エピローグ 世界が壊れても明日は来る
世界というものは偉大である。
この偉大な星の上に生きている僕達はあまりにもちっぽけで、あまりにも軽すぎる。
だから人類の文明が滅びても、大勢の命が失われようとも関係無いのだ。
僕が抱いた意思なんか知った事かと言わんばかりに日々は過ぎていく。
「結局さ。世界がどうしてこんな風になっちゃったのか、理由は分かったけどそうなるまでに至った過程というものが分からないままだよね」
「世の中そんなものですわよ。それよりもユー子ちゃんのお乳を搾ってくださいな」
「はいはい。分かりましたよ」
西瓜に促されるがままに無駄に広い中庭にある牛舎、そこに居る乳牛から牛乳を搾る。
本当に何でもあるなこの学園と思わず感心してしまう。
「でもさ。気ならないかと聞かれれば嘘になるじゃん」
「そんな気楽な感じで踏み込んで後悔することになったんだよ? 忘れたの?」
「うぐっ。そこを突かれると結構痛い」
実際にメーレの言う通りだ。
この前の一件は明らかに藪蛇だった。知らなかった方が良いこともあるということを良く思い知らされたぐらいに。
「でも一体どうして『Zウイルス』が広まったんだろうね」
「それは百合子女史も完全に分かってはいなかったから知りようがありませんわね。大体の検討はつきますが、それだって絶対ではありません。事実は小説よりも奇なり、という可能性だったありますし」
「私達がそれを知る機会は訪れなかったんだけどね」
「そうですわね。どうせ知ったところで何の意味も無いのですが」
何処か哀愁を漂わせる二人の言葉を尻目に牛乳を絞る作業を続ける。
結局世の中そんなものなのかもしれない。
+++
屋上に出来た小さく簡素な墓に手を合わせて祈る。
どうせなら景色が良い所に作ろうということで出来た、白山ライチ少年の墓である。
約束を頼まれた際に渡された指輪は既に墓の中に埋まっている。
守る事が出来なかった、守る事すら難しかった約束だったが、一緒に埋葬することで一応は叶えられたことになる。どうかこれで許してほしいところだ。
「本当、酷い景色だ」
墓参りを終え、顔を上げた際に屋上からの景色が目に入る。
この間の雨以降、一時期は減っていた亡者の数も元に戻っている。
心なしか前よりも微妙に増えた気がしないでも無い。
そう、前と何にも変わらない。
「この前さ。外に出た時にさ、今までと同じじゃいられないって思ってたんだよ。でもさ、状況は何にも変わらないよね」
「たった一人の意思で変わったら今頃世界は救われてますわよ」
僕の呟きを聞いていた西瓜が手摺に肘を乗せ、退屈な物を見るような目で街を眺める。
メーレに関しては呑気に昼寝をしている。今は太陽が出てて暖かいが、仮にも外で昼寝が出来るなんて随分と神経が太い奴だ。
とは言え、眠っているメーレを起こすつもりも無いので放っておくことにする。
「決意したところで変わらない。何もかもを有耶無耶にしたまま世界は滅び、それとは関係無いかのように時が過ぎて行くものですわ」
「世界が壊れても明日は来る、か」
結局のところ、その言葉通りなのだろう。
どう足掻いてもこの世界は変わる事が無く、緩やかに人類の数は確実に減っていく。
「ま、私としてはこのまま世界が滅んでくれても構わないんですけどね。ぶっちゃけ私、人類滅べって思ってましたし」
「黄昏ている最中にそんな事を言うなよ」
少なくとも今を一生懸命に生きている人に言ったら間違いなく殺されかねない言葉だ。
「一応言っておきますが私が世界を滅ぼしたわけではありませんからね? 滅べって思っていましたが」
「まぁ、西瓜がそう思ってるのは何となく分かってたけどさ。正直西瓜って人間嫌いの気があったし」
「あんなのが婚約者なんですのよ? 普通に嫌いになりますわよ。まぁ、柘榴と柘榴の家族、メーレに関しては例外ですけどね」
「そっか…………じゃあ僕は安心して良いんだね」
流石に西瓜に本心から嫌われるとショックを受けてしまうだろう。
しかし、それとは別に西瓜が呟いた家族という単語で少し憂鬱になる。
「家族か…………そういや僕の家族生きてるかな? 探した方が良いと思うんだけど…………今更会わせる顔なんか無いよなぁ」
「そんな事は無いとは思いますわよ。まぁ、暫く外には出たくはありませんが」
「そういや僕だけだもんね。この中で家族と仲の良いのって」
西瓜に関しては崩壊していたし、メーレに至っては孤児だ。
僕しかそういう事で悩む人間が一人も居ないと言うのは正直辛い所がある。
「仕方がありませんわね。今度一緒に街で探すことにしましょうか」
「えっ、良いの!?」
「柘榴の家族だからですわよ。私もあの人達にはお世話になっていますし、何より伝えたいことも出来ましたからね」
「伝えたいこと? それって何かな?」
「この度柘榴の奥さんになった西瓜です。これからは藤原西瓜と名乗らせていただきますってね」
「あはは。この歳で結婚かぁ。もう結婚って言う制度自体意味が無いのかもしれないけどさ」
「意味が無くてもやるんですわよ。そうですわね、これを機に藤原西瓜と名乗りましょう。ついでにメーレも藤原メーレということで」
「メーレの場合はメーレ・フェレスタ・藤原なんじゃないの?」
「まぁ其処等辺は本人の意思次第ということで」
互いに笑いながら話し合う。
本当に最近はこんな馬鹿みたいな会話をすることも無かった。
意味が無い会話、無駄話と言い換えても良いぐらいだろう。正直に言って会話の無いように意味なんか無い。
だけどこういう会話が出来るってことはそれはそれで幸せな事なんだと思う。
「そうだ。話が変わりますけど柘榴、貴方が隠している事って何ですの?」
「急に来るなぁ。そういうのってもっとこう、ちゃんと聞かなくちゃいけない時に聞くものなんじゃないの?」
「私が聞きたい時に聞く。誰だってそう思っている筈ですわ」
「そっか。なら逆に僕も聞きたいんだけどさ。西瓜とメーレは何を隠しているのかな?」
僕がそう尋ねると西瓜は黙って顔を逸らした。
「えー、私、何も隠していないですわよ?」
「嘘をつけ。流石に気が付くわ。何を隠しているのかは分からないけど隠しているのだけは分かるからな」
多分だが僕が聞いても意味の無い、例えが意味があったとしても聞いていて良い内容じゃ無いのは分かる。
「そういえばさ。僕ってメーレには劣るけど結構人間離れしているよね。骨折がすぐに治ったりとか」
「へ、へぇ…………で、でも傷の治りは個人差がありますし」
「流石に全治三ヶ月が三時間で治るのはおかしいとおもう」
それでもメーレに比べればかなり劣ってしまうのだが。
まぁ流石に違うとは思いたいがその可能性が一番高いのが実情だ。
世の中亡者なんてものが居るんだから。他に何かが居てもおかしくはない。
とはいえ――――、
「まぁ、聞かないでおくことにするよ。そういうのはこの前ので懲りてるし」
知らない方が良いこともある、という言葉があるように二人が隠しているのもそう言った理由があるのだろう。
ならばこれ以上聞いても意味が無い。
「…………そうですわね。私としては物凄く気になりますが今回は知らないままにしておきましょう」
「むにゃむにゃ…………すいかぁ…………すいかのからだはまないたとしてもつかえるんだよぉ…………」
「おいメーレ。てめぇ死にたいらしいな。とっとと起きろや堕乳」
西瓜は不貞腐れていた表情から一転し背を預けていた柵から離れ、ぐーすか眠りこけるメーレに歩み寄っていく。
「あ、ははは…………我等ながら本当に会話がよくズレるよな…………」
でもそれが僕達らしいのかもしれない。
こんな腹に一物を抱え、世界がこんなになっても不真面目にやってる連中でも、かなり楽な生活を送ってる。
無意味な会話を続け、決意は何の意味も無く、ただひたすらにぐだっとした毎日が過ぎていく。
――――世界が壊れても明日は来る、例え砂上の楼閣でバカをやっている僕達でも同じように来るのだ。
以上で『世界が壊れても明日は来る』完結です。
ぐだっとした閉め方ですが実は最初からこんな終わり方になる予定でした。
元々は他の作風を増やしてみようと思った作品でもあり、取り敢えずゾンビものと日常を闇鍋で合体させた試験作品でもありました。
感想で指摘があったようにちょっとリアリティに欠けるかなっていうところもありました。
でもまぁ実際に世界が崩壊したら自分達の周りの事を整えるだけでも精一杯だと思います。
作中で色々とキャラが暴走したり会話が多かったりしましたが、現実逃避や恐怖から目を逸らす為にやっても不思議じゃないなって考えてました。
キャラに関しても実は割と設定自体は最初から主人公が全ての元凶の元凶と言う感じにしていました。
ルーマニア人の血統というのも吸血鬼ドラキュラのモデルのブラド三世から来ていました。
ゾンビものによくある未知のウイルスがあるならそれが吸血鬼であっても問題ない、って感じで。




