禁忌領に足を踏み入れる
「お、何じゃ? 今日もパンケーキかの?」
「いや、今日は禁忌領に向かうためにここに来た」
俺は今、魔族領に来ている。
禁忌領に最も近いのはこの魔王城の位置だ。
ここから禁忌領までは一度も行ったことない場所になるので、徒歩で行かなくてはならない。
「そうか、例のパンケーキが好きな人間……ええと、エリスと言うたか……は、元気にしてるかの?」
「ああ、彼女が禁忌領の資料を集めてくれたんだ」
「そうかそうか、また必要なら、いつでもパンケーキを用意してやるのじゃ」
この前来たときにエリスのことを伝えると、魔王は「パンケーキが好きとは分かっておるのー! わしは見る目がある者は好きじゃ!」とエリスのことをえらく気に入ったようだった。
どうも、このパンケーキは魔王が特別にシェフに作らせたものらしく、純粋にパンケーキが美味しいと言われて嬉しかったらしい。
「それは助かる。エリスが喜ぶだろう」
今度エリスも連れてきてやろうか。
ワープは他人にかけることができないから難しいかもしれないが……
「……それで、禁忌領のことじゃが、魔族の文献には大した情報が残っておらんかった。力になれなくてすまないの」
「そうか、ダメ元で聞いていたから仕方ないな。それじゃあ俺は禁忌領に向かうことにする」
そう言って、俺は禁忌領へと出発することにした。
果たして魔獣がどれほどのものなのかは俺にも分からない。
歴代の英雄たちや魔王ですら手出しできなかったという存在がどれほどのものなのか……
だが、リーヴェを守るためであれば魔獣だろうがなんだろうが、黙らせてやるしかない。
俺の才能はリーヴェが居たおかげで目覚めたと思っているし、実際の所リーヴェがいるからこそ力を発揮できているのだ。
リーヴェのために全力を使うのがスジってもんだろう。
*
「ここからが禁忌領……」
俺がたどり着いたのは明らかに異様な雰囲気の漂う土地だ。
魔族領の森の中を通ってきたのだが、木々がこの土地を堺にすっぱりとなくなっていた。
丁度この境界線で森を切り取ったかのようだった。
地面を見れば土の色が少し変わっているようにも見える。
だが、異様さの原因はそれだけではない。
視界の通る前方に目をやればその原因は一目瞭然だ。
「あれは……結晶化しているのか?」
禁忌領となる前方にもポツポツと木が生えているのだが、そこにある木々は樹皮の一部が結晶化しているように見えた。
さらに、地面にも少々結晶のようなものが混ざっているようだ。
あの結晶に関する報告もエリスがまとめてくれたデータには存在していた。
確か、調査隊が持ち帰って検査したところ魔力の反応があったらしい。
しかし、現在の技術では利用することも難しいということで、それ以上のデータは取らなかったようだ。
俺は禁忌領へと一歩を踏み出す。
「まずは資料にあった魔獣の王とやらを探してみるか」
*
「ふっ」
俺は拳を小さく振り抜いた。
「グギュァアアァァァァ」
そいつが後方へと少し吹っ飛び、着地して吠える。
……こいつが魔獣、狼のような見た目をしたそいつは、普通の狼よりも一回り……いや、二回りほど体躯が大きい。
四足歩行の状態で俺の身長と同等くらいの高さがある。
白銀の毛並みは美しくあるが、特に目を引くのは背中の結晶部だ。
資料にあったとおり、背中の一部は宝石のように硬質化していた。
体勢を整えたそいつは地を蹴ると、鋭い爪を振り上げて襲いかかってくる。
巨大な体でありながらこの速度、確かに勇者であろうと厳しい相手だろう。
ギリギリ戦えないことはないと思うが、こんなのがわんさか居るということなら絶望的だ。
「はっ」
だが、俺は勇者の10倍強い。
俺はあえて前方へと踏み出す。
そして、腹下に潜り込むようにしてアッパーを決めた。
「グギャアアアァァ」
今度は先程のような様子見ではない。
本気の一撃だ。
魔法のほうが威力が出るかもしれないが、こっちの方が慣れている。
勇者パーティーでは魔法を使わないように立ち回っていた。
もちろんあのときは武器を使っていたが、生半可な武器では本気を出したときに壊れてしまう。
それに、エリスが集めてくれた資料によれば魔獣は魔法の感知能力が高いとあった。
あまり派手に魔法を使えば感知される恐れもある。
だから、拳で戦っているというわけだ。
……そいつは上空へと吹っ飛んでいき、しばらくすると落下して地面に叩きつけられる。
果たして倒せたかどうかが不安だったが、落下した後そいつはピクリとも動かなくなる。
背中から落ちたせいか、背中の結晶は粉々に砕けていた。
さすがにあれだけの衝撃を与えれば動かなくなるようだ。
そのとき、どこからか今倒したのと同じ狼型の魔獣が現れる。
「グルルルルル」
しかも、今度は3体。
おそらく問題なく倒せるとは思うのだが、ちまちまと1体ずつ狩っていっても仕方がない。
魔獣の強さも少しは知れたことだし、ここは魔獣の王とやらを探した方が建設的だろう。
俺は逃げるようにして禁忌領への奥へと向かった。
*
禁忌領のとある場所……
「わたしの創った生物が壊された……?」
人間や魔族が寄り付かないはずのこの地に居たのは一人の少女だった。
「なにか予想外の事故かもしれないけど、確認はしないとね」
少女が居たのは四角い部屋のような場所だった。
少女は立ち上がり、何やら台座のようなものの前まで歩いていく。
淡い光に照らされ、少女の長い黒髪が揺れた。
少女は右手を台座のようなものに置くと、何やら集中した素振りを見せる。
すると、少女が居た部屋が少し揺れ始めた。
「おまえらはここに残ってなさい。わたしは狩りに出るから」
少しして、他に誰も居ない空間で声を上げた少女。
一体、この少女は何をしているのか。
……禁忌領にはまだ謎が残っている。
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