魔王は涙を飲むしかなかった
俺の職業は【保護者】と【分からせお兄さん】である。
【保護者】は俺が生まれつき持っていた才能【警護】が進化したものだ。
才能はたまに進化することがあるらしいが、その条件は分かっていない。
俺はリーヴェを見守っているうちにこの才能を手に入れた。
【保護者】の発動条件は「保護対象を守ろうとするとき」であり、効果は「最低でも保護対象の2倍の身体能力となるように身体能力が向上する」である。
珍しい才能ではあるが、これ単体では中々使いづらいだろう。
だが、俺にはリーヴェを見守っていたことで後天的に目覚めた【分からせお兄さん】の才能がある。
これもまた驚異の力を持っている。
その効果は「特定の条件下で身体能力が5倍になる」というもので、破格の強化効果と言っていいだろう。
この条件については俺の才能でありながら俺自身も分かっていないのだが、体感では常に発動している感じだ。
【分からせお兄さん】という言葉だけが浮かんできたので、言葉の意味から想像するしかないのだが……「分からせる」という言葉の意味から考えれば誰かに何かを教えるお兄さんということだろうか?
だが、別に俺は教師のようなことは一切していないはずなのだが……
正直、これに関しては謎が多い。
何にしても、この2つの才能が合わさることで俺は無敵の力を手に入れている。
【保護者】によって勇者の2倍の力を持ち、【分からせお兄さん】によってそれが5倍に強化される。つまり、勇者の10倍の力。
一人で人間と魔族のパワーバランスを変える存在である勇者の10倍ともなれば、もはやその力は自分で言うのも恥ずかしいが「最強」と言いきっても良い。
明らかに異常な才能であることから、もしかしたら勇者であるリーヴェを見守ってきたことがなにか関係しているのかもしれない。
例えば、勇者の才能自体に他人の才能を強化する隠された力があるとか……
とにかく、そんなわけで俺は勇者の10倍の力というわけだ。
「そんなことがありえて良いのか……!?」
話を聞いた魔王は口を開けて驚いている。
「事実、俺の力は目の前で見せただろう」
「そんな強い者が居たら魔族は一瞬で滅びてしまう!」
「滅ぼせるのかもしれないが、そんなつもりはない。俺はリーヴェが平穏に育つことが一番の願いなんだ。先程も言ったが魔王には生きていてもらわなくてはならない。魔族が滅べばリーヴェの力は戦争に利用される」
「ふうむ……」
魔王は顎に手を当てて考え込む。
「ではお主は、魔族がリーヴェに危害を加えなければ、勇者の動きを制限してくれると、そう言うのじゃな?」
「そういうことだ。正直言えば、勇者パーティーは解散すべきだと思っている。リーヴェは勇者の才能を持ってはいるが、戦いなんていう危険な場所に身を置いてほしくはない」
「そういうことであれば、その提案を受ける他に道はあるまい。だいたい、お主の言っていることが本当であれば、どちらにしてもお主の気分一つで魔族は滅びることになる。仮に、わしがこの提案を受けなかったらお主はどうする気なのじゃ?」
「そのときは、力ずくで……ということになるな」
「ほらー、もー! こんなの受けるしかないではないかぁ!! お主は交渉と脅迫を履き違えておるのではないか!?」
魔王は頭を抱えながらそう叫んだ。
「あくまで交渉だ。平和的に交渉しないと裏切られる可能性があるからな。そしたら、俺はいいがリーヴェに危害が加わる可能性がある」
「リーヴェリーヴェって、お主はリーヴェが良ければそれで良いのか!」
「まぁ……そういうことになるな」
「これは……重症じゃな……。まぁ、わしらにとっての最大の脅威がコレで助かったとも言うべきじゃろうか……」
「なんか言ったか?」
「いや、何も言うておらん! とにかく! 今すぐエルゼムには任を解くように伝令を出す。定期連絡ではないから少々時間はかかるが、近いうちにエルゼムを引き上げさせることを約束しよう」
「では、そのように頼む」
無事交渉は成立した。
これでリーヴェが暗殺される心配はなくなり、勇者パーティーの解散に一歩近づいた。
「……もう行くのか?」
「そのつもりだ」
「では、わしが外まで案内しよう」
そう言って、魔王は俺を外まで案内する。
途中、何体かの魔族に出会って驚かれたが、そこは魔王が対応してくれた。
門を抜け、俺と魔王は魔王城の外に出る。
「それじゃあ、エルゼムの件は頼んだぞ」
そう言って、俺は魔王と別れた……のだが……
「今じゃぁぁ!!! アルティメット・ダークネス・ストリーム!!!」
背後から放たれたのは、すべてを無尽蔵に飲み込む圧縮された闇。
上空から俺に向かって破壊の奔流が顕現する。
「いくら強いといえど、無防備な状態からこれをくらえばただでは……」
「そこそこ痛かったからやめてくれ」
「なぁァァァ!?!?」
今のはかなり痛かった。
だが、耐えられないほどじゃない。
勇者の10倍に強化された俺の身体は、無防備だろうとなんだろうと魔力によって保護され続けている。
「もう……終わりじゃ……すまぬ魔族のみんな……わしのせいで魔族は滅びるんじゃぁぁぁ」
「だから滅ぼす気はないと言っているだろう。ただ、今みたいに裏切られるようだと話は変わってくる。次はないぞ」
「はい、はいぃぃ! すみませんでしたぁ……。いますぐにエルゼムには伝令を出すのじゃぁぁ!!」
「絶対に、リーヴェを先に狙おうとか考えるなよ。もしそのときは……」
「分かってます分かってます! 約束は違えたりしないのじゃ!!」
もはや頭を地面にこすらせそうな勢いだったので、俺はさすがに大丈夫だろうと判断してその場を後にしたのだった。
……
残された魔王ゼクスが呟く。
「……あの男は魔族にとって脅威じゃが、従っておれば危険はなさそうな気もする……。とにかく刺激せずに要求を飲むしかあるまい……」
その背中には理不尽な力を目の前にした哀愁が漂っていた。
「今日はパンケーキもう一回作ってもらおうっと……」
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