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終わる日常と始まりの非日常 3

「よし、宿題あったよー」

「これで明日は乗り切れますわね」

「でも次は忘れないようにしないとね」


 そんな事を何事も無かったかのように語りながら宿題を鞄に収め、教室の外に出る。

 これで僕達は明日、富沢に怒られずに済む。三人の気持ちが一つになった安堵感に包まれ、談笑しながら廊下を歩いていく。


「三人揃って宿題忘れるとか僕等変なところで仲良いよね」

「うっさいですわね。たまたまの偶然に過ぎませんわよ」

「でもさ。そう思うくらい私達って色々同じことをするよね。成功も、失敗も。ちょっと運命を感じちゃうよね」


 僕が何気無くそう呟き、西瓜がそれに呆れ、メーレがロマンチックな言葉を言う。

 これからも三人で仲良く高校生活が続いていくのだと何の感慨も無く無意識に思っていた。


――――それが間違いだったっていうことを、改めて思い知らされることになる。


 隠れながら玄関まで辿り着き、ガラス窓から外の様子を確認した時だった。

 月明かりで照らされる中で、警備員の人が倒れて複数人の男に齧られていたのを見たのは。


「ひっ――――」


 思わず声が漏れてしまう。

 だがそれも無理は無いだろうし、他の二人も責めることは無かった。少なくともこの時の二人も僕と同じように固まっていたのだから。

 耳をこらすと聞こえてくる外の音は酷く不気味な音だった。

 ぐちゃぐちゃと何かを噛む音とともにさっきの警備員の断末魔の叫びが届く。もう既に死に掛けなのか、悲鳴と呼ぶにはあまりにも力無く、殆ど嗚咽のように声の力が無かった。既に身体の力が無いのは見て分かった。

 ビクン、と警備員の身体が一回痙攣して動かなくなる。当然悲鳴ももう聞こえない。男を喰らうことに夢中になっていた連中も動かなくなったことで興味を失ったのか立ち上がり、此方に視線を向ける。

 明らかに異常とも言える相貌でとても正気には見られなかった。

 夜間の学校で堂々とカニバリズムを興じている連中が正気でないことくらいは最初から分かっていたが、全身の姿を見た瞬間に脳裏にある考えが過った。

 全身が傷だらけで負傷しており、中には臓物が見えている人すら居た。とてもではないが生きているとは思えないし、例え生きていたとしても大怪我としか言えないような怪我を負っている。

 そしてたった今襲われて命を落としたであろう警備員が起き上がり、同じように僕達の方に視線を向けた。

 その目からは明らかに理性が失っていた。

 まるでよくあるポストアポカリプス系の映画に出て来るゾンビみたいだ。

 そう思った瞬間、彼等は雄叫びをあげて此方に覚束ない足取りで向かってきた。


「―――――二人とも! 近くの教室から急いで机や椅子を持って来てください!!」


 いち早く正気に戻った西瓜の言葉に僕とメーレも現実に引き戻される。

 そして何も言わずに西瓜の指示に従い、机と椅子を持ってくる。


「それでバリケードを作ります! 鍵も掛かっていますから大丈夫だとは思いますが無いよりはマシな筈です! この扉は内開きですから机の重さで何とかなります! 私は裏玄関の方を封鎖してきます! ここが終わったら他の出入り口も同じようにバリケードを作って締めてきて下さい!!」


 一気に指示を出した後西瓜は駆け出して裏玄関の方に向かう。

 僕とメーレは西瓜に出された指示の通り、椅子や机を積み重ねるように並べていく。

 ベタンと窓ガラスにへばり付いて血のついた手が痕を残していき、間近で彼等の容貌を間近で目撃してしまう。先程ゾンビみたいだと思ったが、これは明らかに亡者だ。ゾンビと言う表現よりも亡者という方が適切だ。少なくとも映画やゲームで見るゾンビとは明らかに何かが違う。

 何がどうして、どういった原因でこうなったのかは分からない。ただ知性や理性といったものを喪失しているのか、ドアノブを回そうともせずに扉のガラス部分をバンバンと叩いていた。

 獣のように涎を口から垂らしながら、爛々とした目で此方を見ており、よりいっそう不気味に思えた。

 叩いた際にでる衝撃と音から凄まじい力が込められていることが分かり、いつ割れるかも知らない為に急いでバリケードを作っていく。

 幸いなことにメーレは持ち前の怪力を使って走りながら二個の机を並べていく。僕もメーレ程超人ではないけれど身体能力は高い方なのでバリケードを作るのは早く終わり、今度はメーレと別れてそれぞれの出入り口も塞いでいく。

 気がつけば夜の暗闇も薄れ始め、出入口の全てがバリケードで封鎖されていた。途中で裏玄関から戻ってきた西瓜が合流して手伝ってくれたから何とか終わった。

 メーレの方はまだ残っているがもう少ししたら終わるだろう。西瓜も手伝っているし、僕も手伝いに行こう。


「おい! 貴様今すぐここを開けろ!!


 外から人の声が聞こえたのはそう思った時だった。


「えっ、貴方は…………理事長の…………?」

「谷樫幸三だ! 良いからさっさとここを開けろ!!」


 理事長は手に持った石でガラスを力強く何度も叩いているが一切罅が入っていなかった。

 もしかしてこの扉に使われているガラスって強化ガラスとかそういうのだったりするのか?


「何をしている!! 鍵は開けたんだ! そこの邪魔なのさえ無ければ中に入れるんだ!!」

「いやっ、これを退けるのはもう…………」


 理事長の言葉通り、よく見れば扉の鍵が開いているが机で作ったバリケードのせいで扉が開かない状態だった。

 今からこれを退けるのは正直不可能だ。そもそもとして時間があまりにも無い。その上、周囲にはまだ亡者も居る。この状況で理事長を助ける事は不可能だった。いや、助ける助けない以前の問題だ。

 そう思っていると理事長は声を荒げ、バンバンと叩き始める。


「ふざけるな!! 私を誰だと思っている! そもそもこの建物は貴様達の為にあるものじゃ――――」


 それが理事長の最後の言葉だった。

 ガラスを叩くことで大きな音を出していた理事長に亡者達が気づかないわけがなく、数体の亡者が理事長の身体に襲い掛かった。

 扉から引きずり剥がし、その血肉を涎を垂らした口で噛みしめて食んでいく。


「―――――ッ!」


 目の前で見せつけられた光景に思わず息を呑み眼を逸らしてしまう。

 断末魔の叫びを上げながら「や、止めろ貴様等! 私はこんな所で死ぬ人間じゃ無いんだ!! 金ならいくらでも払うから止めてくれぇ!!」と叫んでいたが亡者達は容赦なく牙を、爪を、殺意を理事長の身体に突き立てていく。

 本当に同じ人間なのか、そう思いながらも僕はバリケードの隙間を掻い潜り理事長が開けた鍵を再び閉める。

 あれらが中に入って来たら次は僕達の番だ。


「うっ、げぇ…………」


 胃液が込み上がっていくのがよく分かる。

 人が目の前で死んだ、そしてそれを見殺しにした。その事実は僕の心に深く突き刺さる。

 理事長は何かを言っていた気がしたけれど、、今の僕にはそんな事を気にするだけの余裕は無かった。理事長はあの時点で後ろに亡者を連れていて来てたし、建物の中に入れば間違いなく亡者も入って来ていただろう。

 それにバリケードを避ける時間も無かったし、扉が外開きだったとしても理事長の体型は良く言えば体格が良い、悪く言えば肥満だった為、どちらにしろバリケードをどかなきゃいけなかった。

 だから僕は見捨てるしかなかった、諦めるしかなかったのだ。


「…………早く、二人に合流しなくちゃ」


 そんな言い訳を自分に言い聞かせながら戻しかけた胃液を飲み干し、他の二人が居る場所に移動する。

 本当なら何か紐とかを使って補強しなくちゃいけないのだが、今はそこまでやる気も起きない。と、いうより出来ないと言う方が適切だ。紐の代わりになりそうなものなんて今の僕にはベルトしか持っていないし、そもそもベルトぐらいじゃここまで広い物を補強することなんて出来ない。

 どちらにせよ今の僕には何も出来ない。


「ぜぇ…………はぁ…………どうやらそっちも終わったみたいですわね…………」

「気分悪そうだけど、大丈夫?」


 完全に息切れしてぐったりとしている西瓜を背負いながらメーレが此方にやって来る。

 ほぼ徹夜で動きまくったせいか、この三人の中で体力が比較的無い西瓜は最早動けそうになかった。逆にメーレは未だ元気があったが精神的な意味で披露しているのか顔色が真っ青だ。


「僕の方は、まぁ大丈夫だよ…………って言えたら良かったんだけどね」

「この状況じゃあ仕方がないよね。それで、ぐったりしているところ悪いけどこの後何をやったら良いかな?」

「…………一先ず、休むことにしましょう。宿直室なら使えたと思いますし、休まなくちゃ私が死にます。と、いうか一秒以上ここに居たくありませんわ。ここは血の臭いがあまりにも濃すぎる」


 西瓜の言葉に僕達は同意するように頷く。

 扉を閉じ、鍵を閉め、その上でバリケードで入り口を封鎖したというのにこの一階はあまりにも血の臭いが漂っていた。

 扉の僅かな隙間から入って来たのか、噎せ返る程に甘ったるい匂いが充満していた。

 正直言って身体を酷使したばかりの時にこの匂いを嗅ぐのはかなりきつい。あまりの気持ち悪さに吐き気を催してしまう。

 そんな事を考えながら僕達は一階の玄関を後にし、二階の宿直室に入る。

 念の為鍵をかけ、靴を脱ぎ捨てて畳の上に上がる。


「……………うっ、ぐぅ」


 安心したからか僕達は三人揃って畳の上に崩れ落ちた。

 さっきまでは無我夢中だった。我を忘れて何が起こっているのかすら分からなかった。

 だけど安心感に包まれた影響で現実というものを直視させられることになった。

 目の前で人が喰われた、喰われた人は襲った者と同じになり襲ってきた。

 まるでよくあるB級ホラー映画や、ゾンビといったものが出て来る小説やゲームみたいだ。


「ねぇ、二人とも…………これは夢だよね?」


 二人に確認するように自然と出た言葉だった。

 こんなのは現実に起こって良い出来事なんかじゃない。ゲームや漫画だからこそ許されるのであって、現実じゃ起きちゃいけない出来事なのだから。

 だから僕は夢を見ているのだろう。そう自分にも言い聞かせながら出た言葉をメーレは無情にも打ち砕いた。


「…………残念だけど、夢じゃないみたいだよ」


 メーレは険しい顔を浮かべながら窓の外の光景を見ている。

 僕は恐る恐る窓に近付き、同じように外の景色を目にした。


―――――そこにあったのは地獄だった。


 建物からは火の手が上がっているものがあり、外に居る人間達は皆が皆、さっきの亡者達に襲われていた。

 若い男の人も、女の人も、子どもも、老人も区別なく襲われ喰われていく。

 そして死んだ筈の者達も起き上がって彼等の仲間になっていた。


「…………嘘、でしょ」


 地獄絵図だった―――――。

 そこに秩序は無く、当たり前の平穏さえ奪い尽された。

 世紀末としか言いようが無い世界が広がっていたのだから。


「多分だけど、今の私達に出来ることはもう無いよ。助けが来るまで、この騒動が収まるまではここに居よう」

「そう、だよね。そうするしかないよね」


 メーレの提案に賛成しつつ倒れている西瓜に視線を向ける。

 西瓜も流石に堪えたのか暗い表情でメーレの発言を声も出さず頷いていた。


―――――しかし、僕達の思いとは裏腹に事態は回復することは無かった。


 原因は不明。理由も不明。何が起きてこうなったかすらも分からないまま世界が崩壊し、文明は停止し、人類の物だった世界は終わりを告げて亡者達の世界に変化した。

 容赦なく無慈悲に残酷に世界は全てが変わってしまった。


 だがどれだけ世界が壊れても明日は来る。


 僕達がこの学校に避難してからいつの間にか三ヶ月の時が過ぎようとしていた。

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