精神崩
クソがクソを呼ぶ、ウンチの嵐。
俺は現状に向かって、抽象的なヘイトを撒き散らしながら歩いていた。
「やあ、遅くなってしまったな、兵斗よ~い」
隣を見ると、クソ幼馴染……朽岳 馬子が、何故か顔を赤らめながら歩いている。
時刻は、19時過ぎ。
クラス委員の仕事のせいで居残りとなり、なんだかんだでこの時間の帰宅となってしまったのだ。
赤の他人だとしても、この時間に女子を一人で帰らせるというのは良くないだろう。
主に、外聞が。
俺は物凄く嫌な顔をしながら、馬子を自宅の前まで送ることにしたのだった。
「お、おい、兵斗よ。
あれは、なんだか、よくないことが、起こってないか?」
ふと、路地裏を見ると。
なんか、見たことある顔が、不良っぽい男3人に、囲まれていた。
あれは、 確か……。
「……山……山田……山本……山杉さん!」
「渡辺さんだよ!」
幼馴染は俺に突っ込みを入れながらも、何やら期待に満ちたような目で見つめている。
なるほど。
ここは、期待に、応えねば、な。
俺は意気揚々と、携帯電話を取り出すと、110番をチョイスする。
「あ、もしもし、警察ですか?
なんか今、女子中学生が、路地裏で、野郎3人に無理矢理、〇されてます」
「ちょま……〇されてないだろうが、まだ!」
俺の言葉に、馬子が口をはさんだ。
うるせえなあ、時間の問題だろうが。
「そ、そうじゃなくてなあ、こう、止めに入るとか……」
「痛いのはイヤなんだよ、そういうのは、馬鹿がすることだわ」
俺が丁寧に説得すると、何故か馬子の目が、座った。
『あ、え、えーっと……場所は、どこですか?』
電話の向こうの、多分婦警さんの声に、俺は答える
「えーっと、県道〇〇号線と国道▽▽号線がぶつかる通りがありますよね、そこから××デパートに向かって……」
話しながら振り返ると。
……馬子が、いない。
「やあやあ、そこな奴!
男が女を囲む、その状態を、なんというか、解ってるのか?
嬲る、というのだよ!
先人は素晴らしい漢字を生み出したものだな!」
視線を上に動かすと。
無謀にも男3人に突っかかってるアホの子がいた。
なんだあのアホの子は。
運動神経も悪い癖に、何故そこで割って入る。
そして、予想通り。
アホの子は、男の一人に突き飛ばされて、そのまま地面に、伸びた。
「……おぉん?
なんだ、お前はよォ?」
「うあ、あ、あれ?」
そして、何故か、いつの間にか。
俺は、アホの子を庇うように、DQN達の前に、立ちはだかっていた。
「あ、いや、これは、そのう」
自分でも、意味の解らない状況に、心の中で俺は頭を抱えた。
どうやら、俺は、思わず馬子を助けるために、男たちの前に、立ちはだかったらしい。
アホの所業ですわ、お恥ずかしい。
一体どうすればこの状況を打開できるのか、必死で頭を回転させていると、ふと、気が付いた。
今も胸ポケットで、俺の携帯電話は電源が付きっぱなしなのだ。
恐らく警察が、逆探知して来てくれるだろう。
……という、ことは。
ここは、数十分、時間稼ぎすれば、なんとかなると、いうことだ。
「ぼ、暴力は、その、反対なのですが……」
「アァん!?
いっぺん死ぬかオラァアァアァ!?」
俺は、静かに、言葉を続ける。
「か、かの、マザーテレサは言いました」
次の瞬間、俺の奥歯に、衝撃が走る。
っつうか、普通に、殴られたんですが。
マジかよマザーテレサ仕事しろやクソが。
そのまま地面に吹っ飛ばされた後、改めて襟首を掴まれて、持ち上げられる。
「アアンダアお前はよオオオオ。
一遍、死ぬかアアア!?」
あ、ダメだ。
此奴ら、言葉が、通じないわ。
視線の先には、恐怖で声も出せない山田さん。
視線を後ろに落とすと、地面に倒されたまま、ビビッて動けないアホ幼馴染。
この状態で、数十分も、時間稼ぎを、しないと、いけないのか。
……ああ、もういいわ。
痛かろうが、苦しかろうが。
俺らしく、俺のやり方で、行こう。
「男3人で女の子1人囲むって、恥ずかしく、ないんですかねぇ?」
びっくりするくらい、声が通った。
路地裏で、俺のヘイトが木霊する。
それでも、俺に向き合っているのは、ヤローが1人だけで、残り2人は、1人は山田さんに、もう1人はクソ幼馴染に意識を向けていた。
おいおい、ふざけるなよ。
兵斗様の、有難いヘイトだぞ?
地に平伏して、拝聴しろやクソどもが。
「こんな日本変態男子に育て上げるなんてホント、両親の顔が見たい、ですねぇ?」
この言葉に、山田さんに顔を向けていた男が、俺に視線を移す。
流石は俺。
ヘイトを集めるなんて、朝飯前だわ。
俺は、笑顔を絶やさずに、ダメ押しの言葉を続けた。
「お前らのかーちゃん、VTuberなんじゃ、ねえの?」
「「「はァ?」」」
ヤロー3人のヘイトが、俺に向いた。
「はアアア!? マジでそんなこと言っちゃうのオオオ!?」
「ウチのカーちゃんはパートで頑張ってるんだわふざけるな殺すぞ!?」
「お前……言って良いことと、悪いことが……あるわ、なァ!?」
よっしゃ、これで全員のヘイト集めが完了したわ。
なんか、俺だけボコられるのは、納得いかないけどな。
ヤロー達は、青筋を浮かべて俺に掴みかかってくる。
その時。
パタパタパタパタパタパタ……。
ヤローたちの背後を、小さな子供が走り抜けたような、音がした。
「……ん?」
「なんか、通ったか?」
「足音が……」
ウフフフ……
……アハハハ
……誰もいない空間で、子供の笑い声が響き渡る。
「お、おい、お前、今、笑った?」
「俺じゃねえよ馬鹿」
「な、なんだよ今の」
俺は、顔を青ざめさせる。
これは……!
俺の、ガチトラウマ案件……!
番町皿屋敷モードだ……ッ!!
小さい頃、馬子が肝試しに本気を出した時の話だ。
声帯を別々に振るわせたり、副鼻腔に響かせたりすることで、恐ろし気な効果音を複数同時発声させる技術を覚えた馬子の皿屋敷モードで、俺はゲボ吐いて失禁して脱糞して意識を失った。
お蔭で俺の腹の中はすっかりデトックス出来たというわけだ。
あれ以来、もう二度と使うなと禁止したはずのに、アホのヤツ、また、出してきやがった。
……しかも、恐怖が、進化していやがる……!
馬子の特殊な発声法と、薄暗く狭い路地なせいで、彼女がこの音の原因だと気づけている人は、いないようだ。
「お、お前、なんでそんなに真っ青なんだよオイイイ!?」
現状を理解できないヤローの一人が、俺に向かって掴みかかる。
いや、だから、トラウマなんだって、顔ぐらい青くなるわ。
……まあ、ちょうど良い、コイツらもビビらせてやろう。
「く……クチダケさんだ……クチダケさんが、出たんだ!」
「く、クチダケさん!?」
俺は歯をガチガチ鳴らしながら、そんな言葉を口にする。
間違いなく、朽岳さんの仕業である。
嘘は、言ってないぞ。
「な、なんだそんな霊、いるのかよオイイ!?」
「おいコレ、ガチでやべぇって」
「お、お前ら、び、ビビんなや!
これくらい……これ……くらい……」
3人の恐怖を倍増させるかのように、狂気の皿屋敷モードは加速していく。
空からは台詞をギュンギュン逆回しにしたような高音のノイズが響き渡り。
地面からは逆に今度は低速にしたような超低音の音も聞こえる。
番町皿屋敷モード……怨念で日本中を恐怖に陥れた霊の怨嗟を。
まさかただ単に!
……不良を撃退するためだけに使うとは……!
多分幻視だが走り回る少年の霊と、多分幻聴だが後ろでカー〇マイヤーの音楽が聞こえる。
『ぎゃああああああああああああああああああ!!!!』
突然俺の胸元から、叫び声が発せられる。
ヤロー2人は「うおおおおおおおッ!?」とか言いながら全力ダッシュで逃げ出し。
俺の襟首を掴んでいたヤツは、ビビりすぎてそのまま意識を失った。
……おいおい、せっかくなんだ。
ゲボ吐いて失禁して脱糞までは、してくれよ。
俺はそんなことを考えながら、ゆっくりと、胸ポケットを探る。
当然そこからは、先ほどの。
……繋がったままの、携帯電話が出てきた。
……電話の対応をしてくれた、多分、婦警の人。
驚かせてしまい、誠に申し訳ありません。
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それから、数十分後。
なんだかんだで、ようやっと、警察が到着したのだった。
気絶しているヤローを一人と、へたり込んでる震えている山内さんを放置して、俺は普通に帰ることにした。
俺には関係ねぇし。
『先ほど目が覚めました!』みたいな演技をする馬子は、なんだか興味津々な顔で、俺を見ている。
……なんだコイツ?
「……どうした、人の顔をジロジロ見て。
気色が悪いぞ」
「あ、い、いや、わ、悪いな。
ちょっと、びっくりしただけだ。
実は私、兵斗は弱いものだとばっかり思っていたんだよ」
馬子は取り乱したように両手を振りながら、そんな言葉を話す。
まるで、自分は何も、していないかのように……。
「お、おい……それはどういう意味……
いや、もういい、それ以上言うな」
俺の静止をアホが受け入れてくれるはずもなく、好奇心を隠せない表情で、俺に無邪気に訪ねてきたのだ。
「まさか、1人で3人を倒してしまうとはな!
一体、どうやったんだ?」
……俺が泡を吹いて、お腹の中のデトックスをしたということは、言うまでもない。