第八話 メイリー族の街
川沿いに上流を目指して進んでいくと、連続アーチに囲まれた港町が見えてきた。
アーチの下部には橋が架かっていて、移動がスムーズに行えるようになっているけれど、防壁としての役には立たなそうだ。
しかし、遠目から見る限りその特殊な防壁がユニークで早くも印象深い町に見える。
どうやら、アーチは全部で三十四あるらしい。どのアーチも通用門として機能していて、この町の物資搬出入を容易にしているようだ。
「あれがソットか」
聞いていた特徴に一致する。
川沿いにあるため、川の流れを利用した物資輸送の要所であり、あのような防壁の形になっているらしい。
加えて、ソットには冒険者ギルドが存在する。メイリー族という少数民族が管理する冒険者ギルドであり、ソットの住人の大半もまた、メイリー族らしい。
ラッガン族の村で宴会中に聞いた話では、遠縁にラッガン族を持つらしく身体強化魔法に適性を持つものの、魔法の使用も可能なオールマイティーな戦力らしい。時折先祖返りでラッガン族のような獣耳と尻尾を持っていたりするとか。
メイリー族は男女の別なく幼少期から一般教養として身体強化魔法を利用した特殊な槍術を学び、とても優秀な槍兵集団となるらしい。五人一組を基準とした集団戦術であり、高いスタミナと機動力を有する。
ラッガン族と共に最後まで帝国に対抗していたというだけあって、その武勇も轟いている。平野部での戦いで帝国騎兵に同数のメイリー族槍兵集団が圧勝した事もあるとか。
まぁ、ラッガン族の村長に言わせれば帝国騎兵が弱すぎたって話らしいけど。
ともあれ、メイリー族は武闘派集団だ。そのメイリー族が管理する冒険者ギルドであれば、討伐した魔物の情報もたくさんありそうで期待が持てる。
ソットの周辺では魔物に襲われ続けたけれど、町の中に入ってみれば一転して平和な光景が広がっていた。
「あちこちに道場があるね」
道場からは威勢のいい掛け声が聞こえてくる。声が高いし、多分、子供たちが通う道場なんだろう。武器屋の隣に槍専門店もある。
ラッガン族の村長が言っていた通り、一般教養らしい。
「あ、あの、視線が……」
「無視しなよ。向こうからは関わってこないんだから」
ラッガン族の遠縁で今でも付き合いがある事から、忌子のサラへの視線に敵意が混ざっている。通りを歩くだけで石が投げられるほどではないけれど、歓迎されていないのは明らかだ。
「食料を買ってから冒険者ギルドに行くよ」
「……はい」
オドオドと周囲を盗み見て猫背になりながら、サラは僕の斜め後ろを付いてくる。
個人店舗を覗いてみたら店員らしきおばさんが僕を見て眉を顰め、僕の後ろにサラがいるのに気付くと眦を吊りあげる。
「――出てけ!」
壁に立てかけられていた箒を引っ掴んで構えたおばさんが大声を張り上げる。槍のように箒を構える姿は実に様になっていた。
本当に一般教養なんだなぁ、と思いながら、僕はサラを連れて店を出る。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「うるさい」
「ひっ」
サラが小さく悲鳴を上げて身を竦ませる。
「謝罪って言うのは悪い事をした奴がやるんだよ。サラが謝ってどうするのさ」
「でも、私が一緒にいたから」
「存在しているのが罪だって言う奴がいたとしたら、その発言で人を傷つけるそいつの存在こそが罪だよ」
しかしまぁ、実際のところ買い物もできないのは少々困りモノだ。
人として持ち合わせて当然の道徳や倫理を説いた所で、この町に住んでいるケダモノ連中が聞く耳を持つとは思えない。
社会正義なんて所詮は集団圧力の賜物だ。極端な話、略奪殺人を肯定するケダモノが多数を形成する社会なら略奪殺人が正義になる。まぁ、そんな状態で社会が形成されるとは思えないけれど。
つまり、この町ではサラを迫害するのが正義なんだろう。サラもラッガン族の村で育ったからそういう価値観を社会正義として受け入れてしまっている。
この辺りは徐々に矯正していくしかないとしても、今後のサラの未来は暗い。
「ねぇ、サラ」
「は、はい!」
「食べられる野草とかには詳しい?」
「え? はい、ずっと食べてたので」
マンボウっぽい魔物、ビッカムが食べられることを知っていたし、サバイバル知識はあるのか。
いよいよとなったら、僕もビッカムを食べるしかないかな。食欲がわかないんだけど、こればかりは仕方がないか。
郷に入っては郷に従えってね。そういう僕は二枚舌。
「ここが冒険者ギルドかな」
「みたい、です」
赤い屋根の三階建ての建物。看板には心臓を貫く槍が描かれている。
港町ソットの冒険者ギルドだ。民営組織だけあって看板もメイリー族に合わせたものだろう。
ギルドの中に入った瞬間に突き刺さるいくつもの視線。好意的な物は一つもない。彼らが手に持っている長い槍と同様、ずいぶんと物騒だ。
「注目されると照れるね」
「……わからない、です」
皮肉だよ。
虎穴に入らずんば虎子を得ずとは言うけれど、魔物に関しての情報を収集するためにケダモノの巣に入る僕って凄く間抜けな構図だ。
しかも、魔物を討伐する勇者として拉致されたのに敵意を向けられているっていう。まぁ、分かっててやってるところはあるけど。
実は彼らケダモノこそが本当の魔物だったのだ! とかいう超展開もあり得る。
閑話休題。
「周辺の魔物分布図か。スロラピオは書いていないけど」
「この辺りにはいないはず、だったからです」
ラッガン族も慌ててたみたいだし、完全にイレギュラーだったのか。
それだけ前線が魔物に押されていて、人類圏への進入を許してしまっているとみるのが妥当かな。
魔物の分布図の他にも、魔物の部位ごとの取引相場が書かれた掲示板もある。
僕とサラが持ち込んでも公平に査定してくれるとは思えないから、相場は覚えておこう。
どこが有用な部位なのか、何に使われているのか、どんな特性があるのかも知りたいけど、取引掲示板から読み取れることは少ない。魔物を食べるのは一般的なのか、肉の取引もあるようだ。
これを見ると、ビッカムは結構な高値で肉が取引されている。なんかカルチャーショックだ。
ギルドの職員もメイリー族らしく、こちらを警戒している。話しかけてもろくな情報を得られないだろうし、もうこのギルドに用はないかな。
「行くよ。しばらく野宿になるけど」
「はい」
ギルドの誰かが舌打ちする。
喧嘩を売ってこないのならそれに越したこともない。
僕はサラを連れてギルドを後にする。
せめて武器屋で護身用の短剣とかを買いたい。
町の武器屋を見て回り、しかめっ面をしながらこちらに干渉しないと決め込んだ様子のさびれた武器屋で手早く買い物を済ませる。
僕やサラでも客として扱うだけあって、悪評判を気にする必要もないさびれた武器屋は品ぞろえも悪かった。
メイリー族が住むこのソットで短剣や投げナイフ、鈍器の類を扱っても客が付かないのは当然だと思う。
僕としてはかさ張らずに取り回しがしやすい短剣は歓迎だ。
「サラはどうする?」
「えっと、大丈夫、です」
「素手でスロラピオをなぐり殺せるの? 無理だからあの時倒れていたんだと思っていたけど?」
「……ご、ごめんなさい」
「遠慮はいらないから、使いやすそうな武器を選んで」
サラの背中を押して短剣が並んでいる場所へ案内する。
サラはしばらく見て回りおずおずと刃が分厚い武骨な短剣を指差した。
片手剣に近いけれど、かなりの重量がある両刃の刀身が付いていて、もう鉈と区別がつかない。まぁ、両刃の鉈があるのか知らないけど。
僕だと重さに振り回されそうなその鉈も、ラッガン族で身体強化が使えるサラならちょうどいい得物なのだろう。
僕は刃渡り三十センチくらいの片刃の短剣と薄刃の投げナイフを二十枚購入する。手裏剣のような薄さのナイフは二十枚重ねても嵩張らない。きちんと刺さるようにするためなのか、一枚一枚はそれなりの重量があった。
金属みたいだけど、何で出来てるんだろう……。
値札にかかれた数字をざっと計算して手持ちで足りることを確認してからカウンターへ持っていく。
「金貨一枚だ」
「計算間違ってますよ。金貨一枚と銀貨三枚のはずです」
間違いを指摘すると、店主が面食らったような顔をして商品を再び見る。
「……ちっ」
舌打ちされた、と思った瞬間店主が僕の襟を掴もうと腕を伸ばしてくる。反射的に身を引くと、カウンターに体がつっかえた店主は追い打ちをかけられずにまた舌打ち。
「生意気言ってねぇで金払ってさっさと失せろ。薄汚い忌子連れのクソ帝国人が!」
「帝国人じゃないですよ。生意気を言ってすみませんでした。僕の計算間違いだったみたいですね。お恥ずかしい限りです。では、金貨一枚、きっちり払っていきますね」
財布から金貨一枚をカウンターに置いて、商品を持って店を出る。
このお店、多分潰れるなぁ。
店主に怒鳴られた事もあってびくびくしているサラに鉈を渡してソットを出るため歩き出す。
こういう時、周囲をアーチに囲まれていて通用門が四方八方に向いているこの町は便利だ。頭のネジが数本足りないケダモノが仲間を募って襲おうにもどこの通用門に向かったか分からないだろうから。
最低限必要な物は買ったかな。本当は食べ物が欲しかったけど、魔物が食べられると分かったし覚悟を決めて狩猟生活しよう。
あ、テントが欲しい。
手持ちで買えるとは思えないので、ひとまず地図を開いてみる。
「近くに帝国民が入植している村があるみたいだから、そっちに行ってみよう」
差別意識があるとしても、それは一等国民か二等国民かという違いでしかないかもしれない。
ここが駄目なら、本格的に今後の予定を考えた方がよさそうだ。
「あ、あの、私を置いていかないんですか?」
「索敵で役に立ってくれてるし、置いていく理由がないよ。サラが一人で行動したいって言うなら別だけど」
「一緒に、行かせてほしい、です」
「そう」
サラを連れて、僕はソットを出た。




