風が吹けば桶屋が儲かる 4
例えばの話であるがこの地球という青と緑の惑星には人間以外の生命体も多く居る。
しかし、人間同様言葉を交わし、文明を築き上げる程の力を持った霊長というものは人類を置いて他に居ない。
だがもしも、もしも人類以外にも言葉を交わすことができ、同じように文明を持った存在が居たとしたら――――。
「私はね。そんな人類以外の霊長を滅ぼす為に育成された、教会の聖騎士なんだよ」
「唐突に何を言い出すかと思えば…………先程も言いましたが黒歴史を晒すのは止めてくださいな。後悔するのは貴女の方なんですよメーレ」
「……………まぁ、証拠とか無いし信じてくれなくても良いよ。と、言うか世界がこうなってしまった現状でそんな事を言っても大した意味とか無いしね。まぁ、私がその変てこな組織のエージェントであると仮定して話を続けるよ」
バッサリと一蹴され、メーレは肩を竦める。
信じられないと最初から分かっていたのか、慣れた対応である。
最もそんなバカげた話を信じるとか、こんな酷い世界になっても信じられないに決まっているだろうに。
「それで、その自称聖騎士さんはどうして私の過去を知っているんですのよ。私、話したことはありませんわよ。柘榴でさえ、忘れているくらいなんですから」
触れられたくない過去に触られたのか、西瓜は口調に怒りが籠っている。
実際に触れられたくない記憶だった。当時の西瓜の齢はまだ一桁、それも四捨五入をすれば0になるくらい幼かった。物覚えもついた頃で、記憶の中にある一番古い記憶は鏡の前に立つ自分自身の姿だった。
抗癌剤の副作用で女の子とは思えない程に痩せこけ、髪の毛は一本も生えていない。
明日への希望なんか無いし、当然のように未来も見えない。
メーレに対し言った黒歴史とはまた違った意味での黒歴史だ。当時の自分は幼子とは思えない程に酷く根暗だったのだから。
「日本に来る前に教会で手に入った資料で見たんだよ。吸血鬼に何かをされた少女ってね」
「…………被害者扱いですか。それはそれは、随分と独善的なんですね教会って。病気が治った事がそんなに疑わしいんですかね」
「私の黒歴史発言を前提にした上でそう言うって事は、信じるってこと良いんだね?」
「亡者が居るんですよ。吸血鬼だって居てもおかしくはありませんわ。正直信じた方が話が進みやすいので信じることにいたします」
「うーん…………確かに。ま、でも西瓜が考えているような吸血鬼は居ないよ。と、いうかさっきも言ったように妖怪とか悪魔とかじゃなくて生物なんだよ。そういう意味じゃあ柘榴が吸血鬼という表現は正しく無いね。訂正するよ」
「…………? それはどういう意味ですか?」
「そうだね。私が知り得る限りについての事を教えるよ」
疑問を抱いた西瓜に説明する為、近くに置いてあったホワイトボードを手に取る。
「先ず普通の吸血鬼について簡潔にまとめると、こんな感じになるね」
そう言いながらメーレはマジックペンでホワイトボードに書いていく。
簡潔に纏めるとこんな感じである。
『吸血鬼』
・外見は人間に近く、成長速度は人間の三分の一。金髪紅眼で色素が薄い。
・アルビノ以上に太陽に弱く、すぐに日焼けしてしまう。
・胃が退化している為、液体状の物しか接種することが出来ない。一応ゼリーのような固体状の物を摂取することも出来るが、固形物に関しては消化することが出来ない。
・人間との関係性に関しては最悪に近く、相手側は人間の事を血が入った肉袋としか思っていない。ただし種族全体としては差があり、個体によっては人間と仲良くする者も居る。
・回復力は高く、致命傷であっても適切な治療を施せば治癒する。
・身体能力は人間よりやや上。
・人類との交配は可能で、産まれた子どもは人間(ここ超重要)。
「――――以上が吸血鬼の情報だよ。何か意見は無い?」
「何で最後に重要がつくんですかねぇ…………」
割と真面目にやっていると思っていたらこれだった。
西瓜自身もあまり真面目にやろうとはしない性格だがこういう時にふざけられたら困る。
そう思っているとメーレが首を横に振るう。
「本当に重要なんだよ。人間と交配可能ということは遺伝上かなり近いということなんだよ。つまり、吸血鬼も霊長類の一種と言う事なんだよ。まぁ吸血鬼が人類社会に出ないように私達が逐一駆除していたから科学的には一切未解明のままなんだけどね。シュレディンガーの猫箱と言う言葉が合ってるね」
「ちょっと質問して良いかしら…………?」
メーレの説明を黙って聞いていた百合子が軽く手を上げる。
「良いよ。ミス北条、気になった所があるのなら質問を受け付けるよ」
「この際貴女が言う事を全て事実だと仮定します。貴女は…………いいえ、貴女達は吸血鬼を殺すことを良しとしているわね」
「正確には吸血鬼以外にも居るんだけどね。ビッグフットとか」
「…………そう言った生物をどうして、貴女達は殺しているのかしら」
「そうだよ。それが私達の仕事だもん」
「理由は何故か、聞いても良いかしら?」
百合子の質問を聞いてメーレは少し考える。
そして数秒で考えを纏めて口に出す。
「神が造ったのは人間だけ、それ以外は悪魔の造った人モドキである。そう、教えられたからかな」
メーレの語った言葉はたったそれだけだった。
それだけしか言わなかったが明らかに異常だと百合子は思い知らされた。
「成程…………つまり、メーレは柘榴の敵ですね?」
瞬間、百合子は空気が凍り付くと言う事を改めて実感することになる。
空気がピリピリするという表現がよくあるが、きっとこういう事を指すのだろう。
百合子はさっきから流れて来る冷や汗と妙に激しく聞こえる心臓の鼓動に息を荒くしながら、西瓜の方に視線を向ける。
――――視線を向けた事をすぐに後悔することになった。
「いやいや…………私は敵じゃ無いよ。だってさ、柘榴は人間なんだもの」
西瓜から向けられる銃口と殺意を笑いながら軽く受け流し、ホワイトボードに書き足していく。
「人間って言って良いのか分からないけど、取り敢えず柘榴は吸血鬼じゃないよ」
書き終わったホワイトボードを西瓜に見せる。
『藤原柘榴』
・吸血鬼と違い、胃は退化しておらず血液以外のモノも食すことが出来る。むしろそっちの方がメインである。
・身体年齢は恐らく小学六年生程度で止まっている。ただし運動能力は吸血鬼と同じかやや上である。
・両親ともに人間であり、兄弟との血の繋がりもある。その為、突然変異で誕生した存在。もしくは進化した人類。
・吸血鬼と言うよりは吸血鬼の特性を持った人間である。
・再生能力は吸血鬼以上、ただしそれを維持する為に常人の倍のカロリーが必要だったりする。
・全く泳げない、カナズチである。
・割と少女趣味。可愛いぬいぐるみとかが大好き。
「現状これぐらいしか分からないんだよね。ぬいぐるみに仕込んでたカメラで日常生活を見ていたけど」
「あれメーレの仕業だったんですのね」
「あはは。ごめんごめん。私も仕事だったんだし許してね。でも柘榴ってよくあれで自分が他人とは違うって思わないよね」
「昔はそう思ってたこともあったらしいですが貴女のおかげで気にしなくなりましたわ。メーレに比べれば普通だ、って」
今までの説明を聞いていた西瓜は呆れ顔を浮かべる。
「それにさ。こうなったのも神様が決めた事なのかもしれないんだよね」
「ん、それはどういうことですの?」
「かつて主はノアの大洪水を引き起こしたり、ソドムとゴモラのように人を裁いたりもした。つまり今回の出来事もそう言った流れなんじゃないかなって思うんだよ」
そう呟きながらメーレはホワイトボードを投げ捨てる。
「さっきホワイトボードに書いていたけど、柘榴は人間から産まれた進化した存在だった。だから西瓜の末期癌をも治すことが出来た。違うかな?」
「…………合ってますわよ。その時本当に死にかけましたけどね。最も柘榴はその事をもう覚えていませんが」
さっきも百合子が語ったように『V細胞』を直接取り入れる事は非常に危険を伴う。そして西瓜は実際にそれを体験している。
自分の時は本当に悲惨だった。丸三日間眠る事すら出来ず、狂う事すら出来ない状況の中で身体を内側から燃やし尽くされるような熱さと激痛に苦しみ続けたのだから。その代償を受け入れる代わりに身体からあらゆる病魔消え失せて健康体なったのでリターンが大き過ぎたが、それでも同じ痛みを味わいたいかと聞かれれなNOと言えるだろう。
柘榴と同じように牙が生えて血の味を甘味として認識してしまう以外は特に目立った変化はない。
それ以外だと初経が来て以来身体の成長が止まっていることぐらいだろう。文字通りのぺちゃパイだが実際のところ成長が止まっているだけである。
最も、西瓜自身は科学者でも無いし研究器具も無いので調べようがないが。
「やっぱりそうだったんだ。ならやっぱり、うん、そういうことなんだろうね」
西瓜の言葉を聞いたメーレは一人納得する。
「ならばこれは間違いなく必然なんだよ。日本の諺にこうあるよね。『風が吹けば桶屋が儲かる』って」
「それがどうかしましたか?」
「今の状況と似てるなぁ、って思ったんだよ。柘榴が産まれて、西瓜を治して、その秘密を調べて、調べてたのを奪われて、それを発展させ、地位と名誉欲しさに世界を滅ぼした。うん。これ柘榴が悪い所なんか欠片も無いよ。むしろ柘榴は人を救おうとしていた。それを人類が勝手に利用しようとしてこうなったんだもの」
「まぁ…………そうなりますわね」
「つまり柘榴は神が齎した天の使いなんだよ! 古き人類を滅ぼした後の地上を制する新たなるアダム! そして西瓜はイヴなんだよ!!」
「どうしてそうなるんですのよ…………」
あまりにも飛躍し過ぎた内容に西瓜は思わずツッコミを入れてしまう。
結構長い付き合いをやっているがメーレがこんな奴だとは思ってもみなかった。
とは言え、自分自身も普段表に出していない所が結構あるのでこうして素の付き合いをするのは産まれてから初めてなのだが。
同じ穴の貉、という表現がここまで合うのもそうは無いだろう。
似たような性格、似たような立場、似たような環境と言うことは無い。だがそれでも本性を隠していると言う事だけでここまでこの言葉がしっくりくるというのは今まで無かった。
別に神は信じていない、そう言えばメーレは怒ってしまうだろうが今の状況に奇妙な運命を感じずにはいられなかった。
「…………貴女達、私が居る事を忘れてないかしら」
そして今まで二人の会話というかやり取りに耳を傾けていた百合子は顔を真っ青にしていた。
正直彼女は今すぐにでもこの場から逃げ出したかった。大人としての良識とかそんなものを全て投げ出して全速力で逃げ出したかった。
彼女達の与太話だと断じることだって出来るし、そもそも全てが仮定を前提にした話なのだ。
流石に全てが真実というのはありえない筈だがこの際それはどうでも良い。
問題なのは、問題しか無いのだが、この二人の少女が何処からどう見ても関わっちゃいけないタイプであると言う事だ。
――――この二人は人を殺すことが出来る人間だ。
今のご時世、人が人を殺すことはそう珍しい話でも無い。ただこの二人の場合は意味合いが異なる。
この二人は例え親友であっても敵になるなら平気で殺し合うことが出来る人間だと言う事だ。
動揺することも無く、義憤を抱くことも無く、ただひたすらに殺す必要があるならば殺す。
サイコパスとでも言えば良いのだろうか、シリアルキラーに足を踏み込んでいてもおかしくは無い。
少なくとも片方は実際に人を殺しているだろうと言う事だけは理解できた。
片方は地位を持って、片方は狂信者という事実に思わず泣きだしたくなってしまう。
(でも、良いことも聞けたわね)
世界をこんな風にしてしまった全ての元凶『V細胞』。
先程の会話を本当だとするならば先程トイレに向かった少年の細胞こそ、それなのだ。
もしそれが事実なのだとするならば『V細胞』の研究が進むだろう。今まで培養に掛かっていた時間だって短縮できるだろうし、もしかしたら作れるワクチンの量だって増えるだろうし人類だって救うことも可能になる。
そうなった場合、あの少年がどうなるのか等分かり切っているが世界を救うためだ。
小を切り捨てて大を救う、よくある話だが小になった者の立場になったらたまったものじゃないだろう。
だが世界を救うには仕方が無いのだ。例え地獄に堕ちる事になったとしても、やらなくてはいけない。
「ああ、ゴメンね。すっかり忘れてたよ。じゃ、西瓜――――お願いね」
「そうですわね。こっちの用事を忘れるところだったよ」
そう言って西瓜は笑みを浮かべながら手に持っていた拳銃を上げ、銃口を百合子の眉間に突き付ける。
「じゃ、死んでくださいね」
「え――――」
ズガン、と銃声が鳴り響き百合子の眉間から後頭部に掛けてまで綺麗な穴があいた。
撃たれた衝撃により身体は宙に投げ出され壁に叩きつけられ、壁一面を真っ赤な血によって汚す。
眉間に空いた穴から流れ出る血液が百合子の表情を赤く濡らし、僅かに痙攣してから身体は動かなくなった。
「…………例え貴女が『V細胞』を身体に移植していようとも、脳を破壊すれば意味はありません。オリジナルの柘榴でも多分不可能でしょう。精々腕を切断してもくっ付けるだけで元に戻るぐらいでしょうし」
西瓜は動かなくなった百合子だったモノを見下ろしながら近くの棚にあった薬品を物色し始める。
そして目当ての物を見つけ、薬品が入ったガラス瓶をメーレに投げ渡す。ガラス瓶には『V細胞』とラベルが張ってあった。
「取り敢えずメーレ、それを飲んでおいてくださいな。毒でも貴女なら死なないでしょうし」
「ちょっと! いくら私でも死ぬからね!! キングコブラ三十匹に噛まれた時なんか一時間ぐらい気分悪くて死ぬかもしれなかったんだから!」
「いや、死にますでしょう普通。まぁ嫌なら飲まなくて良いんですよ。後で柘榴から血を採って注射しますから」
「うーん。流石にそれは良いかな? 柘榴を傷付けるような真似はしたくないし」
会話をしながらメーレは投げ渡された瓶の中身を飲み干す。
「さて、っと…………柘榴には危険な薬物を使って人体実験をしようとしていたって説明するとして…………これどう処理しましょうか?」
「取り敢えず屋上から外に投げ捨てようか」
「そうですわね。腐って蛆が湧いたら嫌ですし、衛生的に残しておくのも危険ですからね」
二人はそんな会話をしながら動かなくなった百合子だったモノに近付く。
元々この学園に何者かが潜んでいるのは分かっていた。しかし、西瓜にしてもメーレにしても誰が居ようとも最初から始末する予定だった。
これ以上仲間を増やす予定も無いし、そんな余裕は無い。
今まで三人で上手く回っていたのだ。重要な情報を教えてくれたのは礼を言いたいし、感謝すべき事なのだろう。
だがそれとこれとは話が別だ。
「すみませんね。私達以外、要らないんですよ。特に科学者は居ちゃいけないんです」
柘榴は自分の事を人間だと思い込んでいる。
物心つく前は自分が持っていた能力の事を分かっていたような感じがしたが、西瓜がその事を思い出させないようにしていた為、すっかりと忘れてしまった。それでも普通の人間とは違うと思ってしまっていたがメーレのおかげで普通じゃ無くても問題ないと言う事を知った。
だと言うのに世界を滅ぼした遠因であり、原因だと知らされたらショックを受ける事になるだろう。
人間だと思っていたのに化物だと知ったら、泣いてしまうだろう。
「人類が滅んだのは人類自身の自業自得。それに柘榴を巻き込まないでくださいな。彼が与えた物を間違えたのは貴女達なんですから。ま、あの男が余計な事をしなければこんな事にならなかったんですがね」
だからこそ西瓜は人類に見切りをつけた。
柘榴を犠牲にすれば亡者になってしまった人間は兎も角、今生き残っている人間達は生存できる。
だがそれをしてしまえば柘榴は実験動物扱いされてしまうだろう。そうされない為にはどうすれば良いか。
――――その答えは人類を滅ぼすことだった。
飛躍し過ぎだと西瓜自身も思っているし、他にも方法が無いわけじゃ無かった。
だが世界がこうなってしまった以上はもう不可能だ。
最も滅ぼすと言っても何か手を加えるわけでは無い、むしろその逆である。
「俺達の目的は柘榴と共に平和に生きる事、他の人間なんか知った事じゃねぇよ」
無論全く何もしないと言うわけでは無い、邪魔する存在が居るならば壊し尽す。
動かなくなった百合子の残骸に西瓜は昔の口調でそう吐き捨てた。
こんな場面を、抱えている思いを柘榴に知られたら嫌われてしまうだろう。
ならば絶対に知られないように注意しよう。この生活を少しでも長引かせるように努力しよう。生活が出来なくなっても三人で幸せに暮らせるよう思考を巡らせろ。西瓜はそう自分に言い聞かせながら百合子の死体から目を逸らし、近くにあったカーテンを引き千切り百合子の亡骸に掛ける。
「とっとと滅びろ人類。断末魔を無意味に長引かせるな」
「どうぞお休みください。貴女の役目は終わりですから」
西瓜の言葉に続けてメーレはカーテンに隠された百合子の亡骸に十字を切った。




