勝つんだよ
「ミナトくんはさ、クラスを盛り上げていくためにはどうすればいいと思う?」
「うるさくする」
「違います」
「...」
間髪入れず否定する山本に、二の次が出ず口をつぐむ。
「そういう音量とかの問題じゃなくてね。盛り上がると騒がしいは全然違うから」
まともな答えが見当たらず戯け気味に出した回答に、山本はやや呆れた様子で返す。
だが俺も彼女の言葉尻に、
「ほう、それは同感。でも騒がしい奴の方が何故か上に上がっていくのがこの社会なんだよなあ」
と、感慨深げに相槌を打つ。
結局、昔から己のコミュニケーション道を突っ走ってきた人間が、社会に出ても上に行くという文化は、少なからず残っているのだ。
まあそれも立派な能力の一つである事に間違いは無いのだが。
話してる内容は全く面白く無いけど。
あ。
「ごめん全然同感できない...。ていうか話がズレてるから」
「え、マジ?」
彼女の共感を求めるが如く取ったリアクションが不発で、肩透かしを食う。
そっか、この子は陽の民だった。
あと、話が逸れてるのはマジだった。マジごめん。
大した回答を得られず見切りをつけたのか、山本はまあいいや、という様に開口する。
「じゃあちょっと質問を変えよう。私が言ってた、"みんな"で力を合わせる、そのタイミングって、どういう時に必要になると思う?」
変えられた質問に、今度こそはと一思案する。
「...行事。文化祭とか」
「そう」
今度は彼女の意図する所を返せたのか、山本が頷く。
「堅い話、学校にイベント事が組まれている理由って、この先将来の予行演習みたいなとこがあると思うんだよね。集団で動く事、そこで協力する事」
「お、おう...」
急に意識高すぎ高◯君な内容が飛び込んで来たので、思わずそうたじろぎ返してしまう。
いやてか冷静に考えると、放課後教室でクラスがどうこう真面目に話してる時点でもう充分な意識レベルなんだよなぁ。
で、確かにそんな事はどこかの偉い人が言っていそうな気がするのだが、そこまで考えて学校行事に取り組んでる奴なんか普通いないだろ。
「まあその理由は良しとしてさ、クラスっていう集団として、本当の意味で協力して動ける機会って、学校行事くらいでしょ?普段から全員と絡むのはなかなか難しいけど、行事を通せば必ずみんなが関わることになる。これを生かす他はないよ」
生かす、というのはクラスを盛り上げる、作り上げる、良いクラスにするために、という事だろう。
それにしてもこの具体性に欠けた言葉たちが、俺にとってはむず痒い。
それらを口にするのも耳にするのも、どうにも自分の体には嵌らない感じがして、受け入れ難いのだ。
山本は丁寧に、言葉を置くように呟いた。
「...勝つんだよ」
「え」
昼を過ぎ少し弱まった斜光が彼女の後ろにあたり、薄っすらと影を作っている。
そのせいで彼女の顔元も暗く映るが、それでもその真剣な眼差しはしっかりとこちらに向けられていて、吸い込まれそうになる。
「勝つために、"みんな"で力を合わせよう。皆で協力して、結果を残す。勝つか負けるか、どっちかなら勝った思い出の方が良いでしょ?作るんじゃなくて、ちゃんと残しに行こう。そうやってクラスっていう集団を作っていきたい、って事」
そう言って山本は無邪気に笑いかけた。
だがそれとは別に、話す口調には静けさがあった。
子供と大人の混ざったような、そんな雰囲気を纏っていた。
「...」
「どうかした?」
数秒黙りこくる俺に、山本が不思議そうな表情でこちらを見る。
「いや、山本が考えてる良いクラスにするって意味、みんななかよし〜とか、そういう意味だと思ってたからだいぶ違ってさ」
と、正直に心中を告げる俺に、山本はムスッと不満げな顔をした。
「...なんかすごいバカにしてる言い方」
「いやでもそういうタイプだと思ってたから、なんとなく。交友広そうだし?」
最後にお褒めの言葉を使いたてまつって、彼女を持ち上げようとする。
「みんな私みたいなタイプって訳じゃないでしょ、当たり前だけど。人間関係うんぬんまでとやかく言えないよ」
俺の諂いに特に反応する事は無く、ただ正論を返される。
いやまあそうなんだけど、勝ちに行くってのも充分周りに干渉する可能性ありだけど、それは良いんすかね。
「まとめると、クラスとして団結して、勝つ。で、クラスが盛り上がる。おっけー?」
「おっけー」
短絡的な会話に、適当な返事で返す。
声音は暗かったが今一瞬だけ、ウェイの会話を体験できたような気がする。
長い誓約書を読まずにそのままを印を押すような心持ちだが、一応は理解を示す。
なお考えに対する納得はまだしていない模様。
だが山本の考えている、学級委員としての仕事についても幾分と見えてきた。
「やる事としては、学級委員として俺らで作戦練るやらなんやらをするって事ね」
性格、価値観、持っているコミュニティ。
それぞれをバラバラに備えた人間が集まるクラスという集団で、力を合わせ、結果を出す。
それによって、集団として成長させていく。
そしてそれを先導するのが学級委員である山本と、俺。
彼女の考えを自分なりに要約すると、こんな感じだろう。
「そう!だから改めて、よろしくね」
考えは合わなくとも、互いの意思は疎通する。
山本は承認の意を見せ、そして俺の前に手を差し出す。
え、なにこれ...。
これこのまま俺も手を差し出したら、山本護衛隊何番隊隊長とかがいきなり俺の首を取りに来たりとかしないよね?
いや、この位置は割れてないはず...。
よし、行きます。
「でさあ、ミナトくんに提案というか、お願いがあるんだけど」
手汗をスラックスの後ろポケットあたりで拭いていると、山本が何やらまた切り出す。
「ん」
てかその二つはだいぶ違うと思うんだけど。
山本さんもしかして現国とか苦手だったりする?
新さん担任でよかったね!
で、こういう時は後で付け足された方が本音になる、っと。
「はあ」
「五月の体育祭の応援団、それに入ってみたらどうかな、なんて」
「やだ」
「え〜」
え〜じゃねえんだよ。
波線で伸ばすな。
「いや、それクラスがどうこうとか関係無いだろ」
「自分から集団に飛び込んでいく経験、みたいな?ミナトくんそういうのあんまりなかったんでしょ」
「俺はインターン生か何か?」
俺の返しに山本がクスッと笑い、手で口元を覆う。
まあ言われてる事は、確かに合ってはいるのだが。
「まあ多分クラスの事とはいずれ同時並行になると思うからさ、その時はその時で」
山本はまた不敵な笑みを浮かべるも、俺にはその意図する所が全くピンと来ていなかった。
「まずはさ、やった事ない事を、ちゃんとやってみようよ」
そう言って俺の方を見て、ニヤリと笑いかける。
まるで俺に足りないものを諭すような、そんな嗜虐的な含みがあるような気がして、こちらは自然とムッとした表情で見返す。
だが彼女はそこには臆面も見せず、パチリと両の手を合わせる。
「うん、だからひとまずそっちを頑張ってみて。明日から」
「明日?えぇ...」
「そのすぐイヤそうな顔するのやめて」
そう言いながら山本が、ジト目で俺の肩を少し小突くようにする。
その安易なボディタッチやめてね?
「じゃ私、部活行くから」
「あ、おう」
そう言って彼女はまた先に小走りで教室の外へ出て行った。
もちろん部活も何もない俺は、ゆっくりと彼女に続いて開いた扉をくぐる。
向かいの1組教室の間にある校舎階段の上の方から、金管楽器の音が聞こえてきたり、あるいは一つ上の五階の軽音部室からだろう、歪んだギターサウンドが漏れ出てきていたりして、それがいつもの通常授業とは少し早い部活の始まりを表しているような気がした。
おそらくグラウンドや体育館では、運動部たちがそれぞれの準備を始めている所だろう。
そんな中、スケジュールの特に変わらない俺はいつもの如く自席のスクールバッグを手に取り、帰路へ向かう。
大した勉強道具も入っていないほぼすっからかんな紺のバッグにも、所々ほつれた糸が少しだけ出ている所が見えて、改めて一年が経ったのだとふと思う。
...なんかまたなあなあで返事をしてしまったような。
いつもの俺ならすぐ断って終了ともなりそうなのに、何故か彼女の前となると、あっちのペースにさせられるというか。
今日も日和見流され現代っ子っぷりを、惜しみも無く発揮してしまった。
という訳で、俺にとってはある意味最初の体育祭が、始まってしまいそうだ。