世界は無情である 3
「…………どーしてこうなった」
鏡の前に立っている僕の服装はメイド服になっていた。
それもかなり丈の短いミニスカートで下着が見えそうだった。
正直言ってかなり恥ずかしい。何故年頃の男の子がこんな格好をしなくちゃいけないのか。
非難がましく二人に視線を向ける。
「うわぁ。似合うとは前々から思ってたけどここまで似合うとは思わなかったよ」
メーレが感心したかのような言葉で僕を見ている。
「久しぶりに見ましたけどやっぱり似合いますわね。っていうか男の子の体付きしてませんわね。まるで女の子見たいですわよ」
「全然嬉しく無いよ…………!」
西瓜の感想にそう言い放ちながらスカートの裾を軽く持ち上げる。
本当にスカートの丈が短くて恥ずかしい。この場に二人しか居ないのが救いだった。
そう思っていると西瓜はさり気無い動きで僕のスカートを勢いよく持ち上げた。
「おっ、女の子の下着も似合ってますわね。純白の下着もよく似合ってますわ」
「…………全っ然! 嬉しくない!!」
持ち上げられたスカートを降ろして文句を言う。
心なしか両目が潤み始めてきているが決して涙では無いだろう。
「やっぱり柘榴って女の子だよね? 違和感が無いし、骨格からして男に見えないよ」
「第二次成長期が来ていないからではありませんかね?」
「本当に失礼な奴だなお前等」
「でも男の子として見られる努力をしていないから仕方が無いんじゃないかしら」
「そ、れ、もっ! お前が原因だろうがぁ!!」
昔のことを思い返して涙が出て来る。
幼少期の頃から僕は西瓜に色々な事を吹き込まれてきたのだから。
女装する際のコツとか、食事のマナーとか、勉強の効率的な学び方とか。大半は役に立つことも多かったけど中には男の子もスカートを履くとか、男の子も化粧をするとかそんな碌でもない嘘を吹き込まれたせいで小学校の頃は軽く地獄を見た。弟も僕の事を女の子だって思っていたとか言われた時にはかなりショックだったし今でもトラウマだ。
思い出したらむかっ腹が立ってきた。
「まぁまぁ。高校生にもなってそんな成長性の欠片も無いんですからそんなことを言わないでくださいな」
「言ったな西瓜。今宵、僕の牙はお前の血を求めてる」
酷く失礼なことを言いながら僕の頭を叩いてくる西瓜の腕を掴み、その柔肌に牙のように尖った八重歯を突き立てる。
ツプリと八重歯が肌を突き破り、口の中に西瓜の血が入って来る。
水よりも粘液性の高い液体はまるで泥のようで、酷く甘ったるい血の味が広がっていく。
「うぇ…………血の味がするぅ…………」
噛みついた西瓜の腕から口を離して顔を顰める。
下品な甘さではなく、芳醇で高級感溢れる甘さで以前西瓜の家で飲んだ高級ワインと似た風味を感じる。
だが妙に身体が熱くなるし、味が似ているからかワインを飲んだ時のように頭がくらくらする。それに人間の血液を飲んでいる等、気分が悪くなる。
「っ―――――いったいですわねぇ…………その噛み癖、まだ抜けて無かったんですの?」
「西瓜が悪いんだよ。僕はまだまだ成長期! それを成長性の欠片も無いなんて言った西瓜には当然の報いだ!」
「はいはい。私が悪うございましたわ」
そう言いながら西瓜は玉のように血が出ている腕を軽く摩る。
流石に噛むのはやり過ぎだったかもしれない。
「でも本当に吸血鬼みたいだね」
「止めて。僕の黒歴史を思い出させないで」
メーレが呟いた『吸血鬼』と言う言葉に僕は中学時代の頃を思い出してしまう。
あの頃の僕は控えめに言ってもかなり荒れていて、それこそ不良の仲間入りをしていたかもしれない。いや、多分他人から見たら僕は実際に不良だったのだろう。
基本的にいくつか例外はあるものの売られた喧嘩しかしてこなかったが、しょっちゅう相手を返り討ちにしてきた。時には命乞いされることもあったぐらいだ。
返り血に塗れ、血に飢えた様を誰が言ったか『返り血の吸血鬼』である。
本当、よく言ったものだと感心したいぐらいだ。
とは言え、そんな事をやってた影響で段々と周囲から距離を置かれるようになってしまい、メーレが来るまでは西瓜くらいしか交友関係が無くなってしまったのはちょっと辛かった。
「正直あの時の事は思い出したくも無いからさ。あの時はちょっと色々あり過ぎてて余裕が無かったから」
本当に中学時代は地獄のような時間だった。
自暴自棄になっていたし、沸き上がる怒りを抑えることも出来なかった。
西瓜が手伝ってくれたこともあったけど自分に出来得る限りの方法で怒りを晴らして、その結果が不良のレッテルを張られた。それからはほぼ毎日喧嘩三昧の日々、いつの間にか中学校での番長扱いだったから笑える話だ。
あの時、僕がやるんじゃなく西瓜にやって貰っていたならばこうはならなかったかもしれないが、その事は後悔していないから良いだろう。
「それよりもさ、僕は恥辱に耐えながらもこのメイド服を着ているんだ。さぁ! 僕に武器を頂戴な!」
「はいはい。分かりましたわよ」
渋々と西瓜は部屋の隅に置いてある物品の山の中からある物を取り出し、僕に投げ渡す。
投げ渡されたそれは長方形のような形をした箱で、中には先端に刃が付いた五本の細長い獲物が入っていた。
「貴方の武器、彫刻刀ですわ」
「ふざけんなこの貧乳お嬢様!! 彫刻刀でどう戦えば良いんだよ!!」
渡された彫刻刀を思いっきり床に叩きつける。
その拍子に少し指を切ってしまい、血を流してしまったが些細な事なので気にしない。
こっちは恥ずかしい思いまでして女装をしたというのに、こんなものを渡されたらたまったものじゃない。
「えっとさ。武器なんかいらないんじゃないかな? ここには私達しか居ないんだし、例え亡者が入り込んできても殴ればなんとかなると思うよ?」
「それが出来るのはメーレぐらいだよ。それよりもメーレ、僕が言っているのはあれだよあれ」
少なくとも突進してきた牛を止め、その上角を手刀で折ることができるメーレなら亡者相手でも余裕で倒せるだろう。
傷が塞がった指を軽く舐め、避難がましい視線を向ける。
「しょうがないですわねぇ…………はい、今度はちゃんとした武器ですから」
そう言いながら西瓜は物品の山から一本の長物を取り出して僕に手渡す。
西瓜から渡された物は鞘に納められた一本の日本刀だった。
鞘から引き抜いて刀身を確認する。全くと言っても良いほど使われておらず、新品同然と言っても過言では無いだろう。
「理事長室の壁に掛けられていた理事長のお宝の一つですわ。何でこんな物を校内に飾っているのかは些か疑問に思いますけどね」
「やったー! これだよこれー! これがあれば僕は戦えるー!!」
日本刀を抱きしめてその場でくるくると回る。
この学校で暮らし始めてから暫くたった後、何気無く覗いた理事長の部屋に置いてあった一品だ。
あの成金そうな理事長が持っていたものだからそれなりに高価なやつだろう。
手に入れた時には凄くはしゃいだものだ。一応剣道を習っていた時もあった為、こういった刃物に憧れを持っていた。最も、日本刀を持って帰って来た瞬間に西瓜に没収されてガラクタの山の中で眠っていたのだが、まぁ使う機会も無かったし仕方が無かった。
しかし、使う機会が無いかもしれないがこうして持っていけるのは嬉しい気分だ。
例え中二病が再発したと言われてもこうして侍のように日本刀を腰から下げることが出来るのは少し興奮した。
「それじゃあ! レッツ探索と行こうか!」
メイド服を脱いでジャージに着替えようとする。
「何で脱いでるんですか? そのまま探索しますよ」
「えっ、この格好で探すの? 今だけで良いんじゃ」
「ダメに決まってますわ。その格好で探さなかったら刀は没収しますわ」
「そんなぁ…………」
世の中の無常というものを世界が滅びてから知った、今日この頃だった。
仕方がない、そう思いながらメイド服の裾を握りしめる。刀を持てるということに比べればこれぐらいの恥は甘んじて受け入れるべきだろう。
嫌々かつとても不本意だが我慢することにした。
「さて、探索する前に先ずは準備ぐらいはしておきましょうか」
「えー。すぐに行こうよー」
「だまらっしゃいこの考え無し。こういうのは一応最低限の用意ぐらいはしておくべきですよ」
そう言いながら西瓜は応急キットを用意して中身を確認する。
ここで暮らし始めてから数日後のある日、保健室から持ってきたやつだ。
大した怪我も無く打ち身程度しか今まで無かったとはいえ、無いよりはマシな筈なのだからとでも考えているのだろう。
実際無いよりはあった方が便利だがそれはそれでかさばる。
ゲームのようにどれだけアイテムを持っていても関係無く移動できるのであるならば話は違うのだが、現実なのでそんなことは出来ない。
まぁ、現実に亡者が沸き上がっている時点でファンタジーの世界に居るような錯覚はあるが。
「それじゃあ、改めて探索するとしましょうか」