例え結末が悲劇だとしても 3
あの後、デパートの裏玄関側から入る事にした僕達は無事上階に辿り着くことに成功した。
西瓜の考え通り、職員用の階段があった事で亡者達に気付かれないように動く事が出来た。とはいえ全く居なかったというわけではなく、元は職員だったろう亡者と数体程出くわていたのだが――――。
「せいっ!」
「ギァ――――――」
亡者は出会いがしらにメーレの拳を顔面に食らい、そのまま床に崩れ落ちる。
倒れた亡者の身体は痙攣することも無く、二度と動くことは無かった。確か鎧通しとかいう技だっただろうか、外傷を与えずに衝撃だけで脳を破壊したようらしい。本当にメーレは化け物みたいな戦闘力を持っている。その上技術まで持っていたら本当に手に負えない。
僕も不良時代があったし、結構強い方だけどあれと比べられたら雑魚に見えてしまう。
「おしっ! ここら辺一帯の亡者はこれで殲滅したよ。そっちはどう?」
「僕の方はこれで最後っ!」
僕の周囲を取り囲んでいた亡者の数は三体。
其奴らの首に目掛け、独楽のように回転しながら刀を振り抜く。刀で斬り裂かれた亡者の頭部は胴体から離れ、床に落ちて転がった。
胴体から切り離された頭部は今もなお呻き声とも取れる鳴き声を上げている。
「お見事なお手前だね。刀を持った柘榴とは戦いたくないな」
「どう足掻いても蹂躙される未来しか見えないけど」
「戦うのに掛かる時間が1分から10分になるくらいには強いよ」
「結局蹂躙されるじゃないか」
そんな会話をしながら首だけとなった亡者達の頭蓋に刀を突き刺していく。
一体、二体と続けてとどめを刺し、最後の亡者にも突き刺そうとしたところでメーレが先に踏み砕いた。
血と砕け散った脳味噌が踏み躙られ、甘ったるい匂いが鼻腔いっぱいに広がる。
「ダメだよ柘榴。しっかり砕かないと」
「それが出来るのはお前だけだ。あーもう、甘い匂いがする上にグロいとか…………これなんて不協和音だ」
普通こういうのは甘い果実とかお菓子とかだろうに。
「やっぱり、上階になると亡者の数が少なくなってるね」
メーレの言葉通り、上階になればなる程に亡者の数は少なくなっている。
「亡者は階段を上がれない、もしくは上がる事が難しいということなのかも。正直あんな足取りじゃまともに上がることも難しいだろうからさ」
「例え上がれたとしてもまともな判断も出来ない、殆ど本能のみで動いている亡者では足を滑らせて後続を巻き込んで落ちるって感じかな?」
「多分そうだと思う。と、いうかその光景が脳裏にありありと浮かぶ」
勿論、それだけじゃないだろう。
ついさっき正面玄関から覗いた時、階段の所に置かれていた、というよりは散乱していたガラクタの数々。考えて行動することが出来ない亡者達が踏んで転ぶことを前提にした罠だ。それに亡者達が階段を上がってきても長物を持ち、上がって来た瞬間を狙って身体を突きとばせばそれだけで下に転がり落ちていくのだから。
そう考えると上の方に避難すると言うのは決して悪い考えではない。
ここのデパートは一階から三階まで吹き抜けになっており、下の階の様子も確認することが出来るから良い考えなのだろう。
ただし逃げ場を失うと言う最悪の状況を招くことになるのを除けばだが。
「…………例えそうするしか無かったとしても選ぶしか無かったのかな?」
学校から出て初めて分かる。僕達が如何に恵まれた生活を送っていたのかを。
「多分、そこまで考える余裕は無かったと思いますわよ」
「あ、西瓜。亡者達は今の所は全て片付けたよ」
少し席を外していた西瓜が戻って来る。
西瓜には職員用の扉からその階の様子を確認して貰っていた。
「取り敢えず扉を開けて物陰から覗いて見ただけですが二階駄目ですわね。亡者がうじゃうじゃとしていましたわ」
「やっぱり二階は駄目だったんだ」
「ですが一階に比べればまだマシですわね。多分三人で力を合わせればギリギリでなんとか良い感じの戦いになって、あと一歩の所で殺されてしまうでしょう」
「ダメじゃん」
でもやっぱり予想通りと言うべきか、亡者の数は少なくなっているらしい。
「さて、次は三階を調べるわけですが…………一つ、注意をします」
階段を上がって三階に入ろうとした瞬間、西瓜が話し始める。
「恐らくですが、ここは私が想像する限り最悪の展開が待っていると思います」
「まるでRPGのボス戦の前のようだね」
「気が抜けるようなふざけた発言はしないでくださいな。本当に真面目な話をしているんですから」
場を和ませようと言った冗談で怒られてしまった。
どうやら本当に茶々を入れちゃいけないらしい。あの西瓜がそういう事を言うのなら、そういう事なんだろう。
「世界がこうなってから三ヶ月の時が経ちました。文明が崩壊し、人はあらゆる恩恵を失ってしまった。その恩恵の中には物流だって含まれています」
「…………ごめんね西瓜。もっと分かりやすく、結論だけを言ってくれないと私分からない」
「要するに食料はどうしたってことですわ」
「それなら別に問題は無いんじゃないかな? こんな大きなデパートなんだし食料だってあるでしょ」
「そうですわね。きっとあると思いますわよ。食べることが出来る食料も…………ただし、デパートの殆どが亡者によって埋め尽くされてなければの話ですが」
「「あっ」」
西瓜が何を言いたいのかを察した瞬間、彼女の言葉の意味が何となく予想出来てしまう。
「水分はまぁ自販機とかを壊して取り出せばまだ手に入ります。中にはおしっこを浄水して飲むこともしないといけません。まぁ、三階から屋上に出れますので雨で水分を確保できたでしょうしこれは無いでしょう。ですが食料は違う。保存食、缶詰とかを手に入れるのも命掛け。それどころか逆に亡者の仲間入りを果たしてしまう。かと言って食料を手に入れなければ飢えて死ぬ。骸骨の数結構ありましたからきっと沢山の人達が生き残ってしまったんでしょうね。本当に酷い悪循環ですわ」
「………………」
「確かに、そうとしか言えないな…………」
思わず頷いてしまうのも無理も無い。
生き残った人達が多ければ多い程、必要になる食料だって多い。
「探す人が多くないと食料だって集まらない。もしかしたら多くの人が探したのかもしれないですが当然亡者に襲われる危険性が上がりますし、食料だって中々集まらないでしょう」
「悲劇が積み重なっていく感じだね…………」
「で、そうなった場合何をどうすれば良いと思いますか? いいえ、生きる為にはどうしなくちゃいけないですか?」
嗚呼、西瓜が何を言いたいのか本当に理解できた。
無茶苦茶腹が立つし、肝が冷えていくのが良く分かる。
「人を食べる。より正確には亡者じゃない『Zウイルス』に犯されていない、安全な食料である人間を食べるしかない」
食料が無いのなら、死にたくないのなら人間の肉を食べる。
ある意味ではシンプルで、そして最も人間がやっちゃいけない絶対の倫理だ。
「正解。その通りです。最初に命を落とした人間か、それとも誰かが殺して喰らったのか、過程は左程重要ではありませんので省きます。どちらにせよ人間を食べた事には違いないわけです。亡者は食べたらどうなるか分かったモノじゃないですので」
「で、でも人間を食べるなんて…………そんな事…………」
「人間、追い詰められたらどんなことでもやりますわ。遭難した人が死体の肉を食べることで生き残ったという話しもありますし、別にそうなっても仕方がないとしか言いようがありませんわ。誰だって希望がある限りは死にたくないんですもの」
「私ならそんな状況になったら自分の身体を自分で燃やすけどね」
「メーレ発想が怖いよっ! でも確かに、それは最悪の展開だな」
そう言うと西瓜は首を横に振るう。
「いいえ、いいえ。まだ最悪ではありません。本当に最悪なのは不衛生な環境の中でそんな事をすれば、間違いなく病気が蔓延するからなんです」
「病気? それは流石に考え過ぎなんじゃ…………」
「考え過ぎじゃありません。清潔である為に身体を清めるものは雨しかありません。今は六月ですが亡者が出現し始めたのは二月頃ですわ。そんな寒空の下、身体を洗えば間違いなく風邪を引くでしょう。それに栄養をちゃんと取れる食料だって無いですし、最悪インフルエンザにだって感染するでしょう。免疫力や体力が低下するのは当たり前です」
「でも、だからって風邪やインフルエンザで死ぬなんて…………」
「ありえないよね。そもそも真冬の中、氷水に1時間ぐらい全裸で浸かった事あるけど気持ち良かったよ」
「ええい。これだから産まれて来てから一度も病気になったことが無い化物達は! 俺の気持ちを考えやがれ!」
口調が昔のようになった西瓜は息を荒くし、咳払いをする。
病弱の西瓜が言うなら確かにそうなのかもしれないがこの世に生を授かって以来健康体である僕にはちょっと分からない。流石にメーレと同じ真似をしたら死ぬのは分かるが。
「兎も角、平和だった時なら大丈夫だった病気でも今の世の中じゃ命を落としかねないんですのよ。下痢とかでも水分が足りなければ死ぬんです。トイレだって多分機能していないでしょうし、排泄物に雑菌が繁殖しているとかもありえそうですしね」
「「ああ、それは確かに不潔だ」」
「二人揃ってよく理解してくれましてありがとうございます。科学文明って失われると本当に悲惨ですわよね」
何処か黄昏た様子で西瓜はそう呟く。
取り敢えず纏めると三階は恐らく危険。人が生きていたとしても友好的では無いだろうし、恐らく敵対的であるかもしれないこと。そして病気の温床になっているかもしれないこと。
でも、それは―――――。
「最悪の最悪を前提にした考えだよね。もしかしたら案外上手くいっていたりとか」
「無いですわね。綺麗にしゃぶられたであろう骸骨が散らばっていた時点でそれは期待できません」
「あー…………そうだよなぁ」
何処までも楽観的な考えはさせてくれないようらしい。
本当にこの世界と言うのは残酷なものでしか構成されていない。
「ならさ。三階は一度僕に調べさせて。この中で僕が一番素早いし、何が起こっても逃げられるから」
「…………危険ですわよ?」
「ハイリスクローリターンなのは分かっている。何度も言われてきているし。でもさ、男の子なんだから少しは格好いい所を見せたいんだよ」
「私達の中で一番小っちゃい上に幼児体系の柘榴が格好いい所を見せるとか、思わず笑っちゃいそうだね」
「同感ですわ」
「おうそこの女子二人、いくら僕でも怒る時は怒るからね」
「「ごめんなさい」」
二人揃って頭を下げて謝罪する。
「それじゃあ僕が見て来るから。鍵を開けて」
「はいはい。分かりましたわよ」
西瓜は三階のフロアに行く為の扉の鍵を外す。
「柘榴。本当に危なくなる前に、すぐに逃げてくださいね」
「分かっているよ。ちゃんとすぐに逃げるからさ」
僕はそう告げてから扉を開け、三階のフロアに入った。




