魔獣の王と謎の少女
「もしかして……あれか?」
意外にも俺は禁忌領内で魔獣王らしき魔獣を早々に発見することが出来た。
今は身を隠して背後から様子をうかがっている。
「人型で全身が硬質化していて大きな個体……ここに来るまでに何体か同じ種類の魔獣を見たが、あいつは圧倒的に大きいな」
のそのそと歩いていくその魔獣は、目視で自分の身長の3倍くらいはありそうな巨躯を誇っていた。
そして、全身は宝石のようなもので覆われていて、どちらかと言えばゴーレムなどに近い見た目となっていた。
早々に見つけられたのもこの大きさが目立っていたことが大きい。
禁忌領には様々な木が生えているようだが、俺がこいつを見つけた場所では木よりもこいつの方が大きかったほどだ。
「それにしても、この方向は戻る方向か……」
魔獣の王を見つけた俺は常に背後を取るようにしてついてきたわけだが、魔獣の王は魔族領の方へと向かって歩いていた。
動きは緩慢だが、一歩が大きいので想像以上に速い。
しばらく歩き続け、かなり魔族領に近いところまでやってくる。
……ん、ここは。
記憶をたどってみれば、ここは狼の魔獣を倒した場所だったはずだ。
前方には倒したときのまま魔獣の死体が残っている。
魔獣の王はゆっくりとその魔獣の死体へと向かっていき、かがんだ。
「仲間が死んだことを知っていたのか? それとも、偶然歩いていたら死体を見つけたから様子を確認したという感じか?」
魔獣の王はかがんだまま動かない。
背後からでは何をしているのか分からなかった。
……仕方がない。前方から様子を見てみよう。
俺は見つからないように慎重に回り込んでいく。
周囲にはまばらではあるが木々が生えているし、岩などもある。
ちなみに、インビジブルの魔法は一度試したのだが、魔獣の特性なのか姿が消えているにも関わらず場所を見破られたので使っていない。
資料にも魔法への感知能力が高いとあったから、それなのだろう。
音を立てないように横まで回り込むと、ようやくかがんだ魔獣の王が何をしているのかが見えてくる……
「……は?」
思わず間抜けな声が出てしまった。
それほどに衝撃的な光景だったのだ。
なんと、魔獣の王はかがんだまま少しも動いていなかった。
そして、なぜか魔獣の死体の前には黒髪の少女が立っていたのだ。
しかも、裸に見える。
少女はなにやら魔獣の死体を前にして、考えごとをしているようだった。
ときたま魔獣の死体の様子を確認して、頷いたり首をひねったりしている。
一体なぜあのような年端も行かないような少女が禁忌領に?
そして、何をしているんだ?
なぜ服を着ていないのだ?
そもそも、あんな少女は居なかったはずだ。
どこから現れた?
様々な疑問が俺の頭の中で浮かんでくる。
しかし、現時点でそれらの疑問に答えを見つけるのは難しそうだ。
何にしても、少女と動かなくなった魔獣の王、何らかの関係があるのは間違いないだろう。
であれば、リーヴェのために俺が取るべき行動は一つだ。
「そこの子、一体こんなところで何をしているんだ」
「……!?」
少女の正体を確かめる。
堂々と声をかけると、少女はビクッと身体を震わせてこちらを見た。
赤い瞳と目が合う。
そして、次の瞬間、少女はバックステップで飛び退き「魔獣の王の中へと逃げ込んだ」
いや、魔獣の王の中に逃げ込むという表現が正しいのかはわからないのだが、魔獣の王の中に入ったようにしか見えなかった。
とにかく、少女は魔獣の王の元へと飛び退き、そして魔獣の王の中に入っていったように見えたのだ。
「グォオオオグォォオオオグォォオオオオ!!!!!」
少女が消えた途端、今までかがんだまま動いていなかった魔獣の王が吠えた。
顔まで宝石のようになっているそいつの口は動いていない。
どこから声が出ているのか。
だが、明確に殺意を持って魔獣の王がこちらへ向かってきていることは分かった。
その動きは狼の魔獣と比べると緩慢だが、それでも速いと言っても良い。
なにより、巨体であるために緩慢に見える動作でも想像以上の速度だ。
実際、俺と魔獣の王の間はそれなりに距離があったはずなのだが、たったの数歩で距離を詰められていた。
「グォォォ!!」
ブンッと宝石のような重量感のある拳が振り下ろされる。
俺はそれを横に跳ぶことで避けたが、轟音とともに拳を打ち付けられた地面は大きくえぐれていた。
……あれをまともに食らえば俺でもただではすまないだろう。
「グォォォォォ!!!!」
続けざまに魔獣の王が拳を振り下ろしてくる。
両の拳からその攻撃は放たれ、次々に地面に穴をあけていく。
俺はそのすべてをかわしていた。
……当たればただではすまないのは事実だが、これなら当たることはない。
勇者の力はあらゆる身体能力を向上させる。
俺の場合はそれがそのまま10倍になっているだから、スピードだって相当なものである。
「グゥゥゥゥ……グォオォ!!」
今度は魔獣の王はフェイントを入れて拳を放ってきた。
俺が回避する先を狙って、拳の軌道を変えてくる。
「ふっ」
ドスンという鈍い音が響く。
俺は掌底で、魔獣の王の拳を相殺していた。
魔獣の王は予想外の衝撃に少しよろける。
……確かに「まともに食らえば」ただではすまないと言った。
しかし、真正面の戦闘においてまともに食らうなんてことは稀だ。
防御、攻撃による相殺、魔法による軽減など、様々な手段で身を守れる。
そして、俺はよろけた魔獣の王の隙を逃さなかった。
「くらえっ」
俺が放ったのは跳躍からの蹴りだ。
斜め前へと飛び、腹部を蹴りつける予定だったのだが、それを魔獣の王は左の腕でガードした。
そのため、腕に向かって全力の蹴りを放った。
魔獣の王の硬質化した腕に蹴りが当たった瞬間……
バリーン、とガラスが砕けるような音がした。
「グォア……?」
着地してから魔獣の王を見てみれば、完全に左腕が砕けているではないか。
俺としてもこれは予想外だ。
魔獣の王というから生物に近いのだと思っていたが、これではどちらかと言えば本当に宝石のゴーレムと言ったほうが正しいだろう。
砕けた腕から血が出るということもなく、魔獣の王は芯まで硬質化しているようだった。
「グォオ……」
魔獣の王はそのままよろよろと後ずさりすると、残った右腕を地面につけてしゃがみこんだ。
魔獣の王の動きが止まる。
一体なんだ……
「……まさか、わたしのお家を壊せる人が居るとは思わなかった」
突如、魔獣の王の腹部から先程の少女が現れた。
やはり、間違いなく魔獣の王の内部から現れているようだ。
少女は赤い瞳で真っ直ぐこちらを見つめている。
正面から見ると、少女はほぼ裸に近かったが裸ではないようだ。
魔獣たちと同じような硬質化した宝石のようなもので要所は覆われている。
少女がゆっくりと口を開く。
「でも、どうせおまえもわたしより弱い。死んでも文句言わないでよ。わたしの領土に勝手に踏み入ったのはあなたなんだから」
そう言い終わると、少女のまとう雰囲気が変わった。
放たれているのは殺気か。
間髪入れず、少女は右手を高く掲げて魔法を唱え、その手を振り下ろした。
「イクシオン・ノヴァ!!」
次の瞬間、俺の視界すべてが爆ぜた。
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