帰り際
話を終えた俺たちは、多くの人でごった返す繁華街を歩いていた。
帰宅する人、これから会う約束をしている人、予備校へ向かう学生、そんな多くの人でいつもこの大通りは賑わっている。
有名デパートやディスカウントストアなどが立ち並ぶこの通りを真っ直ぐに進めば、複数の線が行き交う横浜駅の方へたどり着く。
歩いていると、ふと思い浮かぶものがあった。
初めて共に帰る相手に聞く質問、堂々の第一位。
「...何線?」
「わたし?ブルーライン。セン北だから、最寄り」
さして興味は無いが、とりあえず聞いとこうみたいな所がある。
そこから膨らむ話もあったりする訳で、たぶん。
「あー、市営って高いよな」
「そーだね。定期代は他の線の人より結構してると思う」
「一駅でも高いよな」
「そうそう!歩いていけちゃうからねもう」
こうして笑っている彼女の隣を歩いていると、おこがましくも何だか"そう"見られているのではないかと勘繰ってしまう自分がいたりする。
だが彼女は変わらず屈託のない笑顔で俺と会話を続ける。
「ミナトくんは最寄りどこなの?」
「東白楽。東横」
「ええー。いいなー近いー」
「...いやいや、横浜駅の地下通路みたいなやつ毎日歩かされんのホント怠いから」
「あれくらい我慢しなよ...」
いやいや何か無駄に長い感じがちょっと腹立つのよ、なんか。
綾英側からは山本の使うブルーライン、横浜市営地下鉄の方が近い。
その地下に続く階段に、俺たちは差し掛かった。
この辺りは待ち合わせ場所として、人集りができやすい。
今日も相変わらず大勢の人で混雑しているようだった。
「じゃあわたしはここで。ちゃんと走順考えてきてね」
「はいよ」
「ミナトくんの働きが、クラスの勝ちに大きく影響すると思うよ」
クラスの勝利。
多数はそれを願っているのかも知れないが、そうでない一部の人たちも、少なからず確かに存在している。
それは昨日身をもって知った事だ。
彼女たちが悪いわけじゃない。
得手不得手があるんだ。
苦手なものを、どう楽しめばいい。
「勝つどうこうより、走りが苦手な人たちからすればこんなの楽しみでも何でもない、ただのプレッシャーだと思うけどな」
思ったよりも邪険な口調になってしまい、しまったと心の中で思うも、山本は気にも留めず暫く言葉を選び取るように考える様子を見せる。
これは嫌味ではない、俺の純粋な感情であると、そう捉えてくれたのだろうか。
「だからこそ、その責任がその人たちにのしかからない為にも、勝つ事が大事なんじゃない?」
地下鉄につながる階段の手前で、山本は立ち止まった。
まだ何かを続けるように見えたので、俺は黙って彼女の言葉を待つ。
「誰かの苦手を、誰かの得意で補う。その立場はどこかで逆になったりするもの。今回に関して言えば走るのが苦手でも、他の何かで活躍できる場面がきっとあるでしょ?」
彼女の言っている事自体に間違いは無いと思った。
誰かと助け合う、補い合う。
俺には依然むず痒いものであったとしても、それは崇高で、健気で、大切に、丁寧に扱うべき、尊いものであるのかも知れない。
でも違う、そうじゃないんだ。
俺が持つ疑問は、もっと根本的な部分にこそある。
「何でそこまで集団にこだわる?」
今度はハッキリと意図的に、率直な気持ちで彼女に問いかける。
声音は多少強くとも、山本であればそれを素直に受け取るだろう。
あの初日のやり取りがあったからか、俺たちの衝突にはもうそれほどの緊迫感は無いような気がした。
こうしてぶつかり合う事も、彼女とでは普通になりつつあるのかも知れない。
思った通り、山本は俺の言葉に対しゆっくりと口を開く。
「120%、とかよく言うでしょ?わたしああいう言葉あまり好きじゃないの」
「ああ、まったく同感だな」
突然の切り出しにも特に驚く事なく同意を示す。
人間100%出すのも難しいからな。
そもそも自分の力量を正確に知れている人間自体多くない。
大抵は言葉の綾だ。
「でもね、その100%超えを出せるかも知れない集団があるの」
一瞬ためるようにして、そして言い放つ。
「それが、"チーム"だよ」