変人エリスターレの元を訪ねる
「はぁ……」
勇者リーヴェはアルムが抜けてからというもの覇気がなかった。
「お兄ちゃんが居なくなっちゃったら、勇者だったとしても仕方ないよ……」
そもそも、アルムは実を言えばアルムが居たから勇者としての任もがんばれていたのだ。
アルムに良いところを見せたくて頑張っていたのに、肝心のアルムは居なくなってしまった。
「私がもっと素直だったら……うう……」
後悔先に立たず。
アルムが戻ってくるまで自責の念に駆られるリーヴェであった。
*
「次は帝国貴族だな」
魔王との交渉を終えてから数日、俺は帝国首都へと来ていた。
エルゼムという危険が排除されることになった今、必要なのはバルボザへの対処だ。
バルボザは寡黙で一騎当千の優秀な戦士ではあるが、帝国の貴族から金を渡されて買収されていることを俺は突き止めている。
おそらくだが帝国も一枚岩ではないため、魔王を倒した時のことを考える気の早い貴族連中の仕業だろう。
いち早く魔王が死んだ世界で自分の功績を上げるため、リーヴェの力を狙っているのだろうな。
実際、軍事力では帝国は王国も含む周辺諸国より強い。
リーヴェだけが邪魔な存在だと考えるのも頷ける。
「しかし……ここからは俺だけの力ではどうしようもないな」
直接リーヴェを狙っていたエルゼムが怪しいと思うのは簡単だった。
しかし、身体能力の向上によって様々な魔法を行使できるために諜報能力がそれなりにある俺でも、現時点では完全に仲間を装っているバルボザがスパイだと見抜くのは不可能だ。
では、なぜ俺はバルボザがスパイだと気づくことが出来たのか。
「エリス、居るか?」
そう言って俺は帝国首都の一角にある小さな小屋へと入っていく。
「おぉ! この声は我が盟友にして世界の救世主!」
中から現れたのはボサボサの長いグレー髪に眠そうな目、服装に無頓着なのかバスローブのような服で出てきた女性。
そのバスローブのような服の着こなしはあまりに雑すぎてかなりはだけてしまっており、しっかりと隠すところは隠しているが目のやりどころには困る。
彼女の名はエリスターレ。
俺はエリスと呼んでいる。
「どうしたんだい今日は。 もしかして、ようやく世界の歯車を動かす気になったのかい? 盟友ならばそれができるとも!」
「バルボザの件でな」
「そうかそうか! あの腐った貴族共に正義の鉄槌を下すんだな! 少し待っていてくれたまえ、すでに目星はつけてまとめてあるんだ」
そう言ってエリスは奥へと消えていく。
変わった喋り方をする彼女ではあるが、その実力は信頼できる。
彼女もまた珍しい才能2つ持ちであり、【鑑定師】【占い師】という2つの優れた才能を持っている。
対象の力や価値を測定する【鑑定師】と未来の出来事や吉凶を知る【占い師】は、どちらも利用価値の高い才能だ。
そして、彼女はその双方の力を限りなく使いこなしている。
仮に二人の人物が同じ才能を持っていれば、二人とも同じことができるというわけではない。
才能を使いこなす腕前でその才能を活かせるかどうかが決まってくる。
過去には帝国のお偉いさんから直接スカウトされたこともあるそうだが、変わり者であった彼女はそれを断ってこんな小さな小屋に住んでいるそうだ。
そんな彼女と出会ったのは、まだ勇者パーティーが結成される前……リーヴェに極めて優れた才能があると噂がたった頃だった。
突如リーヴェの元にやってきたエリスは、リーヴェを見るなり「彼女の才はこの漆黒の闇に覆われた世界を切り拓く希望となる!」と言い放ったらしい。
で、リーヴェが変な人に絡まれて困っていると聞き、近所に住む俺はその場に駆けつけたのだが……
エリスは俺を見るなり「なななな!? そんなことがあって良いのか!? 彼こそが世界の救世主! 彼は世界を動かす者となるだろう! さっきの勇者は彼と比べたら取るに足らない存在でしかない!」と言った。
そんな訳のわからない出会いではあったものの、紆余曲折あって彼女とはこのように仲良くさせてもらっている。
……まぁ、向こうから仲良くなろうとしてきたという方が正しい気もするが。
「ふー、おまたせ。せっかく書類にまとめておいたのに片付けが苦手でね。ほら、この一番前の紙に書かれている3人の貴族がその件の主導者だよ」
エリスから何枚かの書類を受け取る。
軽く目を通すと、バルボザに金を渡している貴族の名前が書かれていた。
加えて、それらの貴族が行っている悪徳行為まで……
確かに【占い師】や【鑑定師】の才能はこういう悪事を露呈するのに役立ちはするが、精度はまちまちで信頼されていない。
それに、証拠まで含めてここまで調べ上げるのは簡単ではない。
エリスがただ者ではないということはこの書類が物語っていた。
「そういえば、入らないのかい? もてなす準備はできていないが、紅茶くらいは出すよ」
「前回もそう言ってティーカップが見つからなかったじゃないか」
「そうか……言われてみればたしかにそうだった。さすがは盟友!」
「お前がズボラなだけだろう」
「片付けは楽しくないから仕方がないだろう! 人生は短いんだ。自分のしたくないことをしている暇なんてない!!」
「やれやれ……」
そう言って俺は中へと入ることにする。
中は片付けなどされていない酷い惨状ではあったが、実はこれでも以前俺が片付けたからマシになっている方なのだ。
「少し片付けをしてやる」
「いくら君が盟友とはいえ、世界の救世主様に片付けをさせるのは忍びないね」
「仮に俺が世界の救世主なら、お前をゴミ屋敷から救うくらいのことはできないとな」
「盟友~~~~!!!」
エリスは、俺に役立つ情報などを基本的に無償で渡してくれる。
なぜかと言えば、それは俺が「世界の救世主」でエリスの「盟友」だからなのだそうだ。
イマイチ分かっていないが、せめて片付けくらいはしてやらないと。
黙々と掃除を始める俺。
以前はエリスも手伝おうとしたのだが、片付くどころかみるみるうちに散らかっていったので今回は大人しくしているようだ。
しばらくして……
「おぉ! 見違えたね! 世界の危機はこうして救われた!!」
「まぁ、せいぜい散らかさないように気をつけてくれ」
「もちろんだとも盟友!」
キラキラと良い顔で返事をするエリスだが、どうせ数日もすれば元通りになることは経験上分かっていた。
「じゃあ、俺は貴族にお灸を据えに行ってくるよ」
エリスから渡された書類を持ち、エリスの家を後にしようとする。
すると、エリスから呼び止められた。
「少し待ちたまえ、その書類の3ページ目の23行目を読むんだ」
言われたとおりに渡された書類の該当箇所に目を通すと……
「3日後にセルヴァン伯爵邸で密会……?」
「そうなのだよ、情報によれば3日後に丁度そこに書かれている貴族3人がすべて揃う密会を行われるはずでね。今から行くよりもそれを待つべきだ」
「なるほど……」
「君ほどの力があれば闇の粛清は簡単に終わるだろう。それでも、一人ひとり対処していたら警戒されないとも限らないからね。まとめて叩くのが良いさ」
「ありがとう、そうするよ」
「なに、礼には及ばない。盟友に支援は惜しまないさ。ところで……」
「ところで?」
「今からだと2日空くだろう。ちょっと付き合ってほしいことがあるのだが」
ふむ……確かに3日後に密会があるということは、2日は暇だ。
リーヴェのもとにいち早く戻ってやりたい気持ちはあるが、今から個別に各貴族のところを回っていたのでは3日以上かかるだろう。
どちらにしても密会のときを叩くのが早いということであれば、確かにここから2日は暇ということになる。
エリスには世話になっているし、問題はないか。
「構わないぞ」
「そうか! そうか! 行きたいところがあったんだ」
見るからに上機嫌になるエリス。
エリス帝国に住んでいるのだから、別に行きたいところがあるのなら一人で行けばいいと思うのだが……
まぁ、一人では行きづらい場所なのかもしれない。
「ほら、見てくれよ盟友~! 実は近くにクレープ屋というものができたそうなんだ。どうやら、最近新しくできたスイーツらしくてな」
「それくらいなら、一人で行けばいいじゃないか」
「盟友は分かっていないな! 喜びを分かち合う相手が居なくては感動も半減してしまうというものだよ。一人じゃあダメなんだ」
エリスが妙に力説してくる。
だが、一人よりは二人の食事のほうが楽しいというのは事実だ。
「分かったよ。じゃあ明日そこに行ってみよう」
「じゃあ、明日の昼頃に訪ねてきてくれたまえ。お昼を一緒に食べてからそのお店に向かうことにしようではないか」
そういうわけで、俺は貴族の元に向かう前にエリスの買い物に付き合うことになったのだった。
ちなみに、2日かけてクレープ屋に留まらずかなり色々なところを連れ回されたが、それなりに楽しかったので良しとする。(リーヴェの身に何か起こってないかだけ心配だったが……)
エリスもエリスで終始上機嫌だったので良かった。
後生ですから評価してください。
この作品の他に
『魔法師学園の無能と呼ばれた最強魔術師〜魔法が使えず追放された俺、封印されてた幼女悪魔との契約で使えるようになった魔術でS級冒険者として成り上がる。今さら特待生にするから戻ってこいと言われてももう遅い〜』
という作品も投稿しているので、良かったら読んでください!