ミナトくん
その後の各委員会決めの進行については俺たちが引き継ぎとなり、LHRは終了した。
進行役を務めている時、特に俺が何か発言することはなく、常時山本が指揮をとっていた。
俺については、クラスメイトを前にどこに視線を定めていればいいか分からず、ただ目を泳がせていただけだった。
いつもそこからぼうっと眺めていた側の自席は、何だかこの教卓からは遠く見えた。
慣れない立ち位置から見る景色には、終始違和感があった。
起こらないと思っていたことが、今はもうこうして現実になってしまっている。
実感が湧かないとはこの事で、これに関しては俺の望む所では無いので、本当にそのまま湧かないで欲しかった。
何なら事実ごとどこかへ消え去って欲しい。
山本と交わした条件、そしてさっきの場を包んでいた空気あるいはそもそも立候補者が出なかった事。
それぞれの要素は、しっかりと結果へと向かっていた。
そしてそれを見越していたのは、山本だったように見える。
強引、と言えばその通りだが、それでもこうして俺に学級委員をやらせるという自身の目標をクリアしているのは事実だ。
強引にやるにしても、それなりに"技術"は要るのだ。
「ミナトくん」
「え」
などと憂いていると、不意に肩を叩かれ、変化したその呼称に振り返ると、そこには山本が立っている。
委員会決め中、特に何もせず突っ立っている俺にさぞかしおこなのでは無いかと思っていたが、意外にも嬉々とした表情で話しかける。
学級委員が決まった後すぐに書記が決まり、板書はその子がやってくれていたので、本当に俺は何もしていなかったのに。
置物のようになっていた自分に、特に思う事は無かったというのだろうか。
あ、もう口にする必要無いくらいに呆れられちゃってる?
待って、見限らないで。
やればできる子なので。
まあやらないんだけど。
「この後、ちょっといいかな」
やはり気分高めにそう話す。
どうも目標達成がそんなに嬉しいらしい。
「いや、俺も聞きたいことがある」
ともあれ、俺にも彼女に確認したい事があった。
その意思を言葉にしつつ、首肯する。
「お、そうなの?」
山本はなになにと興味ありげに首を傾げるようにして聞き返す。
その仕草で巻いた後ろ髪が、くるっと揺れる。
「あ、てか名前」
これまで異性に下の名前で呼ばれる事など無かったものだから、ついそこまで気にしなくても良いような事が口を破って出てしまう。
小学生くらいまではまだ「高田くん」と呼んでくれていたあの子たちも、中学に上がった途端、大体が「高田」の呼び捨てになったからな。
あれ怖かったなあ。
「あ、名前?いいでしょ、これから一年色々関わっていくんだから」
山本は俺が一体何を気にしているのか分からないといった様にサラリと言い放った。
これが今まで培ってきた、強者の余裕と自信。
要はそれを実に行う勇気があるか、自信を持っているか。
ここは陽キャと隠キャの大きな分かれ目であるように思う。
ただそれだけの違いが、あらゆる事に関して差を生み出すのだ。
例えば陽キャが誰でも思いつくような大して面白くない事を口に出して笑いが取れるのは、彼らに無意識の自信があるからだ。
これはただの悪口だ。
「うん、まあ」
と曖昧な返事をする俺を山本は不思議そうに見つめるも、
「じゃまた昨日のとこ行こっか」
と言って、教室の外へと体を向けた。
「おう」
何だか隣を歩くのもアレだったので、後を追うようにしてまたあの空き教室へと向かった。