第一話 疎まれる魔力
怪しい女はオルガータ帝国の皇女カティアレンと名乗った。高慢女を略して高女の方がお似合いだと思う。
カティアレン曰く、魔物とやらは人間を殺害するように命じられた人造の魔法生物らしい。迫害されていたカルト教団が錬金術の秘術で生み出したとか。迷惑な話だ。
カルト教団は二十年前に全滅したものの、魔物を生み出す施設は自動で稼働中らしく、未だ魔物は生み出され続けている。各地で繁殖し、人造という事もあってか中途半端な知恵まで持っているため群れを成すと一個軍隊でも苦戦する。それどころか、最近では魔物側が戦いの中で集団戦術を学び取っている。
そこで、オルガータ帝国はこの世界の人間からは考えられないほどの魔力量を有する勇者の召喚を決定。僕たちが呼ばれたとの事。迷惑だよ、滅びればいいのに。
最悪だ。最低だ。よりにもよってなんでこのタイミングなんだ。
クラスのケダモノ共はカティアレンの話を聞いて僕に殺意を向けている。僕がこの世界で死ねば現実世界でケダモノ連中がやっていたいじめは証拠と共にきれいさっぱり消えるのだ。身勝手さと横暴さでこの世界の連中とタメを張るケダモノ共が乗り気になるのも当然と言えた。
それでも実力行使に出ていないのは、殺人を忌避する倫理観が残っているからなのか。それとも、状況が不透明な今、内部で分裂してオルガータ帝国側につけいれられるのを恐れたからか。
桃木なんかは短慮で感情直結型の行動派だからすぐに動くかと思ったけど、予想に反して大人しい。単純に僕を殺すことで得られるメリットに気付いてないだけかもしれないけど。
「勇者様方の力をもってすれば魔物など容易く滅ぼす事が出来ましょう。我ら人類の未来は約束されました。本当にありがとうございます!」
道具を見る目でよく言うよ。
ただ、僕たちが戦力になるのは本当なのだろう。カティアレンの周囲を固めている騎士たちはいつでも剣を抜けるように柄に手を掛けているし、僕たちとの間には必ず一定の空間を開けている。帝室に連なる者を護衛している現役の騎士様が見た目も明らかに素人で実際に素人の僕達を警戒するのは、潜在能力だけで戦闘が可能だからなのだと思う。
「勇者の力ってさっきから言ってるけどさー。具体的に何なわけ? まるで話が見えてこないんですけど。どんな力があんの?」
桃木のオトモダチ、品原がカティアレンの背中に問いかける。
振り返ったカティアレンは微動だにしない笑顔で説明した。
「過去の勇者様方はそれぞれ、一般的な魔法使いの百倍以上の保有魔力があったり、動体視力、反射神経を含めた運動能力が騎士数十人を相手取れるほどであったり、稀に治癒魔法や魔眼を用いる方もいらっしゃったとか。これから皆様をお連れする場所で皆様の適性を検査いたします」
「魔法きたー。ベタすぎテンプレートだわー」
「とか言ってテンションあがってんじゃん」
斜に構えた様に言いながら口元がにやけている田宿を彼の友達が肘でつつく。
しかし、魔法は嫌だな。どんなものか分からないけど、飛び道具の類や証拠が残らないタイプだとここにいるケダモノ共に殺されるリスクが高まる。
「剣術や魔法学も一通りの事は学んでいただけるよう、環境を整えてございます。ご安心ください」
お前らが手を焼いている生き物と命がけで戦ってこいって言われている時点で安心できないよ。お前らが戦え。それで死ね。
大嫌いだ。この手の他力本願な生き物。他者に迷惑かける前に絶滅するか、自分で立ち向かえるように進化しろよ。去年の自分を鏡で見せられているみたいで反吐が出る。
通されたのは殺風景な大部屋だった。城で働く下男たちの食堂から椅子や机を運び出しただけの場所だ。すぐそばに配膳台があるし、まさか皇帝や皇女がこんな床の汚い場所で食事はしないだろう。
カティアレンが鼻を手で覆う。僕たちの視線に気付くと笑みを隠すためにした仕草だと強調するように笑って見せた。笑顔の種類が一つしかない。愛想笑いにバリエーションを求めるのは間違っているのだろうか。
「あちらの水晶玉に一人ずつ触れてくださいませ。中の精霊が示す反応で皆様の特性が分かります」
「精霊?」
「……そこから説明しなければなりませんか?」
「日本にいなかったし」
「そうでしたか」
憐れむような目で僕たちを一瞥したカティアレンがとにかく一人ずつ水晶玉に触るようにと指示を出してから説明を始める。
「精霊は大気中に漂う微細な生物です。魔力を食べ、その魔力に乗せられた意思を実現し、魔法の補助を行う性質を持っております。彼らがいなくては魔法が使えないのです」
「魔法を発動するための触媒みたいなものか」
大飯田が自分なりの解釈をして納得する。周りにいた連中も理解が及んだようで各々反応を見せた。
大飯田が水晶玉に触れてまばゆいばかりに光らせながら、カティアレンに問いかける。
「ってことは、魔力そのものは量以外で魔法に影響を与えないって事?」
「いえ、魔力の質にも個人差があります。精霊が好んで食す魔力や意思が乗りやすい魔力、効率良く魔法へ昇華する魔力などですね」
「その辺の質もこの水晶玉で測れる?」
「えぇ、測れます。あなたの特性としては魔力総量が多く、その質は魔法へ昇華しやすいもののようです」
続いて戸江原が水晶玉に触ると、コマのように回転し始めた。これは運動能力の異常な高さを示しているらしい。体内に魔力を循環させる事で人も容易く投げ飛ばせるようになるとの事だった。
魔力を循環させる方法とやらもカティアレンが説明してくれたけど、戸江原は勝手が分からないのか首を傾げるばかりだった。
試しに何人かが魔力を循環させようと試みている。大飯田や桃木は成功して、指先に光を灯していた。
「かなりしっかりと想像しないと反応しないな。魔力を減らされている感覚はあるから精霊とか言うのに食べられてはいるんだけど」
「これって餌付けできるのかな」
「つっても姿が見えないじゃん」
簡単な魔法らしいけど、学ぶまでもなく実践してみせた大飯田たちをカティアレンが褒めている。警戒しているのか、今までよりも少し距離を空けていた。
ふとした瞬間に僕を睨む大飯田たち魔法成功組でも、実力行使で僕を殺すつもりはまだないらしい。戸江原が耳打ちしていたから、その関係だろう。
そうこうしている内に僕が水晶玉に触れる番がやってきた。あのケダモノ連中に手の内を見せる事に抵抗があるものの、自分すら手の内を知らないままでは話にならない。
魔力とやらの感覚も水晶玉に触れないと分からないらしいから、やってみるしかないだろう。
人の頭くらいありそうな水晶玉の前に立つ。クリスタルスカルでも作れそうな大きさだ。
どんな反応があるのか。覚悟を決めつつ燐光を放っている水晶玉に触れてみる。
意外と冷たくはないんだな、と思ったのも束の間だった。
何か、おそらくは魔力だろう物が抜き取られる感覚がした瞬間、水晶玉から燐光が失われた。
「――え?」
カティアレンが初めて人間らしい表情を見せた。
今までなかった反応なのは間違いない。ただ、この反応は予想外だった。
「精霊に疎まれた……?」
困惑したような顔でカティアレンが呟き、水晶玉の隣にいた管理者らしき赤茶色のローブの男を見る。
「カレアラム、報告なさい」
鋭い声でカティアレンが命じる。なるほど、皇女というのは嘘ではないらしい。知らず背筋が伸びそうな覇気のある声だった。
しかし、カレアラムというらしいローブの男は蒼白な顔で僕を見つめるばかり。
「カレアラム! 第二魔法師団副長として正確かつ迅速に報告なさい」
焦れたカティアレンが続けて命じると、カレアラムはようやく我に返った様子で背筋を伸ばし、カティアレンに頭を下げた。
「こ、この者の魔力はその質が原因で精霊に疎んじられ、避けられている模様です」
「やはり……」
カティアレンが呟く。ただ、そこには焦りらしいものがない。
なんでだろう。この魔力が精霊に避けられるのなら、使い方次第でかなりえげつない事が出来そうなのに。魔法の事を良く知らない僕でさえ、三つくらいは即座に思いつく。
僕はローブの男を見る。第二魔法師団副長といったか。どれくらいの地位にあるのかは分からないけど、この人は正確に僕の魔力の危険性を認識しているようだった。
しかし、ケダモノ達の中には理解が及んでいない者も多いらしい。
「精霊に避けられるって、杉原って精霊にまで嫌われてんの?」
「悲惨だわぁ。無力じゃん。教室で調子乗ってたのにかわいそー」
「魔法使えないって事でしょ? この世界の一般人以下なんじゃね?」
ケダモノ達がくすくすと陰口を叩く。心証を下げないようにカティアレン達には聞こえないようにしている。
しかし、僕の危険性に気付いた戸江原や大飯田がカティアレンを見た。御注進して対策を講じてもらおうとしたのだろうけど、カティアレンは戸江原たちの真剣な眼差しの意味を勘違いし、先手を打った。
「ご安心ください。たとえ無力といえども、勇者様のおひとりである以上見捨てる事はございません」
せっかく得られた僕以外の強力な勇者からの支持を得ようとしたのだろう。
出鼻を挫かれた大飯田たちが口を閉ざす。僕も勇者の中に数えて味方面をしたカティアレンの立ち位置がいまいち分からず、ここで僕の危険性を訴えればどうなるか、咄嗟の判断が出来なかったのだろう。
さっきは戦う意思のない勇者は城から退去させて保証もしないと言っていたくせに、舌も乾かぬうちに手の平返しだ。千切れ飛ぶんじゃないの? 千切れ飛べばいいんじゃないの? 痛い手、痛い手、飛んで行け。
戸江原たちにとっての最悪の状況は、僕に手出しができなくなる事だ。隙を見て、オルガータ帝国の心証を悪くしないように僕を亡き者にしなくてはいけない以上、たとえ監視役であれ僕のそばに何者かが付くのは避けたいという打算もある。
中途半端に回る頭が仇になった形だ。
カティアレンは勘違いしたまま、僕に近付いてくる。無力だと思っているからこそだろう。
まぁ、攻撃を加える気なんて毛頭ない。僕は大人しく頭を下げて謝意を示す。
「ありがとうございます。無力な僕ですが、この世界の人類のために、何より同じ勇者である皆のために後方支援に従事したいと思います」
「まぁ、やはりその気高い心は勇者様ですね」
心にもない自分の言葉に嘔吐しそうになっているとも知らず、カティアレンは作り笑いで僕に声をかけて、背を向ける。
戸江原たちは僕の言葉を疑っているようだ。人類のためとか勇者のためとかは疑う余地もなく嘘だと分かっているだろうから、疑っているのは無力な僕というフレーズだろう。
ちゃんと自分の魔力の特性と扱い方は理解している。実践していないからまだ可能かは分からないけど。
「みなさんを宿舎へご案内します。この城は大人数を泊めるほど部屋が余っていませんので」
カティアレンが手を叩くと、護衛とは別の騎士たちがぞろぞろと現れた。その後ろからはローブの集団が現れる。
「身体能力に適正のある方は騎士宿舎へ、魔法能力に適正のある方は魔法師宿舎へそれぞれご案内いたします。えっと、そちらの方はどうしましょう」
どちらにも適性がないと思い込んでいるカティアレンが僕を見て困ったような顔をする。わずかに浮かんだ面倒くさそうな表情は見ないふりをして、僕は口を開いた。
「後方支援を担当する部署がありましたら、お世話になりたいと考えています。雑用でも構いません。戦えない分、皆の役に少しでも立ちたいんです」
「……媚びてるよ」
「必死過ぎキモい……」
陰口を叩いているケダモノは捨て置いて、こいつらと一緒の宿舎とかぞっとする。
というか、さっさと逃げ出したいくらいだ。でも、この世界の知識が一切ない今の段階で逃亡なんてしたら野たれ死ぬ。魔物の群れに蹂躙されて僕たちを召喚したくらいだし、外は難民で溢れていたり、食い詰めた犯罪者が屯していてもおかしくない。
だから別の兵舎に行きたい。後方担当、できれば食料なんかを前線に届ける計画を立てるような部署にもぐりこんで地理情報や各地の戦況を知りたい。
一人で生き残るのに必要なのは情報と忍耐、何よりも能動的に危険に向き合う冷静さだ。
何も知らなければ付けこむ隙を見つけられない。忍耐がなくては証拠を集めきれない。消極的に危険から逃げ惑っていればイジメをするような人でなしの犯罪者を喜ばせるだけだ。
今までいた世界と同じだ。ただ振り出しに戻っただけ。でも、もういじめられるだけの僕じゃない。その分だけ、今の状況は改善されている。
そうだ、目標を決めないと。
明確な勝敗条件を決めないと。いや、一度落ち着いてからにするべきか。
「なんと健気な勇気でしょう」
ことさらに感動したとばかりの笑顔を作ったカティアレンが続ける。
「では、あなたには一足先に前線へ赴き、魔物を直に見てお仲間の勇者様にお伝えする役割をお願いします」
……この高慢女。
「偵察任務ですね。分かりました。頑張ります」
何も気付いていない振りで言葉を返す。
「気負わなくても大丈夫ですよ。一人では危険ですもの。カレアラム、こちらの勇者様と共に前線への偵察をお願いします。危険な任務ですが、必ず帰ってくるのですよ」
「は、必ずやり遂げてみせましょう」
カレアラムがカティアレンの命令の真意に気付いて即座に応じた。
完全に嵌められた。この高慢女、僕の魔力の危険性に気付いている。
その上で、諸刃の剣を処分するつもりだ。
僕とケダモノ連中の間にある確執にもおそらく気付いている。イジメを見てみぬ振りをしていた連中が態度を明確にしていないのを見て、慎重に僕を排除しにかかっているのだ。
そりゃあそうだ。都合が悪いからって僕を理由もなしに排除すれば、用済みになった時の自分達を想像した勇者が反乱を起こす可能性もあるんだから。
「勇者様方、どうか、世界と我々人類をお救いください」
最後にそう言って退室していくカティアレンは最後まで作り笑いを浮かべていた。
「勇者様、さっそく準備をして前線に向かいましょう」
逃がす気はないというように、カレアラムが僕の前に立った。
今年もお世話になりました。