面倒
体育館の中へ入ると、もう既に集まっている多くの生徒たちの話し声が、一気に耳に飛び込んでくる。
先ほどまで感じていた普段とは違う休日の校舎の静けさが、その賑やかさを一層際立たせていた。
ホント朝から元気。
とりあえず、いつもの4組メンツを探す事にした。
すると一瞬で、分かりやすい目印が、目に飛び込んでくる。
他の男子より少し突き出るように立っている、アッキーがいた。
「アッキーおはよう」
「おお、ミナトか。おはよう」
「やっぱ見つけやすいな、アッキーは」
「そうか、じゃあもっと目印になれるように身長伸ばすわ」
「いやもう十分だろ」
俺とアッキーだけの会話となると、こんなにも熱が感じられないものになるのか。
その低温度で緩やかな会話が、ややまだ寝起きな頭と体には丁度良かった。
「二人は?」
「あっち」
そう言って指差した方に、トモヤスと海人の姿があった。
おそらく運動部の知り合いで集まっているのだろう。
見た事のある顔もあったが、誰一人として話した事のある生徒はいなかった。
帰宅部&クラスに居座る出不精が合わさると、こんなにもコミュニティの範囲が狭くなるのだ。
「アッキーは行かねえの」
トモヤスと同じ部活なのだから、あの中でも知り合いは多くいるはずだ。
だがアッキーは俺が声をかけるまで、その大きな体をスッと伸ばして一人立っていたのだ。
「いや、朝からあのテンションはキツい。朝あいつらと絡むのはまだ早い」
「なんだそれ...」
とは言いつつも、まあ何だか分かる気もする。
トモヤスを初めとするその集団は、いかにも運動部というノリで、朝から元気にはしゃいでいた。
あの輪の中に入るのは、かなりカロリーを浪費する事だろう。
「ん、ミナトはいかねえの?」
「いや全然しらんわあの中の人ら」
最初の踊りの振り付けは終わり、全体で合わせる事も多くなった。
他のダンスの振り付けなど、個別練習はいつも通りなっちゃんと、あの3人とするわけなのだが、全体練が増えるという事はすなわち、彼らとも関わる機会が多くなるというという事を意味する。
となると、あの輪の中にいる彼たちとも、また「はじめまして」のステップから始めなければならない。
出会っては馴れ合い、そして別れる。
生きていく上で当たり前のこのサイクルは、おそらくこれまでも、これからも続いていく。
俺にはそれが、どうにも面倒くさい。
独りは避けたい。
だから最低限の力はかける。
でもこの場面はどうだ。
同じクラスでも、部活でもない、この行事きりの関係。
体育祭が終われば、会う事は少なくなっていくだろう。
関係はまた元の状態へと近付いていき、代わりに微妙な距離感だけが残ってしまう。
どうせすぐに薄れる関係だ。
ここでわざわざ苦心する必要が、果たしてあるのだろうか。
少しで良いんだ。
掴んだ一握りの物を離さないように、持っていさえすれば。
沢山は要らない、手にする気も、本当はない。
だが如何せん、同じ団として行動する以上は、関わらざるを得ないのだ。
中途半端に関係を持とうとする事が一番、自分にとっても相手にとっても良くない。
だからと言って無愛想にやり過ごしてしまうのも、それはそれで相手に悪い。
社会で生きるというのは、俺にとってこれほどまで複雑で、面倒に見えるものなのだ。
今もなお戯れる彼らは、そんな風に思った事があるのだろうか。
俺が考えている事なんて、彼らにしてみれば取るに足らない、ただの邪推でしかないのだろうか。
まあその心の内は、知る由もないのだが。
「まあ別にそのまま知らなくてもいいと思うぞ。あいつらホントにめんどい時あるから、キレそうになる」
「いやガチトーンやめろよ」
とはいえ冗談で言っているのは分かっているが。
相変わらずアッキーは表情が掴みにくかった。
同時に俺もこういう風に移っているのかもしれないと、彼と接する度にそう思う。
「まあそろそろ始まるしな」
「そだな」
そう言った矢先、今日もその金色の髪を煌めかせた椿原先輩が、スピーカーを手に取り注目を集める。
「おはよーございまーす」