ダンス部の子
「ミナトくん」
席を立とうとした瞬間、山本に話しかけられる。
下だけを体操着に着替え、いつもなら肩あたりまで伸びている髪の毛はお団子状に縛られている。
彼女の秋組も今日から練習が始まるのだろう。
「まだ参加の事言ってないの?はやくいってきて」
体育祭の準備等で慌ただしい空気が流れるこの放課後の教室内でも、彼女の透き通るような声がはっきりと俺の耳に伝わる。
俺が思い立った時に来るんだもんなあ。
だがそのタイミングは決して悪くは無かった。
俺には一つ把握していない事があったのだ。
「いや行くんだけどさあ、分からねえんだよ、その子の席が」
そう言う俺に、はあ?と分かりやすく軽蔑の表情を見せる。
え、だってそんなすぐ覚えられます?
「顔は、分かるんだよね?」
「いやあそれもちょっと…」
そう尻込みすると次は睨みつけるようにこちらを見てくる。
ハイこれはごめんなさい。
顔くらいは頭に入れておきたいものである。
山本は、はあと一つため息をついて手招きする。
「こっち」
そう言われて彼女の後をついていく。
なんかもう、保護者みたい。
「なっちゃん」
茶髪でショートヘアの女子がこちらを振り返る。
そう、この子が西野夏羽、みたいだ。
見るからに元気そうな印象がある。
「おっ、かえちゃん!どしたの?」
パッと山本の方を振り返り、笑顔を見せる。
その仕草からは人懐っこさが感じられる。
そして後ろの俺に気付いた様で、山本から覗き込むようにしてこちらを見る。
彼女の後ろにいた俺は、少し前へ出る。
「いや西野さん、俺応援団入ろうかなーって」
西野さんがその大きな目をキラキラと輝かせてこちらを見る。
「うっそ高田君が!?マジなの!?全然歓迎だけど!!」
まあ当然といえば当然の反応なのだが、良いリアクションしてくれる。
こうもしっかり返されると、何だか少し恥ずかしくもなってくる。
てか俺と西野さんってこのクラスで顔知ったばかりだよな?
もう第一印象からして無気力キャラに見えている訳だ。
「うんマジマジ。うん…」
「じゃあこの名簿に名前書いて〜」
と言って一枚の紙を取り出す。
このクラスも既に結構参加者がいるようだ。
やっぱ夏生まれって多いよな。
季節で分ける方式って、こんな感じで割と見過ごせないくらいの人数差が出来ていると思うんだが。
特に冬組とかね、ちょっとかわいそう。
などと考えていると、一人の男子がこちらに歩いてくる。
「おっすミナト、何話してんの?」
「お前か」
トモヤスが興味あり気に問い掛ける。
上には半袖のTシャツ、下にはバスケ部がよく履いてそうなあのブカッとした感じのズボンを履いている。
今から部活に行く所なのだろうか。
あ、でもコイツ去年も応援団参加してたし、今年も入ってんのかな。
「おっ、トモヤス君お疲れー」
「どーも山本さん」
そう言って軽く手を振る山本に、ニッと笑い返すトモヤス。
流れるような陽キャラの自然な挨拶。
真似する気も無いが俺には到底こなせない。
「いやあトモヤス君、実はね、高田君も応援団入ってくれるんだってさ!」
と、嬉しそうな様子を目一杯表現するようにして西野さんが話してくれる。
彼女もまた感情表現が豊かだった。
しかしここまでされると流石に妙な恥ずかしさがあって、耳の辺りが熱くなるのを感じる。
そしてそんな西野さんの言葉を聞いたトモヤスはというと、目を丸くして俺の方を向き、口を押さえるようにする。
「えっ、お前入んの?!マジで、あははははは!!」
と、大層ウケている様子だった。爽やかな笑い声が教室の喧騒を突き抜ける。
悪意は無いが音量はデカい。
「トモヤスお前笑いすぎだろ…」
「いやだってお前が踊ってるとこ想像するとさあ、なあ?」
「なあじゃねえよ」
「アハハ」
俺たちの様子を見て西野さんが笑った。
山本もまた彼女と目を合わせるようにした後、俺たちに向かい、
「二人とも、仲いーね」
と、歯を見せて笑う。
その自然な仕草に計算の余地など無かった。
トモヤスも少し顔を背けるようにして、
「ま、まあね」
なんて言っている。
...お前意外とそういうとこあるんだな。
もうてっきり慣れてるもんだと思ってたわ。
と、同じく目を逸らしつつ心の中でそう呟いた。
いやこれは仕方ないよな。
顔近いし、なんか良い匂いするし。