一番手と二番手
「このアンカーである海人くんに、いかに良い状況でつなげるか。これが一つポイントね」
「おっおう、そうだな」
と、言った瞬間自分でもクソだと分かるくらい適当な相槌を打ってしまう。
山本はジト目でこちらを窺うように見る。
「...ちゃんと聞いてます?」
「...聞いてます」
今のは俺が悪い。
いやでも急に目があうとなんかビビるじゃん。
特に悪い事してないのに何かやらかした不味い感じしない?
普段あまり人の目を見て話さない分、余計そう感じる。
うん、だから俺が悪いね。
とはいえ一応話は理解しているつもりなので、弁明の意も込めて確認をとる。
「要するに、なるべく上位の位置でキープしてればいいって事だろ。それをいかに上手いこと走順組んで、理想の展開に持っていくかってわけだ」
「うん、そうだね」
山本は納得したようにコクリと首を縦に動かす。
よかった。
もう少し話を広げよう。
「で、俺としてはアンカー以外にも軸になる存在が何人かいると思っているんだが、そいつらをどこに置くかって事だよな」
運動会のリレーなんて、ただ最後の速い奴同士が競って、それに盛り上がるだけの種目だと思っていた。
無論そこは見所である事に間違いはないのだが、山本の話的には他の要素も考える必要がありそうだ。
山本は指を4の数にして、ビシッと俺の前に突き出す。
「私が思うに、大事な要素はあと4つ。まず1つ目。それはもちろん一番手よ」
そう言って人差し指をもう片方の手で折る。
最初の走者か。
まあ確かにアンカーとくれば次はそちらが考えられそうだ。
この一番手に求められる能力は。
「瞬発力がある奴、とかか?」
グッと親指を見せる山本。
折っていた指の方の手は、もうドリンクを握っていた。
まあ疲れるからね。
「初めは絶対コーナー取りとかでゴチャゴチャするからね。なるべく速いスタートダッシュが切れて、足も速い人。私的にはトモヤスくんだと思うけど」
「確かに、アイツもなかなかスピードあったな、タイムは...6秒8か。良さそうだな」
バスケは攻守の切り替えが激しいし、そういう所での一歩目の速さみたいなのは身についていそうだ。
多分。
「じゃあトモヤスくんで決まりね。で、次。そのトモヤスくんのバトンを受け取る二番手よ」
なんかそのままだな。
それ言ってたら全部の順番大事になりそうじゃないか?
これは言ったら怒られそうなので、声には出さない。
「それは、どういう役割が求められるんだ?」
「一番手同様、ゴチャゴチャする場面があるよね」
「...バトンパスか」
「そう!ここで落としちゃったりとかしたら、勝負が決まっちゃうし、みんなの士気も下がってしまう。だから、混雑するテイクオーバーゾーンで、冷静な判断が下せそうな人」
そう言ってニヤッとこちらを見つめる。
何かあやしいな。
嫌な予感がする。
「...なんだよ」
おそるおそるそう聞いてみる。
俺の胸中はなるべく悟られないようにして。
「キミだよ。ミナトくん」
はい予感的中しましたー。
なんかもうコイツの企んでる時の顔が分かって来たような気がする。
大事な要素といったものの中に俺を遠慮なく入れる意図。
これも育成計画の一環か。
いや、されるつもりは無いよ?
「いや、冷静ってそれ無表情なだけだと思うんだけども。あと俺足遅いよ?」
昨日気になって「50m 高校男子 平均」などで検索をかけて見たのだが、高校男子の平均は7秒29だった。
つまり俺の7秒5は平均より少し遅く、それが地味にショックだったのだ。
何より二番目って、まだ周りの注目が十分集まってる所だろ。
俺は中間のだれる所でひっそり走るつもりだったのに。
「うーん、ここは足の速さというより、レースで一番混雑するであろうバトンパスを確実に上手くできそうな人がいいんだよね。特にプロのリレーとは違って待機場所が決まってないからね。どのあたりで待機しておけば、スムーズに渡せそうか、何位くらいの順番でトモヤスくんが入って来そうか。そういう判断を、素早くこなせそうな人がね」
そう言ってまた俺の方をジッと見つめる。
その瞳の奥に在る力強さに押され、強くは否定出来そうに無かった。
「...わかった、俺でいいよ。結構抜かれても知らねえからな」
と、一応念を押しつつ、承諾する。
とはいえバトンパスが鍵になりそうな順番である事は確かだ。
足の速くない俺でも、そこで何かやりようはあるのかもしれない。
「大丈夫、いけるよ」
その根拠のない励ましの裏には、きっと何か思惑がある。
そしてあえてその裏を言わない理由も、俺には何となく分かっていた。
「これも研修の一つってとこか」
「そうだね」
ご名答、と笑みを見せる山本。
要するに、自分で考えてやれという事だ。
誰かに言われるままでなく、主体性を持って。
それが行事に取り組むという事。
だが自ら大事な要素と言ったその部分を、この俺のような人間に託している事に変わりはない。
目的のために万全の策を施す彼女にしては、その選択はややリスキーにも見える。
そこまでの期待に応える器量が俺にあると見るのは、流石に買い被りだ。
それでも、やるだけはやってみる。
まずは行動するということが、ある意味俺にとっては前提条件なのだから。