その頃のリーヴェは不安に苛まれていた
……禁忌領でアルムと謎の少女が戦いを繰り広げている頃、リーヴェは一人で街を歩いていた。
いつもなら勇者としての責務を果たしている時間だが、エルゼムに襲われた一件以来エルゼムは居なくなってしまったから勇者業は一時休止中だ。
だが、リーヴェにとってエルゼムが居なくなったことが問題ではない。
「お兄ちゃん、どこに行っちゃったんだろう……」
リーヴェのことを守ってくれたアルムは「もう少し待ってくれ」というセリフを残してどこかへ行ってしまった。
あのときのアルムはいつもどおりの優しいアルムだったので安心したリーヴェであったが、アルムが居なくなればまた不安が蘇ってくる。
実を言えば、エリスに禁忌領の情報集めを頼んだアルムは、自分でもエリスが指定した3日という期間の間に情報集めを行っていたのだ。
アルムは身体能力とワープを生かして遠方まで情報を集めに行っていたため、リーヴェのもとに戻ることは出来なかった。
「……いや、ダメだよね。リーヴェが弱気だとお兄ちゃんが心配しちゃうよね」
リーヴェは自分の頬を両手で叩く。
あのとき、アルムには「いつもと違う」と心配されてしまった。
アルムを心配させないためには、早くいつもの調子に戻らなくては。
ただ、リーヴェの胸中にはあれから一つの不安が渦巻いていた。
「もしかして……本当にお兄ちゃんに嫌われちゃったんじゃ……リーヴェは必要ないんじゃ……」
リーヴェは自分に勇者の力があるから何をやっても大丈夫だという思いが多少なりともあった。
しかし、アルムの力は明らかにリーヴェの【勇者】をも越えていた。
リーヴェの焦りはアルムがこのまま居なくなってしまうのではないか……そういう考えから来ていた。
「お兄ちゃんに戻ってきて貰うにはどうしたらいいんだろう……」
実を言えばアルムがリーヴェの元を離れるなんてことはほぼ考えられないのだが、リーヴェはそれを知らなかった。
一体どうやったらお兄ちゃんは戻ってきてくれるだろう……
リーヴェは思考に耽りながら、特に目的地もなく街を歩いていた。
そして、そのまま歩き続けてリーヴェがふと周囲を見渡すと、そこは普段は来ないようなスラム街であった。
人通りは少なく、閑散とした通りだ。
そのときであった。
「ひっ、ング! ンーーー!!! ンッ……」
誰かの声が聞こえた。
リーヴェは声がした方に向かってみると、細い裏路地の奥に二人の人影が見える。
一人は男、一人は女だった。
男は女の口を手で押さえ、もう片方の手で女を殴っているように見えた。
それを見たリーヴェは思わず女の人を助けようと走っていく。
それに気づいた男は女の腹部を殴って気絶させると、リーヴェの方を向く。
「小娘が何の用だ?」
「今、その人を殴ったでしょ」
「あ? だったらどうしたって言うんだ?」
男は殺気を放ちながら話を続けようとする。
しかし、リーヴェはこれまで魔族との戦いに身を置いてきたのだ。
この程度の殺気などなんともなかった。
「一方的に人を傷つけるなんて、どうもこうもないよね?」
「あぁん……?」
男がパキパキと拳の骨を鳴らす。
「ガキが……舐めてると潰すぞ」
「ふーん、やってみたら?」
「よほど死にたいらしいなァッ!!」
男はリーヴェ相手だろうが容赦なく本気で殴りかかってくる。
しかし、相手が悪かったと言わざるを得ない。
リーヴェはただ一歩下がる。
それだけで良かった。
「あれぇ~? 当たってないけどぉ?」
挑発するようなことを言うリーヴェ。
リーヴェはメスガキのような発言をこれまでに繰り返してきたため、自然とこのような言葉が出てしまうのだ。
特に戦闘等の集中するような状況になれば、自然と口をついて出てしまう。
「オラァァァァ!!!」
ビキビキと青筋を額に浮かべた男が再度殴りかかってくる。
3発、4発……
しかし、そのどれもがリーヴェには当たらない。
当たり前だ。
男はただのチンピラ。
勇者であるリーヴェに攻撃が当たるはずもなかった。
「あれれ? そんなよわよわなのにリーヴェに殴りかかってきたのぉ? いくらなんでも恥ずかしすぎない?」
「クソッ、クソッ、ふざけんじゃねぇぞォォ!!」
男はついになりふり構わず懐に忍ばせたナイフを取り出した。
だが、拳で当たってないのにナイフを取り出したところで当たるわけがない。
リーヴェは細い裏路地でありながらもひょいひょいと避けていく。
「はぁ……はぁ……」
「うそ!? もう終わりなの!? 雑魚すぎでしょ!?」
男はギリリと奥歯を噛んでリーヴェを睨みつける。
「仕方ないからリーヴェは動かないであげる。そのままじゃ帰れないもんね?」
「そんなに死にたいなら、殺してやるよぉォォ!!」
男は吠えながらナイフをリーヴェに振り下ろす。
だが、リーヴェはすでに防御魔法を使っている。
そもそも、魔力で強化された身体にチンピラの持つチンケなナイフでは大した傷は負わせられないだろう。
振り下ろされたナイフはガキンとリーヴェの肌の表面で止まってしまう。
「クソッ! クソッ!」
男は何度もナイフを振るが結果は同じだ。
「ガキのくせに魔法使いか……クソ、邪魔しやがって。覚えてろよ。次に会った時はお前を絶対に殺してやる。後悔させてやるからな!」
「何度来ても無駄だと思うけどー」
男は勝てないことを悟り、捨て台詞を吐いてどこかへ消えていく。
リーヴェは殴られていた女の人に近寄った。
みすぼらしい格好をした女の人は気絶していたが、命に別状はなさそうだ。
一応リーヴェはヒールの魔法をかけ、その場を後にする。
しかし、良いことをしたはずだが、リーヴェの心は晴れなかった。
そもそも、本当にあのチンピラのような男が悪者だったのかなんてリーヴェには知る由もない。
悪そうだったし実際に女の人に手を出していたから追い払ったというそれだけだ。
ここにはその行為を褒めてくれるアルムは居ない。
いくら勇者の力があっても救えるのは目の前に居る人だけ。
それに、エルゼムにも不意をつかれて殺されかけた。
自分の力なんてアルムの足元にも及ばない。
勇者などと祭り上げられているが、自分は弱いのではないか。
自分には何も出来ないのではないか。
そんなネガティブな思考がリーヴェの頭を支配していた。
人というのは一度ネガティブな思考に入ってしまうと、そこから抜け出すのは難しい。
それはいくら力をもつ勇者であろうが変わらない。
リーヴェはエルゼムの一件で受けた心の傷と、思い知った無力さからそのような負の思考へと陥ってしまっていた。
……本当は、アルムはリーヴェの元に居てあげるべきだったのだ。
しかし、アルムはリーヴェの平穏を取り戻そうとするあまり、リーヴェ自身の気持ちという最も大事な部分を見落としていた。
二人は互いを大事に思っていたが、その思いは致命的にすれ違っているのであった。
「ククク……勇者……ようやく見つけた」
そんなリーヴェを影から見ていた者が一人。
黒尽くめの服装をしたそいつは勇者であるリーヴェを見ながら、そうつぶやいたのであった。
先に宣言しておきます。
最終的にハッピーエンドにします。




