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僕の接待プレイに地球の命運がかかっている件 〜ポンコツ恐怖の大王はボードゲームがお好き〜

 毎週金曜、午後七時。

 地球の運命は、僕の手にゆだねられる。



「はーあ……」


 僕、こと須野江遊真(すのえゆうま)は、自宅のリビングで盛大なため息をこぼした。

 三階建ての一軒家には僕以外に誰もいない。つい半年ほど前に父の海外赴任が決まり、それに母がついていって、おまけに僕は一人っ子だ。


 思春期の男子高校生にとってはまさに天国のようなシチュエーション。

 隣の家の幼馴染だったり、いい感じになった後輩だったり、図書館でいつも一緒になる物静かな先輩だったり、そんなヒロインを連れ込み放題なのである。惜しむらくは僕の周囲にそうした肩書を持った登場人物が皆無ということだ。


 今は金曜日の夕方だった。

 本来なら明日からの休みをどう過ごそうか考えて、テンションが上がってしかるべき時間帯。


 おまけに窓の外に広がっているのは胸がすくような夕焼け空だ。実に清々しい。

 それなのに、僕は薄暗いリビングでひとり頭を抱えていた。


「今日はどれでいこうかなあ……結局ひと晩悩んでも決まらなかったし」


 そんなことをぶつぶつとつぶやきながら、目の前のローテーブルをにらむ。


 テーブルの上に広げられているのは一冊の古びた本。

 そして、多種多様なボードゲームだ。

 色とりどりの絵が描かれたゲームの山は本来ならわくわくすべきものだろう。


 それなのに、僕の心は一向に躍らない。

 またひとつ、リビングにため息が降り積もった。


 僕の父親はいわゆるボードゲームマニアだ。

 家の書斎には大量のコレクションが所蔵されていて、その品ぞろえは国内外を問わず幅広い。海外版やら一般市場には流通していない同人ゲーム、絶版となってプレミアがついた貴重なものまで取り揃えてある。


 そして僕は今……そのうちのどれで遊ぼうか、真剣に考えをめぐらせていた。

 きっと人はくだらない悩みだと笑うだろう。

 だが僕にとっては死活問題なのだ。なんたって……地球の運命がかかっているのだから。


「できるだけ単純なものがいいんだけど……いやでも、あまり単純すぎるとすぐ勝負がついちゃうし……うーん」


 思考の迷路に落ち込んだ僕に、時間を気にする余裕はなかった。

 やがて、柱時計が時を告げる。


「わーーーーーははははははは!」

「っ……!」


 リビング一帯に響き渡る、甲高い笑い声。

 それと同時、テーブルの上の本がまばゆい光を放ち始める。

 しかし僕は慌てない。いつものことなので、素早くサングラスを装着し、光が収まるのを待つだけだ。やがて光は、ふたつの人の形を取り始める。


「星よ、戦慄け! 跪け! 汝の繁栄はこれにて潰える!」


 小柄な人影が高らかに声を張り上げる。

 金色の髪を長いツインテールにした美少女だ。

 小ぶりな顔に、くりくりと大きな瞳が印象的。

 身にまとうのはビキニ……らしきなにかである。肌の露出が非常に多く、胸やお尻、最低限の場所しか隠せていない。それに黒のマントを羽織って、棘のついた星球鎚矛……モーニングスターを担いでいる。コスプレ会場で大量のカメコに囲まれそうな格好だ。


「……」


 もうひとりは大人の女性だ。

 銀の髪を短く切りそろえ、イギリス調の楚々としたメイド服に身を包んでいる。

 こちらもなかなかの美人なのだが、整った顔はにこりともせず愛想のかけらもない。女性は少女に付き従うようにして、その後ろで控えている。


「エントロピーの導きに従って、これより汝らの四十六億年を無に帰さん! そう! 我こそは星の処刑執行人!」


 少女は胸を張って謳う。


「第六百六十六番星砕(せいさい)執行人! ミラ・アンゴル=モア様である!」

「……やあ、ミラ」


 そんな非常識の塊を、僕は軽く手を挙げて出迎えた。

 突飛な服装にも、ド派手な登場にも、今さら驚くはずがない。

 サングラスをしまえば、突然現れた少女……ミラはにたりと笑ってみせる。


「また会ったな、ユーマよ。今日こそ恐れをなして逃げるかと思えば……汝も存外肝の据わった男よのう」

「よく言うよ。僕が逃げてもよかったのか?」

「それは汝の自由よ。だが、そうなった場合……!」


 ミラが鎚矛を振りかざしたその瞬間。

 窓の外で鋭い閃光が瞬き、天地を揺るがすほどの爆音が轟いた。


 稲光はなおも連続して空を裂き、あっという間にぶ厚い雲が覆ってしまう。

 膨大な量の雨粒が窓ガラスを叩き始め、ミラは口の端を持ち上げる。

 その堂に入ったたたずまいは、王者の風格を漂わせていた。


「戦線放棄とみなし、この星をすぐさま木っ端みじんに砕いてみせようぞ」

「……ですよねー」


 僕はそれに引きつった苦笑を返すだけだった。

 その脅し文句が、中二病の妄想ではないことを僕は嫌と言うほどに知っている。

 彼女はこの星を滅ぼすためにやってきた恐怖の大王……異星人なのだ。

 ミラはテーブルを挟んだ向こう、僕の目の前にどかっと座る。


「さて、いつもの口上だ。まかせたぞ。シェーシャ」

「はっ。おまかせください、ミラさま」


 そこではじめて、メイド姿の女性が口を開いた。

 彼女は恭しく腰を折り、表情を一ミリも変えることなく淡々と……。


「私ども星砕きの民は、宇宙の均衡を保つもの。無駄な星を間引く、この世界の管理人。ですが我らは無慈悲な殺戮者などではなく、滅ぼさんとする星の民に五つのチャンスを与えます。ゆえに地球人代表、遊真様」


 腰を折る所作は見惚れるほどに優美なものだ。

 だがその瞳は夜闇のように冷え切っていた。


「どうか我が主と力を比べ、この星の価値をお示しください。主があなたの力を認めれば……この星は滅びを免れることでしょう。お判りいただけましたか?」

「さすがにもう理解してますよ……」

「話が早くて助かるぞ。ところで今回もまた……?」


 机に積み上げられたボドゲの山を見て、ミラは目を細める。


「汝が選んだものは盤上遊戯か。此度もまた、楽しませてくれるのだろうな?」

「っ……望むところだ」

「かかか、そう気負うな。この全知全能の星砕きの民に勝て、などと無茶は申さぬ。せいぜい健闘を見せるがいい」


 ミラは犬歯を見せて獰猛に笑う。

 これが三度目の勝負だった。

 勝負で無様な敗北を喫した瞬間、地球は彼女の手によって砕かれる。

 僕がごくりと生唾を飲み込むと、ミラは両手を広げて高々と宣言するのだ。


「地球代表、ユーマよ! 全身全霊を持って……この星の価値を示してみせよ!」

「もちろん! いくぞ、ミラ!」


 僕がこれから挑むのは、ふつうのボードゲームなんかじゃない。

 これは地球の運命をかけた……。


「ああっ、まーた小麦かあ。これじゃあ素材が足りなくて、いつまで経っても開拓地を都市に変えられないなー。ミラとの差が広がっちゃうなー、困ったなー」

「くはははは! 油断大敵ぞ、ユーマ! で、では我がサイコロをふる番じゃが……えいっ! …………また、我がなんにももらえぬ出目じゃな……羊がほしいのに……ぐすん」

「おーっと! なんだか小麦がまだまだ集めたくなってきちゃったかも! 僕の羊と小麦、取り換えてくれないかな!?」

「えっ、そ、そうか? ならば受けよう! さすれば……おおっ! 見ろ! 素材が集まって都市ができたぞ!」

「マジか、抜かされちゃったな! やっぱりミラは強いなー! かなわないなー!」

「わはははは! なにを言う! そんなの当然であろう! む、なぜそんな渋い顔をしているのだ、シェーシャよ。主の快進撃! しかと讃えるがいい!」

「はあ……ミラさま、すごーい」


 地球の運命をかけた、全身全霊の接待プレイなのである!





 第一章 ガイスター


 ことの発端は、すこし前にまでさかのぼる。


「我こそが、ミラ・アンゴル=モア様である!」

「…………は?」


 突然目の前に現れたド派手な美少女に、僕は尻もちをついたまま固まるだけだった。


 今度高校の友達とボドゲをすることになり、父親の書斎を漁っていたときのこと。

 段ボール箱の奥底から、鎖でがっちがちに縛られた古びた書籍が出てきたのだ。

 いかにも怪しい一品に僕の中二心は大いに沸き立った。

 ペンチで無理やりこじ開けると、なぜか本がビカビカっと光って……今である。


「え、えっと……どちら様?」

「だから、ミラ・アンゴル……む、なんだ。ユーイチではないか」

「へ……父さんの、知り合い?」

「父さん? では、汝はやつの息子か」


 ミラと名乗った少女はむーんと眉を寄せ、天井をにらむ。


「そうなるとかなり寝こけてしまったようだな……まあ、三代後とかじゃなかっただけマシかもしれんが」

「いやいや、ひとり納得してないで、どちら様かって――」

「それはわたくしの口から説明いたしましょう」

「うおわっ!?」


 突然背後でわいた声に飛び上がれば、そこにはメイド然とした女性が立っている。

 目を白黒させる僕に、彼女は丁寧に頭を下げた。


「はじめまして、地球人様。わたくしどもは星砕きの民。宇宙の管理人であり、星を間引く者。この太陽系から遠く離れた銀河からやってきた宇宙人です。そして、こちらのミラ様は星砕執行人で――」

「待って待って!? 情報量があまりに多いよ!?」


 突拍子もない単語の連続で目が回りそうだった。

 ぐらぐらする頭を抱えながら、僕は半笑いで後ずさる。


「あ、わかった。テレビとかユーチューバーの企画でしょ、これ。コスプレにしちゃよくできてるとは思うけど、設定の作り込みが雑っていうか――」

「裁きの雷・那由他の一ミニバージョン!」

「ぎゃあああああああ!?」


 美少女がえいっと向けたモーニングスターから電撃が迸り、僕の脳天を直撃する。

 ギャグマンガみたいに煙を上げてぶっ倒れる僕に、美少女はさらに指をくるくるっと回して――。


「ほれっ、対異星人用修復回路起動!」

「へ……?」


 今度は淡い光が僕の身体を包み込み、あっという間に傷が治っていった。

 むしろ寝不足やら肩こりなんかもなくなって、前よりずっと元気になった気もする。

 呆然と自分の身体を見下ろす僕に、ミラはにたりと悪い笑みをうかべてみせた。


「これでもまだ我らの言葉を疑うというのなら……このあたり一帯を焦土に変えて真なる力を示してやってもいいのだが。どうする?」

「え、遠慮します……」


 僕はたった一言、そう絞り出すので精いっぱいだった。


「つまりこれってマジ話……? マジで宇宙人!? 宇宙人がなんでうちのガラクタから出てくるわけ!?」

「では……一から説明いたしましょう」


 メイドさんがこほんと咳払いをしてみせる。


「まずは宇宙の話です。宇宙のエネルギーというのは膨大ですが、有限でもあります。あちこちで無秩序に文明が築かれてしまえば、たちまちエネルギーは枯渇してしまいます」

「そして、そんな事態を防ぐのが我ら星砕きの民の宿命なのだ」


 ミラがふふんと不敵に笑って胸を張る。


「花を美しく咲かせようと思えば、余計な芽は摘み取るであろう? 我らの仕事もそれと同じ。余計な星々を滅ぼし、宇宙の均衡を保つのだ」

「……つまり、その間引きに地球が選ばれたってこと?」

「そのとおり。話が早くて助かるのう。ところで、汝は恐怖の大王というのを知っておるか?」

「恐怖の大王? えーっと、ちょっと調べてみる」


 スマホを取り出し、恐怖の大王でググる。

 どうやらそれは、僕が生まれる前にこの国で流行した終末思想のようだった。


 一九九九年七の月、恐怖の大王が地球に降り立って、人類は滅亡する。

 そんなことをフランスの預言者が書き記したせいで、一部の日本人は本気でその予言を信じてしまい、戦々恐々としていた……という、今となっては謎のブームがあったらしい。


「それがこちらの星砕きの巫女、ミラ様なのです。わたくしは侍女のシェーシャと申します」

「ふふん! ちゃーんと予告を広めておいてくれるとは、あのヒゲおやじもなかなか律義なやつであったな!」

「はあ……」


 僕はあいまいにうなずくしかない。

 異星人が地球を滅ぼそうとしている。言葉にすると大ピンチなのだが、それを宣言するのが美少女なのだ。おかしな力を持っているようだけど、いまいち現実感がない。


「っていうかこれ、来るのは一九九九年七の月って書いてあるけど?」


 今は二〇二〇年。二十年以上の大遅刻だ。


「何を言うか。ちゃーんと約束通りの年に来たし、この星を滅ぼそうともしたのだぞ。だが……とある人間にその企みを打ち砕かれてな」


 そこでミラはぶすっと口を尖らせ、僕をにらむ。


「その人間こそが……汝の父親! ユーイチ・スノエなのだ!」

「ええ……なにそれ。絶対嘘だって」


 父はふつうの中年男性だ。今は海外の大学で教鞭をとっている。

 特技といったらボドゲくらい。地球を救うヒーローからはあまりに遠い。

 ただまあ……ゲームの腕だけは相当なものだけど。友人の間じゃ負け知らずの僕ですら、父には一度たりともまともに勝てたためしがない。いつか超えるべき壁ってやつである。


「我らはなにも、問答無用で星を滅ぼす蛮族ではありません」


 そこでメイドさん、シェーシャさんが口を挟んだ。


「我らの目的は宇宙の繁栄。その星が宇宙にとって有益であると判断すれば、いたずらに砕くことはいたしません」

「うむ。そしてその判断は、我のような星砕執行人が行うことになっておる。現地の住民を代表に選び、そやつと勝負をするのだ。その勝負形式は現地住民が自由に決めてよい」

「まさか、うちの父さんが戦ったのって……」


 僕はおずおずと書斎の中を見回す。

 壁一面を埋める棚には、ボドゲの箱がぎっしりと詰まっている。

 そんな僕に、ミラはにやりと笑い――。


「さよう。盤上遊戯。ちょうどこの部屋にあるようなものだな。ところで……」

「な、なに?」


 そこで真面目な顔をしてずいっと迫ってくる。

 美少女らしい甘い匂いが鼻腔をくすぐって、心臓が痛いほどに脈打った。

 ミラが、声をひそめて訊ねることには――。


「汝、やつの息子であるならば……これらの盤上遊戯にも造詣が深いのか?」

「え、まあ多少は。だいたいの有名どころのルールなんかは把握してるけど……」

「ならばよーっし! 汝! 名は何と申す!」

「須野江遊真だけど……?」

「ふうむ、よき名だ。ではユーマよ!」


 ミラは声を張り上げ、僕にびしっと人差し指を向けてくる。


「汝をこの星の、第二代表住民に任命する! 我と戦え! ユーマ!」

「は……はあああああああ!?」


 あまりに突拍子もない宣告に、おもわず数秒フリーズしてしまった。

 彼女の言うことは理解した。まあ映画とかでもよくある設定だ。この星を賭けて戦えと。

 でもそんなのに巻き込まれるなんて……全力でごめんだって!


「それってつまり僕が負ければ地球が滅ぼされるってことだろ!? そんな重い勝負受けて立てるかよ!」

「断れば戦闘放棄とみなし、即時この星を破壊するのみだぞ? なんせ我の任務はまだ続いておるのだからな」


 ミラはどこ吹く風で、不敵に笑う。


「それに、どうせ汝も勝負を選ぶなら盤上遊戯一択であろう? 汝は美少女と盤上遊戯が遊べ、我は戦争よりも楽に仕事ができる。お互い利しかないはずだ」

「美少女と遊ぶ対価が地球ってのはどう考えても重すぎるだろ!?」

「しかしこの部屋はすごいのう。盤上遊戯ばかりだ。ユーイチとの戦いを思い出すわ」

「人の話を聞けって!?」


 僕のツッコミを完全スルーして、ミラは部屋の中をきょろきょろと見回す。

 その目はどこかまばゆく輝いていて……ほうっと熱っぽい息までこぼしてみせた。


「ふふん、我とユーイチは、数々の盤上遊戯で雌雄を決したのだ。農業をするげぇむだとか、国を育てていくげぇむとか、とにかくいろいろ遊ん……戦ったのだ!」

「……ひょっとして君、ただボドゲがしたいだけなんじゃ」

「なっ……そ、そんなことはない! 我は公正なる星の審判者ぞ! 私利私欲で動くわけが――」

「あら、懐かしい。ミラ様ごらんください。こちらにあるのはおふたりが遊んだゲームですよ」

「まことか! ふうむ、今はこんなにも多くの拡張版があるのだな。なんともよき時代よのう!」

「ボドゲがしたいなら素直にそう言えばいいんだけどなあ……」


 はしゃぐふたりを前にして、僕はただ力なくぼやくだけだった。

 ただ遊ぶだけなら全然問題ないんだけどなあ……対価が地球って。それ、どう考えても天秤にかけちゃいけないやつだから。


「ふふん、怖気付くか? まあ無理もなかろう」


 苦い顔をする僕に、ミラはなぜか不敵な笑みをうかべてみせる。


「我は汝の父親……ユーイチが手も足も出なかったツワモノなのだからな」

「父さんが、手も足も!?」


 あの人、いろんなゲームの国際大会でランクインするほどの実力なんだけど!?


「……」


 言葉を失う僕だが、シェーシャさんは神妙な面持ちで口を閉ざす。

 一方、ミラはますます胸を張ってみせるのだ。


「ふふん、当然であろう。我ら、星砕きの民は三兆年もの昔から進化を遂げた高等種族。かような発展途上の星の民に、どのような勝負であれ劣る理由がない」

「……本当に、父さんが負けたのか?」

「もちろん。勝負は我の五戦……四勝だ。最後だけは奴に花を持たせる結果となってしまったがな。おかげで我は敗北を認め、おとなしく眠りにつくことを決めたのだ」


 件の古書を足でつつきながら、ミラは事も無げに言う。

 そんな彼女を前にして僕は父の言葉を思い出すのだ。


『いろんな強いプレイヤーと戦ってきたが、二度と戦いたくないと思えたのは……ただひとり。とびっきり可愛い女の子だったよ』


 妄言だと思って聞き流してたけど……まさか、それが彼女だっていうのか?


「ゆえに、汝にも我に勝てとは言わぬ。我の前で足掻き、この星の生物が滅ぼすに値せぬものだと示すだけでいい。できねば……我が鎚が、この大地を砕くだけだ」

「……」


 父を下した強豪と、地球の運命をかけて勝負をする。

 ふつうなら怖気付くところだろう。

 だがそんな強い人と戦えるなんて……ゲーマーの血が騒ぐってものだ。


「いいよ……やってやろうじゃないか」

「うむ! それでこそあやつの血を引くものぞ!」


 ミラは満足げにうなずいてみせる。

 なんだか大変な口約束をしちゃった気もするけど……。


(それに勝たなくてもいいって言うのなら……意外と楽勝かもしれないし?)


 僕もそこそこゲームは強い方だ。

 父親にだって惜しいところまで追いつけるし、友達たちとの勝負だとたいていぶっちぎりで勝ってしまう。だから、実力を示せる自信は十分にあった。


「ならば、ユーマよ! さっそく勝負をするとしよう! できるだけルールがわかりやすく、楽しく、見目が愛い盤上遊戯を選ぶがいい!」

「えーっと、だったらやっぱり三人用?」

「いえ、わたくしはただの侍女。星の運命を決める闘いには関わらぬ掟です。どうか数には入れませんように」

「それなら……」


 僕はがさごそと父親のコレクションを漁る。

 目当ての青い箱は、すぐ手前で見つかった。

 書斎のローテーブルを囲んで向かい合ったミラに、僕はその箱を開いてみせる。


「これ。ガイスターでもやってみようか」

「ほうほう。なんとも愛いコマどもだな」


 ミラが目をキラキラさせてコマを弄ぶ。


 僕が選んだゲームの名前はガイスター。

 ふたり用で、十分くらいでできる簡単なゲームだ。


 プレイヤーはお互いにオバケのコマを八つ与えられる。それぞれ目の青い『いいオバケ』四つに、目の赤い『わるいオバケ』四つ。

 それを使って六×六のマス目の盤上で戦うのだ。


 手番でできるのは、自分のコマをひとつだけ、縦横ひとマス動かすだけだ。斜め移動は禁止。相手側にはオバケの背だけを見せたままゲームを進めていく。


 相手のコマに自分のコマをぶつけることができれば、それを得ることができる。


 勝利条件も非常にシンプルだ。

 その一。相手の『いいオバケ』を四つ取得する。

 その二。相手に自分の『わるいオバケ』を四つ取得させる。

 その三。相手側の陣地の左右どちらか隅のマス――脱出口と呼ばれるマスまで自分の『いいオバケ』を進め、次の手番で脱出させる。


「なるほど。シンプルなルールだ。では……」


 コマの配置を決め、ミラはにやりと笑う。

 迸るのは覇者の気迫。鎚をたかだかと掲げ、彼女はついに宣告する。


「この星の運命を決める戦いを……いざ始めようぞ、ユーマ!」

「のぞむところだ!」


 全身全霊でぶつかる。

 そのつもりで、僕はコマをひとつ進めた。

 それをやっぱりシェーシャさんが険しい面持ちで見守っていて……。



 結果。

 わずか三分で勝負がついた。



「……はい?」


 僕は呆然とガイスターの盤上を見つめる。

 ありえない。こんなの絶対にありえない。だって、これは……。


「ぐ、っ、ぬ、ぬぬぬぬぬ……」


 対するミラは顔を真っ赤にして盤上のコマをにらんでいる。

 そっちのコマは四つだけ。こっちのコマは八つともすべて残っている。

 そして、僕が取得した彼女のコマは……四つとも、全部『いいオバケ』。

 つまりこれで僕の勝ちになる。


(えっ、えええ……この子……めちゃくちゃ弱くないか?)


 このゲームは相手の動きから、どれが『いいオバケ』で『わるいオバケ』なのかを予想して戦うことがキモになってくる。だが彼女は……あからさまに『いいオバケ』を守り、『わるいオバケ』を僕に取らせようとするのだ。


 はったりかと思ったけど、本気と書いてマジだった。


「ううっ、なかなかやるではないか、ユーマとやら……!」

「え、はあ、それほどでも……」

「ならばよし! ウォーミングアップはここまでだ! 次が本番ぞ!」

「長いウォーミングアップだなあ……」


 実はこれでもう五戦目である。

 一戦目で終わってもよかったんだけど、あまりにあっけなく負け続けるものだから、渋々付き合ってあげているのだ。

 ぐぬぬ、と再びコマの初期配置に悩むミラを前にして、僕はこっそり首をかしげる。


(父さん……なんでこの子に負けたんだ?)


 なんかもう、下手したら目をつむっていても勝てそうなんだけど……。


「はい、チェックメイト」

「なぐっ!?」


 次は二分半で終わった。

 ミラが僕の『わるいオバケ』四つを取り切ってしまったのだ。

 ほかの『いいオバケ』はひとつも取られていない。なんとも綺麗な勝利ではあるのだが……釈然としない。だが、そんな思いはすぐに木っ端みじんに砕かれる。ゲームの勝敗とは違った面で。


「まだだ……! まだ終わらぬ!」


 ミラが癇癪を起したように声を張り上げる。

 そうして――。


「我の本気は、こんなものではないのだからなァ!」

「うおっ!?」


 勢いよく、テーブルにこぶしを叩きつけると同時。

 外の町内スピーカーから、僕の携帯から、けたたましいサイレンが鳴り響いたのだ。

 聞く者の心をぐっちゃぐちゃにかき乱すような不快で不穏なその音は、どんどん大きくなっていく。


「い、いったいなにが起こって……は?」


 そこでスマホの画面を確認して目が点になる。

 待ち受けに表示されていた見慣れぬメッセージ。

 それは――。


『緊急速報・世界中の核ミサイルが一斉発射されました』


「はいっ……!?」


 あまりにも日常離れした一文だった。


「か、か、核!? ミサイル!? どういうこと……!?」

「む? ああ……言い忘れておった」


 取り乱す僕を前にして、ミラはちょっぴり申し訳なさそうに頬をかく。


「我は星を砕く恐怖の大王。すさまじい力を持っておる。そのせいで……我の情緒が乱れれば、降り立った星も乱れるのだ」

「はあああ!? そんな大事なこと最初に言えよ!?」

「なあに。最悪の場合でも知的生命体の三割は残るだろうし、文明維持はギリいける。星が滅びるよりは些細なことよ」

「一大事だっつーの! っつーかもう何回も僕が勝ってるだろ!? そもそも勝負はついてんだよ! 今すぐ帰れ!」

「バカを言え! 今回こそが本番だ! ぜーったい、次の勝負は負けぬかならー!」


 そう言ってミラはまたコマを並べ直していく。

 これはテコでも動かなさそうだ。


 僕は震える手でスマホを操作し、ネットのニュースを漁る。

 そこには予想を超えるパニックが広がっていた。

 核ミサイルの発射だけでなく、各地で地震が起こったり、火山が噴火し始めたり、文字通りの天変地異が連発しているらしい。

 世界の終わりにふさわしい大恐慌のありさまが、ツイッターなどのSNSで急速に拡散されていた。


 外のサイレンはとどまることなく鳴り響き、悲鳴や怒声が聞こえてくる。

 おかげで、僕の背中を冷たい汗がだらだらと流れ落ちるのだ。


(僕のせい……!? 僕がこの子の封印を解いて、勝負を受けしちゃったから……!?)


 軽い気持ちでしでかしたことの結果にしては、あまりにむごい。

 絶望から目の前が真っ暗になり、サイレンの音も聞こえなくなっていく。

 しかし、そんななか――。


(……ま、遊真様)

(っ!?)


 突然、頭の中に声が響いたのだ。

 はっとして顔を上げれば、ミラの背後に立つシェーシャさんとしっかり目が合った。

 彼女は無言のまま小さくうなずいてみせる。


(簡単なテレパシーです。どうかそのまま、なにも聞こえないふりをなさってください。どうやらお困りの様子ですね)

(困らないはずがないでしょう!? いったい何の用なんですか!?)

(……ひとつアドバイスをしようと思いまして)


 シェーシャさんは軽く目を伏せてから、コマを並べるミラのつむじをちらっと見やる。


(次の一戦では、ミラ様の有利になるようにゲームを進めてみてください)

(この期に及んでまだゲームだって!? そんなことをしてる場合じゃ……!)

(それが、この星を救う唯一の道だと申し上げてもですか?)

(は、はあ……? それは、いったいどういう――)


 しかし詳しく聞く前に、ミラの怒声が響くのだ。


「こらユーマ! 汝も早くコマを並べぬか! あんまり我を待たせるでない!」

「ぐっ……わ、わかったよ……」

 これ以上ヘソを曲げられては何が起こるかわからない。

 僕はしぶしぶ自分のコマを並べ、また地球をひっかきまわすガイスターが始まるのだ。


(さあ、遊真様。私のアドバイス通りに)

(ぐっ、う……いいよ! やってやるよ!)


 半ばやけくそ気味に、自分の『いいオバケ』をミラが取りやすいように動かしてやる。

 すると案の定、彼女はなんの疑いもなくそのコマを取ってくれた。

 そのコマの目が青いのを確認して、ミラはぱあっと顔を輝かせる。


「おおう! やった! 『いいオバケ』、討ち取ったり!」

「はいはい、おめでと……えっ?」


 その瞬間。

 あれだけけたたましく鳴り響いていたはずサイレンが、ぴたりと止まった。

 慌ててスマホを確認すれば……そこにはまた目を疑うようなメッセージが表示されている。

 いわく――。


『緊急速報・核ミサイル発射のニュースは誤報でした。ごめんね☆』


「は?」

 …………はい?

「ふっふーん、ようやく勘が戻ったな。これこそ我の真の力よ~♪」


 ミラは取ったコマに頬ずりするほどの上機嫌だ。

 僕はまた震える手でスマホを操作する。


 核ミサイルの発射は誤報で、地震は起こったけど奇跡的に死傷者はゼロ。火山の噴火は小規模で終わったらしい。


 それどころか、災害の被害を受けた人たちには手厚い保証が決定し、各地で油田が湧いたり、金鉱が発見されたり……先ほどまでの恐慌が明るいニュースで上書きされていくさまが、リアルタイムでつづられていた。


「む。勝負の最中によそ見をするでない、ユーマ」

「い、いやだって……なんか急に別の意味で騒ぎになってるんだけど」

「ああ、それは我が『いいオバケ』を取得したせいであろうな」

「……はい?」

「我の情緒と星はリンクする。つまり我の機嫌がよくなれば、星はそれだけ豊かになる。そんなことより! ゲームの続きといくぞ! ユーマよ!」

「えっ、あ、はあ……わかったけど……」


 はしゃぐミラを前にして、僕はごくりと生唾をのみ込んだ。

 冷たい汗が背中をだらだらと流れ落ちていく。


 この子の機嫌が悪くなれば地球は災害に見舞われる。

 この子の機嫌がよくなれば地球は潤う。

 そうなると……。


(ま、まさか……父さんは……)

(そのとおりです、遊真様)


 また頭の中でシェーシャさんの声が響く。

 彼女は神妙な面持ちで――。


(あなたのお父様……遊一様は、いわゆる接待プレイという形でこの星を救ったのです)

(接待プレイぃぃぃいい!?)


 それってサラリーマンがゴルフやマージャンでやるっていう!? あれ!?


(そのとおり。ゲームでミラ様に花を持たせて機嫌を取る。言うは易いことですが……)


 シェーシャさんはそこでそっと目を伏せる。

 そのときはミラの番だった。彼女はなんの迷いもなく、あからさまに取りやすく、いかにもワナな場所に置かれた僕のコマを取って……顔をぐしゃっと歪めてみせる。


「うぐっ、今度は『わるいオバケ』であったか……! もーう!」

「うおえっ!?」


 そこで今度は突き上げるような地震が起こった。

 また鳴り響くサイレンたち。いい加減もう、スマホを確認しなくても何が起こったか理解した。ふたたび世界が危機に陥ったのだ。ミラがゲームで不利になったせいで。


(ミラ様はこの通りの……どうしようもないポンコツなのでございます)


 シェーシャさんのため息まじりの声が頭の中で響く。


(星砕きの民の中でも、ミラ様の力は群を抜いたもの。しかしその実、おつむがちょっと弱いと申し上げますか……端的に言って、この手のゲームは目を覆いたくなるほどの実力なのです)

(しゅ、主人にめちゃくちゃ辛辣ですね……いやまあ、これを見ると非常に納得しますけど)

(ええ。みえすいた罠に引っ掛かり、一向によいカードを引けず、ダイスを振れば悪い目ばかり……さらにはプライドが高いせいでハンデを一切受け付けない。遊一様も、それは苦労されておりました)

(たしかにこれを勝たせるのは骨が折れるかも……)


 そんなひどい会話がなされているなんて気づきもしないのか、ミラは真剣に盤をにらんでいる。

 容姿がいい分、とても絵になるのだが……。


「うーむ、次はこのコマを狙うとするか! 絶対『いいオバケ』であろう!」

「『わるいオバケ』なんだよなあ……」

「ふははは! はったりがヘタよのう、ユーマ! 我の読みは図星と見えるな!」


 腰に手を当ててふんぞり返る様が、どこまでも残念だった。

 あいかわらず外ではこの世の終わりのようなサイレンが鳴り響いているし。

 だがそれもまた彼女に『いいオバケ』を取らせてやることができればぴたっと収まるのだろう。


 つまり僕はミラに気付かれることなく、彼女に有利になるようゲームを進め、なんとか彼女を勝たせなければならない。そうしないと……ミラがどうこうする前に、地球が滅ぶ!


(なんかふつうに勝つより難易度が跳ね上がったんだけど!? いっそもうコテンパンにして帰ってもらっちゃだめなんですか!?)

(そんなことをしたら、勝負が終わる前にこの星が滅びますよ? なにせ、五回は必ず勝負しなければならない掟ですから……)

(延命処置しか選択肢がないってこと!?)


 なんて話をしているうちにも、また僕の手番が回ってくる。

 サイレンが轟く異常事態。こんな場合にゲームなんて馬鹿げているとは思うけど――。


「いいさやってやる……! このゲームを乗り切って……地球を守る!」

「ほう? 急に戦士の目になったのう。それでこそ我と雌雄を決するものぞ!」

「お褒めに預かり光栄だよ!」


 ヤケクソ気味にミラをにらみつつ、僕はまたコマを進めるのだった。

 そうして十分後。

 熾烈なゲームはようやく佳境に差し掛かる。


「ふ、ふふ……やはり、やるではないか」

「まったく同じ言葉を返すよ……ある意味な」


 たがいに盤上に残っているコマは、ふたつずつ。

 それぞれ『いいオバケ』ひとつと、『わるいオバケ』ひとつだ。

 これだけ見れば、互いに一歩も引かない好試合と言えることだろう。

 だがしかし、話はそんなに単純なものでもなかった。


(あ、あっぶないぞ……何度ゲームが終わりかけたか……!)


 ミラが『わるいオバケ』を取らないように必死に立ち回り、ようやくここまで持ち込んだのだ。本来のルールとは真逆の立ち回りである。


 ミラのゲームセンスは、ひとことで言って壊滅的だった。

 単純な攻め方をするかと思って油断していたら急に変なところに悪手を挟むし、見え透いたワナに飛び込んでいくし……気分屋で運が悪いうえ、二手先すら読まない無鉄砲っぷり。


 本当なら数手で終わってしまうゲームを、なんとかここまで続けさせたんだ。自分でもよくやったと思う。


 今はサイレンの音は止んでいる。

 スマホで確認してみれば、世界中で大災害と大バブルが交互に襲い続け、しっちゃかめっちゃかのありさまだった。今はまだなんとか世界はぎりぎりの均衡を保っているものの……。


(この配置だと……次で絶対、ミラが僕の『わるいオバケ』を取って終わってしまう!)


 彼女のコマは、ひとつが僕側の陣地の左右の隅――脱出口と呼ばれるマスに辿り着いていた。

 ガイスターの勝利ルール。

『いいオバケ』を相手陣地の脱出口に進め、次の手番で外に脱出させる。

 おそらくそれを狙ってのことなのだろうが……。


「ふっふっふー。よいのか、ユーマよ。我の勝利はこの通り目前であるぞ」

「はあ……でも阻止するには手が足りないしなー。だからそっちは放っておくとして、もう一個のコマを狙ってみようかなー?」

「うわあああああ! や、やめろ! よせ! 早まるでない!」


 もう一方のコマを狙う素振りをしてみれば、あからさまに慌てだすミラ。

 わ、わかりやすすぎる……ババ抜きとか絶対できないタイプだな。

 つまり脱出口にいるのが『わるいオバケ』。

 盤の中ほどで僕のコマと一進一退を繰り広げているのが『いいオバケ』ってところだろう。


「ふんっ、いい気になっていられるのも今のうちぞ。汝のこの手駒……すなわち『いいオバケ』はもうすぐ我が手に堕ちることであろう!」

「……マジでそっち狙う気なの?」

「む、当然である。我の勘がビンビンに訴えておる故な!」

「はあああ……どうすっかなあ……」

「かかか、せいぜい辞世の句でも考えておくのだな!」


 高笑いを上げるミラは、さっきから僕の『わるいオバケ』に狙いをつけてしまっている。

 そうなると……。


(このままいけば……最悪三手くらいでミラの敗北が決まる!)


 僕はごくりと喉を鳴らす。

 何度も何度も生唾をのみ込みすぎたせいで、風邪を引いたときみたいに喉が痛み始めていた。


(こうなったら仕方ないな……最終手段だ)


 地球の運命のためだ。多少卑怯なことは……許されるだろう。


「あっ、あー……うん、なんだか喉が渇いたかなー」


 我ながらわざとらしい咳払いとともに腰を上げる。


「飲み物とかお菓子とか持ってくるからさ。ちょっと休憩にしよう」

「む、こんないいタイミングでか?」

「このタイミングだからだよ。どうも僕が不利なようだし。頭を休めてちゃんと考えたいんだ。あ、よかったら君が好きなお菓子を選んでいいよ。ちょっと一緒に台所まで来てくれる?」

「地球の菓子! あの糖分と塩分と油分が過剰な、あからさま体に悪くてうまいあれか! うんうん、悪くないな! どれどれ、見てやろうではないか!」


 とたんにはしゃぎだすミラを部屋の外へと案内する。

 その隙に……。


(シェーシャさん、お願いがあります)

(はい? なんでございましょうか)


 僕は頭の中でシェーシャさんに頼むのだ。


(盤上にある僕のコマを……こっそり入れ替えてほしいんです)

(えっ)


 シェーシャさんの表情がすっと陰る。


(それはつまり……イカサマをしろ、ということですか)

(卑怯なのはわかってます。でも地球の危機を救うには……それしかありません)


 ゲームに大事なのは公平さだ。

 もちろん騙し合いのゲームだってこの世には存在する。人狼ゲームなんてその最たる例だ。

 だが、今回僕がやろうとしているのは……ゲームのルールから真っ向に逆らう最低の行為。


 しかもそれを自分が負けるためにしようっていうんだから、ますますお笑い種だ。

 本当なら僕はこんなこと絶対にしたくない。

 だがこれもすべては地球を守るため。

 だから……。


「む、ちょっと待て。ユーマ」


 部屋から一歩踏みだす直前。

 ミラがその足をぴたりと止めて、僕を振り返る。

 その目にはぎらつく光が揺れていて――びしっと人差し指を向けてくる。


「汝、さては……イカサマをする気ではなかろうな!」

「っっっっ……!?」


 嘘!? こんな勘は鋭いのかよ!?

 シェーシャさんも『あらびっくり』って感じで目をわずかに丸くしている。


 重苦しい沈黙をどう受け取ったのか、ミラはふんっと鼻を鳴らす。


「図星か……? 汝はそうした卑劣な行為には縁遠い者と思っていたが……買い被りであったようだな」

「ま、待ってって。別に僕はそんな――」

「ユーマよ」


 凛とした声が緊迫の空気を切り裂いた。


「これはたしかに星の定めを決める神聖な戦いだ。卑劣な真似は許されぬ。だがそれ以前に……我の個人的な話をしていいか。我ら、星砕きの民の話だ」

「え、ミラの……?」

「うむ。我らは決まった故郷を持たず、宇宙をさまよう流浪の民だ。宇宙のバランスを保つという至上の使命を成すためだけに生き、力と知を磨き続ける」

「知はどうだろ、磨けてないように……あ、ごめん。続けてどうぞ」

「ごほん。そんななかでも……我は抜きんでた実力を有している。我の情緒ひとつでこの星が乱れるのだってそのせいだ。ほかの執行人どもがどれだけ念じようと、ここまでの混乱と繁栄はもたらせぬだろう」


 そう言って弧を描く唇は、どこか自嘲的なものだった。


「だから我は……これまで負けたことがなかった。勝って勝って、勝ち続けて……やがては同族ですら、このシェーシャ以外、我には近づこうともしなくなった。だがそれが勝者の定めなのだと、それが当たり前のことだと、我はこの星に来るまでそう思っていた。だが……!」


 そこで彼女は力強く言葉を切った。

 その目が見つめるのはガイスターの盤だ。瞳は夜空にまたたく星々のようにきらめいている。


「我が本気を出して戦っても、何も壊れず、失われることがない! 戦った相手が笑いながら、次の約束をしてくれる! そんな優しい勝負事があるのだと、汝の父親……ユーイチに教えられた! だから我は、こうした盤上遊戯が気に入ったのだ!」

「……優しい、勝負事か」


 僕は彼女の言葉をくりかえす。

 ボードゲームをそんなふうに考えたことなんて一度もなかった。

 あまりに当たり前の存在だったせいだろう。


「ゆえに、我はこの尊き勝負を汚す者には容赦せぬ。そのうえで、もう一度問う」


 たかがボドゲ、されどボドゲ。

 ミラはまっすぐに、射抜くような目で僕を見る。


「汝はこのゲームを汚すのか、否か」

「僕は……」


 頭の芯が凍り付いたように、うまく思考がまとまらない。

 そんななか、また頭の中でシェーシャさんの声が響いた。


(……我ら星砕きの民は、娯楽や嗜好品というものを無駄と切り捨て、一切持たない種族なのです。だからミラ様にとってこの星での出会いは衝撃的なものだったようです)

(……そうですか)


 それに、僕はたった一言返すのが精いっぱいだった。

 これは地球の運命を決める闘いだ。卑劣だろうが何だろうが、手を尽くさなければならない。

 だが――


「そんなことは……しないよ」


 僕は噛みしめるようにして言葉をしぼりだしていた。

 それはまぎれもない本心だった。


 ミラはこの地球を壊そうとしている恐怖の大王で。だがそれと同時に、ゲームを愛するプレイヤーでもあった。僕は同じくゲームを愛する者として、彼女との勝負に泥をかけてはいけないと感じてしまったのだ。


「……ならばよし!」


 ミラはしばし僕の顔をじっと見つめていたが、やがて満足したようにうなずいた。

 そのまま部屋を出ることもなく、また盤を挟んだ向こうにでんっと腰を落とすのだ。


「それでは勝負の続きといこうではないか。これが終わってから勝利の杯を堪能させてもらおう」

「はっ、言ってくれるじゃないか」


 あからさまな挑発に、僕はニヤリと笑って返した。


(……よろしいのですか、遊真様)

(まあ、このまま行ったら確実に僕の勝ちですけど……)


 こっそりシェーシャさんに苦笑を返す。


(こうなったらもう、何度だってウォーミングアップに付き合いますよ。やっぱりズルはダメですよね。ちゃんと正々堂々、接待プレイでこの星を救うとします)

(ええ。ミラ様はたまに鋭いですからね。バレた後のことを考えれば……その方がよろしいかと。遊一様も正々堂々と戦ってらっしゃいましたし)

(父さんも、かあ……だったらますますイカサマはできないな)


 ちょっとした対抗心みたいなものがムクムクと沸き上がってくる。

 次はミラの手番だ。彼女は真剣な顔つきで盤面をにらんでいる。


(ところでシェーシャさん、ひとつお聞きしたいことが……)

(はて、なんでございましょう)

(どうして僕なんかに、こんなふうにアドバイスしてくれるんですか?)

(……)


 息をのむ気配がかすかに伝わってくる。

 そもそもおかしな話だ。彼女もミラと同じ星砕きの民なら、目的はこの星を滅ぼすこと。

 それなのにどうして敵であるはずの僕なんかに、こうして味方してくれるのか。


(ひょっとして何か目的があるとか?)

(……鋭いですね。さすがは遊一様のご子息でいらっしゃいます。実は……)


 シェーシャさんは諦めたように微笑んだ。

 そして意を決したように言葉を続けるのだが――。


「勝った!」

「は」

「はい?」


 その念話は、意気揚々とした勝利宣言によって遮られた。

 僕とシェーシャさんはふたりそろってきょとんと眼を丸くする。

 そんなななか……ミラは不敵に笑ってみせるのだ。

 彼女は脱出口にいた自身のコマを――盤の外に出していた。


「汝の陣地は、我がしもべが踏破せり!」

「ウソぉ!?」


 どこからどう見ても彼女のコマは盤の外にある。

 ガイスターの勝利条件その三。『いいオバケ』を脱出口から外に出す。それが達成されているのだ。

 シェーシャさんは不思議そうにしているが、僕は額を押さえて呻くしかない。


「う、っそ……まじかあ。まんまと騙されたよ」

「かははは! 油断大敵ぞ、ソーマよ!」

「……うん。たしかに見くびってたよ、ごめん」


 このまま何度でも、彼女が勝てるまで全力で接待しようと思っていたのに。

 それなのにここにきてこの予想外の展開とは。


 初めて勝てた喜びからか、彼女は見るからに上機嫌だ。

 おかげで外のサイレンはぴたっと止まっている。

 スマホには日本で油田が湧いたとか難病の治療方法が見つかったとか、そんな速報がひっきりなしに流れていた。つまり地球は救われた。でも、そんなことよりも……。


(こういうどんでん返しがあるから……ゲームってのは楽しいんだよなあ)


 自分の口からほうっとこぼれた吐息は、安堵というより純粋なよろこびで満ちていた。

 この胸のドキドキは、あのときイカサマに手を出していたら味わえなかったものだろう。


 僕は手を叩いて勝利を祝う。


「ほんっとすごいよ、まさかそっちが『いいオバケ』だったなんて。まんまと騙された」

「うん? 『いいオバケ』?」

「……うん?」


 ミラがこてんっと首をかしげてみせる。

 おかげで僕の胸からはすっと清々しい気持ちが消えていった。

 おそるおそるその、ミラが脱出させたコマの目を確認してみる。はたしてその目は……赤かった。


「ミラ、これ……『わるいオバケ』なんだけど」

「む?」

「脱出口にたどりついて、外に出られるのは……『いいオバケ』だけって言ったよね?」

「……つまり我の勝利は」

「……なかったことになるかな」

「~~~~っ!」


 ミラが恥ずかしそうにうつむいた瞬間。

 茜色の空に、またサイレンががんがんに鳴り響いた。


「よーっし! ウォーミングアップはここまでだ! ルールも覚えたろうし今度は! 今度こそは本番といこうじゃないか!」

「っ! よいではないか! ならば次は……次こそは、本気をみせるのだからな!」

「……よろしくお願いいたします、遊真様」

「ええ! こうなりゃとことんまで付き合いますわ!」


 結果。

 富士山が爆発しそうになったりしつつも、夜中の三時ごろに通算二百三回戦目でようやくミラを勝たせることができた。

 当分ガイスターのコマは見たくもない。


「わーっはっはっはっは! 見たか! これが我が実力よ! だがまあ、ユーマもよくやったと思うぞ!」

「それではまた、次回もよろしくお願いいたしますね」


 意気揚々とミラたちが消えた後。


「うう……シェーシャさん、結局なんでアドバイスしてくれたんだろ……」


 肝心のことを聞くのを忘れたと気付いたが、睡魔に負けた僕はそのまま昼過ぎまで眠り続けたのだった。






 第二章 ペチャリブレ


「やあいらっしゃい、ミラ……ミラ?」


 恒例行事となった金曜七時。

 いつものように本がぴかっと光って、ミラとシェーシャさんが現れる。

 勝負もこれで四回目だ。僕は慣れたもので彼女たちを出迎えるのだが……。


「どうかした?」

「む……ちょっとな」


 ミラはため息をこぼしてみせる。

 いつもよりテンション低めで、眉もへにゃりと曲がっている。

 そんな主人をチラ見して、シェーシャさんが淡々と。


「前にも申し上げたとは思いますが……我ら星砕きの民は故郷を持たぬかわりに、各地に拠点を築いているのです」

「ああ。それがこの付近だと火星なんでしたっけ?」


 ミラたちは僕との勝負がない間、火星で待機しているという。

 そこには星砕きの民がほかにもいて、彼らにいろんな報告を上げたりしているらしい。二十年以上も眠っていたこととか、地球粉砕任務の進捗についてとか。


「実はそちらで……」

「シェーシャよ」


 口を開きかけたシェーシャさんに、ミラが一瞥を向ける。

 瞳は冷たく、凪いだ海のようだが……その口元にはまぎれもない苦笑がうかんでいた。


「ただの内輪もめだ。部外者に聞かせる話ではない」

「……失礼いたしました」

「わかればいい。それよりユーマよ!」


 そうしてぱっと僕に向き直ったミラは、いつも通りの能天気な笑みを浮かべていた。


「汝の父。ユーイチとはまだ連絡がつかないのか?」

「あ、ああ……そうだね、消息不明のままなんだよ」


 海外の大学で教鞭をとる父は、よくフィールドワークと称して物騒な地に足を運ぶ。

 今回はジャングルの奥地に住まう少数民族の暮らしを調査すると言って出立したきり、かれこれ一ヶ月ほど音信不通らしい。わりとしぶとい人だから心配はしていないけど。


「なーんだ。つまらん。積もる話もあったというに」

「話って? ずっと十九年寝てたんだろ」

「それはもちろん汝の話をするに決まっておろう!」


 僕の鼻先をつんっとつつき、ミラは笑う。


「汝の盤上遊戯のセンスはユーイチ以上だ! 我を楽しませるものを的確に選び出し、さらに接戦するとは! 見上げた実力であるぞ! 褒めてつかわす!」

「あ、あはは……光栄デス……」


 接待プレイの腕前を褒められるって複雑なもんだな……。

 これまでの三回とも、危ない局面もあったけど、僕はなんとか最終的にはミラを勝たせることに成功していた。


(それにしても……なんだか疲れているみたいだったけど、大丈夫なのかな?)


 とはいえ無理に聞き出そうと思えるほど僕も図々しくはなかった。

 戸惑っているうちにミラがローテーブルの向こうに座り、シェーシャさんがその後ろで待機する。いつも通りの構図だ。もう追及するタイミングは失われた。


「で、今日はなにで勝負するのだ?」

「それじゃ……今日のゲームはこれにしよっか」

「ぺちゃ……りぶれぇ?」


 僕が差し出した長方形の箱を見て、ミラが不思議そうな顔をする。


 箱の中に入っているのは二種類のカードだ。

 ミラはそれを取り出してぺらぺらとめくり、首をかしげてみせた。


「なんぞこれ。絵のカードと文章のカードしかないのだな。点数も書いてはおらぬようだし……これでどうやって競い合うのだ?」

「ルールの説明に入る前に。シェーシャさん」

「はい? なんでございましょう」

「今回はシェーシャさんにも、ゲームに参加していただきたいんです。かまいませんか? 最低三人は必要なゲームでして」

「……はあ」


 シェーシャさんは困ったように目じりを下げる。


「よろしいでしょうか、ミラさま」

「うむ、我はかまわぬぞ。だが日ごろ世話になっておるシェーシャとはいえ、手加減はせぬがな!」

「承知いたしました。では、お手柔らかにお願いいたしますね」


 そうしてシェーシャさんはミラの隣に上品に腰かける。

 彼女にゲームに参加してもらうのはこれが初めてだ。


(私を勝負に巻き込んだのは、なにか策があってのことですか?)


 いつものように頭の中で彼女の声が響く。


(ええ。今回は……たぶん簡単にミラを勝たせてやれると思いますよ)

(ほう。お手並み拝見といたしましょうか)


 シェーシャさんはうっすらと微笑んでみせる。

 僕は小さく息をついて、テーブルにカードを広げえてみせる。


「これはペチャリブレと言って、どちらが強いかを競い合うゲームなんだ」

「む? ゲームなのだから強さを競うのは当然では?」

「もちろん。でも競い方がちょっと特殊だ」


 プレイヤーにはそれぞれ二種類のカードが配布される。

 キャラクターの書かれたカードを一枚。

 特徴、もしくは道具の書かれたカードを二枚。

 これを使って争う方法は……。


「武器になるのはプレゼン力。引いたキャラクターがどういう能力を持っていて、相手よりどう強いか、自分で考えて自分の口でプレゼンするってわけ」

「なるほど! 弁が立つ方が有利というわけだな」

「そういうこと。大喜利系ゲームって呼ばれることもあるんだけどね」


 有名なのはキャット&チョコレートあたりだろう。

 幽霊屋敷で出くわすハプニングを、アイテムを使って自由に切り抜ける。


 ほかにもこの手のゲームはけっこういろいろ数があるのだが、ミラと遊ぶのは初めてだった。


「だが、勝敗はどう決めるのだ? 話し合いでは埒が明かぬぞ」

「それも簡単。対戦に参加していないプレイヤーが投票して決めるんだ。今回は三人だから……ミラと僕とが戦えば、シェーシャさんが。ミラとシェーシャさんが戦えば、僕がジャッジを下すことになる」

「ほう、第三者の意見で勝敗を決するのか。そういう方式もあるのだなあ」


 ミラは興味深そうにカードを検分していく。

 どうやら今回のチョイスもお気に召したらしい。

 シェーシャさんもにこにこと僕を見つめているし。


(合点がいきました。私は身内ですから自然とミラ様に甘い判定を下すし、遊真様は全力でミラ様をよいしょする。これならたやすく勝ちを譲れますね)

(でしょ?)


 ミラとの勝負もこれで四回目。

 さすがの僕も学ぶというものだ。


(最初にやったガイスターとかいい例なんですけど……純粋な勝負事で、ミラを勝たせるのはめちゃくちゃ難しいんですよ)


 ミラは一手先も読まないし、ダイス運もカード運もとにかく悪い。そんな彼女をイカサマなしで勝たせるのはかなり骨が折れるのだ。

 まあ、楽しそうに遊んでくれるところを見るのは悪くないんだけど……。

 その過程でスマホに緊急速報がばんばん入っていては、遠からず僕の胃が死んでしまう。


(これなら無理なく簡単にミラを勝たせることができる。シェーシャさんを利用するようでちょっと申し訳ないんですけど……よろしくお願いします)

(お気になさらず。私でよければご協力いたしますよ。ですが……)


 そこでシェーシャさんはすこし言いよどんで……にっこりと微笑んだ。


(物語を作るゲームというのは興味深いですね。ぜひとも楽しませていただきたいところです)

(え、ええ。そりゃもちろん大歓迎ですけど……?)


 ゲームを楽しんでもらうのはいいことだ。

 それなのになぜか僕の背中を冷たい汗が流れ落ちた。


 まだ春先で、今みたいな夕方なんかは肌寒いくらいだっていうのに……だ。

 違和感を振り払うようにしてカードを丁寧に切っていく。


「そ、それじゃ始めるけど……あ、キャラクターカードからミラたちが分かりにくそうなのは抜いとくな。ユーチューバーとかさ」

「む。わかるぞ、ユーチューバー」

「またまた。ミラたちがこの星に来た十九年前には影も形も――」

「ユーチューブで動画を配信する者たちのことであろう」

「……なんで知ってるのさ」

「滅ぼすかどうか検分中の星だぞ。その文化を学び、価値があるか推し量るのも我らの使命だ」


 ミラはそれっぽい言葉を並べ立ててから……ぱあっと笑う。


「盤上遊戯を遊ぶ動画なんかも多いしな! 火星での暇つぶしには最適なのだ!」

「そういうわけで、ミラさまに付き合う形で私もよく拝見しております。ユーチューバー」

「へ、へー……」


 つまりこの世のどこかに、宇宙人からの広告収入を得てるユーチューバーがいるってことか……。うん、深く考えるのはよそう。

 そういうわけで僕は特にカードを抜くこともなくシャッフルし、三人に配っていった。


 第一試合は僕とシェーシャさん。

 ここで勝ったプレイヤーがミラと戦うことになる。


「ふっふっふー。ではでは、お手並み拝見といこうではないか、ふたりとも!」

「よろしくお願いいたします。遊真様」

「……はい」


 手札がよかったのか、ミラは始まる前から上機嫌だ。

 そういう僕もまあまあ強そうなカードを引けていた。


(ここまで強いと負けにくそうだなあ……でもま、問題なのは……)


 ちらっとシェーシャさんの顔をうかがう。

 彼女はにこにこ笑いつつ、「まあ」とか「ふむ」とか配られた手札を見つめている。いいカードなのか悪いカードなのかもわからない。


 なんだか嫌な予感がするけど……勝負はやってみないとわからない。


「それじゃ最初に全員一斉にカードをオープンします。いいですか?」

「はい。それでは……」

「オープンである!」


 僕とシェーシャさん、ミラがカードを開く。

 結果、次のようになった。



 僕・【身体が鋼鉄】&【高学歴】な『戦隊ヒーロー』

 シ・【肌がベトベトする】&【憂鬱】な『ユーチューバー』

 ミ・【巨大化する】&【自信過剰】な『宇宙人』



「…………」

「あら、さすがは遊真様。強そうですね」


 しれっと言ってのけるシェーシャさんだった。

 あまりに強烈な彼女のカードの組み合わせに、僕は言葉もない。


「あまりに引きが悪くはないか……?」


 前々回、ラブレター(という名前のボードゲーム)で散々カード運の悪さを露呈したミラが、自分のことを棚に上げてぼやいているし。


「え、えーっとシェーシャさん。一応この特徴カードは二枚使う必要なんてなくて、どちらかだけ使えばOKなんですけど……」

「いえ、せっかくですしこの二枚で勝負いたしますよ」

「えええ……どう見ても初手で負け戦すぎるでしょ、こんなの」


 たしかにこれはミラを勝たせるためのゲームだけど。どうせならシェーシャさんにも楽しんでもらいたいんだけどなあ……。

 そんな僕の考えを読んだのかは知らないが、シェーシャさんはにっこりと笑う。


「ウォーミングアップも兼ねた試合でございましょう? まずは肩慣らしということで。どうぞ、先攻は遊真様ですよ」

「それじゃ始めますけど……」


 僕は遠慮なく、口撃を始める。


「僕のこれはもう見たまんまですね。戦隊ヒーローで、体が丈夫でさらに頭もキレる。悪の組織と戦う、完全無欠の正義の味方です」

「うむうむ。いかにも主人公といったところだな。我の手札と戦うのが楽しみだ」

「まあ、一試合終わったら手札の組み合わせは変わるんだけどね」


 勝った方は一枚カードを捨てて、負けた方から一枚もらい受けなければならない。

 その選択は敗者にすべてゆだねられるので、次に僕が戦うときはシェーシャさんの特徴カードが回ってくる。肌がベタベタする戦隊ヒーローとかになったら地味に嫌だな……。


 そんなことを考えている間、シェーシャさんはじっと自分の手札を見つめていた。

 やがて考えがまとまったのか、そっとひと息ついて。


「こちらの方は佐藤俊夫さま。二十七歳。コンビニバイトで生計を立てるフリーターです」

「……はい?」

「……うん?」


 ユーチューバーを指さして、シェーシャさんは淡々と語る。僕とミラはぽかんと固まるだけだった。

 えっ、今のプロフィールは何事ですか。

 そんなツッコミを挟む暇もなく、シェーシャさんの語りは続く。


「彼は住み慣れた田舎を飛び出して、半年ほど前に都会に出てまいりました。ですが明確な目標もなくただ日々を浪費するだけ。一攫千金をもくろんでトッピーという名で始めたユーチューバー業も、チャンネル登録数が一桁という惨状です」

「ぐ、具体的にしょっぱいですね……」

「ええ。とても【憂鬱】な方なのです」


 そう言って示すのは【憂鬱】カードで。


「ですがそんな彼に転機が訪れます」


 次に示すのは僕の戦隊ヒーローだった。


「ある日の深夜、コンビニバイトからの帰り道……たまたま通りかかった講演で、彼はとある人物に遭遇します。それはこの街を悪の組織から守っているはずのヒーローの姿でした。興味を覚えた彼は、こっそり物陰からその様子をうかがいます。ヒーローは誰かと密かに話をしているようでした」

「ほ、ほうほう。それで?」


 興味を覚えたのか、ミラが身を乗り出す。

 たしかに臨場感があってちょっと引き込まれちゃう語り口だけど……え、これ何の話?

 なんて思った矢先。


「ヒーローが話していたのは……なんと、この街を脅かす悪の組織の幹部でした」

「へ」

「なんだとう!?」

「平和を守るなんて真っ赤な嘘。どうやら彼らは共謀し、この街をうまく牛耳っていたのだと判明します。義援金をせしめたり、保険金を搾取したりとやりたい放題」

「くっ……なんたる卑劣な! ヒーローの風上にも置けぬ輩だな!」

「なんで僕をにらむ!? そんな設定一切ないぞ!?」


 慌てる僕だがシェーシャさんの語りは止まらない。


「ヒーローと悪の組織の幹部は、同じ大学出身のエリートのようです。頭が切れるため、これまで誰にもバレずにことを進められたのですね」

「僕の【高学歴】設定をうまく織り込まないでくださいよ!?」


 なんだか風向きがおかしくなってきた。

 冷汗をかく僕を気にかけることもなく、シェーシャさんは続ける。


「彼、佐藤俊夫さまは考えます。彼らの悪事を暴き立てるのは今しかない、と。ですが彼は同時に恐れるわけですね。戦隊ヒーローと悪の組織の幹部。そんなふたりを敵に回して、無事でいられるはずがありません。寒くもないのに汗が止まらず、いつの間にか全身ぐっしょり濡れています」


 そう言って示すのは【肌がベトベト】のカード。


「しかし彼は古いスマホをにぎりしめて考えるのです。何も成せなかった自分がヒーローになるのは……今しかないと。そして最終的に、彼は――」


 ユーチューバーのカードを示して。


「ヒーローと悪の組織の幹部の企みを、ユーチューブで全世界に向けて実況配信することを決断するのです!」

「と、トッピー、おぬし……!」

「こうして彼の動画は世界中に広まり、悪は潰えました。彼はその勇気を讃えられ、正義のユーチューバーとして新たな一歩を踏み出すことになったのです。めでたし、めでたし」

「くうう……見事である! トッピー! 悪をくじき、秩序をもたらすとはあっぱれな男よ!」


 それに力いっぱいの拍手を送るのはミラだった。

 なぜか目じりに涙を溜めて、びしっとシェーシャさんに人差し指を向ける。


「よってこの勝負……シェーシャの勝利だ!」

「あら、ありがとうございます」

「まっ……待てえええええええ!?」


 あまりの超展開に言葉を失っている隙に負けが確定していた。

 あわてて挽回を図るのだが――。


「急にストーリーが飛躍しすぎだって! 僕まっとうな正義の味方のはずなんだけど!?」

「えー。でもこの話、我はとーっても気に入ったぞ?」

「うっ、ぐ……!」


 そう言われてしまうと、ぐうの音も出ない。

 こういう大喜利ゲームは、どれだけ突飛なことを言ったとしても、審査員が気に入ればそれが勝ちになる。論理的なことを言えばいいってものじゃないのだ。


 今回は審査員であるミラの心を掴まれてしまったのが敗因である。

 悔しさを噛みしめつつ僕はシェーシャさんをにらむ。


「しかしシェーシャさん、めちゃくちゃ話うまいですね……なんか前にやってました?」

「ええ、私はミラさまを幼少期からお世話させていただいておりますので」


 口元に手を当てて、上品に笑うシェーシャさん。


「寝物語もお役目のひとつでした。同じ話ばかりでは飽きてしまうので、アレンジしたり続編を考えてみたり……ミラさまの反応を見つつの試行錯誤でしたね」

「つまりミラのツボが最初からわかってるってことじゃないですか!?」

「うむ。久方ぶりにシェーシャの物語を聞いたが、我好みの胸のすくような話であった。やはり秩序と正義はよいものだのう」


 ミラは見るもわかりやすいご機嫌だ。

 だから僕はこっそりスマホでニュースサイトを確認するのだが……。


(……世界中で悪徳政治家が検挙されてるし)


 わかりやすいにもほどがある。

 このまま上機嫌でいてくれればいいんだけど……。


「では、次は私とミラ様の対決ですね」

「げっ……!」


 ミラとシェーシャさんとの戦いなら、当然審査員は僕になる。

 どれだけミラがへっぽこプレゼンを行ったとしても、ジャッジに色をつけて勝たせればいいだけなのだが――。


「遊真様への協力は惜しみません。ですが」


 シェーシャさんはにっこりと、僕に向かって笑いかける。


「私を下そうというのであれば……仕えるに足るお力を見せていただこうではありませんか」

「ぐっ、う……!」


 そのきれいな笑顔に気迫のようなものを感じてしまい、僕は息を詰まらせてしまう。

 ひょっとして僕、とんでもない人を作戦に組み込んでしまったのでは!?


「あ、くそ……しかも僕のカードとシェーシャさんのカード、なにを取り換えてもトッピーが強くなるだけじゃないか……! 無理ゲーだろこんなの!」

「なに、焦るでないぞ、遊真よ!」


 なぜかミラはやる気だし。


「ユーマの仇は我が討つ! 我のたくみな弁舌によって、トッピーを倒してみせようではないか!」

「なにその自信!? おまえじゃ絶対返り討ちにされるのがオチだって!」

「なにを言うか! 我の【巨大化する】&【自信過剰】な『宇宙人』の手にかかれば、トッピーなどたやすく握りつぶせるというものだ!」

「冷静に考えろ! その組み合わせ、あからさまに噛ませキャラだろ!?」

「それでは第二幕……『ユーチューバー・トッピー、望郷の宇宙編』とまいりましょうか」

「スペースオペラが始まった!?」


 結果。

 第一回戦の優勝は……。


「うううううう……と、トッピー……! まさかあそこで宇宙船を守るため、爆弾を抱えて船外に飛び出すなんて……! 男の中の男よのう……! この勝負……我の完敗である!」

「光栄でございます」

「せめて僕のジャッジを聞いてくれるかなあ!?」


 望郷の宇宙編は三十分ほどの長丁場となり、ミラが涙ながらに敗北を認めたのだった。

 おかげで地球のあちこちで大雨が降りしきり、水害が多発したのは言うまでもない。


(くっそ……! 味方だと思ったのに! 獅子身中の虫ってこのことか!?)

(いわゆる、強キャラを味方にするためのイベント戦ですね)

(にしたって難易度おかしいでしょこれ!? あとふつーに念話してこないでください!)

(あらあら、嫌われてしまいましたね)


 お淑やかに笑うシェーシャさんをにらみ、僕はちゃっちゃとカードを混ぜるのだ。


「ウォーミングアップはここまで! 次が本戦だ!」

「おうとも! トッピーにリベンジを果たしてやるぞ!」

「ふふふ、楽しいゲームですね」


 闘志を燃やす僕たちに、シェーシャさんは勝者のほほえみを向けるのだった。

 そんなこんなで第二戦。


「よーっし! 【ドリル】&【ハッキングが得意】な『ユーチューバー』だ!」

「なっ……現状最強カードではないか! しかも強そうな武器付き……! これはとうとうユーマの勝利では!?」

「では私は……」


 シェーシャさんがぺらっとカードをオープンする。


「【卵】&【失恋直前】な『おかん』でございます」

「勝てるわけないじゃん!」

「母親ってだけで強いのに、それが失恋直前だものな……」


 第二戦もシェーシャさんの勝利で終わって。


「第三戦! ゆけ! 【分身の術が使える】&【悪臭を放つ】『忍者』である!」

「私は【植物と話ができる】&【子連れ】の『ラッパー』ですね」

「わははは! 真剣勝負に子供を伴うなど笑止千万! その血筋、ここで絶やさせてもらうぞ! 凡俗のラッパーよ!」

「こちらのラッパーさま、本名は佐藤良夫さまと申しまして」

「うん……佐藤とは……まさか!」

「ユーチューバー、トッピーのお父上でございます。こちらのお子様は幼少期のトッピー様です」

「この親子を手にかけるなど、我にはできぬううう……!」

「気軽にスピンオフするのやめてくださいよ!?」


 そこからの勝負はすべてシェーシャさんの圧勝で終わった。それにともなってユーチューバー・トッピーの一族の設定がものすごく重厚なことになっていく。なんだこの家系。


「ふふ。さあ、次はどう楽しませてくださるのですかね」

「くっ……! 勝者の余裕ってやつかよ!」

「うう……次のシェーシャを破るのは厳しいな……」


 通算十何戦目。

 最初に僕とミラが戦って、なんとかミラを勝たせることができた。


 だが、この次はミラとシェーシャさんの対戦だ。

 そしてよりにもよって、その手札は……。


「今回の私の手札は無敵ですよ。なんせ【カレー粉】&【毛深い】『ユーチューバー』……どうあがいたところで、ミラ様の勝機は薄いでしょう」

「ぐうう……その珍妙な特徴カードの組み合わせでなにをどーやって勝つ気なのか皆目見当もつかぬが……ユーチューバーなだけで強者のオーラが迸っておるな……」


 歴戦の覇者を前にして、ミラはすっかり闘志を折られかけているし。

 そのせいか、今現在地球上ではありとあらゆる作物が根腐れを起こしているとか、いないとか。このままだと壊滅的な食糧危機だ。早急に手を打つ必要があるだろう。


「うう、我の手札ではいささか攻撃力に乏しいし……」

「……諦めるのは早いよ、ミラ」


 僕は静かに手札から一枚のカードを取り出してみせる。

 ペチャリブレのルールだ。

 敗者は勝者にカードを一枚押し付けることができる。


「僕からこの一枚を託す。これでシェーシャさんを倒すんだ」

「っ……しかし、こんなものでどうやって……!」

「このゲームは力押しだけじゃ勝てないよ、ミラ」


 ミラは真っ向勝負で勝つことを好む。

 このゲームでもそうだ。わかりやすい能力と武器で、相手に立ち向かっていく。だがそれではシェーシャさんのユーチューバーには敵わないだろう。


「ここは知恵を絞るんだよ、ミラ」

「知恵……?」


 ミラはごくりと喉を鳴らす。

 そして僕の渡したカードをそっと見て……険しい顔でうなずくのだった。


「わかった! やるだけやってみせようぞ! ゆくぞ、シェーシャよ!」

「主とはいえ容赦はしません! いざ!」


 最終決戦!

 シ・【カレー粉】&【毛深い】『ユーチューバー』

 ミ・【札束】&【???】な『映画監督』


「映画監督……? いえ、それよりもう一枚のカードはなんなのですか? 先ほど遊真様からもらいうけたもののようですが」

「焦るでないぞ、シェーシャ。いずれわかるさ」


 ミラは不敵な笑みを浮かべてみせる。

 それはまさに戦士そのものの顔つきで。先ほどプレッシャーに屈しかけていたのが嘘のようだ。


「我の攻撃ぞ! 我がしもべは映画監督! この【札束】をもってして、汝が主役の映画を撮ってやろうと画策しておる!」

「あらまあ。お金の力で私を押さえつけようというのですか? 浅はかなことですね」

「そう。幾多もの宇宙の均衡を保ったユーチューバー・トッピーをはした金で従えようなどあまりに無謀というもの。我ら星砕きの民が総力を挙げても、かの傑物を下すのは難しいであろうよ」


 ……ユーチューバーってなんだっけ。

 改めて根本的な疑問が脳裏をかすめるが、僕はただ勝負を見守った。


 リビングには緊張の糸が張り巡らされ、すこし身じろげば肌が裂けそうなほど空気がひりついていく。

 平和ボケした日本人の僕でもわかる。

 これは、純然たる殺気というものだ。


「だがそんな汝にも……致命的な弱点があったのだ!」

「っ……そんなはずはありません。ユーチューバー・トッピーの冒険譚はミラ様もよくご存じのはず。彼は完全無敵です」

「ふっ、はたしてそうかな? なにせ……」


 ミラが最後のカードをびしっと開く。


「我がしもべこそは、汝がダメダメだった過去をよく知る……【元カノ】なのだぁ!」

「っっっっっっ~~!?」


 リビングに電撃が奔った……ような気がした。

 シェーシャさんはぽかんと目を見張ったまま固まって、そこにミラが畳みかける。


「過去のダメダメエピソードを映画に使われたくなければ! おとなしく降伏するのだなあ! 宇宙一のユーチューバーよ!」

「ま……」


 やがて、シェーシャさんはがっくり肩を落とすのだ。


「参りました……」

「やった! 勝ったーーーー!」

「いやだからこれ、ジャッジを下すのは僕……まあいいけどさ」


 飛び上がって喜ぶミラに、水を差すのはためらわれた。


(ま、これで今回も無事に地球は救われたかな……)


 世界中の作物は息を吹き返し、史上まれにみる豊作が予期されるほど、米も麦もぐんぐん成長しているらしい。あと、いろんな映画の興行収入が突然跳ね上がっているとか。この程度の騒動ならすぐに鎮静化されるだろう。

 僕はほっと胸をなでおろすのだが……。


「ユーマよ!」

「うわっ!?」


 突然の衝撃に口から心臓が飛び出るかと思った。

 あわてて見ればミラが横から抱き着いていて、きらきらと満面の笑み向けている。


「汝の助言があったおかげでシェーシャに勝つことができたのだ! 褒めてつかわすぞ!」

「は、はあ……どう、いたしまして……?」


 口元が引きつるのはご愛敬である。


 だって仕方ないじゃないか。よーく育った胸とか、華奢なようでいてほどよく肉のついた二の腕とかが、これでもかと押し付けられているのだ。宇宙人でもやっぱ女子っていい匂いがするんだなー……なーんて、他人事みたいに考えないと、あらぬ場所が誤作動しかねなかった。


 鋼の精神で紳士を気取って、僕はミラに笑いかける。


「どうかな、今回の勝負も楽しめた?」

「うむ! 存分にな! さすがはユーマのチョイスである! ユーイチよりもセンスがいいぞ!」

「あはは……そう言ってもらえると真剣に選んだ甲斐があるかな。あと一回。お手柔らかに頼むよ」

「あと一回か……もちろんだとも」


 ミラはほんのすこし言いよどんでから――ふんわりと笑う。


「こんなに楽しい勝負ができたなら……また長き眠りにつこうと悔いはないな」

「へ……?」


 いつもの不敵で尊大、豪放磊落な笑みとは違う。

 ちょっと力ない微笑みに、僕の胸は大いにざわついた。しかしその違和感を払しょくするより早く、ミラは元の調子に戻ってしまう。


「よーっし! それでは帰るとするか! シェーシャよ!」

「了解いたしました。それでは遊真様。また七日後に」

「次回で最後となるが……ゆめゆめ気を抜かぬことだな!」

「えっ、ちょ……待ってって!」


 僕が止めるのも聞かず、ふたりは来た時と同じように光に溶けて消えてしまった。


「なんだったんだろ、今の……」


 やけに静まり返ったリビングで、僕はひとり首をかしげるのだった。



 ◇◇◇


 その数日後の夜のこと。


「こんばんは、遊真さま」

「うおわっ!?」


 リビングでひとりぼけーっとしていた僕はおもわず奇声を発してしまった。

 ソファーから振り返ってみれば、そこにはもはや顔なじみとなったメイドさんが立っている。


「は? シェーシャさん? え、なんで……忘れ物ですか?」

「いえ。個人的な要件です」

「……ミラ抜きで?」

「ええ、ミラ様は火星でお休み中です。それにしても……」


 僕の目の前。ローテーブルに広げられたボードゲームの山を見て、シェーシャさんは眉をちょっぴりひそめてみせる。


「おひとりでもゲームですか……? 人の趣味をとやかく言うのはマナー違反だとは思いますが……ずいぶんその、わびしい趣味でございますね」

「違います! 次にやるゲームを研究してただけですからね!?」


 慌てて否定する僕だった。

 しかも研究と言ってもスムーズな負け方の模索なのだから、『わびしい』って指摘は当たっているかもしれない。頭を抱えつつ、ボドゲをささっと片付ける。


 そんな僕の前にシェーシャさんは静かな足取りで歩いてくるのだ。


「先日はお見事でございました、遊真さま。見事にミラ様を勝利へ導き、私を下しましたね」

「はあ、どうも……それをわざわざ言いに?」

「今のは前置き。あなた様の力と勇気、そしてお人柄を見込んで……頼みがあるのです」

「頼みっていったい……っ!?」


 シェーシャさんが迷わずその場に跪き、僕の手を取ったのだ。

 僕は目を白黒させるのだが……すぐにハッとする。僕の手をつかんだ彼女の指先は冷え切っていて、ほんのわずかに震えていた。

 彼女は縋るような瞳を僕へと向ける。


「どうかお願いします、遊真さま。この星と……我が主を救ってください」






 第三章 パンデミック ~クトゥルフの呼び声~



「よーっし、この場所の邪教徒は排除しきったぞ」


 いつもの金曜午後七時。

 ミラと僕との一騎打ち。

 その最後の勝負だった。


 すっかり日も暮れて、窓の外は深い闇に包まれている。それに、やけに静かだった。

 今日も今日とてリビングのローテーブルには大きなボードが広げられ、さまざまなコマやカードが乗せられている。


 今回のゲームはいつもとちょっと趣向を変えた品だ。

 その名も――『パンデミック~クトゥルフの呼び声~』。


 アニメやゲームをちょっと齧ったことがある人なら、クトゥルフって単語には聞き覚えがあるだろう。旧きものどもと呼ばれる邪神たちを取り巻くコズミックホラー。このゲームはそんなクトゥルフをテーマにしたボードゲームだ。


 プレイ人数はふたりから四人まで。

 それぞれ特殊能力を持ったキャラクターを分担して動かし、アーカムという街にはびこる邪教徒を排除しつつ、邪神の復活を阻止する。


 プレヤー同士で争うのではなく、みなで手を取り合って世界を救うのが目的なのだ。


「ふんふん。勝つも負けるも一蓮托生のゲームというのもあるのだな。こういうのもたまにはいい。ただ……宇宙からの敵を排斥する、というのがどーも引っかかるのだが。異星人である我にやらせるには、ちーっとばかし気遣いが足りないのではないかのう……」


 そんなふうにぶちぶち文句を言いつつも、ミラは機嫌よく手番をこなして、ひとつのマスに固まっていた邪教徒コマを一気に三つも排除してくれた。


 邪教徒はプレイヤーの手番ごとにランダムに増え続け、同じ場所に四つ固まってしまうと、一体の旧きものども――オールドワンが覚醒してしまう。そいつらはそれぞれ目覚めるごとに厄介な固有能力を発揮してくれるし、計七体目でクトゥルフが復活。問答無用でゲームオーバーとなるのだ。


 それまでに僕らは四つの区画に存在するゲートを封印しなければならない。

 でも先ほど二つ目のゲートを封印したところで、ゲームの幸先はいい方だった。


「なあ、ミラ」

「うん? なんだ、次の手の相談か?」

「いんや。ミラには赤の区画の封印を目指してもらうってのは変わらないよ。ゲームのことじゃない」


 僕も自分のコマを進め、別の区画に向かう。


「この勝負も今日で最後だな」

「ああ、それがどうしたんだ」

「おまえ、これが終わったらどうするつもりなんだ?」

「……どうするって」


 そこでミラがすこし言いよどんだ。


「そんなの決まっておろう。汝との勝負を吟味し、この星に審判を下す。滅ぼすか、育むか。だから、我は――」

「また敗北を認めて、自分から封印されるのか?」

「っ……!」


 ミラがハッと息をのんだ。

 しばしその瞳は驚愕に染まっていたが……やがてゆるゆるとかぶりを振る。


「……ユーイチか?」

「いんや。父さんはまだ連絡つかないままなんだよね」

「ならば……シェーシャか。まったく、従者のくせに余計な気を回しおって」

「申し訳ございません、ミラさま」

「ちっとも悪いと思っておらぬ顔で言うでない! はあ……」


 横で控えるシェーシャさんをにらみつけ、ミラは大仰にため息をこぼしてみせた。

 その間に僕は手番を終えて、次の邪教徒を配置していく。


 盤はまだ僕たちプレイヤーの優勢だ。

 それなのにミラの表情はいつもより固い。


「汝の言うとおり……この勝負が終わったら、我はまた長きにわたる眠りにつくつもりだ」

「この星を守るため?」

「なんだ、そこまで聞いておるのか……っと、『邪悪の胎動』?」

「あー、アクシデントカードだな。処理ややこしいし僕がかわりにやるよ。ミラは正気度チェックよろしく」

「このダイスを振るのだったな。そりゃっ……これはたぶん、悪い目なのだろうな」

「うーん……たしかによろしくはないな」


 盤上に敵が増えて、さらにミラのキャラクターが狂気状態になってしまった。

 こうなるとキャラごとの特殊能力が使えなくなって不利になる。話題に呼応するようにして、ゲームも急に雲行きが怪しくなってきた。


 ミラはぽつぽつと沈んだ声で語る。


「我らはたしかに、滅ぼさんとする星の民と勝負を行い、その結果次第で星を砕く。それが伝統で、ルールだからだ。だがしかし……形骸化した掟でもある」

「シェーシャさんに聞いたよ。毎回形ばかりの勝負なんだってな」

「うむ。だが我は何の疑問も持たなかった。正しく星を間引かねば、この宇宙はパンクしてしまうからな。正義は我の側にある。そう思っていた。この星に来て、盤上遊戯に出会うまではな」


 ミラは皮肉げに笑い、自分のキャラクターのコマを撫でる。


「この星はたしかに争いも、不平等も、不幸も多い。だがそれくらい多く、好ましいものがある。そんな優しい文明を砕くのは、どうも気が乗らなかった」


 コマを操り、邪教徒を無視して先へと進んでいく。

 そうして派手なマークのついたマス――赤の区画のゲートまでたどり着く。


「だが、それでは星砕きの民……我らが同胞たちは納得しない。二十一年前も、早く職務を果たせとせっつかれてな。そこで我は……」


 ミラの手には、封印に必要なだけの赤のカードがそろっている。ゲートを封印し、彼女は大仰に肩をすくめてみせた。


「こんなふうにして、この地に自身を封じることを決めたのだ」

「ミラさまは星砕きの民、最強の執行人ですから」


 そこでシェーシャさんが淡々と補足する。


「そんなお方を封印するような規格外が地球に存在する……そう思わせれば、ほかの星砕きの民たちも、うかつに手が出せないはずですからね。私もあのときは異論なくお供いたしました」

「だからって……もっとやり方があったんじゃないのかよ」

「バカを言え。同胞どもの頭は無駄に固い。説得などそもそも不可能よ」

「それでまた、今回も同じことを繰り返すのか?」

「うむ、それも考えたのだがな……」


 ミラは弱々しく笑う。


 封印はあとひとつ。

 盤上の邪教徒の数もそう多くはない。


 だがオールドワンのカードが、残すところあと三枚となっていた。おまけに邪教徒の上位互換中ボス……ショゴスのコマも複数置かれている。

 もう残された時間はほとんどない。


 そしてそれはミラの抱える問題も同じらしく――。


「近頃は同胞どもが疑っておるのだよ。この星には本当に、我を封じるだけの強者がいるのかどうか、と。最悪、別の執行人を派遣するとまで宣告されてしもうた」

「っ……! ほかにも宇宙人が攻めてくるってこと!?」

「なあに、案ずるな。我はこの星が好きだからな。けっして壊させはせぬよ」


 ミラはからからと笑ってこともなげに。


「我は同胞たちと真っ向から戦う。そのうえでこの星を守ってやろうではないか」

「なっ……なにをバカなこと言ってんだ! それじゃおまえはどうなるんだよ!?」

「まー、よくて追放。悪くて反逆者として追われる身となろう。もちろんシェーシャはついてきてくれるよな?」

「不本意ではございますがね」

「ダメに決まってるだろ!」


 だんっ、と僕がローテーブルを殴りつける音が重々しく響いた。おかげでミラが片眉を持ち上げるのだ。


「なにをそう憤る。汝にとって、我は故郷を砕かんとしている外敵であろう。それこそ、これらのコマのように」


 邪教徒コマ、ショゴスをつんっとつつく。


「それが今回、勝手に同士討ちをしてくれるというのだ。汝にとっては喜んでしかるべき結末では?」

「違う! おまえは今はこっち側! プレイヤーで僕の仲間だろ! 排除されるべき邪魔者なんかじゃない! それにたしかに最初は、なんて安請け合いしちゃったんだ、って思ったけど……!」


 進行次第で地球に大波乱を巻き起こすボードゲームなんて、本当なら全力でお断りだ。

 それでもやっぱり……この前ゲームに勝てたときに見せたミラの笑顔は、けっして悪くないものだった。


「僕はあと何回って言わず……もっとおまえと、ゲームがしたいんだよ!」

「っ……!」


 物好きだと、人は嗤うだろう。

 たぶん父も同じ反応をすると思う。

 でも僕は目の前で呆気に取られて固まる、この異星人の少女と……もう少しだけ、同じ時間を過ごしたいと思ったのだ。友情か愛情か、親心に近いものなのか。もっと別の感情かはわからないけど。

 この衝動は嘘じゃないと断言できる。


「ユーマよ、我は……その……」


 ミラは言葉を詰まらせつつ、上の空でコマを進める。

 しかし、不意にその手がぴたりと止まるのだ。


「「あっ」」


 僕らはそろって気の抜けた声を上げてしまう。


「……また『邪悪の胎動』を引いてしもうたのだが」

「……もう置けるショゴスがないな」

「……おまけにオールドワン、覚醒したし」

「……あと、連鎖的にまたオールドワンが目覚めたな」


 僕はミラのかわりに最後のオールドワンカードをめくる。

 クトゥルフ。

 つまりあっけなくゲームオーバーである。


「……負けたな」

「ぷっ……」


 ミラが肩を震わせて――やがて火花が弾けたように笑い始める。


「くはははは! この大事な局面で! そんなカードを引くか! 我ながら間が悪すぎるにもほどがあるわ!」

「ええ……そんなに笑うところ? あと一歩でクリアできてたのにさ。悔しくないの?」

「うむ。悔しいのはやまやまなのだが……無性に愉快でな」


 くつくつと笑うその目じりには、うっすら涙が浮かんでいるし。

 ゲームに負けて、そんなふうに笑うミラは初めて見る。僕はたじろぎつつもスマホでニュースサイトをのぞくのだが――。


「……なんの騒動も起きてないな」

「ふん。言ったであろう、この星の情勢は我の情緒とリンクしていると。つまり今の我はゲームに負けたというのに……ひどく愉快で晴れやかな気持ちなのだ」


 ミラは盤上のショゴスをこてんっと倒してみせる。


「盤上遊戯ですら宇宙生命体に敵わぬのだ。これでは同胞たちに反逆したところで、ろくなオチにはならぬだろう。ま、もう少し穏便に説得を続けてみるさ」


 そう言って、彼女はさっぱりと笑う。


「誰も傷つけぬ平和な勝負というものを、我はこの星で学んだからな。せいぜい足掻いてやるさ」

「だったら……僕も協力する!」

「……汝が?」

「うん。おまえみたいに特別な力はないけど……なにかできることがあるかもしれないし」

「ユーマ……」


 ミラはしばし、じっと僕の目を見つめていた。

 やがてその夜空色の瞳に光が散って、ぱっとひときわ強くきらめくのだ。


「では一時休戦だな。これからは……ともに戦う友として、よろしく頼むぞ」

「っ……ああ!」


 差し出された手をぎゅっと握りしめる。

 異星人だとか、凄まじい力を持っているとか。そんな些細なことを差し引いても、握った手はとても華奢で、力になってやりたいと感じさせた。


「それじゃ、さっそくこれから作戦会議といく?」

「おおっ、善は急げというものな! さてさて、どうやってやつらの鼻を明かしてやろうかの」

「ここでひとつ……私からご提案があるのですが」

「む、なんだ。シェーシャよ、申してみるがいい!」

「ええ。実は……」


 こうして僕の、地球の運命を背負った戦いは終止符を打ったのだ。

 その先でなにが待ち構えているかも知らずに……。







 エピローグ


「うっ、ぐうううう……」


 僕こと須野江遊真は、自宅のリビングで潰れたヒキガエルのような声を上げていた。


 ローテーブルに広げられているのは数多くのボードゲーム。

 しかし僕の心は踊らない。それどころか腹痛や頭痛、吐き気までがひどくなる。先日内科で心因性の胃腸炎だと診断されたのは伊達じゃないだろう。


「嫌だ……行きたくない……行きたくない、のに……!」


 そんな僕の願いも虚しく、柱時計がその時を告げる。

 やっぱりまたいつものようにあの本が光って――。


「ユーマ! 待ちくたびれたぞ!」

「これだもんなあ……! 自動で転送されちゃうんだもんなあ……!」


 ミラが目の前に現れて、僕はがっくりとうなだれる。


 そこは自宅のリビングではなかった。継ぎ目のないメタリックな壁に囲まれた、だだっ広い部屋だ。壁には計器やモニターがいくつも取り付けられ、いかにもSFチックである。

 そのくせ部屋の中央には、ふかふかの絨毯と大きめのローテーブルが置かれているのがミスマッチ。


 毛足の長いその絨毯に、僕はごろんと寝転がる。

 天井は透明な素材でできていた。その向こうには……映画でしかお目にかかれないような、宇宙空間が広がっている。

 いくつもの恒星が深い闇の中で瞬くさまは、うっとりするほどに美しいものだ。だがしかし、僕にそれを堪能するような余裕はない。


「うっ、うう……もう火星になんか来たくなかったのにいいい……なんでまた呼んだんだよぉ……!」

「なにを言うか。協力すると申し出たのは汝の方ではないか」

「それはそうだけど……!」


 がばっと跳ね起き、ミラにびしっと人差し指を向ける。


「まさか毎週火星に連行されることになるなんて思わなかったんだよ! 僕の平穏はいつになったら戻ってくるのさ!?」

「そんなことを今さらキレられてもなあ。あ、それよりユーイチから便りがあったと聞くが、元気にしておるのか?」

「おかげさまでピンピンしてるよ!」


 行方不明になっていた父は、先日になってようやく救出されたらしく一本の電話をよこしてきた。

 父さんは僕がミラの封印を解いてしまったことにすこし驚いていた。でも、今現在僕が巻き込まれている事態について報告すると大爆笑しやがって……バカ高い国際電話を無駄に長引かせ、ねちねち愚痴ったのは言うまでもない。


「そもそもなんで僕が――」

「「「ユーマ!」」」

「げっ……」


 弾んだ声に振り返れば、そこにはミラと同じような格好をした少女たちが三人立っていた。

 みなそろいもそろって美少女で、立っているだけで絵になるほど。


 彼女らはミラと同じく、この太陽系を担当する星砕きの民だという。

 地球人である僕には縁遠いはずの存在だ。それなのに彼女らはぱあっと顔を輝かせて僕の元まで駆け寄ってくる。


「ひっさしぶりだなあ、ユーマ! 元気にしてたかよ!」

「もう、一六八時間ごとの逢瀬なんて耐えられませんわ。いっそのことこちらに住めばよろしいのに」

「それいいかも! ユーマならあたしたち大歓迎だよ!」

「い、いやあ……学校とかあるし、遠慮する、かな……」

「「「えええええええ!」」」

「これ! ユーマを困らせるでない! あくまでこやつは客人なのだぞ! あとそう……むやみやたらと近づくな!」


 ブーイングを上げる三人をミラがあわてて押しのけてくれる。

 美少女四人に囲まれて、取り合われる。

 困ったことに、これが今の僕の日常になっていた。


 どこの美少女ハーレムものかと妬まれることだろう。だがしかし実態はそんなにいいものでもなかった。僕を苦しめる胃痛の原因は、まぎれもなくこの四人なのだから。


「まさか……まさか、こんなことになるなんて……!」


 僕は頭を抱えて苦悩する。

 ミラと手を取り合ったあの日から、およそひと月が過ぎていた。


 あれから様々な事件があった。火星に初めて乗り込んだときのこと、星砕きの民の三人に囲まれて、殺されそうになったこと。いろんなことが走馬灯のように脳裏に浮かぶ。


 しかし紆余曲折を経て僕は彼女らに認められ、さらに地球の破壊は見送られることになったのだ。

 めでたしめでたし。万々歳。


 ……で、済んでいたらなんの文句もなかった。

 だって僕は知らなかったんだ。

 星砕きの民には女性しかいなくて、しかもみんなとびっきりの美少女で。


「なーなー、ユーマ。今日はどんなげぇむを持って来てくれたんだ?」

「わたくしも楽しみですわ。この前の絨毯を敷き詰めていくゲームなんかは、とっても美しくて興味深かったですし!」

「今日もいーっぱい、楽しいことしよーね♡ ユーマ♡」


 どいつもこいつも娯楽に耐性がなくて、僕が紹介したボードゲームを一発で気に入って。

 そのくせ……。


「そうそう。このまえユーマに借りたパンデミックってのを、さっきまでみんなで遊んでたんだけどさあ」

「でも散々な結果で終わってしまいましたの。だからわたくし、悲しくって悲しくって……」

「ほんっと! あそこであんなカード引いちゃうとかありえないよねー! ぷんぷんだよ!」


 三人ともふくれっ面で、やいやいとゲームについて語り合う。

 僕はさーっと血の気が引いていくのを自覚するのだ。


「それで……今回の被害は?」

「うん? たいしたことねーよ。せいぜい、文明レベルガンマの惑星が三つばかし滅びかけているくらいだぜ」

「ユーマに分かりやすく申し上げるなら、千年後の地球くらいの高度文明、といったところでしょうか」

「住民の高度知的生命体の数はおよそ八垓ってとこかな? それが三つ分。ソーマが気にするほどのことじゃないよー」

「んなわけあるか! 言い訳のできないくらいの一大事だろ!?」


 僕は知らなかったんだ。


 星砕きの民はみんなゲームに関しては冗談みたいに弱くて。


 勝敗次第でへそを曲げて、宇宙に破滅と混沌を撒き散らす爆弾だなんて……知るわけないだろ!?

 知ってたらあんな安請け合いしなかったっつーの!

 地球の危機は去ったけど、かわりに宇宙全体の危機になってるじゃん!?


「そういうわけです。遊真さま」


 いつの間にか背後に立っていたシェーシャさんが、僕の肩をぽんっと叩く。

 整った顔立ちに浮かぶ爽やかな笑顔は、有無を言わせぬ圧があった。


「今週もどうか……ミラさまたちを勝利へ導き、この宇宙をお救いください」

「僕はもっと平和にボドゲがしたいんですけど!?」

「さー! 今日もめいっぱい遊ぶぞー!」

「「「わーい!」」」


 きゃっきゃとはしゃぐミラたちの声が、僕の胃にとどめを刺した。



 毎週金曜、午後七時。

 宇宙の運命は、僕の手にゆだねられる。

以前コミティアで出した同人誌になります。

Twitterのエアコミティア企画を見かけて投稿しました。

お暇潰しになりましたら幸いです!

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― 新着の感想 ―
[良い点] みんなシェーシャさん並みだったらもっと楽な気が...というか対戦じゃなくて協力プレイなら...いや...ミラなら負ける気がする... [気になる点] だめだ...アンゴルモアと聞くとケロロ…
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