走順
「大事なことの一つ。まずはやっぱり走順」
まだ内容の見えないといった感じの生徒たちが首をかしげている。
山本はクラスメイト一人一人に伝えるように、丁寧な滑り出しで引き込もうとする。
「ここの組み方で、勝率は大きく変わる」
「それって、アンカーは一番足が速い人ーとか、そういう話?」
今度はとある女子がそう問いかける。
「そう!まあそれは基本として、他にももっと工夫のしようがあると思うんだよね」
工夫。
そうは言っても40人の組み合わせを考えるのはかなり骨が折れそうだ。
多分これ俺も後でやらされるよなあ。
覚悟しておこう。
「でもさ、山本さん。順番変えた所で誰かの足が速くなる訳じゃないし、それってつまり全体的なタイムは変わらないって事になりそうじゃない?そこまで考える必要ってあるの?」
質問を投げたのは、トモヤスだった。
頭に浮かんだ単純な疑問をそのまま口にしているといった感じで山本に問い掛ける。
俺からすれば、よく40人もいる中でこうも思った事をすぐに発言出来るなと思う訳だが。
アイツにとっては容易い事なのだろう。
これも意識しているか、していないかの違いがあるだけだ。
それと、確かにトモヤスのいう通り、一人一人のタイムという話では、劇的に縮む事などまず無いのだ。
ただ順番を工夫する事が、全体のタイムの短縮という話で言えば、それは直接的に繋がってくるものなのだろうか。
「確かに一人一人の足を速くするのはここからやっても厳しいかもね。もちろんそういう練習はしない。皆それぞれ忙しいし。でも、順番次第でその人を"走りやすく"してあげる事は出来ると思うの」
「なるほど」
トモヤスが納得してるのかしていないのか分からないような表情で、頷く仕草だけを見せる。
多分分かってないな、コイツ。
まあ致し方ない、まだ殆どの人がしっくりとは来ていないだろう。
どうも彼女には勿体ぶる癖があるというか、本当に言いたい事を一気には伝えず小出しにしているような様子が見受けられる、それも意識的に。
これも人の注意を惹きつける術なのか。
「どんな競技もそうだけど、試合には必ず流れがある。その流れを作る為の順番だよ」
成る程な。
リレーで起こりうる流れを、先に予測してそういう展開になるように組み合わせていく訳だ。
先手を取るか、キープするか、逆転を狙うか。
相手が全員快足であれば、きっと何をしても勝ち目は無い。
だがこれはクラス対抗リレーだ。
各クラス条件は大して変わらない。
だからこそ、その戦略には意味が見出せると言える。
やっとクラスメイトに伝えたかった所が言えてきたのか、山本は少し満足げな様子を見せている。
そしてその興奮を包み隠さず話し続ける。
「アンカーはクラスで一番速い人。最後の方は割と速めの人を固める。これは逆転要素を確保しておくため。でも序盤中盤で間延びしないように、そこにもそれぞれ速い人を置いておく。リレーは先行逃げ切りより、終盤で勝ちに持っていく方が現実的だと思うから。まあ、こんな所かな!」
おお〜と称賛の声と拍手が上がる。
俺も声には出さず、似たような感情を抱いていた。
それは称賛というよりは驚きに近いものだった。
リレーという競技について、ここまで考えた事はただの一度も無かった。
それはおそらく俺だけでない、ここにいる殆どがそうだったであろう。
しかもこれは言ってしまえばただの体育祭のリレーだ。
それに対し、ここまで考えて取り組む生徒がいるだろうか。
そしてそんな驚きと同時に、彼女に対する不理解が俺にはあった。
これは決して嫌悪といった感情を生むようなものでは無かった。
そういう意味ではなく、ただ純粋に理解が出来なかったのだ。
どうしてそこまで本気になれるのか。
彼女をここまで動かす理由はどこにある。
たかが体育祭だ。
やった所で特にメリットは無い。
賞金が貰える訳でも無い。
普段の成績が上がる訳でも無い。
あれだけ真剣な様子で応援団練習に取り組み、俺のような下手クソにも親身に教えてくれるなっちゃん、その他の上級生。
そして今の山本。
こんな彼女らの様子を見ていると、行動には移したものの、未だ大してその事に興味を持てていない自分が何だか悪者に思えてくる。
彼女の整った横顔に、昼とはまた少しその色を変えた日差しが当たっていた。
「順番てのはわかったけど、結局鬼ごっこの意味ってなんなの、かえちゃん」
そう聞いたのは意外とも言えるのか、松木さんだった。
だがそれは彼女がちゃんとこのクラスでの取り組みに関心を持っている事の証左か。
良いタイミングで、多くの人が知りたかったであろう、結局の所の疑問を投げ掛けてくれた。
「うん、そこだよね、サヤだけでなく多分他のみんなも。その真意は、なんと!ミナトくんが教えてくれるよ!」
そう勢いよく言い、山本が俺の方に手をビシッと伸ばした。
「は?」
「だってさっき答え合わせって言ったでしょ」
悪気は無いといった様子でニッとこちらに笑顔を見せる山本。
そして近くに来るようにと、俺に手招きをする素振りを見せる。
俺の中で答え合わせとは、ただ心の中で山本がするであろう説明と照らし合わせようと思っていただけの事なのだ。
俺にこの場で彼女を遮って話す気は無かったし、そうする度胸も持ち合わせていなかった。
しかしこう言われた以上、もう答えるしか無いだろう。
のそのそと、山本の方へ歩み寄る。
クラスメイトの注目は既に俺に集まっていた。
その向けられたどの視線とも合わせる事なく、一応は山本の方を向いているようにして、俺は自分の思い当たる所を口に出してみる。