星条旗
ホントにクソみたいな人生、早く終わんねぇかなぁ~。
終了ボタンがあったら長押ししてるわ。
この俺……溜杉 兵斗は、いつも通り人生に対するヘイトルーチンを手際よく済ませる。
「お~い、兵斗よ~い!」
同じ中学校の同じクラスどころか、隣の席になったクソ幼馴染……朽岳 馬子は、他人になったはずの俺に向かって、声をかけた。
やめろ、俺とお前は、もはや他人なのだ。
知らんふりしていると、流石の彼女も察したようで、しゅんとショボくれた後、仕方なさそうに視線を前に移した。
今は中学入学後、最初のロングホームルーム。
簡単な自己紹介が終わった後に、担任の先生が軽い口調で言葉を発した。
「おいさー、それじゃあ、この中で、いいんちょーになりたいやつ、おるかー?
自薦他薦どっちでもいいぞー」
おお、さっそく、学級委員長を決めるらしい。
まあ、俺には、あまり関係ないことだが。
「はーい!
朽岳 馬子さんが、良いと思いま~す!」
小学校で同じクラスだった……えーっと、誰だっけアイツ……山……山田……山本……山なんとかさんが、バカ幼馴染を学級委員長に推薦した。
まあ、気持ちはわかる。
アホ幼馴染は、正義感だけはあるから、委員長とか押し付けるのに、最適だ。
委員長になりたくないクラスメートからの万雷の様な拍手を受けて、馬子は、照れながら教壇の前に立った。
「えー、取り敢えず今学期の委員長をさせてもらいます、朽岳 馬子と言います。
よろしくお願いいたします」
頭を掻いて照れながら、そんな言葉を発した後。
両手人差し指をこめかみに当ててグリグリし始めた。
ああ。
いつものヤツだ。
「まず最初に、はっきりさせておきたいことは。
……私が、このクラスを愛しているということだ」
アホは右手人差し指を振り上げ、力強く振り回した。
多分幻視だが背後に星条旗がはためいて、多分幻聴だが後ろで某合衆国国家が聞こえる。
ふと、周りを見てみると。
始めてコイツの演説を聞いた奴らが、驚愕の表情を浮かべていた。
わかるわかる。
どう考えても、同年代が発する言葉の圧じゃあないからな。
確かに、ウチの幼馴染、口だけなんだけど。
ガチで口だけは、多分、世界一凄ぇんではないだろうか。
うーん、それにしても、初見でビビる観客の表情。
これに関してだけは、ホントに痛快。
変人幼馴染に感謝だわ。
「そして、この学校の、どのクラスより。
いや、それどころか、世界中の学校の、どのクラスより。
優れたクラスになる可能性を、我がクラスは、秘めている!」
ふむ。
やはり、某合衆国大統領モードか。
某合衆国大統領……国民を力強く盛り上げ、牽引し、強烈なリーダーシップを示すための演説を。
まさかただ単に!
……学級委員長に選ばれた挨拶のためだけに使うとは……!
……ていうか、委員長に選ばれた時には毎回使ってたけどな。
まあ、妥当なところだろうよ。
馬子の力強い所信表明演説が終わると、クラス全員がスタンディングオベーションをした。
……年々、演説が上手くなっている気もするが……気のせい、だよな?
「うわー、朽岳さん、貴女、ホントに優秀なんだな~!」
担任も、目を見張って拍手をしている。
おい、勘違いだ。
そいつの本性は、ヘタレビビリチキン。
能力も、総じて低いぞ。
「そんじゃあ、委員決めまで、お願いして、良いかな?」
担当は、そんな言葉を吐き、手元に持っていた紙を馬子に押し付けると。
そそくさと、教室から出て行った。
更に、出て行く前に
「あ、委員決めるまで、帰れないからな~」
なんて爆弾発言をみんなに向けて、残していく。
……おいおい、マジかよ。
『委員決め』
図書委員やら、美化委員やら。
誰もやりたがらない役割を無理矢理押し付けあって決める例の愉快な一大イベントだ。
否が応でも、あちこちでヘイトが生まれる。
だからこそ!
『委員決め』では、担任教師がヘイトを集める形で、何かしら関わらなくてはならないのだ。
委員長が決めた場合、ヘイトだけではなく、無用な貸しや負い目なんかまで一身に受けなくてはならないことになる。
「は? 委員? なにそれ、俺、さっさと帰りたいんだけど」
「私も、放課後に、部活見学に誘われてるんだけど~」
「いや、俺とかバイトだし。
ちょ、ちょっと、委員長、さっさと決めようぜ~!」
やはり。
クラスメート達は、思い思いに自分の権利を主張する。
そして、誰も無用な義務を負いたがらない。
ヘイトが、馬子に、向いた。
「え、ちょ、ちょっと、待てよ諸友よ、取り敢えず静かに……」
馬子の声は、40人近い言葉の暴力に掻き消されていく。
「おーい、誰か暇な帰宅部、さっさと手をあげろよ~」
「え~、もう、委員も全部、馬子さんで、良いんじゃない?」
「バイト遅刻したら、委員長のせいだからな!」
クラスメイトから向けられる敵意の眼差しに、馬子は、涙目になっていた。
……う~ん。
俺と馬子は、赤の他人だ。
なので、助ける義理など、毛頭ない。
……ただ、まあ、しかし。
赤の他人でも、ここまで不条理に叩かれていれば、人間、誰でも助けるだろう。
何より、この理不尽なヘイトの流れに、俺自身が、我慢ならない。
俺は、怒声飛び交うクラスのど真ん中で、手を上げた。
「……ん?」
クラスメートが俺に注目するのを待って。
静かに、声を上げた。
「……んじゃ俺、書記に、立候補、するわ」