小春おばあちゃんののんびりダンジョン経営学
異世界召喚が珍しくもない昨今。
一昨日は魚屋さんの店主が異世界に召喚されたと聞いた。忙しい時期なのに、と奥さんがこぼしていたっけ。
そんなふうに他人事として見ていた異世界召喚の標的に、私とおばあちゃんが選ばれるとは思ってもみなかった。だって、平凡な女子高生の私と、一人で小さな駄菓子屋を経営する80歳のおばあちゃんだぞ。
一体何の目的があって召喚したのか。見知らぬ世界で召喚士にそう訪ねると、まだ年若い彼はのんびりとした口調でこう言ったのだ。
「手違いで」
笑うしかなかった。本当は、2軒隣に住む経営コンサルタントの男性を召喚したかったらしい。
手違いとはいえ一旦召喚されてしまえば、目的が果たされるまで元の世界に還ることはできない。次元を超えての召喚なのだから、それだけの制約が課せられる。私もそれくらいは知っていた。ただ、その目的を聞いて唖然としてしまった。
「ダンジョンを経営してほしい。ただ経営するだけでなく、この国一番の営業成績を収めてほしいんだ」
眼鏡をかけてローブを着た召喚士の男が、やはりのんびりとそう言った。依頼者は、古くからこの国の山奥でダンジョンの管理をしてきた一族とのことだ。歴史ある巨大なダンジョンだが、近年は人の足が遠のき、経営が難しくなってきたらしい。そんな時、この国一番のダンジョンを決めるお祭りが開催されることになり、この一族も賞金と名声目当てに参加を決め、助言を得るために経営のプロを召喚しようという話になったようだ。
「そういうことで。あなた達は、ここがこの国一番のダンジョンに選ばれなければ元の世界に還れないので、よろしくお願いします」
そう言って笑う召喚士の眼鏡をかち割りたい衝動を堪えながら、おばあちゃんを見る。駄菓子屋の奥で、置物のようにじっとしている印象しかない。細い目は開いているのかいないのかもよくわからない。
やがて、おばあちゃんが溜息をつきながら言った。
「見取り図をちょうだい。ここの従業員の一覧と、この国一帯の地図、他のダンジョンの情報も欲しいわ」
聞いたことのないほど毅然としたその声に、私は死んだおじいちゃんの言葉を思い出していた。
若い頃のおばあちゃんは、この町一番の才女だったんだよ。
冗談だと思っていた。こんな時なのに、胸が高鳴る。
「……老眼鏡がないと見えないわ……」
おばあちゃんの呟きに一抹の不安を覚えながらも、私たちのダンジョン経営が幕を開けたのだった。