本気とコンプラ
動画は約五分ほど続き、俺は死を確信した。
これはダメだ。
ただでさえ日光を集めやすそうな衣装を着て踊り続けているこの人達も大概だが、一人後ろでデカイ旗を振り続けているあの人も尋常じゃないだろ。
踊る踊れない以前の話だ、コレは。
帰宅部の体力ではあまりに足りない。
「いやあカッコいいー!」
心底感動した様子でトモヤスが目を輝かせる。
「お前いってる場合かトモヤス、こんなん続けたらしぬぞ」
無意識にではなく、意識的にそして何の躊躇いもなく心の声をそのままダダ漏れにする。
「あははー、高田くん大げさすぎだってー」
笑いながらそう返すなっちゃん。
「いやなっちゃん、これ大げさちがう」
「なんかミナトが真剣だぞ」
「初めて見たなこんなミナト」
おお、と意外そうな反応を見せるアッキーと海人。
「はははは!けっこう面白いねミナトくん。まあさすがにこんな5分もやらないよ、オープニングのインパクトをどーんって与えるためのものだから、だいたい2〜3分くらいかなー。あとこんな暑そうな服じゃなくて普通に組Tだと思うし」
何がそんなに面白いのかは良く分からないが、なっちゃんは本気で笑ってくれているようだった。
なるほど、曲全部を通すわけではないのか。
あくまで見る人を最初に引き込むためのオープニング。
「まあホントはうち学ランだし、学ラン着てやって欲しかったりするんだけど、そういう事すると先生とかにいろいろ言われちゃいそうだからね。まあたしかにそれで誰かが熱中症とかなっちゃったら大変だし」
なっちゃんはへへーと口元を緩ませながらも少し残念そうに言った。
もちろん直接指導があるのは教師からであるのだが、その裏には保護者の存在がいたりする。
今は何かとコンプラに厳しい時代で、そうした苦情が事あるごとに舞い込んで来ているらしい。
よくもまあ、そこまで首を突っ込めるものだと思う。
俺からすればこれはある意味凄いと感じるのだ、それは決して感心という意味では無いが。
何かの不祥事につけて文句や説教を垂れるのは結構な事だが、大体そういう奴らの行動は、自らの善の基準を押し付けたいというただの承認欲求から来るものである。
それを誰かに理解されて共有したい、だから本気で他人を思ってキレているわけではなく、叩いている奴らは大体そこまで当事者とは関係のない外野だったりする。
確かに保護者であれば自分の子供が何か被害にあえば怒りを見せるのは当然の事なのかも知れないが、それに乗っかる多数の外野が背後に多くいて、そうしてやっと本当の意味で学校側が動くのである。
一人の力だけで何かを動かす事は難しい。
一人を集団で助けるという仕組みは、確かにシステムとしての体を成しているのかもしれないが、時に執拗にその一人を庇おうとする集団があるから、終いには何も出来なくなるのだ。
「あーでも確かに学ランに合うって感じするよな!この曲」
トモヤスがなっちゃんに同意を示す。
「でしょー、男子がこういうのを学ランでやるの、めっちゃカッコいいとおもうんだよね〜」
そう言って少し遠くの方を見るようにして、思いをを馳せる仕草を見せるなっちゃん。
...じゃあやろっかなと一瞬でも思った自分を心の中で律する。
学ランはマジでヤバいから駄目だ。
暑いし汗臭くなるだろうし。
なるべく汗はかかない方向で行きたい。
こんなの参加してる時点で無理なんだよなあ。
「ともかく、こんな感じのをイメージしてもらえればいいかな」
「うぃーっす」
男子一同揃って返事をする。
「じゃあ振り付け教えていくね!そんな難しくはないと思うからだいじょーぶ!」
安心してね、とグッと親指を立てるなっちゃん。
難しくはない、か。
ごめんよなっちゃん。
そう心の中で先に謝っておいた。