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風が吹けば桶屋が儲かる 3

「幸いなことにこの『Zウイルス』は人間以外の生物には感染しないこと、そして元となった『V細胞』にだけ感染しないことね。つまり、何らかの方法で『V細胞』を取り入れてさえしまえば亡者にはならなくなるわ」

「じゃあそれで亡者になった人達を元に戻す事も出来るんじゃ」

「無理よ。一度亡者になってしまった者は肉体が変質してしまっているの。どれだけ身体が損壊していても脳さえ破壊されなければ活動出来るのもそれが理由。例え元の状態に戻せたとしても間違いなく死ぬわね」

「世の中そんな都合良くいかない、か」

「そうね。恐らく『Zウイルス』を運んでいた車が事故を起こしたのが原因でしょうね。一応この研究所には通信設備もあったからある程度の情報は知れたけど、少なくとも日本は壊滅状態にあるわね。アメリカ、中国、ロシアといった大国も日本程終わってはいないけどそれも時間の問題でしょうね」

「予想はしていたけど外国にも広がってるのか…………」

「それに加えて感染しないようにワクチンを作ったとしても、到底今生き残っている人類に行き渡る程の量を作る事なんで出来ないわね。『V細胞』を培養する時間も、それで作れるワクチンの絶対量が少なすぎるもの」


 一人の男が身の程を弁えずに自分勝手なことをし、挙句の果てに世界全体を巻き込むような形で人類が築き上げた文明を取り返しがつかない形で終わらせてしまった。

 もし死後の世界というものが存在するのならあの糞野郎は間違いなく地獄に堕ちるだろう。

 だがしかし、あいつがどんな目に会おうと僕達には関係無い。

 亡者にならない方法を聞くことが出来たのは大きいし、他の人達に比べれば十分前に進んだとも言える。同時にもう元の世界に戻ることは無いと言うことを教えられなければ喜べたのだろう。

 本当に御都合主義というものが欲しくなった。


「はあ、もう嫌になってくる」


 溜め息を吐き、座席から立ち上がる。


「おや、どうしたんですの?」

「ちょっとトイレ。このむかっ腹を少し鎮めてくる」

「もしやトイレに行って抜いてくるのかい? ダメだよ。子を作る為以外の行動は姦淫に繋がるんだからね」

「何をどうしたらそのような意味になるんだよこのどすけべシスター」


 正直に言って今はそんな気分にすらならないし、精神的な意味で疲れたから早く休みたい。

 知りたいと思ってはいたし、多分知らなかったら納得しなかっただろう。だけどここまで酷いと逆に気分が滅入る。

 たった一人の男が自身の地位と名誉の為だけに世界を滅ぼし、ついでに亡者になったのだから。

 全く何を言っているのか分からない。世界を滅ぼした黒幕が勝手に死んでいたら、僕達は誰を恨めば良いと言うのだろうか。

 そんな考えがさっきから頭を支配していた。


「トイレならこっちにある階段の下の方が近いわよ」

「…………まだ地下とかあったのか」

「一応ここも地下にある部屋の一つなんだけどね。この建物は地下四階まであって病室や手術室、野菜等を栽培することが出来るプラント室とかもあるわね」

「本当に無駄に設備を整え過ぎだよ」

「金持ち連中の道楽と言うやつよ。最もそのおかげで今のような生活が出来ているというのは皮肉な話だけれど、無いよりはある方がマシでしょう」


 百合子さんの呟きに僕は頷きながら、指で指示された扉の方に向かって歩く。

 どれだけ文句があったとしても、僕達はその文句を向ける連中の恩恵に肖っているというのが実情である。


「ま、考えても仕方が無いか」


 思考停止する訳では無いがこればっかりは考えても答えが出ないし、出たとしてもどうにもできないと言った感じである。


「それじゃ僕はちょっとトイレ行ってくるから、二人は大人しくしててね」

「はいはい。分かってますわよ」

「ゆっくりしていってねー」


 二人にそう告げ、僕は一人地下のトイレに向かうことになった。


   +++


「そう言えばさ西瓜。きみが発見した『V細胞』はどうしてそんな名前にしたのかな?」


 柘榴がトイレに行ってから三十秒が経過した瞬間、メーレが微笑みを浮かべながら西瓜に尋ねる。

 今まで見せていた笑みとは違う、獰猛な野獣を連想させるような笑みをしていた。まるで回答が分からなかったテストの問題で、答えが分かった時のような表情を浮かべていた。


「…………メーレさん。顔が少し怖いですわよ」

「あははは、ちょっとね。さっきの話を聞いて冷静にはいられなかったみたい」


 やはりと言うべきか、世界が滅んでしまった理由があまりにも酷過ぎた事に腹を立てている様子だった。最もこの事実を知って腹を立てない者が絶対に居ないとしか思えないような理由だった為、平静を取り繕うとしてもやはり何処か怒ったような雰囲気になってしまう。

 西瓜は後であの亡者となってしまった自称婚約者と言う名の全ての元凶の頭蓋を撃ち抜く予定だが、メーレに関しては怒りを向ける矛先が存在しないので当たり散らさないか心配な所だ。

 ついさっきトイレに行った柘榴と同じく、既に周囲の物に当たり散らしている

 床が陥没し、穴が出来ただけで済んだのは良かった方だろう。


「まぁ、うん。もう大丈夫。それよりも質問の方が大事かな? まぁきみの元婚約者と言う名の罪人が盗んだんだから、名前もその男が考えたのかもしれないけどさ」

「…………いいえ、いいえ。名前は私が考えてつけました。それだけは譲れませんでしたし、何よりあの男もそっちの方が受け良さそうとか思ってたんでしょうね」

「そっか。西瓜が考えたんなら問題無いかな? それじゃもう一個質問するよ」

「別に構いませんが…………私よりも百合子さんの方が良く知っているかと思いますわよ?」

「ああうん。私が聞きたいのは西瓜が考えてるような事じゃ無いから」


 そう言ってメーレは顔から笑みを消し、真顔になる。


「単刀直入に言うけど『V細胞』のVって、ヴァンパイアのVだよね」


 メーレが質問したその瞬間、西瓜の瞳が大きく見開かれる。

 図星。顔がそう言っているように見えた。実際図星だったのだろう。


「その反応、やっぱりそうだったんだ。となるとある程度は予測がつくなぁ」

「『Zウイルス』なんて安直な名前を付けた私が言うのもあれだけど、結構分かりやすい名前ね。でもどうしてヴァンパイアなのかしら。まるで吸血鬼のような再生能力を持っているからかしら?」

「いや、多分吸血鬼から取れた細胞だからだと思うよ」


 百合子の言葉にメーレが何らかの確信でもしているのか、口の端を釣り上げながら言う。


「ねぇ西瓜。『V細胞』のオリジナルってさ、柘榴だよね?」


 質問するように問い掛けているが、実際のところ答え合わせのようなものだった。


「どうしてそう思うんですか?」

「嫌だなぁ西瓜。普通の人間はさ、骨折がすぐに治ったり血の味を甘いとは言わないんだよ。味に関しちゃ柘榴は何も言ってないけどさ。血が口の中に入った時に浮かべる表情は苦味で歪んだものじゃないからね。どちらかと言えば甘さに辟易してた感じだったからね」

「だからと言って柘榴が吸血鬼なわけが無いじゃ無いですか。と、いうか吸血鬼なんてものが存在するという前提で話していますけど、そんな存在はこの世には居ませんわよ」

「亡者は蠢いているのにね」

「揚げ足は取らないで下さいな」


 メーレが意地の悪い笑みを浮かべたまま呟いた言葉を西瓜は興味無さげに一蹴する。

 しかしメーレは顔色を一切変えずに次の話に入った。


「まぁ、世界が滅んだ今、隠す必要すら無くなっちゃったんだけど私って教会に属する人外を討滅する部署の所属だったんだよ」

「こんな状況で中二病の頭が痛くなるような黒歴史を暴露しないでくれます?」

「黒歴史じゃ無いんだよなぁ。ま、人外といっても魔法を使えたりだとかはしないよ。あくまで生物的な意味での人外だからね。そういったUMAを討滅するのが私達の仕事だったんだよ」

「やめてくださりませんか?」


 西瓜から制止の声が上がるが気にせずに話を続ける。


「それで私が日本に来た理由。それは末期癌だった少女が急に元気になったからなんだよ。そう、つまりきみのことだよ西瓜」


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