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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

TS少女の不完全変態

作者: ひまり

処女作です。言葉や文法がおかしな所もあるかもしれませんが良ければお楽しみください。

 最近、女性らしくなったと言われることが増えてきた気がする。


 僕にとってそれは喜ぶべき事のはずなのに、どうしてか胸が締め付けられるような気がした。

僕は一年前までは男だった。予兆と言えるものは何もなく、ただ突然、朝目が覚めたら体が女に変化していた。始めは何かの病気かと思いつつも役得だと思ってみたりもした。けれど、違った。僕は初めから女の子として生まれたことになっていた。『僕』の痕跡は自分の部屋にしか存在しなかった。いや、部屋というのも違う。なにせ家具は同じでも中にある服は違ったし、ノートなどの名前の書かれた物には全て一輝から樹へと書き変わっていたから。結局自分の記憶以外に自分が男であったことを確認する方法なんてものはなかった。

 最初は最低限のことだけして、誰からも覚えてもらえていないにせよせめて自分らしく生きようと考えて生活していた。それでも数か月たったある日

「樹、あなた、もしかして、心が男性なの?」

と、そう母さんに聞かれた。頭が真っ白になってしまったが、その場は必死に何をおかしな事を言っているのかいう態度で流した。その日以来、僕は女性らしく生きよう、男性であった時のことを過去にして今後は女性として生きよう、と決意した。気にしないで今まで通りの生活を続けようとも思ったが、どうしても母さんのあの、本気で僕を心配する目が頭にチラついた。ただ、心配されただけなのに『僕』が否定されるようで、あの目をまた向けられるのは嫌だった。それからは毎日周りを観察し、どうすれば女性らしい行動なのかを覚え、夜中に練習をする日々を送った。

そして、一年。実際には8か月程度だが、ようやく女性らしいと言われるまでになった。


「今日って何かあったっけ?」

「午前中に英語で小テストがあるけど春、勉強した?」

「あっ!範囲ってどこだっけ……?」

春とは幼稚園の頃からの幼馴染で僕が昔から好きな人だ。小学生くらいまでいつも引っ張りまわされていたが、彼女が四つ葉のクローバーを見つけた時に見せた笑顔で恋に落ちた。その恋も今となっては実ることはないし、彼女の中ではその思い出もありはしないけれど、今でも彼女は髪留めにはよくクローバーがあしらわれたものを使っている。そんな幼馴染と雑談しながら通学路を歩き、下駄箱でスリッパに履き替えたところで幼馴染が便箋を持っていることに気づいた。

「あれ?春、それどうしたの?」

「えっと、下駄箱の中に入ってたの」

まさか、と思いながらも二人で確認してみると中には放課後に校舎裏で伝えたいことがあるから来て欲しいと書かれた紙があった。この学校で校舎裏というと、特別教室が集められた校舎の裏を意味する。放課後にもなると丁度沈む夕日に照らされ、部活で人も来づらくなるため、告白の名所になっている。つまるところ、わかりやすいくらいラブレターだった。彼女はクラスのアイドルのような存在でもなく、ただ底なしに明るいだけの女の子だったから少しだけ意外だった。僕の記憶ではこれが初めてのはずだ。

「わぁ……今どきこんないかにもなラブレターが来るんだね。今日は先帰ろうか?」

「うん。ねぇ樹、相談に乗ってくれない?」

「結局決めるのは私じゃないんだし、話し相手にしかなれないと思うんだけど」

「そうだけどそれが欲しいの!こんなの貰ったの初めてだから一人じゃ考え纏まる気がしないの!」

「うーん……別にいいけど。そんな力にはなれないと思うよ?」

「それでいいの。それじゃよろしくね」

 昼休み、出来る事ならスルーしたかった相談に少しだけ付き合って、眠気と格闘する授業を乗り越えた放課後。外からは部活に取り組む熱心な声が聞こえ始めてくるころ、僕は別校舎の男子トイレの中にいた。

元の性別と間違えて入ったわけではなく、ここが校舎裏の様子を聞くことが出来る場所だと、まだ僕が男の時に友人の告白現場を盗み聞きしにいかないと誘われたために知っていた場所。そこに僕はいた。男の頃を過去にするなんて言いながら結局四つ葉のクローバーを見つけて笑うあの笑顔の記憶は捨てられなかった。だから、ここへは今の自分を殺すために来たのだ。この恋心は捨てるべき過去。僕を維持する最大の要素。これさえ消しされば僕は女性になれると思った。だから僕は僕の意志で断頭台に首をかけるのだ。


 部活が始まり人が減るまでの時間は過ぎ去り、外からは想い人と呼び出し人の会話が始まった。

緊張しているのが伝わってくるような挨拶をする男の声。内容の予想が出来ていても、初めてのことだからかいつもとは違う声色の彼女の声。処刑準備は進んでいく。そして最後。男の声が告白を終え、残りは彼女の返事だけになった。刃は既に持ち上がっている。後は振り下ろされるのを待つだけだというのにその時間は嫌に長く感じた。ひたり、ひたりと死の気配が近づいてくる。どくり、どくりと鈍器で殴られたような音を立てる心臓がうるさい。よく聞こえるように開けておいた窓からヒュッと仮初の刃が届いた瞬間。受刑者は逃亡した。

 最後まで聞け。と刑の執行を望む声が頭を殴る。人の告白シーンに耳を立てるまで女性になりきることが出来ず、挙句そこから逃げた自分に対する嫌悪の声が首を絞める。死にたくない彼女への想いは結末を聞くことを恐れ、ただひたすらに自室という安全地帯に向けて走り続けた。

 全力疾走してたどり着いた自室にいても声がやまない。逃げるな。知れ。その二言が頭を延々と飛び回る。次第に頭にはなんで。という言葉が飛び始めていた。それに僕が気づいた途端、世界は一変した。なんで、突然に体が異性にならなければいけないのか。なんで、僕の記憶にしか僕は存在できないのか。なんで、自分のままに生きただけで存在を否定されなければいけないのか。なんで、なんで、なんで、なんで、なんでなんで――。

 思いつく『なんで』を全て吐きつくしたら、思いのほか気が楽になっていた。どうせこのまま生きていても春とは結ばれない。ただ、同性の幼馴染として、彼女の恋を、愛を近くで見続けるだけだ。たとえ別の恋を僕が見つけたとしても同性愛じゃ結局実ることはない。ならば、僕はなんの為に生きているのか。そりゃ恋愛だけが生きる意味じゃない。そんなことは分かってる。でも、唐突に生まれた女子との関係を楽しんで生きていけと、そう言われてはい。分かりました。と楽しめる訳がないだろう。僕からすれば彼女らは気味の悪い作り話を話してまで距離を詰めている存在でしかない。不可思議な現象によって作られたものだと分かっていても、思い出話が共有できていない以上どうしたって違和感が残る。それどころか僕の知らない記憶から忘れられた、嫌な思いをしただの言われかねないのだから常に警戒すらしているのだ。かと言って男友達を作りすぎれば、また親から存在を否定される。こんな状況で何を楽しんで生きて行けばいいというのか。どっかの医者は人が死ぬときは忘れられた時だと言った。まさしく僕の状況だ。ああ、つまり。さっきまでの僕は死人にも関わらず死ぬことに怯えていたというわけだ。滑稽にもほどがある。カラカラと乾いた笑い声が漏れた。結局僕は死人でしかない。それならば僕の未練を果たして成仏してしまおう。そう決め、僕はスマホから今から会えるかと連絡を入れた。

 日もすっかり落ちた頃。幼馴染の家でぶちまけるとおばさんにも迷惑になるだろうということで近所の公園で春と二人、ペンキの薄れたベンチに座っていた。

「樹、何かあったでしょ?」

「どうしてそう思ったのさ」

「鏡見てみたら?幽霊みたいな顔してるよ」

「別に何もないよ。夜だしさっさと本題に入るね」

春の指摘を軽く流すと、彼女は目に見えて不満げな顔になったがとりあえずは話の続きを促した。

「うん。それじゃ言うね。僕は君のことが、昔から好きでした。」

彼女の目が驚愕の色を乗せる。

「……いつ、から…?」

「小二の頃から。あの時、春に引っ張られて四つ葉のクローバー探しに行ったでしょ。その時に好きになったの」

そう言った後、幼馴染は一瞬固まり、何度か見た事のあるいつの話をしているのか分からないような表情を浮かべてしまった。

「あぁ…やっぱりこれも忘れられてるんだね。そうだね。今から言うことは信じられないかもしれない。でも、少なくとも僕の中での事実なんだけど――」

そうして、暴走した僕は幼馴染に全てを話した。性別が変わったこと。忘れられたこと。男の頃みたいに生活してたら親に性同一性障害を疑われたこと。友人関係が変わりすぎて違和感しかない事。今日の行動とその謝罪。性別が変化してから起きた全て、何もかもをぶちまけた。その間、彼女は驚きに凍り付いた顔で声もなく僕の話を聞き続けていた。

 話つくして随分と気が楽になった。元々僕は理解者が欲しかったのかもしれない。だけど、気が楽になった僕はとんでもない行為をしたことに気づいた。突然こんな話をして気に病まない彼女ではない。永遠に思い悩みかねない内容を話つくして僕は彼女に何をしてほしかったのか。理解者になってほしかった?その結果に彼女の明るさを壊すことになっても?ふざけるな。死人の僕によって生者の人生を狂わしていいわけがない。お前に取れた選択肢は最初から隠し通すだけだっただろう。何故全てを話した。想いを告げたらそれで終わればよかっただろうが。しかし、やってしまった過去はなくならない。今の僕にできるのはせめて彼女が気にしないようにすることだけだ。

「突然こんな話をしてごめんね。多分気にすると思うけど、僕は今話しきってすっきりしたから気にしないでくれていいよ。今日は何もなくて、明日もいつも通りの日常が続く。寧ろそうして欲しいかな。変に気にされておかしな関係になったらそっちの方が辛いから。」

最後に今日、僕は君を呼び出さなかった。また明日ね。と言って時間の止まったままの彼女を置いて一人家に帰った。

 その後、週末までの間は何事もなく過ぎて行った。春が付き合ったのかどうかは今更知る気にもならなかったから特に知ろうともしなかった。

 そして、土曜日。両親が家を空け、一人になる午後の時間に幼馴染はやってきた。

「今日はどうしたの?勉強で分からないことでもあった?」

「この前の話。その答えを持ってきた」

予想はできていたとはいえ最悪な返事に背筋が凍る。お願いだからこんな死人の道連れにはならないで…。

「えっと、まずはありがとね。驚いたし、今でも完全には受け止め切れてないけど。私の返事は私にとって樹は同性で、そういう目では見れなかった。だから、これからは、幼馴染の、一輝くんとしてよろしくお願いします。」

一年も樹として見られてきたからか、自分が認識されたことで泣きそうになった。口から出る音は無く、ただ金魚のようにパクパクさせることしかできない。それでも、返答をしなければ、という使命感に駆られ、どうにか答えを返す。

「ありがと。あと、よろしく、おねがい、します」

つまりながらもなんとか返した直後、春は「はい、この話おしまーい!」と手を叩きながら強引に切り替えた。

「それじゃ、今から新しい幼馴染とそれぞれの思い出を話し合おうか。もしかしたらお互い記憶が戻るかもしれないし」

直後、先程は堪えられていた涙がとめどなく溢れてきた。自分で隠して来たとはいえ、自分が認められて、あまつさえ理解をしようと手を差し出されるなんて夢にも思っていなかった。拒絶されなかった。ただそれだけの事が嬉しくて嬉しくてひたすらに泣いた。途中から幼馴染が抱きしめてくれて、また涙が溢れてきた。人生で一番泣いたと感じられる程泣き尽くしてから僕ら幼馴染はお互いに思い出話を語り合った。赤くなった目と鼻をしたひっどい顔の女と胸元が色々混ざった液体でベッタベタな女の二人で延々と話し続けた。完全に一致した話もあれば、どっちかにない話。若干違う話と色々あったけれど、思い出を共有し、感想を共有する時間は女になってから一番楽しい時間に感じられた。

「そう言えば、これおばさん達には話したの?」

途中、話を切りそう問う幼馴染にまだ。と返せば予想はついていたことだけど、と前置きされ、鬼のように文句を言い始めた。あれだけ思いつめるくらいならさっさと吐き出せと。親と幼馴染を少しは信じろと。おまけにまだ、隠し事してるだろう。と自分を死人だと見てたことを白状させられてからは余計に酷くなった。揺らされ、涙目になりながらの真面目なお叱りはもう受けたくないけれど、また言われたいなんてひどく矛盾したことを考えた。

 それと、両親には想像以上にあっさりと信用された。母さんはあの目を向けてくるかと思って覚悟していたけれど、なるほどね~なんて言い出して勝手に納得しだすんだから寧ろこっちが困惑する事になった。ついでに、記憶が違っても自分たちの子供であることには変わりないから何かあったら安心して相談しに来いと釘を刺された。

 結局、春は泊っていき僕の部屋でまだまだ話したりない思い出共有を夜通しした。

「あー眠い。そんじゃ、帰るから」

「うん。何度目かわかんないけど、ありがとね」

「気にしないで。まぁ、もしまた同じことやったら怒るけど」

「ああやって言われるのは今回でもう満足したよ…」

「ならよし!それじゃあまた、月曜日ね」

またねと手を軽く振って返して、自室に帰った。

 これからも他の人には隠し通して生きていく事になるだろうし、それで色々と辛い気分になるかもしれないけれど、意外と自分は愛されてるのだと今回の一件で知った。そのことだけでなんだかんだ生きていけそうな気がしてくるからきっと大丈夫だろう。今までじゃ考えられなかったくらい前向きな思いを胸に僕はベッドに体を沈めるのだった。

 

 蛇足だけど、実は春が付き合ってなんかいなくて、フリーだと知った僕がこの一件でますます高まった恋を成就させるべく奮闘するのはまた、別のお話。


本作を読んで頂きありがとうございました。

作者がかなり重ためのTSが好きなのですが、この類のタイトルが少なく感じているので何かしらきっかけになれたらな…などという傲慢な考えを持っていたり。

最後にはなりますが、感想やご指摘がありましたら気軽に下さると有難いです。

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