また教室にて
この空き教室には西日がよく入り、夕方に差し掛かったこの教室全体はどこか微睡みを見せていた。
ここで授業あったらめっちゃ快眠できそー、とか悠長な事を考えながら足を踏み入れる。
山本は昨日のように教卓に立つ、訳ではなく真ん中列の適当な椅子に引くと、体は隣の机の方を向かせるようにして座った。
それを見て俺もその彼女の方角に合わせ、向かい側に腰掛ける。
深緑のカーディガンが夕日に当たり、その暖色がこの教室に漂う気怠さのような空気感とよく合っていた。
てか昨日もこんな感じの着ていたような。
緑好きなんすかね。
高校生みんな大好きカーディガン。
週5のローテーションは大体決まってくるので、知らずのうちにその人のいわばイメージカラーみたいなものが出来上がるのだ。
まあ俺も一応グレーや黒なんかを主体に着回しているが、きっとそんな事を気に留めている人間は一人もいない。
カーディガンの色ひとつ取ってもそいつの立ち位置が分かるものである。
目立つ奴ほど目立つ色の物を羽織っている。
隠キャはご覧の通りそのまんま、暗色がイメージカラーである。
まあ結局の所、キャラの強さと色の相関性は高いって事。以上。
どうでも良いけど。
「じゃあ、ミナトくんの聞きたい事からどうぞ」
ハイっとマイクを差し出すかのように、山本が俺に質問を促す。
昨日の出来事が一体何だったのかと思うほどに、今日は随分とご機嫌らしい。
上がった口元に、ほんのりと塗られたリップが艶やかに見える。
「...分かってたんだろ、ああなる事」
「あー...。うん、確信はなかったけど」
これだけ言葉を削っても、俺たちの会話は成立しているようだった。
「うちのクラスだとそういうタイプがいないって、思ってたって事だよな」
「うん、そうだよ、あくまで予想だけどね。私、このクラスの男子大体顔も名前も知ってたから」
「ああそう。んで、そっから出した予想がああだったわけ」
うんと、言葉を発さずに山本が頷く。
で、サラッと言ったけどこの一年で同じクラスでも部活でも無い男子の事まで把握してるのが普通ないから。
何ならクラス一緒でも認知されてないとかいう怖い話も中にはあるから。
「ミナトくんのことも、まあ知ってたし」
「んん?」
なんかそんな事も言ってたような言ってなかったような。
いや、直接的には言っていなかったか。
「まあ人伝てではないんだけどね」
「ええ...」
その付け足された一言に困惑する。
人伝てが無かったら何伝てがあるわけよ...。
俺なんか去年はほとんど教室いたし、出るって言ったら登校帰宅、教室移動、トイレのパターンしかない激レアモンスだったと思うんだけど。
そんな中知ってたとしたらそれはホントに◯ケモンマスター。
「とにかく、ミナトくん含め今年の男子はそういうタイプいなさそうだなーって、思ったって事」
「クラスによってそういうパターンもあるって事なんだな。よーく学んだ」
そう言って自分でうんうんと大きく首を縦に振る。
今まで小中、そして去年の高1まで、ずっと何だかんだそういう優等生キャラには恵まれていたものだから。
俺の心はまるでクリスマスに現れる彼を信じるが如くピュアなハートで、その事を信じきっていたのだ。
神話が崩れ去った今、その考えは改めなければならない。
「去年は率先してやってくれる人がいたの?」
「居た。相葉って奴が。今はアイツが恋しい」
そう言って本気で相葉に思いを馳せる俺に、山本はうわあ...と身を引くようにしながらも、会話を続ける。
「あー、あの相葉くんね...。今年は7組だったっけ」
へえ、相葉7組かあ。
そんな事まで知ってる山本データベース、マジ凄すぎ卍。
「よく知ってんな」
「相葉くん人気あるし、7組の友達が喜んでたから」
「あー、アイツはモテるな、たしかに」
やり取りの中に、進学期2日目にしてそんな情報を手にしている山本の顔の広さが窺える。
そしてやはり高校生の情報伝達速度が速いのなんの。
しかもこんなものは枝葉末節で、やれ誰が好きだの付き合ってるだのみたいなソース不詳の噂がポンポンと生成されるのだ。
まとめると高校生の情報は速い、安い(口が軽い)、信頼できない。
この三拍子が揃っている訳である。
「聞きたかった事はそんな感じ?」
一旦話の落ち着いた所を見計り、山本が尋ねる。
「あ、あとあれだな」
「学級委員として実際何をしていくか、だよね」
「うん、それ」
また内心を不意に突かれるも、平静と言わんばかりに無機質な返事をする。
「私もそれで呼んだの。じゃあその事について、ちょっと話そうか」
山本はグッと背を反らして姿勢を改めるようにし、俺の方を真っ直ぐに見つめた。