族たちだ。


 セルヴァン伯爵

 バナード伯爵

 アリウス子爵


 エリスの情報が正しければ、この3人が主導してバルボザにお金を渡し、リーヴェの始末を目論んでいる。


 門の前には当然衛兵が居たが、そんなものは俺にとって関係なかった。


「インビジブル」


 俺の才能による身体能力向上は、勇者であるリーヴェを元にして行われているために魔力も一緒に向上する。

 そのため俺が使える魔法であれば、その効果が強化された状態で使用することができるのだった。


 今回使用したインビジブルは、本来は数秒ほど自身を透明にする効果だ。

 透明と言っても目を凝らせば見えるレベルではあるし魔力の消耗も大きいので、狩りや戦闘をするような職業の人がたまに覚えているくらいの魔法だ。

 しかし、そんな魔法も勇者の10倍の魔力を持つ俺が使えば……


「ん? 今なんか誰か居たような気もするが……気のせいか」


 衛兵が首を傾げながら呟く。


 この通り、俺の姿は完全に透明になっていた。

 加えて、意識していればこの状態を数分ほどは持続させることができる。

 魔王城で魔王の部屋を探すのにもこの魔法を使っていた。


 こうして堂々と門から伯爵邸へと潜入した俺は、密会の現場を探すのだった。


*


「計画は順調ですな。セルヴァン殿」


 小太りのアリウス子爵がセルヴァン伯爵に声をかける。


「今のところは問題なく勇者パーティーに溶け込めているという報告が上がっている。勇者の強さも成長しているようで、魔王討伐もいずれ果たされると」

「それにしても、ここまで先を見据えて動いている者は我々くらいしか居ないのではないですか? フフフフフフ」

「ワハハハハハハ」


 バナード伯爵につられて、その場に居た3人全員が笑う。

 この密会を行っている貴族たちこそ、勇者リーヴェを利用するだけして用済みになったら殺そうとしている悪徳貴族たちである。

 今日までバルボザに金を渡して仲間に引き入れていた。


「魔王討伐さえ果たされれば、あとは帝国の天下。あの小娘は魔王を倒してくれればあとは用済みですからな」

「違いない」

「……そうか、言い残すことはそれだけか?」

「誰だ貴様!?」


 突然部屋の扉を開けたのは冴えない青年だった。


「衛兵は何をやっている!」


 セルヴァン伯爵が怒りをあらわにする。

 少しして、この騒ぎを聞きつけた衛兵が部屋にやってきた。


「バルジャック、そこの侵入者を排除せよ」

「ハッ!」


 部屋にやってきた衛兵はたったの1人。

 その上、一見すると強くなさそうな細身の男であった。

 しかし、見た目に反してこの場にいち早く駆けつけたこの男は手練の戦士である。

 衛兵たちの取りまとめを行っているセルヴァン伯爵自慢のこの衛兵の名はバルジャックといった。


 バルジャックは素早く腰に携えた剣を抜く。

 その数は2本。

 彼の持つ戦士としての才能は【二刀流】であった。


 細く見える身体は、二刀流を利用した素早い技を繰り出すために洗練した結果に過ぎない。

 その強さは世界的に見ても屈指の強さであり、流れるように繰り出される斬撃の威力は常人のそれを越えている。


「ハァッ!」


 バルジャックは侵入者の男に対して、一気に畳み掛けた。

 その速さはまさに達人の領域。

 素人であれば目で負うことすら難しい閃光の一太刀……否、二太刀。


 バルジャックという男はこれまでの戦いでも、この先手必勝の猛攻撃によって勝利を手にしてきた。


 そして、今回も問題なく侵入者の命を刈り取る……はずだったのだが……


「は?」


 重たい金属が床に落ちる音が響いた。


 バルジャックが自らの得物を見ると……侵入者に振ったはずの剣が、両方とも真ん中で折れてしまっていた。

 一体何が起こったのか。


「すまない、すでに防御魔法は発動させている」


 何事もなかったかのようにそう言う男に対し、バルジャックはすぐさま懐から2本のダガーを取り出す。


 バルジャックという男の強さは二刀流という才能だけではない。

 あらゆる場面で貪欲に敵を葬る貪欲さとでも言うべき執念、鍛錬を怠らないストイックさ、状況判断能力……そういうところこそが本質なのだ。


「ならば、これならッ!」


 バルジャックの神速の二連斬撃。


 ダガーになったことで攻撃力自体は劣るが、より一層動きは速くなっている。

 真正面からこの剣閃を見切れる者はこの世に数人と居ないだろう。


 しかし、残念なことにバルジャックの目の前に居たのは見切れる側の人間だった。

 さらに言ってしまえば、男にとって見切る必要などなかった。


「は……? え……?」


 ナイフも折れた。

 何か特別なことをしたようには思えなかったのに、バッキリと。


「馬鹿な、一体どういうカラクリだ!?」

「防御魔法と言ったはずだが」

「対魔のダガーだぞ!?」


 確かにバルジャックの取り出したナイフには特殊な紋様が刻まれていた。

 対魔のダガー。

 それは魔法使いへの対処としてバルジャックが用意していた武器である。


 対魔のダガーはその名の通り、魔法を打ち消す効果がある。

 サイズの問題から攻撃魔法を打ち消すのは難しいが、防御魔法を貫通してダメージを通すには最適な武器であった。


 そのため、防御魔法と聞いてダガーでの戦闘に切り替えたバルジャックの判断は100%あっていたと言えるだろう。

 ただ、相手の強さの見極めができていなかったわけだが。

 いや、これに関してはできなくても仕方ない。


「殺す気はないが、一度眠っていてくれ」


 男はそう言うと、おもむろに拳に握る。

 ただのパンチ……そう判断したバルジャックは腕を交差させて防御態勢をとる。

 確かにただのパンチであっていた……のだが……


「ぐぉあぁッ!?」


 そのパンチを受けた瞬間に、バルジャックは5メートルほど離れた壁までふっ飛ばされて叩きつけられる。 

 受け身を取ろうにも、考える暇もなかった。

 だいたい、こんな男のこんなパンチでこんな威力になるなど誰が予想できる?


 さすがのバルジャックもその衝撃に、気絶してしまったのだった。


「さてと、俺の強さは今見せたとおりだ。勇者パーティーのバルボザの件で話がしたい」


*


「き、貴様、何者だ!?」

「勇者パーティーの荷物持ちだったアルムという者だ」

「荷物持ちだと!? 戯言も大概にしろ!」


 貴族たちにとって勇者リーヴェは重要でも、勇者パーティーの荷物持ちなどいちいち覚えてはいなかった。


「まぁ、説明する気はないが強さに関してはもう分かっただろ?」


 そう言って俺は気絶している衛兵の男を指差す。


「ぐむむ……それで、バルボザの件とは一体何のことだ」

「勇者リーヴェが用済みになったら殺すつもりだったんだろ?」

「何を証拠にそんなことを言っておるのだ! 我々に対する侮辱だぞ!!」

「あくまで認めないつもりか……」


 俺はエリスにもらった書類を取り出して、読み上げていくことにする。


「セルヴァン伯爵、窃盗品の密輸」

「何を言うのだ!」

「バナード伯爵、麻薬の売買と流布」

「なっ、なんのことだ」

「アリウス子爵、上記への協力と脱税」

「ふざけるなっ!」


 これらはエリスが調べてくれた彼らの犯罪行為だ。

 これらの情報があればこいつらを失脚させるのも簡単だろう。

 本当にエリスは優秀だと言う他ない。


「俺ははっきり言ってこれらに関しては興味がない。ただ、バルボザの任を解かなかったら、そのときはこれらの情報を公表する」

「ふん、デタラメだ。第一、勝手に言っているだけで証拠とは言えん」

「すべてこの書類に書かれている。信じないのは勝手だが、リーヴェから手を引かないのならこれらを明るみに出すだけだ」

「だいたい勇者の件など我々は知らん!」

「あくまでシラを切るか……」


 そこで、俺は空中に向かって力を込めて拳を振る。

 同時に魔力を放出し、攻撃魔法として射出する。


 ズガーーーーーン!!!とものすごい音が鳴り響き、その部屋にあったはずの天井が消滅した。

 先程まで天井があったはずの場所を見上げても、空しか見えない。


「…………」


 貴族たちはあんぐりと口を開けながら3人で顔を見合わせていた。


「それでもリーヴェから手を引かないというのなら……」

「何をおっしゃいますか! 勇者からは手を引かせていただきますとも、いや、ぜひ手を引かせてください!!」


 一瞬にして態度が変わった。

 これほどまでの変わり身の早さは逆に驚嘆すべきか……

 世渡りが上手だからこそ悪徳貴族などをやっていられるというわけか。


「すぐにバルボザへの金の受け渡しは中止させていただきます!」

「そうか、それを守ってもらえるのなら問題ない……が、裏切られないとも限らないからな。一応ここにサインしてくれ」


 それは俺が事前に用意しておいた書類だ。

 ここには万が一裏切った場合に、罪を明るみに出す旨が書かれている。


 あくまで保険に過ぎないが、魔王には一度裏切られているからな。


「はい、これでよろしいですか」


 3人が書類にサインをする。

 これで、この貴族たちは保身のために絶対に約束を守るはずだ。

 この証拠があればさすがに言い逃れは出来ない。


「それじゃあ、リーヴェからは早々に手を引くようにしてくれ。頼んだぞ」


 そう言って、俺は屋敷を後にする。


 ……


 残された3人の貴族たちが呟く。


「一体何だったのだ……」

「しかし、なぜあれだけの交渉材料を揃えておいて、要求が勇者から手を引くという一点だけだったんだ……?」

「まぁ……なににしても、あんなのが来てこれだけで済んだのが幸いと見るべきかもしれませんな……」

「どちらにしても、我々には従うという選択肢しかなかった」


 3人は天井があったはずの星空を見上げながら、そう話すのだった。


*


 アルムが勇者パーティーを離脱してからだいたい2週間、想像以上の速度でアルムはリーヴェに迫る危機の元凶を断ち切った。


 確かに魔王はエルゼムに帰投するように使者を送り、貴族たちはバルボザへの送金をやめる手はずを整えていた。


 だが、どうしてもそれらが実行されるにはラグがある。

 特に、魔族であるエルゼムは定期連絡以外で本国と連絡を取るのは難しい。

 魔王はすぐさま人間に完全に擬態できる魔族を使者として送ったが、2週間ではまだエルゼムのもとにたどり着けていなかった。


 そして……運の悪いことに、リーヴェ暗殺のチャンスがエルゼムに回ってきてしまっていたのだった……


評価してくれてありがとうございます!

おかげさまでランキングのすみっこに載れました!

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