例え結末が悲劇だとしても 5
台風の被害にあい、震災で停電を味わった。
電気が死ぬとね、何にもやることができないの。
いや、本当にやる事というものが殆ど無いんです。
割とこの作品の日常部分に近い感じです。
電気のありがたみをよく理解出来ました。
「む、息子…………」
「ああ。私には息子が居てね。名前は白山ライチと言うんだ」
彼は昔を懐かしむような優しい顔を浮かべながら言う。
「こんな世界になったんだ。もうとっくのとうに死んでいるのかもしれないし、亡者になっているのかもしれない。でももし生きていて、会うことが出来たなら伝えて欲しい」
「…………言ってください」
「遊園地に行くと言う約束、守れなくてゴメン。そう、伝えて欲しい」
「分かりました…………」
僕がそう言うと彼は安らかな笑みを浮かべる。
そして僕の横を通り過ぎ、手摺りに手を掛ける。
彼がこれから何をしようとするのか、それを理解した僕はすぐに止めようと手を伸ばして、途中で降ろしてしまう。
これから何が起こるのか、それを察してしまった以上、止める事等出来る筈が無かった。
少なくとも僕にはそれをするだけの権利が無いし、彼のこれからを保証できる訳が無かった。
でも、それでも――――。
「息子が居るのなら、もう一度会いたいと思うならその選択を選ぶな」
言わずにはいられなかった。
分かっている。これが偽善にもならない独善のようなものだということも。
「僕は確かにあんたに頼まれた。でもあんたが、あんた自身が自分で伝えることだって出来る筈だ。その選択をするのはそれからでも――――」
「一秒先の未来には自分が自分じゃなくなっているかもしれない」
何とか彼の行動を止めようと何とか言葉を連ねるが、逆に遮られてしまう。
「もしも息子に会えたとして、その時に自分が本当の意味で亡者になって襲ってしまったら…………取り返しがつかないんだよ。今の状態のままで居られるかも分からない」
「それは……………」
「だから今の内に死んでおきたいんだ。例え人を襲ってしまう化物になってしまっても、心だけは人間のままで居たいからね」
男の言う言葉は全てが全て正論だった。
亡者になっても人間としての人格を維持し続けられると決まったわけじゃ無い。
彼は既に人を喰らう悪鬼になってしまったのだ。だから彼は死ななくてはならない。
そんな事は無い、そんな事は絶対にあってはならないと宣言したい。だが現実というものは無情なものでそういった事をしていたから今のように世界が滅んでしまったのだ。
だから亡者は滅ぼさないといけない。例え彼等の意思がまだあったとしても。
「そうだ。これを渡しておこう」
彼は血色の悪い左手の薬指にはめていた指輪を外して投げる。
投げ渡された指輪は僕の左手に収まる。
「これは結婚指輪でね。もし息子に会えたら渡してほしいんだ」
「…………約束、承りました」
「ありがとう。最後に、きみと話せて良かった」
そう言って彼は柵から身を乗り出して、身体を宙に投げ出した。
それから数秒もしない内にドシャリッと柔らかく、されど固くて重い物がぶつかったような音がした。
このデパートで生き続けてきた者達、その最後の一人の死を今見届けたのだ。
「…………世の中、本当にクソだ」
思わずそう吐き捨ててしまう。だけど吐き捨てずにはいられなかった。
どうしてこんな悲劇で終わってしまったのだろうか。
「でも、俯いてばっかりじゃいられない」
元々僕達がこのデパートに来たのは衣服や必要物を集める為だ。
この三階には誰も居らず、必要以上の物音さえたてなければ安心して活動できる。
「二人を呼んで来なくちゃ…………僕達も一歩間違えばあの人のような最後を遂げることになる」
心を引き締めた僕は駆け足で、静かに二人が待っている場所に戻る。
ここでの用事を終えたらすぐに帰ろう。ここはもう、人が住む場所じゃ無いのだから。
+++
「…………何かあったんですの?」
帰りの車の中で後部座席で眠っているメーレの鼾をBGMにしんながら運転をしていると、隣の座席に座っていた西瓜が顔を覗き込むような姿勢で話しかけてきた。
その表情はとても心配そうにしており、僕の事を案じてくれているのがよく分かる。
「…………なんでもないよ」
「嘘、ですわね。その暗い表情は絶対に何かがあった感じですわよ」
流石に十数年も幼馴染をやっていると分かるのか、それとも僕の顔に出ているのか西瓜はきっぱりと断じた。
「あそこで何が起こったのか、話したくないのであるならばそれでも構いませんわ。でも胸の内に抱えているといつか潰れますわよ」
「大丈夫。大した問題じゃ無いよ。それに女の子にはちょっと分からない内容だし…………」
「…………分かりましたわ。これ以上は聞かないでおきましょう」
バレバレの嘘をついたというのに西瓜は何も聞かないでいてくれるらしい。
最も僕としてもその方が嬉しい。少なくとも今回知った事は決して知られない方が良いだろう。
別に知られても困るモノじゃない、と言えば嘘になる。だが亡者に意識があるという事実は知らない方が良い事だ。
ただでさえストレス等の負担が溜まりやすい状況の中でそんな事実を知ってしまえば、きっと物凄い負担になるだろう。
どれだけ慣れていたって人を殺したと言う認識してしまえばその時点で辛くなる。
「ただし、私達も本当に聞きたいと思ったその時は必ず話すこと、良いですわね!!」
「うっ、分かったよ…………」
とは言え、流石にずっと話さないままと言うわけにはいかないらしい。
それでも今は聞かないでおいてくれるのは本当にありがたい。僕としても全てを受け入れているわけじゃないから、自分の中で整理する時間が欲しい。
そう考えながら車を走らせていると、雨足が弱くなっていく。
「…………ちょっと速くした方が良いかもね」
車の中に居るからとは言えこのままゆっくりと走らせるのは不味い。
亡者の集団に囲まれてしまえば逃げ道だって無くなってしまうし、チャージしていた電気だって無くなってしまう。
ソーラーパネルが搭載しているから日光にあたれば充電できるからと言って、無意味に外に居て良い事なんか何一つ無いのだ。
「例えばだけどさ。もし自分が死ななくちゃいけなかったら、どうすれば良いと思う?」
「…………いきなり何を言っているんですの」
「ごめん。でもちょっと気になってさ。自分が死ななくちゃいけないと分かった時、人はどうすればより良い結果を作ることが出来るのかなって思ったんだよ」
「結構難しい話ですわね」
僕の言葉に西瓜は考える素振りを見せる。
だが考える時間を少しだけ取った後、西瓜はいつも通りの表情で口を開く。
「なるようになるしかありませんわね。良い結果になるのか、それとも悪い結果になるのか行動してからしか分かりませんし」
「まぁ、そうだよね…………やってみなくちゃ分からないか」
「でも柘榴、一つだけ言っておきます。この世で死ななくちゃいけない時なんか絶対にありませんわよ」
西瓜は目を尖らせながら詰め寄る。
「死んで解決する事なんか何一つありません。例え解決したように見えても必ず何かしらの歪みになります。世の中因果応報、そういう意味ではこの世界がこんな結末になってしまったのも因果応報なのかもしれませんわね。まぁ周囲を巻き込んだ本人が認識していない最悪の自爆テロという結末は最低最悪ですけど」
「…………そ、それはそうかもしれないけど」
「世界がこうなったのもなるべくしてなった結果というしか無いですわ。例え現状を打開できる何かがあったとして、亡者に対する特効薬を作ることが出来たとして、世界はもう救えません。例え犠牲にしたとしても壊れてしまった物を元に戻すことは出来ないのだから」
「…………ある意味、人類が滅んだのも当然の結末っていうことか」
「理不尽ですがその通りですわね」
結局、自分に何か出来ることがあると思うこと自体烏滸がましいことなのだろう。
他人に説教する余裕だって無いし、現状を解決できる力も無い。例えあったとしても世界を救うことなんか出来やしない。
考えるだけで鬱になっていきそうだ。
「柘榴。貴方が何を悩んでいるのかは分かりません。でもそう言ったことは考えない方が良いと思いますわよ? もしくはポジティブに考えた方が良いですわ。何事も楽観的に考えた方が気持ちも楽になりますからね」
「そう、だね…………」
確かに西瓜の言う通りだ。
さっきから暗いことばっかり考えていたけどそれじゃあ駄目だ。
良い事を前提にして考えよう。さっきの彼から渡された指輪を握り締め、先程の頼みを思い返す。
彼の最期の頼み、彼の息子にこの指輪を渡して遺言を伝える。それが今の僕がやらなくちゃいけないものだ。とはいえ、今すぐに出来る訳じゃない。色々と生活基盤を整えて安定させ、せめてもう少し余裕が出来てからだ。
大丈夫。デパートは駄目になってしまったが市役所や他の学校、もしくは他の建物ならばまだ大丈夫。子どもだからきっと避難している筈だし、守られている筈だ。
心の中でそう自分に言い聞かせ、精神的な意味で前を向いて頑張ろう。そう決意した瞬間だった。
――――視界にある物が映り込んできたのは。
それを見てしまった直後、僕はブレーキを踏んでしまう。
殆ど無意識としか思えないような行動だった。
「きゃっ!? ちょっと柘榴、どうしたんですの!?」
「うごっ!? こ、腰を打ったぁ………」
急にブレーキを踏んでしまったことにより二人は突然の衝撃に困惑してしまう。
特にシートベルトもせずに横になって眠っていたメーレに至っては椅子から転げ落ちている始末。
「…………ごめん、二人とも。ちょっと気が動転しちゃった」
二人に謝罪をし、平静を取り繕いながら外に出て行く。
だが出て来た声音は自分でも分かってしまう程に震えており、全然平静を取り繕えていないということを表していた。
「本当に何を見たんですの? その様子だとかなり衝撃的な物を見たようですが…………」
「そ、それよりも悶え苦しんでいる私に対して何か言う事は無いのかな…………?」
「だってメーレですし」
転がって苦しんでいるメーレをぞんざいに扱いつつ、西瓜は僕の方に心配そうな視線を向ける。
そして僕と同じように外に出て来た西瓜は僕が視線を向けているモノを見て、何でブレーキを踏んだのか理解したらしく、少しだけ目線を逸らした。
「…………こんな事をするような人も、今は普通に居るんですのね」
西瓜がそう思うのも仕方がないだろう。
何せ窓の外にあったものは小学生と思われる子どもの亡骸だったのだから。
それもつい最近命を落としたばかりで亡者にもなっていない。ただ死因が一目で分かってしまうぐらいに酷く傷だらけだった。ここまで来ると損壊と言っても過言じゃ無いくらいに酷い惨状だった。
そしてその亡骸には白山ライチと書かれた名札がついてあった。
「理由があるのならまだ分かります。いや、子どもをここまでして殺すような輩の理由なんてわかりたくねーけどよ。でもこれは明らかに楽しんでいる奴のやり方だ。じゃなきゃ子ども相手にここまで酷い事なんかしねぇよ」
「…………こんな酷い事をする人も居るんだね」
冷静に亡骸を眺めながら分析する西瓜だったが、僕はそんな事は気にならなかった。
少なくとも考える余裕も無かった。こんな所で思わずそんな行動をしてしまうのは命取りだと言う事は分かっている。だがそうするしか無かった。
だって、ついさっき死んでいった彼と約束をし、渡すべき相手が既に無残な目にあっていたのだから。
「こんなのって、あんまりだよ……………」
既に死んでいる可能性はあった。亡者になっている可能性だってあった。
しかしここまで酷く残虐な方法で壊されているなんて思いもしなかった。
こんなに酷い方法で殺されるなんて思いもしなかった。
「さて……………」
一頻り亡骸を眺めた西瓜は懐からサイレンサーを装着した拳銃を取り出し、近くにある電信柱に向ける。
「えっ、ど、どうしたの西瓜。急に拳銃を取り出して…………」
「こうする為ですわ」
西瓜はサイレンサーによって発砲音が軽減された状態のまま電信柱に向かって銃を撃つ。
放たれた弾丸が電信柱にぶつかった瞬間に弾かれて跳弾し、此方からは死角になっている路地裏に跳んでいく。
「ぐぁっ!?」
弾丸が路地裏に吸い込まれた直後に男の物と思われる野太い悲鳴が上がる。
「ぐ、お…………」
跳弾が胸に直撃したのか、三十路ぐらいの男は右胸を手で抑えながら路地裏から出て来る。
その手には血に塗れた金属パットが握られており、傷の具合からここまで死体を損壊した人物であるということは明らかに明白だった。
例え言い逃れしようとも男の手に握られている金属バットにたっぷりと付着している血液は、この少年の亡骸と匂いが全く同じだから。
「雨が降ってたから分かりにくかったけど多分、ついさっき死んだんだろうね。だから犯人が近くに居ても不思議じゃなかったけど、本当に居たとは思わなかったぜ」
西瓜は銃口を男に突き付けながら冷たく言い放つ。
「だがまぁ、近くに居てくれて助かったぜ。お前みたいな奴は死んでも構わないからな」
「―――――っ!?」
西瓜の言葉に男は大きく目を見開き、身体を動かそうとする。
しかし胸を撃ち抜かれた事によって満足に行動することも出来ないのか、もがくだけだった。
「待って西瓜」
僕は銃口を突き付ける西瓜に声を掛ける。
「…………柘榴、止めないでくださいな。この男がいかなる理由があろうとも子どもを手に掛けたのは事実。例え手に掛けたとしてもあそこまで酷いことをする必要も無かった」
「分かっているよ」
「いいえ、分かっていませんわ。この男は恐らくそういった嗜好があるのでしょう。多分、この子以外にも沢山の人間が被害にあっている筈ですわ。少なくともこの子を殺したのは間違いなくこの男に間違いない」
確かに西瓜の言う通りなのだろう。
この男から漂う血の匂いはこの少年のだけではない。多分だが十数人も被害にあっている筈だ。
それにさっきから向けられているこの男の視線は殺意に満ちており、その表情は喜悦に歪んでいる。
推定有罪というやつだが明らかに殺しを楽しんでいる者がする目をしていた。
「推定有罪という理由にもならない理由ですが現状証拠だけでもこの男を活かして置く理由にはなりません。貴方が手を汚したくないなら私がトドメを刺しましょう」
「いいや、その必要は無いよ」
そう言って僕は西瓜を押しのけて腰に差していた刀を引き抜く。
「こいつには苦しんで死んでもらうから」
刀を振るって男の両手両足を斬って切断する。
両手両足を失った事により男は悲鳴を上げるが、胸を撃たれた時の傷のせいで声がまともに出ていない状態だ。
「仕方がない、手伝ってあげるよ」
僕は懐から拳銃を取り出し、空に向かって撃ち鳴らす。
突然空に拳銃を打ち鳴らしたことに西瓜は訝しそうな表情を浮かべるが、意図に気が付いたのか顔を青褪めさせる。
どうやら僕がやった行いは西瓜でさえドン引きするようなものだったらしい。
でも構うものか。
「そういやさ。雨、弱くなってるよね。今の銃声なら遠くの方でも聞こえそうだ」
「―――――――――――――!!?」
遅れて男も僕がやった行いが招くことに気が付いたのか、瞳に涙を浮かべる。
「一生苦しみ続けろ」
そう告げると僕は男を視界から外し、少年の亡骸に向ける。
「メーレ…………少しお願いがあるんだけどさ」
「いつつ…………今まで苦しんでいた私を放置して何かをやっていた柘榴君達が今更お願いって、何なのかな?」
キャンピングカーから腰を抑えながらメーレが出て来る。
何処となく不機嫌そうな表情を浮かべているが、今は我慢してもらおう。
「この子を連れ帰って埋めてあげたいんだ。その時にさ、祈ってあげてほしいんだよ」
傷だらけの少年を抱えながら言った僕の発言に二人は言葉を失う。
「…………柘榴、それは」
「愚かな事だって言うんでしょ? 分かってる。僕だってこれが自己満足だって分かっている」
でも―――――、
「せめて、この子は人としてちゃんと弔ってあげたいんだよ。それが愚かで馬鹿な事だって言うのなら、僕はずっと愚か者のままで良いよ」
少なくともそれだけはちゃんとやりたい。
僕達は今の今まで恐怖に震え、毎日を無意味に過ごして来た。
食料関係を整えたり亡者が中に入って来れないようにしたりなど、生きるのに必要最低限の事だけはやっていたがそれ以外はやっていなかった。恐らく、この世界で僕達程不真面目に生きてきた存在は居ないだろう。
世界がこうなってしまったというのに必死に生きようとせずに滅ぶ前の日常を再現していたのだから。
これを現実逃避と呼ばないで何になる。
――――でも、いつまでもそうしているわけにもいかないのだ。
世界はいつだって無情で、目を逸らしたくなるような真実を突き付けて来る。
それから逃げるのは簡単だ。だがいつかは目を見開いて向き合わなくちゃいけない時が来る。
それが今だっていう話しなだけだ。
「…………分かったよ。その子を埋葬すれば良いんだよね」
「はぁ。やらなくちゃいけない事じゃ無いと言うのに、仕方がありませんわね」
二人は溜め息をつきながらキャンピングカーに乗り込む。
「ありがとう、二人とも」
僕は二人に感謝し、男の声にもならない叫びを背にし同じようにキャンピングカーに乗り込んだ。
次回『世界が壊れても明日が来る』




