第四話 フッ、効かぬわ
「コウ様、勇者についての続報です」
サラの報告に、僕は作業の手を止めて顔を上げる。
換気のために開けている窓のそばに立ってせわしなく耳を動かしているから何かと思えば、通行人の会話を盗み聞きして情報収集をしていたらしい。
「死人でも出た?」
「いえ、誰も死んでいないようです。ソットの近くで行われた実戦訓練が終わったと話してるのを聞きました。何人かが同じことを言っていたので、間違いないかと思います」
嬉しそうに尻尾を揺らしているサラが僕のそばに寄ってくる。
「怪我人が出たそうですが、その場で仲間の勇者が治療したと」
勇者の戦力に関する情報だ。サラも褒めて欲しそうに僕を見ている。
「治療魔法使いか。桃木が治癒系の魔力の持ち主だったはず。モノにするとは思わなかったけど。ありがとう、サラ。これで対策が立てやすくなったよ」
「はい!」
パタパタ動くフワフワの尻尾を目で追っていると、サラが僕の手元を見た。
「コウ様の作業はどうですか?」
「まぁ、形にはなったかな」
僕は目の前のテーブルに置いてある幾つかをサラに説明する。
「例えばこれ、僕の魔力を応用した魔法発動を阻害する罠」
分類上は魔法具になるのかもしれないけれど、構造が単純なそれを僕はサラに渡す。
見た目は木の杭だ。中をくり抜いてあり、屑魔法石をしこたま詰め込んである。
「魔法石の特性は魔力を蓄積して精霊を呼び寄せるもの。魔法具に使われている魔法陣は集まった精霊と魔法石に蓄積された魔力を使って発動する。魔法具は魔力の通りを良くする素材とか組み合わせとかで持続力とか威力が変わってくる。とまぁ、大ざっぱに調べたところはこんなものかな」
魔法具に必要なのは魔法石と魔法陣と材料だけど、僕の場合は魔法石を転がしておくだけで魔法発動を阻害する簡易の罠を作成できる。
他にも、一般的な魔法具に使われる魔法石はある程度の大きさを持つ物に限られる。どうやら、複数の魔法石から魔力の供給を受けて発動する魔法陣や魔法具は存在していないらしい。絶滅した少数民族、シュグラート族が門外不出の技術として複数の魔法石を同期させる技術を持っていたとかいないとか。
しかし、僕の魔法具は魔法陣なんて関係がない。ただ魔力を自然放出するだけで精霊を遠ざける効果があるのだから、わざわざ同期させる必要はないし、高価な魔法石を使わずに屑魔法石を詰め込むだけでいい。むしろ、表面積が増すからなのか、詰め込む屑魔法石を増やすほど効果範囲が大きくなる。
「でも、コウ様の魔力を魔法石に封じても意味がないのでは? コウ様本人が魔力を操った方が汎用性があると思いますし」
純粋な疑問を口にして、サラは木の杭の中の屑魔法石を覗き込む。
「発想の転換だよ。魔法を発動する魔法具があるなら、魔法を発動させない魔法具があってもいいでしょ」
だからトラップなわけだけど。
納得した様子のサラだったけれど、すぐに困った顔になった。
「あの、コウ様……」
「言いたいことは分かるよ。その罠の効果範囲にサラが身体強化状態で入ったら最悪、即死する」
いくら治癒能力が高いキメラ特性を持つサラでも即死したら治癒なんてできっこない。
「あくまでも試作品というか、実験作の意味合いが強い魔法具だからね。本命はこっち」
僕は一本の投げナイフをサラに見せる。
市販されている鉄製の鋭い投げナイフだ。刃が薄くやや重みの足りないこの投げナイフには薄く接着剤を塗って粉砕した屑魔法石をまぶしてある。
サラは興味深そうに投げナイフを見つめる。
「キラキラしてます」
「屑魔法石が光を反射してるからね。これに僕の魔力を込めて投げつけると、相手は投げナイフとの距離に応じて身体強化を阻害される。加えて、この投げナイフが刺さると体内に屑魔法石が残るからナイフを引き抜いても身体強化を含む魔法の使用が困難になる。屑魔法石をさらに砕いた物だから魔力の蓄積量は僅かで、効果時間もさほど長くはないけどね」
それでも、相手を無力化できるのは非常に大きなアドバンテージになる。何しろ、身体強化が一時的にでも使えなくなれば、僕でも逃げ切れる可能性があるのだから。
「注意しないといけないのは、この投げナイフを受けた相手は効果が切れるまで魔法を受け付けなくなる点だよ。だから、サラは近付かないようにしてね」
「分かりました。遠くから石を投げつけて殺せばいいですか?」
「そういう事。近付かなければサラの身体強化が解除されることもない」
粉砕魔法石をまぶした投げナイフは破魔ナイフと名付けて、サラと合図を決める。
破魔ナイフを投げナイフのフォルダーに収めてから、僕は立ち上がった。
「そろそろ行こうか」
「三日目ですね。魔法具が完成していると良いですね」
「使えるかも気になるところだね」
サラと話しながら宿の部屋を出て、デムグズの端にある魔法具職人のご自宅へ向かう。
昼間だというのに段々と人通りが少なくなっていき、民家も減っていく。空き地と緑化公園を過ぎて墓地に面した通りを歩いていくと、魔法具職人の家だ。
「そう言えば、名前も聞いてませんでしたね」
「向こうも名乗る気はなさそうだったけどね」
招かれざる客の自覚はあるし。
それでも、今日も今日とてお庭を素通り。
「また罠が増えてます」
「がんばるね」
涙ぐましい努力だけど、僕には効かない。
玄関に到着する。注文した魔法具が物陰にも置かれていないので、扉をノックした。
「ごめんください。魔法具を引き取りに来たんですが」
三回ほどノックするだけでパタパタと慌ただしい足音が中から聞こえてきた。
「待ってたのですよ。今日こそ罠にかかりましたか?」
「いえ、まったく」
「……はぁ」
深い深いため息が聞こえてくる。
人を実験動物みたいにするのはやめてほしいな。どうせ失敗するんだし。
「ちょっと待っていてください」
家の中の声がそう告げて、かちゃかちゃと鍵を開ける音がしたかと思うと扉が開かれた。
誰も姿を見たことがない魔法具製作者と聞いていたから、扉が開くとは予想もしておらず、反射的に後ろに下がって身構えてしまう。
開かれた扉の先に立っていたのは、色白で長身の成人男性だった。茶色の髪と茶色の目、眼鏡をかけているのが特徴と言えそうな、無個性の塊のような人だ。
成人男性は僕が後ろに下がって距離を取っているのに気が付くと不思議そうな顔をした。
「あぁ、驚かせてしまったのですかね? もうしわけない。あなた方から頂いた素材について少しお話を聞きたいのですよ。どうぞ、中へ」
「いいんですか?」
「敵意がないのは分かってますから。それに、顔を合わせて訊ねなければ教えてくれない事もあるのでしょう? 例えば、どうやってこの庭を通り抜けて来たのか、とかね」
「庭を抜けてきた方法については黙秘しますよ」
「そうですか……それは残念です。とりあえず中へどうぞ。魔法具はまだ完成していないのですが、サンプルをお見せしますからどれがいいか選んでください。実用性を度外視するからには何か理由があるのですよね?」
そう言って、男性は僕とサラを家の中に手招いた。
「そうそう、自分はリオンと申します」
「コウです」
「サラです」
姿を見せるどころか名前まで教わるとは思わなかった。
敵意がない事を示すためなんだろうけど、そこまでして聞きたいことというのが謎だ。
警戒しつつもサラと一緒にリオンの家の中へとお邪魔する。
広い家だ。片付いているというより、殺風景で生活感があまりない。
リオンに通されたリビングも家具は最小限でやや古びた印象だった。
「前に住んでいた人が置いて行った家具なので古いですが、突然壊れたりはしないのです。安心してください」
塗装が剥げているその椅子はリオンが言う通り、古びてはいるものの丈夫でぐらつく事もなかった。
リオンが机の上に見覚えのある尻尾を置く。スロラピオの尻尾だ。
「この尻尾もそうなのですが、全体的に素材の状態が良いのです。良すぎるほどに」
リオンによれば、魔物の素材を魔法具に使用する場合、魔力が蓄積されている状態で加工した方が魔法具の性能が上がるという。
僕たちが持ってきた魔物の素材はどれも魔法を使わせずに倒したとしか思えない状態で、特にスロラピオのような身体強化で身体を維持している魔物は休憩しているところを遠距離から仕留める他に最高品質の素材にはならない。スロラピオは勘も鋭く、地面の揺れを感知するため不意打ちで殺すのはまず無理らしい。
この尻尾の持ち主はサラが二重強化状態で投石して頭を粉砕したから、不意打ちで即死してるんだよね。
「沼地で黄昏ていたのを見つけて、投石で頭を粉砕しました」
「身体強化をしても投石ごときで粉砕されるほどスロラピオの頭は柔らかくないはずなのですが」
「コツがあるんですよ。教えませんけど」
リオンは残念そうな顔でスロラピオの尻尾を弄ぶ。
「そうなのですか。こんな高品質の素材を頂いてしまった以上、半端なものは作れませんし、しばらく時間を頂きたのですが」
「どれくらいかかりますか?」
「種類によるので、サンプルを見てください」
リオンが持ってきてくれたサンプルの説明を受けて、石の壁を作り出す腕輪のような魔法具を注文する。
「六日もあれば形になると思うのですが、威力の調整などを考えると少しずれ込む可能性も……。お二人は宿に泊まってるのでしょう?」
「えぇ、今は宿に泊まっています」
「宿代も馬鹿にならないでしょうし、完成するまで泊まっていかれてはどうですか?」
部屋も余っていますし、とリオンが天井を指差す。
確かに、この大きな家ならば部屋も余っていそうだとは思うけど、今まで誰にも姿を見せなかった魔法具製作者リオンがどういう風の吹き回しだろう。
「何か企んでいますか?」
正直に答えるとは欠片も思わないけれど、表情から察する事もあるだろうと直接訊ねてみる。
リオンは苦笑気味に窓の外の庭へ目をやる。
「企むというか、玄関がノックされるのは心臓に悪いのですよ。あれだけの数の罠を平然と抜けてくるお二人が、もしも仲間を引き連れて来たら。そうでなくても、ゴロツキに捕まって利用でもされたらと気が気じゃないのです」
「なるほど」
とても真っ当な理由だった。確かに、せっかく引き籠っているのに、その牙城をあっさりと崩す奴を野放しにするのが怖いのは分かる。
「ちなみに、お風呂もあるのでそこらの宿よりはよほど快適に過ごせますよ」
「御厄介になります」
お風呂と聞いたら断れないよ。
「サラもいい?」
「私はコウ様と一緒であればどこでも」
「じゃあ、そういう事で」




