覚え方
「これ、ムズくね…?」
「だよねー、へへ…」
なっちゃんの表情も、よく見れば苦笑いに近いものだった。
動かしているのは体の上部分だけであるのに、意外と情報量が多く感じる。
普通のダンスであれば、ここまで細かい振りはないからな。
あるいは、体の一部だけ動かして見せるとなると、「踊ってる感」が出ないというか。
そういった所の難易度も高い気がする。
何でこんな考えてるんだ、俺は。
冷静になれば、全部どうでも良い事なんだ。
それでもこの集団が生み出す、季節にはまだ少し早い熱気に当てられたのか、今こうして目の前で一生懸命に教えてくれているなっちゃんの真剣さを感じているのか、普段ならプッツリと切れそうな俺の動機を、それらが何とか結びつけようとしているのだろう。
ひとまず行動に移している矢先、俺にしては珍しく前のめりになっているだけなのだ。
「いやあ、タットダンスって初心者の人に親しみやすいところもあるんだけど、これはちょっと難しいよね。先輩たちも気合入ってるなあ〜、あはは」
頭の後ろ辺りを触りながら、少し申し訳なさそうにするなっちゃん。
別になっちゃんは悪くないと思うけど。
誰に非があるとかではなく、この学校自体が行事に本気すぎるのだ。
何にせよ、覚えなければいけない事に変わりはない。
とりあえず俺は協力の意思を見せるという意図も込めて、前から感じていた疑問を投げかける。
「なあなっちゃん」
「ん?はい」
俺からの呼びかけに、なっちゃんは少し不思議そうに返事をする。
「そもそも振り付けの覚え方に、コツとかってあるのか?」
「おお、ミナトがまたやる気だ、今度はちゃんとした意味で」
「たしかに」
相変わらず周りの言葉はそっちのけで、ただなっちゃんの答えを待つ。
彼女も俺のやる気に感動したのか、ほー、と目をキラキラとさせている。
このやる気は見せかけなんだけどね。
「んー、そーだね」
口元に指を当て、少し考えてから、言葉を続けた。
「振り付けって、細かく覚えようとするより、全体をこう、ガッ!とつかむ感じで覚えていった方がいいかもね」
なっちゃんは多分、ガッ!というようなジェスチャー交じりにそう言う。
「全体を掴む。ほう」
まだ伴わない理解のまま、彼女の言葉を復唱する。
「うん!普通カウントってさ、8カウントでとってるじゃん?」
「うん?」
確かにダンスのカウント区切りって、8カウントずつなイメージだな。
アレだ、ラジオ体操とかもそうだろ。
「カウントの取り方としてはメジャーかもしれないんだけどさ、この8カウントのかたまりが8個ずつあったとして、それを8個ずつ分けておぼえるって結構大変じゃない?」
成る程な。
俺も今まさに、小節区切りで振りを覚えている所だ。
つまり、1回目のカウントと2回目のカウント、でまた3回目、というように、振りをパーツで分けて暗記しようとしている。
すると、よくある問題に当たるのだ。
次のカウントの振りが、抜け落ちる事が。
それで、段々ついていけなくなる。
あるいはそのせいで、タイミングがズレていく。
それではリズム感云々の話になるのだ。
「だから、カウントで振りを区切るというより、もっと大きく全体の雰囲気をとらえた方がいいかも!なんかちょっとあいまいな言い方だけど、ごめんね」
「でもなんとなく分かる気がする、なっちゃん」
申し訳なさげに苦笑いするなっちゃんに、すかさずトモヤスが助け舟を出す。なっちゃんは、
「そっか!ありがとトモヤスくん!」
そう言って、屈託のない笑顔をトモヤスに向ける。
それを受けたトモヤスの反応は想像に難くないので、あえてその方は見ない事にした。
コイツの恋沙汰よりも今はなっちゃんの話だ。