宿題
「あとは、例の鬼ごっこの話だな」
「そうだね」
そう言ってどこか物憂げに話す彼女。
ここが順番を組む上で、最大の難所ってとこか。
「なるべく逆転要素のある人たちに最後の方を任せたいんだよね」
と、また飲み物を片手に、自分で作ったデータ表を見つめる。
逆転要素。
つまり、鬼ごっこでは鬼側、追う方が得意とみられる生徒たちだ。
だがやはりあの短時間の間で、本当に適性が見極められるかどうかというのは、正直あやしい。
どちらを先にやったかで、体力的な問題で結果に差が出た人もいるだろうし。
それに、
「なあ、そもそも適性ってのは、ホントにあんのか?」
という根本的な疑問もあった。だが山本は、
「あるよ」
と言って得意そうにする。
「一体何の根拠があんだよ...」
山本は食べ終わったハンバーガーの包み紙を丁寧に折りたたみながら話した。
「適性ってのは、能力もそうだし、あとは好き嫌いもあると思うの。どちらの状態でいる方が精神的に強いか、って話。恋愛でもあるでしょ、追われる側と追う側」
「はあ」
山本にしてはふわっとした答えだったが、本人はとても楽しげに話しているので、そっとしておく事にした。
これもまた、少しでも勝つ確率を上げるための作戦なのだ。
その為の労力も時間も、彼女は惜しまない。
改めて、表をよく見てみる。
すると、意外にも追いついた数と追いつかれた数、その双方に差が出ている生徒も何人か見受けられた。
彼女の求める逆転要素になりうる存在も、パッと見た限りちゃんといそうだ。
ほんまや。
「まあでも、ここまで考えて順番組むってのが、ちょっと大変なんだよね」
そう言って、難儀な様子で視線を下に落とす。
「ちょっと所じゃねえよこれ」
思わず出た俺の突っ込みに、山本は顔を上げじいっとこちらを凝らすように見つめてくる。
その目は、ノーメイクでも十分すぎるくらいに力がある。
「...」
「...なんだよ」
目線は窓の方に向けそう返す。
外はもう日が落ちゆくようだった。
一転、彼女はニコッと笑顔を見せ、俺にこう提案するように持ちかけた。
「ミナトくん、順番決め考えて?」
「やだ」
なんとなく嫌な予感はしていたので、即答する事が出来た。
備えあれば憂いなし。
あっても憂えてるんだよなあ、今。
こんなん絶対引き下がらないだろ。
山本は黙って強請るような表情を見せるだけだった。
「...はあ。やるよ、じゃあ。俺に出来るかは分からんけど」
その言葉にパアっと目を輝かせ、嬉しそうにする山本。
何とも理解しやすいこと。
「じゃあ、今週の土日でひとまず仕上げてくるようお願いね!」
「は?早すぎだろそれは」
締め切りとかあんのかよ。
俺に守れるとでも思っているのだろうか。
まあ君に怒られるの嫌だから多分やるけど。
「大丈夫、私もちゃんと後でチェックするから、ある程度考えてきてくれればそれでいいの」
と、2枚の紙を俺にはい、と押し付ける。
その手を振り払う事は出来ず、やむなく受け取ってしまう。
「...やるだけはやってみる」
「ミナトくん頭は切れそうだし、できると思うよ」
「頭は、ってなんだよ。あと切れねえよ、いっつも中の下くらいだ」
テスト勉強まともにした事ないからな。
俺の返しにあはは、と笑う山本。
快活でありながら、品の備わった笑い方をする。
「クレバーとインテリジェントは違うよ」
「はいはい、そうだな」
「もう」
テーブルにある二つのトレイや包み紙は、山本によってきっちりと纏められていた。