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風が吹けば桶屋が儲かる 2

「そうよね。こんな事を言ったら『いきなり何を言っているんだこのおばさん』って思っても仕方ないわよね。私でもきっと同じような反応をしてしまうわ。でもこれは事実なのよ」


 百合子さんは何でこのような状況になったのかを淡々と話し始めた。


「勿論私個人がこんな事を引き起こしたわけじゃないし、するつもりも無かったわ。と、いうか私自身そうならないようにしていたつもりだったし、ここまで酷い大惨事になるとは思ってもいなかったわ。まさかB級映画顔負けの展開になるなんて、本当にタチが悪い」

「こうなってしまったというのは貴女にとっても本位では無いと?」

「当然でしょう。世界をこんな風に滅ぼしてしまうメリットが無いわ。引き換えに私の願いを叶えてくれるのであるならば話は別かもしれないけどね。兎も角、私は世界をこんなにしてしまうようなものを研究していたということよ」

「だから元凶の一人、と言ったんですわね」


 西瓜は百合子さんの言葉を聞いて納得したのか、こくこくと頷く。

 実際、納得したかは自分でも分からないが嘘では無いだろう。

 彼女が何を研究していたのかは予想出来るし、予測しているが何故そんなものを研究していたのだろうか。

 世界を亡者だらけにしたものなんて極めて碌でも無いような物だと思うのだけれど。


「私が研究していた物はある万能細胞なのよ」

「万能細胞?」

「ええ。『V細胞』と呼ばれる新しく発見された究極と言っても過言では無い程の力を持った万能細胞よ。世間一般にはまだ出回ってなかったとは思うけれど、知っているかしら?」


 百合子さんの言葉を聞いていた僕とメーレは横に首を傾げる。

 聞いたことも無い単語だった。

 少なくとも僕はそんな物を知らないし、メーレも当然だ。

 一応昔やっていたテレビのニュースで新しい万能細胞が発見されたとかあったが、それ以降何の情報も無かった為に記憶の奥底にしまい込んでいた。


「…………予想してましたけど、やっぱり『V細胞』がこうなってしまった全ての元凶でしたか」


 だからこそ西瓜の発言が最初から全てを知っていたかのような口ぶりだった為、一瞬呆気に取られてしまった。


「あのー、西瓜さん? 今やっぱりって言いませんでしたか?」

「言いましたよ。なんとなく心当たりがあるくらいですし、それがあっていたとしてもどうしようも無かったので言わなかっただけです。変に場を混乱させたくはありませんからね」

「確かにその通りだけどさぁ…………」


 話さなかった理由が分かるとはいえ、納得はしないだろう。

 少なくとも世界がこうなってしまった理由を知りたいのはきっと僕らだけじゃ無い筈だ。恐らく今この地球上に居る全ての人類が心の中で思っていることだろう。

 今を生きるのに精一杯でその事に考えが回らなかったとしても、平穏を壊した原因を知りたいと思うのは当然の話だ。

 メーレに至っては表情こそ変わっていないが驚きに満ちた視線を向けている。

 心の中でちょっとだけ西瓜に対してブーイングをしていると、百合子さんは西瓜に話しかけた。


「…………それはおかしいわね」

「何かおかしなところでもありましたか?」

「ええ。『V細胞』は確かに万能細胞よ。一度は世間に広まったことだってあるし、知っていてもおかしくはないわ。でも今貴女は世界がこうなってしまった原因として予想していると言ったわ。つまり、貴女は『V細胞』の実態について知っていると言う事に他ならない」


 確かに百合子さんの言葉通りだった。

 昔ちらっと見たニュースの内容である為、正直内容を覚えていることさえ奇跡に近い。だがどのような万能細胞であろうとこのような事態を引き起こす事は出来ない筈だ。

『V細胞』のことについて全く知らない僕がこんな事を考えるなんておかしいとは思うけど。


「そりゃ知ってますわよ。私が一番最初に発見したんですし」


 そして西瓜は百合子さんの問いに対し、これまた衝撃的発言をした。


「…………ちょっと待ちなさい。世界で最初に『V細胞』を発見したことになっているのは篠原重蔵になっているわよ」

「ああ、随分と久々に私の自称婚約者の名前を聞きましたね。あいつ私が見つけて色々と調べながら少しずつ培養していたものを盗み取ったんですよ。そして自分の手柄にしたんです。最もあれには『V細胞』を培養する事すら出来なかい無能ですけど」

「成る程ね。やっぱりあれ、他人の研究成果を盗んでた訳ね。貴女のような幼い子が培養出来たのも信じられない話だけど」

「偶然と運に恵まれただけですわ。培養することが出来たのだって本当に幸運でしか無いし、何より不完全な代物でしたわ。むしろ私としてはよくあれを完全な意味で培養できたなって思いますわ」

「…………その言い方、『V細胞』の事をよく知っていると言う事ね。なら本当に本当の意味で貴女が発見者なのね。ま、世間に発表したあの男は全くと言っても良い程この細胞について詳しくなかったから当然の話だけれど」


 二人の会話を聞いていて、何処となく疎外感に包まれる。

 流石に話している内容が内容なだけにほぼ無知としか言いようが無い僕等じゃどうやっても話に入ることが出来ない状態だ。

 と、言うか昔の西瓜の部屋に会った妙な化学実験に使いそうな器具の数々はその『V細胞』とやらを調べる為にあったのか。僕自身もよく気が付かなかったな。


「話を戻すことになるけど『V細胞』は既存の万能細胞を遥かに上回る力を有しているわ。この細胞から造り出した薬には癌、白血病はおろか今まで不治とされてきた病の快癒に加え、脳死状態から意識を取り戻すことだって出来る。究極と言っても良い程の万能細胞なのよ」

「…………なんか、都合が良すぎてなんか副作用がありそうな感じがするね」

「そんなものは絶対に無い――――と、言えたら良かったんだけどね。メーレっていう娘の言う通り、この細胞の力は通常じゃ考えられないくらいに強力過ぎるのよ。適合率が余程高い子じゃなければ細胞に侵食されてしまうわ。移植したモルモット用のマウスが身動きが取れなくなる程に身体が変質してしまうのよ。薬にしたって既存の薬より負担が少ないだけで副作用は当然あるし、研究が必要な代物だったのよ」

「まるでSFみたいな話ですね…………よくそんな物が手に入ったね」


 メーレの問い掛けに答えた百合子さんの言葉を聞いて西瓜に尋ねる。

 すると西瓜は一瞬考え込むような素振りを見せてから口を開く。


「…………まぁ、出所不明の細胞でしたからね。むしろ私としてはあれ以上一人で実験とかやらなくて良かったって感じですわ」

「西瓜も知らないんかい」

「発見したからといってそれが何処から出たモノなのかまでは知らないですわよ。もしかしたら何らかの秘密結社が研究した物が偶然、偶然に偶然を重ねて私の所に辿り着いただけという可能性もありますわよ」


 そう言って口笛を吹きながら西瓜はソッポを向く。

 それで誤魔化しきれると本当に思っているのか、いや、いくらなんでも流石に思っていないだろう。

 実際、その細胞が何処で見つかったものだとかについては今はどうでも良い話なのだから。

 今重要なのは問題はどうして世界がこんな事になってしまったかについてである。


「それで、世界を自分のものと言わんばかりに地上をうろついているあの亡者達が現れたのはどうしてなの? 原因がその『V細胞』なのは分かったけどさ」

「いいえ――――いいえ、違うのよ。『V細胞』は間接的な原因、もとい材料になっただけに過ぎないのよ」


 僕の言葉に百合子さんは顔を手で覆いながらそう呟いた。


「あの男、篠原重蔵が「いつまで無意味に研究しているんだ!」とか「私には時間が無いんだぞ!」って言って勝手に実験に使っていた『V細胞』を持ち出したのよ。それで薬とか最近とかウイルスを使って滅茶苦茶な事をしたんでしょうね。万能細胞『V細胞』はめでたく『Zウイルス』に早変わりしたわ。私はその場に居なかったから分からないけど、あの男が「『V細胞』が変化したぞ! これで私は地位を保てる!」とか言っていたから間違いなくこれが原因よ」

「…………あのー、すみません。『Zウイルス』って何ですか? いや、何となく予想は出来るし多分答えが自分の中で出ているとは思うんですが念の為に教えてください」

「実験としていくつかの薬品に浸していた『V細胞』が変質した全く新しいウイルスよ。感染したら最後、地上を闊歩している亡者のように成り果ててしまうわ。ちなみに『Zウイルス』のZはゾンビのことを指すわ。そして貴方達が通っていた学校はもし世界が『Zウイルス』に蔓延し、パンデミックが起こってしまった時の為に偉い人達が自分達だけ助かる為に用意した設備なのよ」


 百合子さんの懇切丁寧ながらも若干大雑把な説明を聞いた僕達三人はすぐさま近くの物に当たり散らしてしまった。

 僕は持っていた刀を抜いて壁を切り裂き、メーレは床に拳を叩き込んで破壊する。

 西瓜に関しては何とか周囲に当たり散らさずに済んだが静かに「あのクソ野郎。後で撃ち殺してやる

」と呟いていた。


――――僕達が長い間知りたがっていた世界がこんな事になってしまった原因が、まさか一人の地位に固執する男が勝手なことをやらかしたが為だったのだから。


 こんな事で僕等の世界は滅んでしまったと言うのか、そんな自分勝手な理由で僕等は亡者に覚えながら生活する事になったと言うのか。

 はっきり言って予想を遥かに下回る最低過ぎる解答だった。

 教えてくれた百合子さんには悪いがそうとしか言いようが無いゴミのような話である。


「最も、何らかの間違いでパンデミックが発生した今の状態で用意した設備を使うことも出来ずに死んだのは自業自得なのだろうけど」

「全然釣り合いが取れてないよ糞ったれ」


 結局のところ、これは欲に溺れた者達が当然の最後を迎える自業自得なお話なのだ。

 その自業自得の被害の規模がでかすぎて洒落にならなくなってしまっている状況に世界中の皆が巻き込まれてしまっているのがこの話の最低な所であり、救いようが無い所でもある。何せ、そんな事をした連中はとっくのとうに死んでいるか、生きていても地獄を見ていると言うしかないのだから。

 ロールプレイングゲームに例えるならば魔王は既に死んでおり、世界が平和になることは無く、勇者もまた存在しない。


――――神も仏も居ないとは正にこの事である。

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