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剣と魔法のファンタジー世界にクラス転移したと思ったら巨大ロボットバトルだった僕の話

作者: 青蛙

後書きに各機体の説明があります。

短編の為にストーリー駆け足です。




 始まりは唐突だった。

 授業中の教室の床に魔方陣のような模様が突如として現れ、それが目映い光を放った次の瞬間には僕たちは知らない場所に立っていた。


「おお………成功したぞ!」

「この中に伝説の勇者様が!」


 当たり前のように日本語で喋り、成功を称えあうローブや鎧姿の人々。そして見据えた先。真正面の奥にある玉座に座っていた如何にも『王』といった風貌の男が立ち上がり、此方へと歩いてくる。

 あまりにも突然で、あり得ない出来事にある者は狼狽え、ある者は狂喜乱舞と混沌の様相を呈していた僕たちに、その男は低く落ち着いた、それでいてよく通る声で一言。


「異界の者達よ、まずは我々の非礼を詫びさせて欲しい」


 その声に皆の視線が集中する。

 陽キャグループのリーダー格のヤリ●ンでイケメンの橋本(はしもと)も、陰キャで一部のクラスメートから苛められているオタクの桐谷(きりがや)も、そして僕『瀬戸 遥馬(せと はるま)』も同じく皆が何事かと声の主に意識を集中させた。


「此方の一方的な都合によりこうして我々の世界に呼び出してしまった事、本当に申し訳なく思っている」


 彼は見た目通りこの世界において高い地位にいる人間なのだろう。その彼がそう言って深く頭を下げた瞬間に僕らが召喚された広間はしんと静まり返った。


「それを踏まえて、この国の長として貴方達に御願いしたい。世界は強大な魔物に蹂躙され数多の国が滅び、全人口はもとの半分を切った。どうか滅びに向かいつつある私達の世界を、救ってはくれないだろうか」


 それはどう考えても僕たちのような只の学生には無理のある願い事。


「無論、協力を願いたいのはこの中に一人居るだろう勇者としての資格を持つ者だけだ。それ以外の者はすぐにでも元居た場所に返そう。勇者の資格を持つ者も、断ってくれて構わない。他の者と同様に元居た場所へと返す。そして私達は、最後まで戦おう」


 僕らの内誰か一人だけに向けられた願い。

 そして最後に殺し文句。


「ただし、協力してくれるのならば。そして世界が救われたのならば、英雄として巨万の富と名声、そして一つだけ望むままの褒美を与えよう」


 要するに一人の兵士として戦い、縁もゆかりも無いこの国のために尽くせという話。

 召喚されたのは学生だけ。止めるべき大人は何処にも居ない。大人と子供の狭間で、根拠のない自信に最も満ち溢れている高校生達は恐ろしく単純だった。


 今まで一度も目立つこと無く、静かに波風立てること無く生きてきた僕もまた同じく。後の事なんて考える暇もなかった。大きく脈打つ心臓の音が、それだけこの話に自身が心を踊らせている事を自覚させる。

 きっと、少年なら誰もが一度は夢見たことがあるだろう、ヒーローになって世界を救う。そんな馬鹿げた夢が今、目の前に転がっていた。


















「資格は………無し。後ろの転移門からお戻り下さい」

「くっそー! 俺も勇者じゃないのかぁ」


 総勢40人の31人目、陽キャグループのムードメーカーの豊嶋はそう言って転移門の向こう側へと去っていった。どうやら場所を繋いだ影響で向こう側にも門が発生しているらしく、一度向こう側に行ったクラスメートがそれを知らせるために戻ってきた事で先程の話の内容が嘘ではなかったと証明されていた。

 残るは9人。この中に勇者の資格を持った者が一人だけ。今だに前に出ずに残っていた僕は今まで生きてきた中で一番と言ってもよいほど緊張していた。文字通り人生がかかっているのだ。これで勇者の資格さえ持っていれば『ヒーロー』になれる。フィクションの中の存在でしかなかったような英雄になる事が出来るチャンスなんてもう二度とあるだろうか。


「貴方は………貴方も資格無しのようです」

「……………畜生ォォォォ!」


 残り8人。

 悔しさのあまりに桐谷は膝をつき、両の拳を床に叩き付けて絶叫した。彼もまたヒーローになることを夢見ていたのだろう。彼とは一時期仲良くしていたから彼の考えていることは大体予想がつく。

 クラスで苛められ、虐げられていた自分がヒーローになれば自分を見下していた奴等を見返せる。オタクである彼の使うような言葉で言えば『ざまぁ』というのがやりたかったんじゃないだろうか。

 兵士達に両脇を抱えられて転移門へと連れられていく桐谷は、ちらりと此方を恨めしそうな目で睨んで門の向こう側へと消えていった。


「では次の方」

「じゃあ僕―――」

「いよっし俺だなぁ!」


「橋本ならいけるだろー」

「よっ、イケメン!」


 前に出ようとした僕を押し退けて、陽キャグループから元気良く前に出ていったのは橋本。彼は豊嶋がやったのと同じように兵士の目の前へと歩いていき、誘導されるがままに四角い金属の板のようなものに触れた。


 その途端、金属板に青い蛍光色の模様が入り輝きを放ち始める。


「うおっ、これって……」

「おお………資格持ち、資格持ちで御座います!」

「ハハハ………すげぇ、すげぇ! 俺、俺が勇者!」


「すげぇぇぇ! 流石橋本!」

「マジで勇者かよ! 羨ましーなー」


「あっはっはっ。つーわけでじゃあな! お前ら!」


 手を震わせ、大きな声で叫び、全身で喜びを示す橋本。誰から見ても彼が勇者として戦うことを決意することは明白だった。緊張した面持ちで様子を見守っていた国王も安堵したようで表情が和らいでいた。


(………そうか。そうだよな)


 当たり前だ。僕はクラスで目立たない陰キャのオタク。運動神経が良いわけでも、頭が良いわけでもない。自分で考えても良いところ無しの僕がヒーローになんてなれるわけが無かった。


(ほら、こうして今も後ろ向きに考える)


 歓喜に沸く広間の中心で一人静かに肩を落とす。

 非現実を見せ付けられたと思ったら現実を突き付けられた。そんな現実が悲しくて、悔しくて、でも納得してしまった。


 喋るのが苦手だ。

 自分を主張するのも苦手だ。

 ヒーローに憧れても目立つのは無理。


「はぁ………帰ろ」


 勇者は決まった。もう残りが勇者かどうか調べる必要も無い。一足先に転移門へと歩き始めた他の6人に続いて僕も転移門へと歩く。


 もう一歩で転移門に足をかける、その時だった。


「そこの君。待ちたまえ」


「………え?」


 他のクラスメート達は皆転移門を通って教室へと帰っていった。残る生徒は勇者として選ばれた橋本と僕一人だけ。


 恐る恐る後ろを振り返ると眩しい光が目に飛び込んできた。光は勇者を選別するのに使われていた金属板から真っ直ぐに僕に向けて放たれている。

 予想外の出来事だったのか口をぽかんと開いていた王だったが、どうにか気を取り戻して橋本にしたのと同じように聞いてくる。


「前代未聞ではあるが、どうやら君も選ばれたようだ。どうかね、勇者として戦う意思は………」


「………少し、考えさせて下さい」


 僕としても予想外の出来事。先程までの僕ならば浮かれていて直ぐにでもやると返事をしていただろうが、今の僕にはそんな事を言う勇気は無かった。この世界について、環境も人も、生活も思想も何も知らないのにこんな重大な決断をあっさりしていいのか、僕がこの世界に残ったとして地球の家族はどうなるのかという考えが先に頭に浮かぶ。


「うむ………なれば、近衛術士よ、転移門の座標維持はどれぐらいまでならば安全に保てる」


「はっ! 予想では安全な接続を維持できるのは少なくとも2日と1時間程であります!」


「お主も聞いたな。より安全にお主が帰れることを考慮して、二日後のこの時間までに決断をしてくれ」


 決断は先伸ばしにした。向こうも僕の決断を待ってくれている。


「余はガルディアの国王『ヒュグロ・ガルディアス』。お主の名はなんというのだ」


「僕は、遥馬………瀬戸 遥馬です」


「セト・ハルマか、良い名だ。既にハシモト殿が勇者として戦う意思を示してくれている。我々としては君も戦ってくれるのならば百人力なのだが、君は我々の事よりも自分がどうしたいかで考えなさい」


 そう言って彼は静かに笑った。








◆◆◆



「ここが勇者様方が使用される宝具を管理している基地です」


「ヘェ、思ってたのと違うけど、案外凄いじゃん。もっとボロっちいかと思ってたわ」

「…………すごい」


 この国に滞在して一日目、朝食を終えた僕と橋本の所にやってきた国王の勧めで、国王と数名の兵士たちと共に城下町を護るようにそびえ立つ防衛基地を訪れた。

 魔法が存在する異世界なのだ、きっと魔物と戦う為に勇者が手にするものと言えば聖剣に違いないなんて思っていたのだが、事実は予想の斜め上を行った。


「これが魔物の侵攻から人類を護るために造られた決戦兵器『魔動機兵(ゴーレム)』だ。元は勇者の使う宝具に似せただけの木偶の坊だったそうだが、今では技術も進歩して実戦に耐えうるだけの機能が備えられるようになった。我が国の誇りだよ」


 リフトで基地の上層へ登り、目の前に現れたのは巨大な魔動機兵の頭。高さおよそ50メートルにもなる鉄の巨人が静かに戦いの時を待っていた。


「これが……」


 マッシブな胴体に対してアンバランスな小さな頭部。背中には可動式の巨大な大砲が取り付けられており、遠近どちらでも戦えるようになっている。

 僕は彼の巨大なモノアイと目をあわせた瞬間、吸い込まれるような感覚に思わず身体をふらつかせた。


「それで? こいつが()の使う宝具ってやつなのか?」


 対して、既に『勇者として戦い魔物に勝利を納めた暁にはこの国の女を好きなだけ自分のものにする』という条件を国王に飲ませていた橋本は面倒くさげにそう聞く。


「いえ、これは先程話したように一般兵の為に――」

「あんたらの乗る宝具はここじゃあないよ。基地の最深部で大事に仕舞われてる」


 それに一人の兵士が答えようとしたその時、颯爽と一人の少女が現れて会話を奪っていった。

 思わず見とれてしまうような美しい少女だった。燃えるような赤い髪と、対称的に静かな光を湛えたサファイアの瞳。身体にぴったりとあったアーマーにより彼女の美しいプロポーションは衆目に晒されてしまっていたが彼女は恥ずかしがる素振りの一つも見せない。

 彼女の姿をみとめた王は眉間にシワを寄せて彼女の正面に立った。


「ライラよ、そのような言葉遣いはよせと何度言ったら――」

「ホントに勇者を召喚なんてしたんだ腑抜けオヤジ。それで? 見るからにいいかげんそうな男とモヤシ男、こんなんで国を守れるとでも思ってたの?」


「口を慎めライラ!」


 彼の言葉を完全に無視して強気な言動を繰り返す彼女に堪忍袋の尾が切れた彼は彼女を怒鳴り付ける。しかし少女は怒鳴られたところでどこ吹く風。意に介す様子もなく今度は此方に興味を移したのか舐めるような視線を向けてくる。

 チラリと橋本を見ると、予想通りと言うべきかだらしなく鼻の下を伸ばしており下心が丸見えだった。自分に言えた義理ではないが、本当にこんな奴が勇者で大丈夫なのかと勘繰ってしまう。


「おい、モヤシの」


「えっ? あ、はい、なんですか?」


 不意に少女が話し掛けてくる。若干テンパりながらも返事をすると彼女は単眼の巨人を指差して言った。


「FR-2000、通称『フラマ』。カッコいいだろ、気に入ったか?」


「あっ、えぇ、まあ………」


「そうか、じゃあお前にやるよ」


「え、ええっ?!」


 言われたことを理解するよりも先に、彼女から投げられたものをキャッチすると、それは勇者の選別に使われていた金属板とそっくりな金属の板だった。


「コイツ旧式だからもうすぐ廃棄処分になるんだ。強いんだけどもっと強い後継機が出来ちゃったからね。お前の持ち物って事なら捨てらんないだろ?」


「え、えぇ……」


「それに、お隣の彼は魔動機兵には興味が無いみたいだしね」


「僕は君には興味があるかな」


「うぇぇ、キッモ。気分悪くなったからアタシもう行くわ。じゃーね」


 嵐のように現れて去っていった少女。去っていく彼女の後ろ姿を見ながら王が溜め息をつく。


「彼女……ライラは余の娘、一応第一王女という事になるのだが如何せんお転婆で。どうしても魔動機兵に乗りたいと言うから、一度乗せれば現実を見て諦めもつくだろうと思えばこの通り。お陰で16にもなってまだ嫁の貰い手が無いほどでして。気分を害されたならば申し訳ない」


 中々に勢いの凄い女の子だとは思ったが、やはり王は手を焼いているらしい。


「オイ、瀬戸」


「な、なんだよ」


 今まで僕を無視していた橋本が急に話しかけてきた。内容は大体予想できたが一応聞いてみると案の定といったように――


「あの女は俺のモンだ。手ェ出そうなんて考えんじゃねぇぞ」


「…………」


 ――やはり僕は勇者にならずに帰った方が良いんじゃないだろうか。










「ここまで運んでくださりありがとうございます」

「いえいえ、勇者様の頼みとあればこの程度礼を言われるまでもありません。では、また王城でお会いしましょう」


 城下の大通りまで馬車で運んでくれた兵士さんへと礼を言って歩き始める。

 結局あの後基地の最深部まで言って宝具とやらを見てきたのだが、何故だかフラマの時のように惹かれるものが無かった。やはり一度現実を見て頭がスッキリしたせいだろうか、自分が勇者になって戦う理由も無ければイメージも沸かなかった。橋本のような願いも特に思い付かないし、僕はこれで良いのだろう。

 城下町の屋台が立ち並ぶ大通りによった理由はただ一つ。勇者になることをやめて家に帰る前に、お土産になるようなものでもあれば買っていこうと思ったのだ。一応王から好きに使っていいこの国の貨幣をいくらか貰っている為に金には困っていない。露店で売っている適当なアクセサリーなんかは買えるだろうと踏んで屋台を見て回っていると知った顔と出くわした。


「おや、勇者様じゃないか。こんな所でなんて意外だね」


「えーと君は、ライラ、ちゃん? だっけ?」


 昼間会ったときとは違って、可愛らしい私服姿の彼女は袋一杯に詰まった鈴カステラを頬張りながら歩いてくる。目の前まで来ると彼女は鈴カステラを一つ差し出してきてこう言った。


「『ちゃん』は要らない。ライラって呼んで。アンタは?」


「あっ、僕は瀬戸遥馬っていいます」


「ふーん、モヤシ君ハルマっていうんだ。それでどうよ、この街は気に入った?」


「まだ少ししか見てないのでハッキリとは言えないですけど、良い街だとは思います。屋台の人達もみんな親切でしたし」


 そう言って僕は貰った鈴カステラを頬張りながら、ポケットから一つのロケット付きペンダントを取り出した。先程近くの露店で買ったものだ。

 普段はこんなものを自分から買ったりなんてしないのだが、その装飾の細かさと美しさに思わず欲しくなってしまったのだ。


「へえ、案外いい趣味してるじゃん。それでそれで?」


「これ買ったとき、屋台のお姉さんが初めての人だからっておまけしてくれたんですよ。『ロケットなんて買うんだからきっと大切な人が居るんでしょ』って。僕みたいな冴えない男にそんな人いるわけ無いのに、大切な人にどうぞって指輪のアクセサリーまでくれて」


「へぇ、ラッキーだったじゃん! 今時物が無いから只のアクセサリーでも指輪なんて結構するのにねぇ。ところでこのまま立ち話ってのもなんだしなんか買って落ち着いて話さない?」


 彼女と僕は近くの屋台で串焼きを一本ずつ買うと、街に置かれているベンチに並んで座って再び話し始める。

 以前彼女と会った時は押しが強くて苦手だななんて思っていたのだが、暫くこうして話していると思っていたよりも穏やかな心地になっている自分が居ることにいつの間にか気付いていた。

 自分は明るく目立つような人間が苦手だなんて決めつけて敬遠していたが、それは間違いだったかもしれない。なんて考えていると、何処かわくわくしたような表情の彼女が話し掛けてきた。


「ねぇハルマ、どうなの? 勇者になって、ここに残るつもりとかあったりする?」


「あっ…………えぇと、それは」


 決めていたはずなのに、言葉に詰まってしまった。勇者にはならないと決めたから、こうして街に出てお土産探しなんてしていたのに。

 どう答えれば良いのかわからず、足元をじっと見つめたまま黙っていると、ふと隣で立ち上がる気配がした。


「や、やっぱりそうだよな………自分の故郷の方が大事だもんな。アタシだって、ハルマの立場ならきっとそうするし………」


「っ、待って!」


 離れていこうとする彼女の手を咄嗟に握りしめ、立ち上がりつつ彼女の顔を見た。


「……あ」


「なんだよ………モヤシの癖に」


 一瞬力の抜けた僕の手を振り払うようにして、彼女は雑踏へと消えていった。

 先程までの彼女に触れていた手のひらを見つめる。彼女は泣いていた。僕が勇者にならずに帰るという事に気づいて泣いていたのだ。今日まだ出会ったばかりだったというのに。


「僕と同じ、なのかな」


 性格は間反対だけど、彼女も僕と同じで一人ぼっちだったのかもしれない。いや、家族との間にも溝を作ってしまっている彼女の方がもっと。

 これは僕の憶測でしかないが、やっと一人ぼっちでなくなったと思ったら、すぐにまた一人ぼっちにされてしまうのが辛かったのではないだろうか。


「あ、あれ? なんでだろ、これ」


 気が付くと僕も眼から塩っぽい液体を流していた。

 思った以上に僕はこの街と、人と、彼女の事を好きになってしまっていたらしい。子供の頃、遊園地から帰るのがとても辛かったように、今日この世界を離れて元の世界に帰るのが辛い自分が居る。


「………帰ろ」


 涙を堪え、城へと足を向ける。

 夕焼け空に魔物の襲撃を知らせるサイレンが鳴り響いていた。










「勇者になるのはおやめになるそうですね。姫様からお聞きしました」


「あー、ええ、まあ」


「転移門の準備は整っておりますので、準備が出来ましたらお声掛け下さい」


「はい、ありがとうございます」


 城に戻ると此方を見つけた兵士の一人に声を掛けられ、そう伝えられた。彼等は僕の事を思って準備してくれていたのだろうが、そうした気遣いがひどく冷たいものに感じられてしまった。


「あ、あの、一つ聞きたいことがあるのですが」


「はい、何でしょうか?」


「先程サイレンが鳴っていたのですが、橋本は何処に……?」


「あぁ! ハシモト様でしたら魔物との戦闘に向けて既に基地へと向かわれましたよ。管制室を通して現場の様子は広間のプロジェクターで確認できますが………如何なさいますか?」


 この世界を去るまでにもまだ余裕がある。だから帰る前に魔物とはどんなものなのか、橋本一人に任せて大丈夫だったか、最後にそれを確認したい。


「じゃあ、そこまで案内して頂けますか」


「わかりました、では此方へ」


 そうして到着した広間には、既に大勢の城で働く文官や術士、兵士達が集まって食い入るように投影された映像を見つめていた。

 映っているのは橋本が乗り込んだ宝具。輝く黄金のボディと体表の蒼く光る模様、そして頭部には天を突く巨大な一本角。聖剣とはまた違った、勇者が持つに相応しい神々しさを感じさせる。


「橋本………」


『宝具アキレウス発進準備完了しました。勇者様、応答願います』

『おう、こっちも準備万端だ。さっさと行こうぜ』

『了解しました。既に基地より北西およそ1400メートル地点の海岸にてFR-2040及びYT-1700の二機が魔物【マルドゥーク】と交戦中。魔物は現在まで確認された同種では最大サイズと見られ、既にFR-2040は20%の損傷、YT-1700は32%の損傷と劣勢に追い込まれています、いち早い応援を宜しくお願いします』

『了解』


 基地の壁が開き、目標地点へと向けられたカタパルトが現れる。アキレウスはその巨体からは想像もつかないような軽快な動きで射出機に乗ると、背部のロケットを点火させた。

 こうした可動式のカタパルトは、基本装備に背部のロケットを搭載した最新鋭の魔動機兵の為に作られた物だと聞いている。元よりロケットを搭載し、軽快な動きを可能とするアキレウスだからこのカタパルトも使用が許可されたのだろう。


『宝具アキレウス発進します』


 凄まじい速度で射出されるアキレウス。空中に飛び出すと同時に凄まじい量の魔力の粒子を放出し、カタパルトによる勢いのままに飛び立っていく。


 それから数分もたたずに目標地点に到着したアキレウスの目の前にあったのは、絶望的な状況だった。


『オイオイやられてんじゃねぇか。役立たずが、クソッ』


 燃え上がる残骸と化したFR-2040とYT-1700。それを執拗に攻撃し続ける巨大な生物。

 魔物【マルドゥーク】は50メートルある魔動機兵よりも更に大きく、そして凶暴な見た目をしていた。ドラゴンのような荒々しくも自然な美しさを見せる鱗。ボディビルダーを思わせるような体躯をした爬虫類と言うのが分かりやすいだろうか。口に収まらないのか紅い炎を剥き出しの歯の隙間から漏れ出させ、金色の目には明確な殺意を持ってアキレウスを睨み付ける。


「あれが、魔物」


 身体がぶるぶると震え出す。

 映画や特撮ものなんかで見る作り物よりもずっと恐ろしかった。絶望という言葉が生物という形を持って動いていた。

 橋本の事を尊敬するなんてこれが最初で最後だろう。勇者にならなかった僕と違って、不純な動機ながらも橋本は勇者になって戦っている。目の前に絶望が立っているのにまるで恐れている様子がない。

 敗北したFR-2040とYT-1700の操縦者もだ。あの化け物を相手に最後まで戦い続けた。尋常ではない精神力だ。


『マルドゥークは腕による攻撃と口からのブレスが主な攻撃手段です。特にマルドゥークに掴みかかられないように気を付けて下さい』

『んなこた見りゃわかるっつーの。いくぜアキレウス、ぶっ殺してやる』


 そう言うやいなや、橋本はアキレウスの右腕に装着されたブレードを展開し、マルドゥークへと突進しはじめた。マルドゥークもそれに反応し、アキレウスへと突進して掴みかかる。


『っ、しゃオラァ!』


 持ち前の素早い動きでマルドゥークを腕を躱したアキレウスはマルドゥークの顔を左手で掴み、そして抵抗するマルドゥークのブレスも気にせず右腕のブレードをマルドゥークの喉元に突き刺した。マルドゥークが激痛に悲痛な鳴き声を出し、ブレードを引き抜いた傷口からは鮮血が滝のように流れ出る。

 アキレウスはその後も何度も、何度もブレードをマルドゥークの身体の至るところに突き刺し、ついにはマルドゥークはぐったりとしてピクピクとしか動かなくなった。


『属性圧縮砲、発射!』


 掛け声と共にアキレウスの胸部装甲が開いてエネルギーコアが露出し、マルドゥークに向けられる。

 アキレウスをはじめとした魔動機兵の動力たる魔力、動力に変換しきれなかったその余剰分を回収、圧縮して放出する必殺の一撃。

 操縦に常人ではまず有り得ない膨大な魔力を必要とするアキレウスのそれは桁違いの威力を発揮した。


 まず最初に凄まじい閃光と爆発音。

 巻き上がる土煙と血飛沫。

 映像を通してでも伝わる空気の振動。


 マルドゥークの断末魔が聞こえ、煙の晴れた先、プロジェクターにより写されたのは、無傷のアキレウスが唯一残されたマルドゥークの頭を握り潰した瞬間だった。


『………マルドゥークの反応、ロストしました』


「…………か、勝った」

「凄い………戦いにすらなってなかった」

「あれが、勇者」


「「うおおおおおお!」」


 広間は歓声に包まれた。息を飲んで戦いの行く末を見守っていた皆が喜び、抱き締めあう。絶望を打ち砕き、人々に希望をもたらす勇者がそこに居た。


「はぁ………すごいな」


 これで安心してこの世界を離れられる。橋本がいれば問題ない。自分が戦う必要はないのだ。

 ほっと胸を撫で下ろし、自分の荷物が置いてある部屋へと足を向けた。


 その瞬間だった、


『あ………ま、待ってください! マルドゥークよりも一回り大きい魔物の反応を感知! 海の中です! 魔物は()()居ました!』


『え? なんだって?』


 必死なオペレーターの声が広間に響く。絶望はまだ終わってはいなかったのだ。


『グギャァァァァァアアア!』


『ッ!? なんだコイツ!』


 水中から突如として現れ、直接アキレウスに飛び掛かる巨大な魔物。折り畳まれた羽を持つトカゲの身体は黒く滑りのある鱗に覆われている。鱗の隙間から漏れ出る蛍光色の青と、頭には巨大なねじれ角、更に手足についた水掻きがその姿の異様さを強調させる。


『ア"ウ"ル"ル"ゥゥゥ、ゲァァァァ!』


『クソッ、こいつ、なんてパワーだ!』

『確認、魔物はヒルギガース。マルドゥークと同じく最大サイズです!』

『こんのッ、次から次へと………ぐぁっ!』


 アキレウスに掴みかかっていたヒルギガースによりアキレウスに右腕がブレードごと引きちぎられた。バチバチと火花が飛び散り夜の海を明るく照らす。


『ブレードが…………カスがよぉ! ふざけんな! 左腕エネルギー砲充填!』

『勇者様! そのままでは危険です、早く離れて!』

『五月蝿い、俺に指図するな!』


 オペレーターの忠告も無視して左腕のエネルギー砲をヒルギガースに向ける橋本。ヒルギガースは尚も攻撃の手を緩めることなく、今度はメインカメラの頭部を掴み、凄まじい握力によって握り潰した。


『勇者様!』

『エネルギー砲、発射!』


 アキレウスの左腕から高火力のエネルギー砲が放たれる。しかしメインカメラをやられ、視界が失われたアキレウスの攻撃はヒルギガースに当たることなく夜空へと消えてしまう。

 ヒルギガースは更にアキレウスの脚に噛みつくと、腹這いになって海へと引き摺り始めた。このまま自分のテリトリーである海の中へと引きずり込もうとしているのだ。


『勇者様、もう無理です! 逃げてください!』

『クソッ! くそくそくそくそ! 俺は、英雄になって! 欲しい女を好きなだけ滅茶苦茶に―――』


 橋本の声が聞こえたのはそれが最後だった。

 右腕と頭部を失ったアキレウスは海へと引きずり込まれ、数秒後に爆発音。海中で何かが赤く光ったのが見え、アキレウスが完膚なきまでに破壊されたのは誰の目に見てもわかった。


『…………アキレウス、ロストしました』


 その声だけが広間に静かに響いた。

 先程までの喧騒は何処へ行ったのか、人々は皆無言になり、広間には深刻な空気が漂っていた。


「………戦える魔動機兵は」

「先程、FR-2040とYT-1700の敗北を確認してS-2300とUG-300が出動したそうだ」

「無理だ。勇者様が負けたのに、補助特化と旧式の近接型の二機だけなんて………」

「基地に残ってる新型は居ないのか」

「もう一機のFR-2040と新型のUG-620は半壊した隣国の救援に向かっただろ! 今戦える新型はもう居ない!」


「そんな………橋本が」


 死んだ。

 僕の目の前で希望は打ち砕かれた。この世界の人類は、勇者の力を以てしても尚、絶望に打ち勝つことは不可能だった。


「あ、居た! ハルマ!」


 広間から続く廊下から彼女は駆け寄ってきた。赤髪の美しい彼女は僕の手を握り締めて言う。


「貴方も見たでしょ。この国はもう終わり。だから早く逃げて」

「ライラ………でも」

「他人の事なんてどうでもいいから、逃げて!」

「………ライラ」


 夕方、あの場所で別れたときと同じように彼女は目に涙を浮かべて言う。彼女の言葉には僕に逃げて欲しい、生きて欲しいと言う思いが込められているのがその声色から痛いほどにわかった。

 しかし、そんな思いとは裏腹に、此方を見つめてくる彼女の目には「行って欲しくない。残っていて欲しい」という気持ちが籠っているように僕には見えてしまった。


 こんなの童貞の痛い妄想だ。陰キャのオタクに綺麗な女の子の友達なんて似合わない。そう無理矢理理解して、僕は頭の中の余分な煙を追い払い、ただ考える。

 本当に僕にできるのは逃げることだけなのか。既に勇者が使うべき魔動機兵は失われてしまった。しかし戦う手段は本当に残されていないのか。


 そして何より、今自分はどうしたいのか。


「アタシさ、戦うから。アンタが逃げる時間ぐらい、全然、余裕で稼いで見せるから」


 溢れ出る涙をドレスの袖で拭い、強気に笑うライラ。そんな彼女を見て、僕の中のパズルのピースがぴたりとあったような気がした。

 彼女を僕は抱き締めた。腕の中で彼女は驚いたように一瞬みじろぎするも、すぐに大人しくなる。


「ライラ、ごめん」

「………別に、いいんだよ。最初っからこうなるのはわかってたし」


 会ったのは今日が初めてなのに、何故か不思議と息があって、すぐに仲良くなれた少女。

 性格は僕と正反対なのに、どこか自分と似た雰囲気を感じられた少女。

 きっと彼女が僕らの世界に居たなら、僕と彼女は仲の良い友達になれたはず。この世界でこんなにも早く仲良くなれたのだから間違いない。


 だから僕の答えは決まった。


「もう泣かないで」

「…………えっ?」


「僕が、勇者になるから」


「それじゃあ、僕は行くよ」

「え………ちょっと、まさか、ハルマ! ハルマ!」


 ドレス姿の彼女を広間に残し、僕は走り始めた。戦う手段はちゃんと残されていた。他でもない彼女に渡されたものがあったから。


「おじさん、西側の基地までお願いします!」

「良いけど………向こうは危ないぞ? 帰りは俺は迎えに行けないからな!」

「それで構いません! ただ、できる限り急ぎでお願いします!」


 城下へ出るとすぐに馬車を捕まえ、アレが保管されていた基地へと急いだ。


 基地に到着すると基地の中は動き回る兵士達で大混乱していた。僕はその混雑に紛れてリフトに乗り込み、目当ての階に到着すると一直線にそれのある場所へと向かう。

 そうして僕を出迎えたのは、昼間見た巨大なモノアイだった。


「頼んだぞ、フラマ」


 廃棄されるはずだった鉄の巨人。最後に僕ともうひと頑張りだけして貰おう。












『S-2300ロスト! UG-300は現在機体の43%を損傷し行動不能! ヒルギガースは依然として無傷のまま、進路を変えること無くガルディアへと接近中です!』


 広間では引き続き前線の絶望的な状況が伝えられていた。魔物には魔動機兵による攻撃以外はほぼ無意味な事が確認されている。こうした時、戦ってくれている仲間達の勝利を祈る以外に何も出来ない彼等は、固唾を飲んで戦いの行く末を見守っていた。


「ハルマ………どうか無茶だけは」


 自分も戦うのだと息巻いていたライラだったが、王による命令を受けていた近衛兵達に見つかって広間へと押し戻されてしまっていた。昼間から出る廊下を近衛兵達に塞がれ、身動きのとれなくなった彼女もまたプロジェクターで写される映像を見て魔動機兵の勝利と、今日初めて出会い、初めて友達になってくれた少年の無事を祈っていた。


『現在北方基地よりUG-300が2機とNF-1200の計3機が出動し、目標地点へ向け………西方基地より緊急連絡。発進許可の出ていないFR-2000が1機、基地の隊員の制止を降りきって発進した模様! ヒルギガースへと向かって移動中との事です!』


「ハルマ!」


 それを聞いて気付いてしまった。彼に間違いないと。

 出来心でキーを渡さなければよかったと。彼が気に入った様子だったから、どうせ廃棄されるならと軽い気持ちで渡してしまったのが良くなかった。

 まず勇者の乗る宝具アキレウスが敗北し、続いてベテランのパイロットが操縦したS-2300とUG-300も敗北。

 勇者とはいえ彼は素人。それも乗る機体が旧式のFR-2000では勝ち目など無い。もはや歩く棺桶と呼んでも過言では無い状況。


「誰だ、そんな馬鹿な事を!」

「わざわざ無駄死にに行くようなものだぞ!」

「誰かそのパイロットを止められないのか!」


 騒ぐ兵士たちの言葉も耳に入らない。


 全身からサーッと血の気がひいて、冷たくなっていくような感覚がした。思考がまとまらず、視界がぐらりと揺れたかと思うと床にへたりこんでしまっていた。

 自分のせいだ。自分の軽率な行動が、初めて出来た友達を死地に送ってしまった。


『FR-2000、目標地点に到達! 繰り返します! FR-2000、目標地点に到達!』


「あ、あ………あ」


 いつの間にか空を黒い雲が覆い尽くし、土砂降りになっていた。

 月の光さえ届かない暗闇の中で蒼く光るヒルギガースの前に、一体の巨人が立ち塞がる。

 夜の闇に溶けるような深い青の身体。所々についた細かな傷の跡は数々の激戦を潜り抜けてきた証。

 人類を守る青き炎の巨人『フラマ』。黄色く光るモノアイが力強く倒すべき敵を真っ直ぐに睨み付けた。


『グゥゥ………ゲァァァァ!』


 大地を震わす咆哮。べしゃべしゃと泥を撒き散らしながら滅茶苦茶な動きで突進を仕掛けてくるヒルギガースに、フラマは距離を取りながら両腕のエネルギー砲で応戦する。

 あくまで牽制の為、溜め時間を短縮して発射されるエネルギー弾は確実に一発ずつヒルギガースに着弾し、じりじりとその鱗を剥がしてゆく。


『ギャァァァルルゥウゥァァ!』


 この日、三体もの鉄の巨人を無傷で打ち倒してきたヒルギガースに初めて傷がつけられる。一発一発はたいした威力では無いものの、何度も同じ場所を連続で攻撃される事によって、ヒルギガースの堅い表皮を穿つ。

 フラマの立ち回りも悪くない。FR-2000という機体はそう性能の悪い機体ではない。しかし旧式とあって最新型の機体と比べるとあまり速く動くことは出来ないのだ。故に何も考えずに動けばヒルギガースに追い付かれて掴みかかられるのは必至なのだが、上手くヒルギガースの攻撃の範囲外を見極めて動いている。

 大方の予想に反して、FR-2000はヒルギガースに対して健闘していた。


『グルルルル………』


 しかしそう一方的に攻撃されてばかりのヒルギガースではない。不意打ちとはいえ、人類側の戦力で最強を誇っていたアキレウスを無傷で破壊した化け物である。

 ヒルギガースは折り畳んでいた羽を広げて大きく羽ばたいた。羽から蛍光色の蒼い粉が撒き散らされ、その一粒一粒が小さな爆発を起こす。

 炎のブレスを得意としていたマルドゥーク。それと同様に魔物には必ずそれぞれの特徴となる攻撃方法がある。ヒルギガースのそれは、『爆発』である。


 旧式であるフラマにロケットは搭載されておらず、空を飛ぶことは出来ない。周囲を爆発させながら宙を舞うヒルギガースに手出ししづらくなったフラマは姿勢を低くし、身体を丸めるような行動をとった。防御体勢に入ったフラマにヒルギガースは容赦なく飛び掛かる。

 ひっきりなしに続く爆発にフラマの装甲は傷付き、塗装は剥がれ落ちる。ヒルギガースの足の力も相当なもので、ヒルギガースの空からの突進を受け止めたフラマの左腕をバキバキと容易く握り潰していた。


『FR-2000、機体の15%を損傷!』


「ハルマ………」


 戦いの様子を見るのが恐ろしい。しかしライラは映像から目を離せなくなっていた。

 あの少年が戦っている。量産型の、特別強いとは言えない機体で化け物を相手に善戦している。


「負けないで………!」


 思わず両手を組んで、祈るように映像を見つめた。


『ァウ………ガァッ、ア"ア"ア"ァァ!』


 おかしい。優勢だったはずのヒルギガースが羽をばたつかせて見悶えている。

 よく見ると、潰された左腕の先、三本の指が力強くヒルギガースの片足を握り締めていた。左腕は潰されはしたものの、固く固定された三本の指はヒルギガースの足を掴んで放さない。

 フラマは右腕を折り畳んでブレードを展開させると、腰を駆動させて空を飛んでいたヒルギガースを背中から地面に叩き付けた。


『ギャアアァァァァッ!』


 叫ぶヒルギガースにフラマは容赦なくのし掛かり、その腕の付け根目掛けてブレードを突き刺した。傷口から噴水のように血が噴き出すが、フラマは更にブレードを押し付けて地面まで突き刺し、ヒルギガースの身体を固定してしまう。

 この時点でヒルギガースはフラマがどうするつもりなのか察したのだろう。その巨体を活かして暴れ、脱出を図るが身体ごと地面に突き刺さったブレードが邪魔で上手く行かない。

 フラマの背中からゆっくりと現れた大砲は既に充填が完了していた。恐らくは身体を丸めて防御の姿勢をとったあの時から充填を始めていたのだろう。

 人類にとっての希望。魔物にとっての絶望がヒルギガースに突き付けられた。


「いけ………いけ! ハルマぁぁぁぁ!」


『グゲァ! ガァ! ァ、ァァァァァアアア!』


 凄まじい光が暗い夜の闇を払う。

 ライラはこの日、希望の光を目にした。












「ふぅぅぅ………怖かったぁぁ」


 フラマのコックピットの中で、僕は一人ぐったりと椅子に倒れこんだ。

 あれは完全に賭けだった。掴んだ左手が何かの弾みで外れてしまう可能性もあったし、左腕そのものをもぎ取られてしまえばそれまでだった。


 フラマのカメラを通して、地面に転がるヒルギガースの死骸を確認する。身体の大半を失い、残った部分からもあの蒼い光を失ったそれを見て安心した。どうにか倒しきる事が出来た。


「これでライラとまた会える」


 今度はもっと色んな事を話したい。お互いの世界の事や、趣味の事や、それに二人で今度は城下に行って遊びたい。露店巡りをして、たくさん美味しいものを食べて、綺麗なものを見て。

 地球の家族には沢山の迷惑をかけることになって心苦しいけれど、この世界でどうしても守りたいものが出来てしまった。

 いつか平和になった世界で、今度は彼女ともっと広い世界を巡りたい。その為にも、僕は――


『FR-2000、応答願います。FR-2000、応答願い――』

『こちらFR-2000、聞こえていますか』

『FR-2000、ヒルギガースの討伐お疲れ様でした。しかし命令違反の処罰は別で受けて頂きます。基地に戻り次第――』

『結構です、黙って、僕の話を、聞いてください』


 怒ったようなオペレーターの声を遮って、強い口調で僕は宣言する。より大勢の人々に聴こえるように。



『僕は瀬戸 遥馬。この世界の全ての魔物を倒すために、異世界より召喚された勇者です』




【魔動機兵】

 ゴーレム。勇者が魔物と戦う為に神より与えられた宝具【アキレウス】を模して作られた人形の巨大兵器。通常一機につきパイロット一人で操縦し、機体内部のエネルギーコアとパイロットの魔力を動力とする。操縦にはコックピット内のコントロールスフィアを使用する。


【FR-2000】

 通称『フラマ』。全高50.3m。深い青のボディに三本指、モノアイが特徴的な魔動機兵。ガルディアで建造された魔動機兵で、現在の最新型の一つ前の世代の機体。パワーはそれほど高くはないので接近戦はまずまずだが、両腕の小型のエネルギー砲と背中には可動式の大砲を備えており、遠距離戦ではマッシブな胴体により安定した命中精度を誇る。一応腕を折り畳む事により上腕部に格納されたブレードの展開が可能。量産型だが全体的に同世代の魔動機兵の中では頭一つ抜けた性能で、主人公が乗った機体は廃棄が決定されるまでに計12体もの魔物を討伐している。


【FR-2040】

 全高50.42m。名機FR-2000より受け継がれた深い青のボディに宝具アキレウスを模した頭部、そして背中の二本の大砲が特徴的な最新型の魔動機兵。FR-2000のネックだった低めのパワーが強化され、より胴体を安定させられるようになった為に二本の大砲を同時に使用する事も可能に。コストの問題から格納ブレードは無くされたが、単純なパワーの強化によって接近戦にも強くなった。


【YT-1700】

 通称『ヨトゥン』。全高50.2m。分厚い装甲を持ち、全体的に丸っこくずんぐりむっくりとした印象の最新型の魔動機兵。主な装備は両肩の小型のエネルギー砲と、エネルギーコアからの属性圧縮砲のみ。魔物との戦闘では主に僚機の盾となって戦う事が多く、魔物の攻撃に耐えられるよう現在の最新型の中では最高のパワーを持つ。接近戦ではその凄まじいパワーを活かして魔物に重いパンチを浴びせる。


【S-2300】

 通称『スルト』。全高55.4m。細身の緑色のボディと何処かFRシリーズに似た雰囲気の頭部が特徴的な魔動機兵。本編でもチラリと話されたように補助に特化した機体で、装備も他の魔動機兵と違いダメージを与えることを目的としていない。どの魔動機兵にも搭載されている属性圧縮砲が無い代わりに、余剰分の魔力を利用してパイロットの魔法を機体を通して増幅させる事が出来るようになっている。増幅させられた魔法で魔物に大きなダメージを与えることは出来ないが、上手く利用する事によって魔物の足止めや行動の妨害が可能。操縦にはコツが要る。


【UG-620】

 通称『ユグドラシル』。全高53.1m。黒いマッシブなボディと、見た目からは想像もつかないような軽快な動きが特徴的な最新型の魔動機兵。正面から魔物と戦って押し勝つ事を目標に造られた機体で、遠距離攻撃の類いは属性圧縮砲を除いて一つも装備されていない。代わりに近距離用の装備は豊富で、両腕からはブレードを、肘とふくらはぎの辺りには小型のロケットがついておりパンチとキックの威力を底上げする。両腕のブレードはこのシリーズの機体専用の特殊なもので、展開中は魔力を消費し続ける事で魔物を『焼き斬る』事が可能になる。


【UG-300】

 全高49.7m。銀色のマッシブなボディと、右腕の常に露出したブレードが特徴的な魔動機兵。UG-620の一世代前の機体。魔物と正面切って戦い、斬り殺す事を目標に造られた。此方も属性圧縮砲を除いて遠距離攻撃用の装備は一切装備されていない。ブレードは後にUG-620へと受け継がれる『焼き斬る』ブレードで、此方はパイロットの任意で発動させられる。しかしこの頃のブレードは魔力の変換効率が悪く、パイロットの魔力消費が恐ろしく早い事がネックになっていた。


【NF-1200】

 通称『ネフィリム』。全高50.1m。白いボディをした細身の魔道機兵。カメラとなる目は人間と同じく二つ。『騎士』を彷彿とさせる鎧のような見た目をしている。一世代前の魔道機兵で、魔道機兵最速をコンセプトに造られた。


【宝具アキレウス】

 全高51m。金色に蒼の模様が映えるボディ、頭の天を突く勇ましい一本角が特徴的なオリジナルの魔動機兵。人の手で造られたものではなく、神によって人に与えられたもので、未だ人類の技術力では再現不可能な機構も多い。主な装備は右腕のブレードと左腕のエネルギー砲。更に決定打として属性圧縮砲と、頭部の角から発動される特殊な魔法による雷撃が存在する。スピード、パワー、精密動作、どれをとっても最高水準で単純に強い。この世界の人類はこの宝具アキレウスを元にして魔動機兵達を造り上げた。現存していた魔動機兵では最強の機体だった。



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