逃げ
「まあとは言ってもこのクラスで一番良いと思う子順番に言うだけだけどなー」
トモヤスが地面にあぐらをかき、嬉しそうに話す。
出来てよかったな。
「おう、で誰から言うんだ?」
そう楽しげなトモヤスに質問した。
「じゃあ、ミナトからでいいんじゃね?」
と、すぐさま至極適当に返すトモヤス。
「いや別に良いけど」
「何の躊躇いもねえ...」
そりゃそうだ。
特に恋愛感情を持っている訳でも無いし、恥ずかしがる要素は無い。
むしろここで変に間を空けると怪しまれる。
間がある奴は大体怪しい。
何かを躊躇っている事の証だ。
「えー」とか「あー」とか言って、名前が出て来ないなんてあり得ないからな。
順番なんてどうでも良いのだ。
「まあ、山本だな、普通に」
ここで言う普通は、山本という存在がすでにもう確立されているという前提条件のもとでの普通だ。
他人の評価につられて同じ評価を下したく無い気持ちも山々だが、こればかりは周りの評価が正しいと思わざるを得ない。
伝聞だけでなく、こうして同じクラスになって見て思った事であるので、この感想は本当だ。
まあ顔だけ見たらの話だけどな。
中身は正直よく分からん。
「うわーお前普通ー。つまんねえ」
トモヤスが言葉通り心底つまらなさそうな顔をした。
言わせといてなんかムカつくなコイツ。
「いや本当にそう思ってるんだからしょうがないだろ」
...これはさすがに自分で言っていて恥ずかしくなった。
耳の辺りが熱くなるのを感じる。
いやあくまで俺が思っているのは外見だけだ。
あと、他の女子の事をあまり知らないというのもある。
「こういう時に山本さんの名前出すのってなんか逃げだよなー。確かにめっちゃ可愛いけど、もう皆分かり切ってる事だしさ。ちょっと分かる事ない?」
そうトモヤスが共感を求める。
「あーまあ確かに。本当は他の子がいるのに、山本さんで回避してる奴はいそうだなー」
海人がそれに同意する。
確かに、学年で一番可愛いという既に確立された評価のある山本楓の名前を使えば、こういう場において「顔だけで言えば山本さんかな」みたいに言って今はそういう人がいない、みたいな立ち回りが出来そうだからな。
ん?
なんかさっきの俺がまさにそんな感じで映ってたんじゃない?
違うからね。
「だろー?だからこのクラスではそういうのを徹底して無くしていきたい訳よ!」
「お前はこのクラスの何なんだよ...」
「山本逃亡絶対許さないマンだな」
アッキーがボソっと呟く。そんな"逃亡"する行き先になるくらい、山本の存在は他とは一味違うのだろうか。
「何だよそれ」
「それっす」
「良いのかよ...」
「まあとは言ってもミナトはまだ女子の顔覚えてなさそうだし、とりあえずそれでいいわ」
「ああ、女子に失礼だけどその通りだ、それで頼む」
「ははは、良いのかそれで」
「はい2分半でーす、ゼッケンの入れ替えお願いしまーす」
俺はちゃんとストップウォッチの時間を注意深く見ていた。
自分にとってこういう話はさして夢中になる程でも無いものであるから。
普段通り、おそらく無表情にそう最終グループの女子たちに呼び掛ける。
「じゃあ次アッキー」
どうぞ、と司会のトモヤスがアッキーに振る。
よし、俺のターン終了。
今後全部山本って言っとけば、こういう場面が回避出来るんじゃないか?
トモヤスが何と言おうと、俺は山本逃亡を続けよう。
「いや、俺も山本さんなんだけど」
ここまでのフリを、何の遠慮もなく破壊するアッキー。
さすがブレない男。
「...おい海人、コイツらまるで使えねえぞ」
トモヤスは口を尖らせ海人に話しかける。
「まあお前の人選ミスだ、トモヤス」
と、言ってケラケラ笑う海人。
そうだぞ、その通りだ。
俺たちは悪くない。
「じゃあアッキーもいいわー。はい次海人」
はあ、とため息をつきながら海人の方へ手を差し出す。
「うーん、そだな。松木さん、とかかな」
おお、とトモヤスが目を輝かせる。
俺たちに見せた反応とは全く違うものだった。
「あー、良いとこ行くわ。確かに可愛いし、なんかおしとやかな感じもあるよな、優しそうだし。さすが海人。いいかお前ら、こういうのがほしいんだよ俺は。わかったか?」
「えぇ...」
「でもなあ海人」
「ん?」
「お前にも何か逃げが見える!ぜんぜん恥じらう感じないし、余裕がみえんだよこのイケメン!」
「最後褒めてるじゃねーか」
「いやーだって俺別に好きな人とかいねーしー」
「後半始めまーす」
「お前らとこういう話しようとした俺がまちがってたのか...!」
「まあ、そういう事だな」
「よーい、スタートー」
「ちゃっかり仕事すんなミナト」