夏組男子
まだ初夏にも差し掛からない、むしろ肌寒さの残る春の季節であっても、この体育館だけはどこか熱気を感じられるものがある。
それもこの夏組の人数の多さがより一層思わせているのだろうか、制服の袖を捲りながら中へ入る。
「おーっ!海人とアッキー!!」
トモヤスがそう言って入り口近くにいた男子二人にヨッと手を挙げる。
同じクラスの高城海人たかじょうかいとと内田輝弘うちだあきひろ。
海人は俺の前の席に座っている、茶髪で爽やかな印象の好青年。
少しだけ喋ったがいい奴そうな感じがした。
...また使ってしまったな、この「いい奴」という表現。
本当は「いい奴」なんて4文字で人間を語れる訳が無い。
それであるのにこの言葉は、まるで万能さを持っているかのように振舞うのだ。
「いい奴」は「どうでもいい奴」なんてよく言うが、別にそこまで思ってはいない。
むしろ逆で、その人に対して本当に好感は持っているのだ。
それでもその時に「いい奴」なんて言葉で済ませるのは勿体無いと、俺は思う訳である。
若者ことばというのは省略のオンパレードだ。
それは決して本質を捉えてはいない。
省略と抽象は別物で、ただの省略とは時に大事な部分までもごっそりと払っている可能性があるのだから。
だから極力使いたくはないと考えるのだが、そこはつい利便性が勝る。
周りが使ってるからって感じでな、適当に。
ともあれ海人は好青年である。うん。
もう一人のアッキーは確か、トモヤスと同じバスケ部だったな。
背高え。
いやこれの方がマズいか。
身体的特徴しか出て来ない。
まあ二人とも出会ったばかりだし、俺でなくともこんなものだよな、きっと。
「うぃーすトモヤス、えっ、ミナトも?」
そう海人が先程なっちゃんやトモヤスと同じような反応をする。
ですよね。
「マジかミナトは意外だわ」
アッキーも同じような感想を口にする。
あまり感情が出ないタイプなのか、その表情にあまり変化は見えない。
というか、二人とも俺の名前までばっちり覚えてくれてたのか。
去年はクラス内が行動範囲だったので、まず俺の事は2年になってからその顔を初めて見たくらいの認識なのだが、さすがイケメン&高身長。
そこそこ顔も広そうな感じがする。
あれ、このクラスもしかしてすごい人材豊富なのでは。
教室もすでに結構賑やかだし、仕上がり早いのでは。
という事は俺が学級委員である必要無いんじゃ...。
いやそんな事言ったら山本にまた怒られるか。
「ミナトってわりかしそういうキャラなん?学級委員も立候補するしさあ」
と、海人が少しニヤけ顔で俺に聞く。
イケメンの意地悪そうな顔もまたイケメンであった。
「いやちげえよ、訳あって嫌々やらされてるだけ」
と心底嫌そうな顔で返す。
こういう表情だけは一級品だ。
「なんだよ訳ありかよ」
「そうだ訳ありだ」
本当に訳ありなのだが山本の事は別に伏せておいた。
特に話す必要は無いだろう、説明すると長いし。
海人はそれ以上詮索する様子はなく、へーとか言って軽く流す。
ただの冗談だと思ったのか、しつこく聞かないようにしてくれたのか、どちらにせよありがたい。
イケメンだと心まで何割か増しでイケメンに見えてくるからズルい。
「なあ、4組の夏組男子ってこんだけ?」
閑話休題、アッキーが何気ない疑問を投げかける。
「多分そうじゃね?」
「へえ、夏の割には意外と少ないな」
「4組は春組の方が男子多いみたいよ」
「へえ」
「ミナトお前また興味無さそうだな」
「マジかー」
「まあウチは男子少ないしそこまで差はないっしょ」
「まあね」
ダラダラと会話を交わしながら、体育館の中へ向かう。
俺に関しては「へえ」としか言っていないが。
綾英は女子の比率が高い。
男子はクラスに14人ほどなので、4組には春組男子が5,6人てとこか。
まあその内一人くらいは応援団参加してなさそうなヤツがいそうだが。
俺も去年はそっち側だったんだがなあ。
なんでかなあ。