エルの
このクソ暑い中、朝礼で教師も学生もみんな呼び出して、クソみたいな能書きを垂れるなんて、本当に愉快な気持ちなんだろうな、羨ましいよ。
全校生徒の気持ちを代弁しながら、この俺、溜杉 兵斗は、朝礼で長々と話をする学校長に呪いの言葉をこっそりと投げかける。
「こ、これは、凄いな、兵斗よ~い……」
隣を見ると、クソ幼馴染……朽岳 馬子が、目を輝かせながら校長の話に聞き入っていた。
『く ちだけ』と『た めすぎ』なのに、出席番号が同じとか、どう言う嫌がらせなのか、ふざけるのもいい加減にしてほしいぞ、どっかの邪神様よ。
馬子は「わざと睡眠を誘うしゃべり方をしている」だの「大事なことが無意識で刻まれるように意図的に話している」だの、ボソボソ俺に説明しながら校長を高評価しているが。
俺からすれば、クソを噴出し続ける便器の方が、見ていていくらか面白い。
『……え~……で~あるからして、本日は、近隣地区の清掃を、頑張るように』
おっと。
ようやっと、尊い便器様の方も、クソを噴出する作業を終えたようだ。
朝礼の台から降りる校長に惜しみない拍手を送っていると、周りの先生から睨まれた。
今日もヘイトは安定だな。
############
今日は、学校行事で、近くの公園を全校生徒で掃除するという、謎企画がある日だ。
気温も高いこの時期に、1日中外で活動とか、バカじゃねーの。
仕方ないから俺は、一生懸命にゴミを見つけたり、見つけたごみを、一生懸命睨みつけたりした。
更には竹ぼうきを右から左に持っていったり、左から右に持っていったりして、汗を流した。
掃除なんて、ぜってーしてやんねぇ。
############
「ねぇねぇ、溜杉くん」
掃除するフリに一生懸命だった俺に、クラスメートが声を掛けてきた。
おっと、早くも女友達ゲットの予感かな。
振り返ると、小学校で同じクラスだった少女が、俺に喋りかけていた。
……えーっと、誰だっけコイツ。
「……山……山田……山本……あ~……山内さん!」
「藤原よ!」
「あ、あ~……そうそう、四文字なのは、覚えていたんだけど」
「記憶方法が雑!?」
少女は盛大に突っ込みを入れた後、コホンと咳ばらいをした。
「貴方、確か書記……つまり、クラス委員よね。
アソコで遊んでいる奴らに、注意とか、しないのかしら?」
俺は少女が指さす方に、目を向ける。
……何やらクラスの陽キャな男子たちが、ピンポン玉で野球を始めている。
「……自分で、やれば?」
「ハァ?
嫌に決まってるでしょ?
クラス委員の、アンタがやりなさいよね!」
彼女の言葉に、後ろで真面目に掃除をしている女子たちも、頷いている。
俺は、首の後ろを掻きながら、考えた。
ムカつくな、コイツら。
こんなクソイベント、サボって当たり前だろうよ。
俺は全然彼らを怒る気にはならない。
なのに何故、俺を使って、彼らに注意させるんだ。
「……ああ、わかったわ。
しっかり注意してくるわ。
任せておけ」
俺は……山……山田……山本……山なんとかさんに声を掛けると、ピンポン野球をしている男子に、声を掛けた。
「おい、お前ら。
今は、掃除の時間だろ」
「……ああん?
だから何だよ。
公園掃除なんて、ダルくて、やってらんねェわ」
激しく同意だ。
気が合うな。
「ちゃんと掃除をしている皆様も怒ってらっしゃる。
お前ら、そんなガッツリサボんなよ。
もう少し、真面目に、ちゃんとやれ」
軽く振り向くと、……山……山田……山本……さん達が、頷いている。
俺は、その頷きを確認して、言葉を続けた。
「もう少し、真面目に、ちゃんと、サボれ」
「「「「「……は?」」」」」
俺の言葉に、あちこちから、変な声が、上がった。
「見つからないように、静かに、黙って、サボれ。
そうじゃないと、俺みたいに、一生懸命隠れてサボっている奴らの迷惑だ。
ほら、竹ぼうきをやるから、それを振り子の様に降り続けて1日を終えろ」
陽キャ達は『お、おう』なんて言いながら竹ぼうきを受け取った。
ほら、ちゃんと注意したぞ。
後はお前らで何とかしろよ、山田さん。
俺は膨れ上がるヘイトを背中にヒシヒシと感じながら、笑いが止まらなかった。
そんな折。
「ちゅうも~~~く!」
振り返ると、クソ幼馴染……朽岳 馬子が、チリトリ片手に大声を上げていた。
そして、いつもの様に、両手人差し指をこめかみに当ててグリグリすると。
チリトリを扇の様にして、口元に近づけた。
汚ねえなぁ。
「あぁ、諸友よ。
もはや我らに逃げ道はなく、大軍勢に、ただ、飲み込まれるのみだ」
……ん?
何を言い出すのか、良く分からない。
クラスメートが彼女に注目する中、少女は、高々と、声を上げた。
「なればこそ、私は!
敵陣へ斬り込み、果てる道を提案する!」
少女が扇……じゃなくて、チリトリを向けた先には、茫漠たる荒野に広がる敵影……ではなくて、掃除すべき公園。
そして、多分幻視だが背後に天に手を突き上げる自軍兵が見え、多分幻聴だが後ろでシュプレヒコールと鬨の声が聞こえる。
名も無き軍師モード……!!
名も無き軍師……敗戦、壊滅、疑心暗鬼の中ですら、敵中へ味方の軍を突貫させるその統率力を。
まさかただ単に!
……公園を掃除させるためだけに使うとは……!
クラスメートは馬子に注目する。
目線を逸らすことは、出来ない。
「多くは死ぬ、骸を晒す、樹木の肥料にもなろう。
しかし諸友よ、恐れることはない!」
少女は扇を振り上げると、再度、突き進むべき道へと、振り下ろした。
「今から恐らく百年後。
ここに我が軍の名前の、道が出来。
道の脇には諸友らの名を冠した店が立ち並ぶだろう!
どうだ?
それは、とっても、痛快じゃあ、ないか?」
軍師の言葉に、味方の軍が、武器を掲げて、歓声を上げた。
……正しくは、委員長の言葉に、クラスメートが、掃除用具を掲げて、歓声を上げた。
ピンポン野球をやっていた陽キャも含めて、何故だか全員が、掃除をやる気満々になっている。
全く、勘弁してくれ。
############
俺は、こっそりと現場から離れようとする。
「……おい、兵斗よ」
……と思ったら、いつの間にか、背後に馬子が立っていた。
「な、なんだよ、掃除をするつもりは、欠片も、ないぞ?」
俺の言葉に、馬子は、呆れたように溜め息を一つだけ吐く。
そして。
「……あんまり、ヘイトを、溜めるなよ?」
クソ幼馴染は、そんな言葉を小さく呟いて、掃除に戻っていった。
……どうやら、先ほどの俺と女子とのやり取りを見て、ヘイトが集まっていると感じたのだろう。
それで、例の演説をぶちまけて、ヘイトを散らすことにしたらしい。
アホめ、大きなお世話だ。
############
因みにその後、どうでも良い軍師の言葉で、何故かクラスメートは発奮し、日が暮れるまで掃除が行われた。
市の職員は偉く感動したらしく、公園の遊歩道に『○×中学1年△組の道』とか言う名前をマジで付けたらしい。
市民の税金を、なんだと思ってるんだ。