流されない
「あ、えっとそれで、かえちゃんの事だよね?」
と、本題に返る松木の問いに、言葉が詰まる。
質問自体に特に意味はなかったので、その後の展開は考えていなかった。
自分で話題を持ちかけておいて、話を広げない奴。
最悪だろ。
次の手をと、必死に頭を張り巡らせる。
「部活一緒で仲良くなったとか?」
俺の雑な問いに、松木はううん、と首を振った。
「私はオケ部だから。仲良くなったのは、席が近かったからだね。ほら、山本と松木だと、出席番号で並ぶと隣になりそうじゃん?」
「あーそれで実際隣だったわけ」
「そーなの」
「なるほどね」
「…で、何でかえちゃんのこと?」
核心をついてくる松木の言葉に内心ドキリとする。
あるよなー、自ら苦し紛れに出した話題を収めきれないコミュ障の図。
「あ、えーと」
頰を軽くかきながら誤魔化すふりをする。
その様子をどう捉えたのか、松木はハハーんとした表情を浮かべる。
「あ〜、もしかして、そういう事」
ほらな。
そういう事とは、これだけ聞いても誰もが御察しの通りである。
「いや違うから。すぐそっち行かないで」
「ははは、かえちゃんは倍率高いよ〜?」
「おいだからちょっと待て」
まだ俺を弄ろうとする松木にツッコミを入れる。
それに対しまた声量の大きさからではない、透き通るような声で元気に笑う松木。
まあ笑ってくれてるならいっか。
...もしかして俺ってチョロい?
「でもまあ、”そういう”意味じゃなくて、かえちゃんと高田くんってなかなか良いコンビだと私は思うよ?」
そう言ってからかう様子から一転、少し目を細めるようにしてはにかむ松木。
柔らかな優しさに満ちた、そんな表情だった。
だがその言葉の意味については、よく分からなかった。
「え、良いコンビ?どこらへんが」
「もう分かってるとおり、かえちゃんってすぐ突っ走っちゃうとこあるからさ。高田くんくらい落ち着いてそうな人と動けば、ちょうど良くなるような気がして」
どこか遠くを見るような彼女の瞳が煌めく。
山本の持つ危なっかしさを、きっと松木も感じているのだろう。
友達として、それを心配する気持ちが彼女の中であるのだ。
自分には疎いその感情が、とても眩しく映る。
「なるほど。でも俺に山本を止める力は無いぞ。俺が綱つけられて引っ張られてる方だから」
それは初日にがっちりと巻きつけられ、今もズルズルと引きずられている最中である。
俺の軽い冗談に、また松木は笑った。
「いやあ、かえちゃん止められる人なんていないよね多分。だから止めるっていうより、高田くんは高田くんのスタンスでいて欲しいんだよ。学級委員も頑張りつつね、良い意味で、かえちゃんには流されないでさ」
山本楓に流されない。それは多くの人間にとっては難しい事だ。
彼女の持つ外見が、姿勢が、その裏にある努力が、誰かの心を引き付けるのだ。
決して無理強いではない、それぞれが自らの意思を持って、彼女の方へと歩み寄る。
そして同時に松木はおそらく分かっている。
その中に、なんとなく流されてしまっている人間がいる事も。
あるいは山本に不満を持つ人間が、どこかにいる事も。
理解していて、そちら側の人間の存在も、必要としているのかもしれない。
例えば俺のような、周りに流されない無気力人間を。
時勢が一方向である事は、世の中が間違った方向に進む可能性を多く含んでいる。
一定数その流れを堰き止めんとする要素が、実は重要なのだ。
それがクラスという集団にも必要であると、そう言えるのかもしれない。
時に前のめりな山本の勢いを、ちょうど良く緩和するための人間が。
それが衝突であったとしても、望んでいるのだろうか、そんな存在を。
構わないというのなら、それは友達として、山本を大切に思う気持ちから来るものか。
「そーいう事なら任せろ。マイペースは得意だ」
「ハハ、うん、期待してるよ、委員長!」
呼び慣れない名称は、きっといつまで経っても、俺にとって似付かないものなのだろう。
だが松木は本当に、肩書きだけの委員長であるこの自分に、期待を寄せてくれているようだった。
それは少し買い被りだがな。
意外と続いた立ち話のおかげで、練習まではあと5分という所だった。
松木も時間に気付いたようで、あっ、というような表情を見せる。
「あ、そろそろお互い練習いかなきゃだね!夏組のダンス、楽しみにしてるね!」
「おう、じゃな」
「あ、ミキー、いこ〜」
松木は俺に手を振り、そのまま呼んだ友達の方へと向かっていった。
おそらく同じ季節の人なのだろう。
松木は何組なのだろうか。
話す事は他にも意外とあった事を、今更になって思い始める。
事故りかけた俺の会話は、松木の助け舟によって収拾がついた。
上履きの入った袋を肩に担ぐようにして、また出そうになった欠伸を躊躇いなく吐き出しながら、朝の体育館へと向かった。