良いクラス
今まで他を向いていた周りの注意が、手を挙げた俺の方に一気に集まるのが、顔を動かさずとも分かった。
体が、芯から先まで熱くなっていくのを感じる。
「えっ...?」
隣の女子が心配そうに、俺の方を見つめている。
彼女だけでない、周囲も意外…と言うような空気で、少し騒つきを見せた。
うん、俺も意外。
「お、高田くん!ありがとうー」
と、山本が満面の笑みで俺の方に拍手を送る。
俺にはその様子が白々しく見えたが周囲にはそう映るはずもなく、彼女につられるようにして、疎らに拍手が鳴った。
「おいミナトお前マジかよ!」
ゲラゲラ笑いながらそう言ったのは、まあ多分トモヤスだろう。
後ろを振り返っても、やっぱりトモヤスだった。
机の上に置かれたスマホの画面には、ブロックがコンボを連鎖中だった。
おいコラてめえ。
「でもたしかに高田くん、自分から挙げた割にはやる気に満ちた感じじゃなくない?」
今度は俺の左斜め後ろの女子が、心配そうに尋ねる。
何この子めっちゃ優しい。
お名前をぜひ。
「うんわかる、なくないよね」
俺の相鎚に、周囲から笑いが漏れる。
ウケるのは気持ち良いが、それを差しおいてもお釣りなんかは返って来ない。
この状況まで来てしまっているという事実に、ただただ自分で引いていた。
「まあまあ高田君、とりあえず前へ」
しかし山本は表情は変わらず穏やかに、そう言ってこちらへ手招きする。
そんなとりあえずここに印鑑を、みたいなノリで言いやがって。
今緩んだ雰囲気の中、ここで断れば空気が読めないとか、そういう事を気にしている訳ではない。
雑に飲み込んだ条件が、結果自分の首を絞めているのは事実だ。
自分で受け入れたものを無かった事にするのは、流石に気が引ける。
まあ普通こんな状況にはならないんだけど。
念力に動されるが如く、椅子から立ち上がり山本の立つ教卓の方へと向かう。
生徒たちと教師を分かつようにせり上がった段を上がる所で、山本が少しだけ自分の立ち位置をズラし、スペースを空ける。
どうも、とその空いた所に立ち、山本の隣に並び教卓に立つ。
「ミナト顔死んでるぞー」
右後方から飛ぶ男子の茶化しにまた笑いが起きる。
あー井口か、昨日初めて話した。
声量デカくて態度もはっきりしてる感じの王道の陽キャという感じだが、どうもポンコツっぽいから、確かに学級委員やるようには見えないんだよな。
キャラと実力を兼ね備えたような奴はこのクラスにはいないのだろうか。
思えば去年の相葉みたいな奴は、そんな一家に一台感覚ではいなかったんだな。
ようやくここで、失ったものの大切さに気付いたような気がした。
色々ありがとな、相葉。
「じゃあ私と高田君で一年頑張っていきますので!よろしくお願いしますー」
そう言ってペコーっとお辞儀をする山本にまた思わず突っ込んでしまう。
「いややなんだけど」
それがまるで漫才の掛け合いのように見えたのか、またそれが周りの笑いを誘った。
「なんか良い感じじゃん!」
「ミナトー応援してるぞー」
「かえちゃん頑張ってー」
クラスの雰囲気がもう、この二人に決めた!というような感じで、疎らだったさっきの拍手も、断然まとまったものとなって教室中に響き渡る。
こういう時だけ無駄に団結するんだよな、高校生って。
まあ悪く言えば、それは空気に流されているという事なのだが。
「みんなで良いクラスにしていきましょう!」
山本が意気込んだ様子で、グッと握った拳を掲げる。
すると聞いていた側も、特に男子を中心として、とりあえず「おおー!」と高らかに呼応する。
俺はその悪ノリの様子を引きながら静観した。
にしても良いクラスって何なんだよ。
その言葉の意味には全くピンとくるものがない。
どれくらいピンと来ないかって言うと、よく学校行事でつけられる、あの訳の分からないスローガン並みにピンと来ない。
とりあえず「絆」は採用ランキング入ってるだろ。