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俺には全く関係がない。  作者: みやりく
そもそも彼女とは面識がない。
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ある交渉

「まあその"みんな"と何たらかんたらってのは理解できねえけど、なんか本気なのは分かった」


 思う所を素直に口にしたその結果は、思うよりも適当な形になって山本に渡る。

 そして思った通り山本がムッとした表情を見せる。


「なにそれ」

 

 そう言いながらも、その後すぐ山本は少し苦笑するように口元を緩めた。


 お互いを流れる空気は、先程までとは打って変わって、もうすっかりと弛緩しているようだった。


 それを改めて感じとり、フッと少し力を抜くようにする。


「で、まあそんな感じでさ高田君」


「どんな感じだよ山本さん」


 どんな感じかは本当に分からなかったが、これがようやく本題に入る切り出しであるという事は、何となく察しがついた。

 よし、そろそろ帰れる。


「私と学級委員、やんない?」


「やんない」


「やらない?」


「やらない」


「...何で二回聞くんだよ」


「いや"やんない"って、否定している訳じゃないよ、って意味でさ」


「そこまで日本語終わってねえよ」


 それより山本さん、俺はあなたの方が心配なんだけど。


「話が全然繋がってなくないか?」


「いや繋がってるよ、さっきの話と」


「え、どこが」


「私の言ってた"みんな"ってのは、つまりクラスの事だよ」


「すまん、隠キャにも分かるように頼む」


「?だから簡単に言うとさ」


山本は前に寄りかかっていた体を起こし、スッと背筋を伸ばす。

教卓の段差と合わせて、目線が下に立つ俺と同じくらいになる。


「クラスを盛り上げていこうって事だよ、私と、高田君で」


何で俺なのか、というそもそもの疑問はさておき。


「学級委員って別にそういう事するためのもんじゃ無えだろ...」


とはいえ改めて考えると、正直何をしているって聞かれると、よく分からないんだよな。

俺の中では、まず自分からやろうとは思わない委員会ナンバー1なはずなのだが。


「そういうもんだよ」


だが山本は両手を腰に当て、自信ありげにそう答える。

まあその真偽は何にせよ、これで一応用件は分かった。

分かった上で出る答えも、もちろん同じではあるが。


「で、やる?」


「やらないけど」


「ええーやろうよ」


「帰っていい?」


そんなさっきと違った猫撫で声で言ったって、俺は可愛いとしか思わねえから。

扉の方へ歩を進めようとする俺に、山本は待ってと手を広げる仕草をする。

深緑のカーディガンの袖の先から、華奢な白肌が見えていた。


「俺の事、苦手なんだろ」


そんな奴と何でわざわざ組みたがるのかが、俺には分からなかった。

嫌な相手と無理に付き合う必要はない。

誰かが俺を煙たがるのであれば、俺は俺の側から離れよう。

自分もそうやって生きているのだから、相手に同じ事をされても特に文句はない。

それで平等なんだ。


「いや得意じゃないかなーって言ったの」


山本ははっきりと、しかし今度は柔らかな口調で自分の発言を掘り起こした。


「それほとんど変わんないからね」


どう言い方や声音を変えようが、言っている事は同じ事。

はあ、と一つため息をついた。


「俺なんかより、もっと他に適任がいるんじゃねえの。俺なんかがやる必要無いと思うんだけど」


適任というのは、山本の実現したい事に関してだ。

どうやって俺みたいな無気力人間がクラスを盛り上げようというのか。

とりあえず、俺では無いのだ。


「そんな事ないよ。むしろその逆。高田君がやるからこそ意味があるの。」


「意味?」


「そう。高田君が、高田君サイドの人たちを巻き込むんだよ」


俺サイドて何?

それ間接的に隠キャって言ってるって事に、さては気付いてないな。

この子天然で人傷付けるタイプだわ。


「俺もやだしそいつらもそんな事望んで無いと思うんだけど」


「ええ〜まあ、一回やってみよ?」


「一回ってなんだよ。一回やったら一年終わるまでやる事になるんだけどそれ」


ほら例えば、 1ヶ月体験無料とか言って、そのまま期間外になってなし崩しに契約されちゃうやつみたいな。

ああいうのって、その後更新止める手続きしようとするか?普通。

忘れるに決まってるわ、あんなもん。


「良いツッコミ...!」


で、俺のツッコミがウケたのか、笑いを抑えられない様子の山本。

小さな顔が、覆った自分の手で隠れている。

何わろてんねん。


ダメだな、如何せん、調子が狂う。

このまま行っても延々彼女のペースの平行線が続く事間違いなし。

そろそろ見せるか、一流の妥協ってやつを。


「じゃあさ、俺もお前の言う、その"みんな"の一人になってやるよ。それで終わらないか、この話」


「ん?」


山本はよく分からないとでも言うような様子で、首を少し傾かせる。


「だからさ、クラス関連の行事ならそこそこちゃんとやるよ、って話」


な、いいだろそれで。


「そんなの当たり前なんだけど...」


山本はそう言って引き気味に俺の方にジトッとした目を向けた。

引きたいのは俺の方なんですけど...。

え、違うの?


「クラスの行事なんかほとんど全員参加前提だと思うよ」


「でも義務とは言ってねえぞ」


「もうそこまで来ると逆に意識高く見えるんだけど...」


「意識なんてどこにそれを持っていくかの違いだけだろ。俺にだって一つや二つ熱入れるとこはあんだよ」


得意げに話す俺に対して、山本は俄然訝しげな目で俺を見ていた。


しかし山本は一転んーとまた手を顎に当て、そして何か思いついたようにハッとする。


「じゃあ明日の委員会決めでさ、高田君以外に立候補者がいなかったら、やるってのはどう?」


「え?」


その条件が、俺には存外に安く感じたのだった。

クラスというのは、最低1人や2人は強キャラがいるように設定されているもの。

そういう意味で言えばクラスガチャも完全に乱数じゃねえんだよな。

多分操作してんだよ、偉い人たちがさ。


これは俺に分がある賭けだと思った。


「...それで良いのか?」


見えた希望を逃さぬようにと、おそるおそる山本に聞き返す。

山本は、うん、と大きく頷く。

ようやく話に終わりが見えてきた。


「じゃ、交渉成立だね!」


彼女にとってはこれが用件達成にはなっていないのだろうが、それでもどこか嬉しげにそう話す。


「うん、まあ」


「そういう事でよろしくね、高田くん♪」


「...?はいよ」


なんか急に淡々とし過ぎてないか。

さっきまであんなしつこかったのに。

どこか、単純に進み過ぎている気がする。


「じゃ、また明日」


そう言って用を終えた彼女は、俺に手を振りそのまま教室を出て行った。


うーん?

まあ良いか、今日の所は乗り切った。

なんか色々あったけど、言われたけど、俺お疲れ!


「...帰るか」


閉めた扉からは、力の無い音がした。

外を出ればまた入る前と変わらぬ生徒たちの賑やかしい声が飛び込んできて、自分が思うよりも時間の経っていない事に気づく。


クラスの方に戻るとすぐさまスクールバッグを中途半端に肩にかけ、通学路を後にした。

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