チーム
「チーム?」
俺の問いかけに、山本は首を縦に動かす。
「ミナトくんはさ、グループとチームの違いって、わかる?」
「え、なにが違うの」
そんな事、考えたことも無かった。
ただの呼び方の違い、ではないのか。
「グループっていうのは、特定の目的のために集まった人たち、まあ単なる集団ね。一人一人が自分の能力を最大限に出す事が求められる。全体として、何かに特化してる事が多いね」
「つまり、100%ってのは、グループだと一人一人が出すって事か」
「そ」
何かの目的のために、一人一人が持つ力を出し切るのがグループってことか。
というか、それが集団というものの正体ではないのか。
「で、チームは少し違う。一人一人が自分の能力を発揮するのは変わらないけど、それがもっと全体のために行われている集団の事を言うの。グループで重視されるのは、自分の成果、つまり個人寄りのものになるからね」
集団のための集団。
ある目的を、共同体として個人ではなく全体として果たしていく。
要するにそう言う事だろう。
「120%ってのはどうやって出すんだよ。たとえばグループでは一人が20の力を出してそれが5人いるとして、単純計算して100%だろ?でもチームでも変わらず20×5で100じゃねえか。何かに特化してるらしい前者の方が、よく機能していると思うんだが」
特定の目的であれば、グループの方が高い力を発揮できそうだ。
同じ20でも、グループの方がより質の高い20に思えてならない。
「確かに、チームの出せる20ずつってのは、ある特定の目的だけを見れば、クオリティは下がるかもね。みんながそれぞれ得意なものを持っているから。でもだからこそ、全員が補い合うことで、グループでは出せないあと20が出せると思うの」
随分とまた抽象的な言葉だった。
きっと彼女もそれは分かっている。
山本は、思ったよりも現実を見ている。
見据えた上で、理想を語っている。
「私はね、チームなら見られるかもしれないその景色が、見てみたいの」
夢見る小さな子供のように目を潤ませ、同時に凛とした様子で俺の前に向かう山本。
自分であれば聞くに堪えないその言葉たちは、彼女が使えば忽ち実体を纏うような、そんな気がした。
「チームなら、できる事の選択肢が増えたり、その可能性が上がるってことか。色んな要素がそれぞれ混ざり合うから、新しい力が生まれる。そういう事だな?」
見えない何かをたぐり寄せるような、いや、まだ何にも触れていないような、自分でもため息の出てしまいそうな質問だった。
それでも彼女は俺の問いに、ゆっくりと頷く。
「一人では全てを成し遂げられない。チームじゃなきゃ、出せない力があるんだよ」
少し俯きがちに話す彼女のその言葉には、影を含んだような重みがあった。
希望的観測と言ってしまえばそれで終わりなのかも知れない。
しかし山本の理想に対する誠実さというものは、どこか蔑ろに出来ないような所があった。
山本の言葉の真意を理解するのは、俺にとって難しい事だ。
いつかは分かる、いや、そんな日すら来ないのかも知れない。
彼女と俺との間には、あまりにも離れすぎている部分があるから。
どれだけこれから関わろうとも、慣れようとも、その差だけは縮まらないのかも知れない。
無理に分かる必要もない。
だけど何故か、どうにかして噛み砕こうと必死になりかけている、自分がいた。
「あ、もうそろそろ乗らなきゃ。お母さんと駅で待ち合わせしてるから」
山本がポケットから取り出したスマホのホーム画面で時間を確認し、そう言う。
「そうか、悪い、なんか最後でこんな話」
「ううん、大丈夫。土日、頑張ってね!じゃ!」
「おう」
そして急ぎ目に階段を降り、地下の改札側の方へと消えていった。
彼女の透き通るような声がなくなると、途端に周りの喧噪が聞こえ始める。
そこからなるべく離れるようにして、足早に自分の線へと向かった。
駅のホームで半ば無意識にスマホを取り出し、なんとなくラインを開く。
操られているかのような一連の動きに自分で辟易するも、一瞬でその嫌悪は過ぎ去り、すぐに平静に戻る。
踊らされている事に気付いていないわけではない。
知っていながら、踊らされているのである。
それが楽だから。
これは別に、現代っ子についての話をしている訳ではない、あくまで俺の話。
ラインのトーク画面トップには、「夏組応援団」とある。
2年4組ではない、全学年含むグループの方だ。
200人近い数が、そこに参加している。
応援団に入っていない人数を考えれば、夏生まれの総数はおそらく250はいるだろう。
最近このグループラインが忙しなく動いているせいで、いつもは静かな俺のトーク履歴が喧しい。
もう開くのも面倒なので、アイコン右上の赤マークは優に300を上回っていた。
はあ、とため息をついた瞬間、画面上のコメントが更新される。
「明日は10:00から体育館で練習です!広く使え...」
「え?」
思わずトーク画面のセルをタップし、開いてみる。
そのコメントの主は、金ぱ、椿原先輩だった。
「明日は10:00から体育館で練習です!広く使えるので、特に全体練の方、しっかりやっていきましょう!」
なんかそんな事言ってたっけ。
言ってたんだよな、多分。
土日は他の部活も一日中使うわけじゃないから、体育館全域使えるってわけだ。
土曜も練習。
...。
練習最高!!!!