昼休みとLHR
気付けば午前の授業は終わり、昼休みがもう始まっていた。
そしてその次に控えるのが、LHR。
そこで委員会決めが行われるらしい。
また久々に始まった授業の倦怠感を味わいながらも、俺の意識はその事に集中させられていたらしい。
意外にも午前の授業はすぐに過ぎた感じがした。
誰かが他に立候補すれば、俺は学級委員をやらなくて良い。
反対に候補者がいなければ、俺が学級委員をやらなければならない。
それが昨日彼女と交わしてしまった約束だ。
あの時は勢いと直感で返事をしてしまったものの、今になってようやくはっきりと不安の念を抱いていたのだった。
急にあっさりと自ら妥協案を出して来た事。
あの様子なら、もっと引き下がると思っていたのだ。
結果的に昨日は難を逃れたが、今思えばまだ何かがあるような、そんな幕引きだったのかもしれない。
こうして引っかかる何かが、ずっと邪魔をしていた。
四限授業なんて学期の境にしか訪れないレアレアイベントで、本当は気分の上がっても良いところなのだが今日に限ってそんな事はどうでも良かった。
そんな俺の心配をよそにやってきたのは、またトモヤスだった。
空いている俺の前の椅子を引き、こちらに向かい合うように椅子の向きを変える。
「いやあ唐揚げあと一個だったから危なかったわー」
と言いながら、売店の袋を机に下ろした。
「あれ人気だもんな。体育終わりの生徒とかが買ってくから昼休み頃には無くなってる事も結構あるし」
「それなー。あーやっぱ安定だわー」
そう言って、その勝ち取った五個入りの唐揚げを頬張る。
その呑気な様子に、思わずフッと笑ってしまう。
「なんだよ気持ちわりーなあ」
そう言ってトモヤスは、パックのレモンティーをストローで吸い込む。
「いやあ、お前は気楽で良いよなって思って」
「俺からしたらミナト、お前より忙しくない高校生そういないと思うわ」
「ばっか忙しいとかそういう話じゃねえんだよ。気持ちの問題だからこれは」
「何だよそれ意味わかんね」
トモヤスは笑いながらまた昼飯に手を伸ばす。
持った割り箸の根元は均等ではなく、片方が少し裂けていた。
そのやり取りが一段落ついた後も、トモヤスはいつも通り天真爛漫に俺に話しかけてくる。
俺もそれにああだこうだと言葉を返す。
こいつとは一年の付き合いだが、思えば別に毎日こうして一緒に昼休みに席を合わせていた訳では無かった。
トモヤスはバスケ部なので、昼休みになれば他の部員たちと体育館に練習に出ていく事の方が多かったからだ。
そのため飯も一人でさっさと食べるか、三限終わりに早弁している光景もよく見た事がある。
今日は部活がないのか、それとも練習の集まりがないのかは知らないが、今はこうして自然に俺の席の方へ座り、飯を食っている。
確かにこういう事が、たまにあったくらいだ。
でも今日はその偶然に正直助けられた。
まだ始まって二日目のクラスで、そこまで気軽に誘えるほどの人脈も度胸も俺には無かった。
これがクラス内鎖国した結果か。
一年経って外を出て、ようやく世界を触れた気がする。
ほんとマジ、ぼっちで食うところだったわ。
あっぶね〜。
まあコイツはそんな俺の気苦労も知らずに普通に来ただけなんだろうけど。
だがそこが変に気を使わない使わせない、コイツの良い所なのかもしれない。
俺とはタイプ違うはずなんだけどな。
確かにそこまで派手さは無いが、割とどんな人にも自分から何でも話しかけに行くというか、そういった度胸や柔軟さを兼ね備えている気がする。
基本的に明るく、かと言って常にイケイケグループにいる訳でも無い、どこにでもいそうでいないような、そんな感じ。
こういう人間が、何だかんだ誰よりも上手く社会を渡っていくのではないかと、ふとそう思った。
昼休みは終わり、外に出ていた生徒達がぞろぞろと教室に戻ってくる。
うちには予鈴が無いが、それでもこうしてみんな席には着いてる辺りは、さすがそこそこの学校という感じはする。
授業始まりでまだ騒がしくはある教室の中を、担任の鎌谷が入ってくる。
俺の一年時のクラスでは、現国を担当していた。
名前が新一なので、大体の生徒からは「新さん」のあだ名で呼ばれている。
高校の教師はあだ名を付けられている事が多い。
おかげで教えられた事も、あるいは担当科目すら知らないのに、何故かそれだけは知っているという現象が起きがちである。
新さんはそこそこ年齢はいっていると思うのだが、スラッとした長身と、若い頃は人気があったであろう端正な顔立ちが、年ほどのものを感じさせなかった。
そして教卓の前につくと、話し続ける生徒を特に鎮める様子もなく、生徒たちの声量に余裕で負けているボリュームのまま話し始める。
「はい、という事でね、今日は委員会を各自決めてもらいたいと思います」
新さんがそう言うと、流石にそれに気づいた生徒たちが話をやめ、またその空気を感じた生徒たちがやめ、と次第に落ち着いていく。
その様子も気に留める事なく、真っ直ぐに伸ばした背に渋めのスーツを羽織った新さんが続ける。
「じゃあまず学級委員を決めて、その後は他の委員会決めの進行やってもらいましょうか」
いつも通り穏やかな口調で新さんがそう言い、俺はまたちらりと山本の方を見やる。
見すぎですね、はい。
逆に俺の視線に気付いた彼女が、頬杖をついたまま顔だけをこちらに向けウインクして右の親指を立てる。
ふーん、かわいいじゃん。
言ってるばあいか。
いよいよこれで、結果が出る。
勝算はある。
クラスにそういう事率先してやる奴は、女子も男子も一人はいるようになっているのだから。そういうものだから。
不安はいざ知らず、今はそいつの登場を待てば良い。
さあ、頼んだ。