いずれ分かる
体育館を出ようとした時、友達と話しながら歩いてくる山本が目に入った。
山本もこちらに気づいたようで、こちらに向かってくる。
「おつかれ」
「おう」
「その様子だと、最後までちゃんと練習には参加したんだね」
「したよ、一応な」
「ミナトくんの事だから途中で帰っちゃってたりしたらどうしようかと思った」
そう言って、ホッと胸を撫で下ろすようにする。
「お前は俺の事をなんだと思ってんの...」
少し口元を押さえて笑う山本。
初日に会った時よりも随分と穏やかに接する彼女を見ていると、きっとこれが通常運転の山本楓なのだろうと、そう感じるのである。
だとすると殊更最初のアレは何だったのかと改めて思う。
まあアレが無ければこうして放課後残って行事の練習なんてしていないのだろうが。
「で、どうだった?」
山本が、俺の顔を覗き込むようにして聞いてくる。
だからこういうのやめようね。
無意識でやってるのかコイツは。
「...まあ大変そうだな。俺ダンスとか苦手だし」
「へえ、でも少しは上達できた?」
「んーまあ、なっちゃんに色々教えてもらったし」
「そっか。じゃあその時さ」
「?」
なんかやけに質問口調だな。
何を知ろうとしてる。
「楽しかった?」
その質問に、即答で答えを出すことが出来なかった。
彼女はきっと、全力で取り組んだ先に得られる何かに気付く事を、俺に求めている。
でも正直今日1日で何かが楽しいと思える事はなかった。
むしろ上手くいかない事ばかりだったし、何故他の人たちがあそこまで本気を出せるのかという所が、俺にはまだ理解出来ていないのだ。
いや、無理に分かろうとする必要もない、
全ては俺が今やっている事をやり切った後に、自ずと分かる事なのだから。
それでも答えを躊躇ったのは、一瞬だけそれに近いものを感じたから。
全体で合わせた時に感じた、あの一体感。
個々に分かれて練習していた時には決して感じる事の出来なかった、得体の知れないあの感触を、俺は確かに覚えている。
あれが喜びにも似た感情なのだとしたら。
俺は少しだけ「楽しい」と思っていたのかも知れない。
だがその気持ちに確信は持てなかったので、とりあえずは適当に返事を返す事にした。
「いんや別に」
山本はムッとした表情で、
「なにそれ」
と言う。
しかしすぐさま、まあいいか、といった感じで、
「ともかくキミがこうして続けることが大事だと思うな。その姿がきっと、キミと近いものを持っている人たちを動かす事にも繋がると思うから」
「はあ」
だから何で俺がその代表みたいになってるんだ?
本当に何かした覚えが無いんだが、まあ何かしたんだろうなあ、覚えてないけど。
「だからこの調子でがんばって。じゃあ私部活行くから」
「おう」
そう言って彼女はじゃ、と俺の方に軽く手を振って体育館の中へと入って行った。
俺も早く帰ろ。
久々に残った放課後の帰りは、疲労のせいか足取りが重かった