相反アイデンテティ
私の名前は反町 健吾
因みに反町が名字で健吾が名前である。
今日は私の話をしよう
私はごく普通のサラリーマンである。
本当に普通である。これと言って突出した才能があるわけではなく、これといって劣るものもない。
中の中。平々凡々。汎用。こんな言葉がお似合いの人間は私以外にはいないという意味では傑出しているのかもしれない。
人間は無いものねだりをする人間である。
髪質がストレートな人間はパーマをかけ、天然パーマの人間はわざわざストレートパーマをかける。風雲児と呼ばれる人間は普通の感性を持つ人間だったらいいのにと願い、平凡な人間は才能のある人間を羨む。なんともくだらないことだ。
ある人は人間みんな違ってみんないいなんて言うかもしれない。しかし、そう誰もが寛容になれる訳ではない。
私にとって平凡とはコンプレックスであった。
誰とでも打ち解けて話せる社交的な人間、何事も俯瞰して冷静沈着に物事を判断できるリーダー、人が困っているとほっとけないお人好し。
そんな優れた人間の才能に嫉妬させられる。
そんな自分が嫌いだ。大嫌いだ。
だからこそ俺は一人が好きだ。
誰とも比べることもないし、いらいらさせられることもない。
俺にとって家で一人でまったり過ごすのが至福の時間である。
あと一時間
あと30分、、、
あと20分
俺は心の中でカウントダウンしながら勤務終了時間を今か今かと待つ。
あと10分
あと1分
やっと仕事が終わる。
今日も疲れた。
今日は寿司にしよう。
駅前でサーモン盛りを買って、家で借りてた映画でもみることにしよう。
ビールでも片手に。
そんなことを考えていた、その時だった
「アンタ!」
そんな声が聞こえた
「ねえ、ちゃんと聞いてんの?」
「は?俺?」
おれは不意をつかれて、そう答える
「返事もらってないのアンタだけじゃない!なに言ってんの?」
俺はお前にアンタ呼ばわりされる筋合いはない。
心のなかでイラっとしたが、ぐっとこらえて答える。
「何か、用?」
「本当に何も聞いてないの?
これだから、あんたはダメなのよ!」
お前は、俺の何を知ってるんだ。そう言いたくなる。
てか、こいつ誰だ?
ネームプレートを見ると、、、
「...相田翔子」
「は?何わたしの名前呼び捨ててくれてんの?きもいからやめてくんない?」
つい読み上げてしまった。
相田翔子。容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、抜群のコミュニケーション能力でビジネスカーストの最上位に君臨する会社の女王である。ただ、性格に難があり、その奇抜な服装と天真爛漫な振る舞いで一部の人からは恐れられている。
俺もこいつは苦手だ。てか、嫌いだ。
だからいつもこいつとは距離を置いて、いや視界に入らないよう細心の注意を払ってきた。
目あたり次第に八つ当たりを食らわすからだ。
しかし、今日はどうやら捕まってしまったらしい
「何ぼーっとしてんのよ!」
ついつい考え事をしていると、そう怒られてしまった。
「ごめん、何か用、、、かな?」
「さっきから、言ってるじゃない!
大倉が体調不良で休んでるから、今日終わんなかった仕事を残業して終わらせてって!」
は?冗談じゃない!
「俺じゃなくて、他のやつに頼めよ」
「頼んだわよ!
でも皆今日は忙しいって断ったのよ。だからアンタに声かけてんじゃない!
じゃなかったら、アンタみたいなクズに私は声かけないわよ!」
ひどい言いぐさだ。
俺もお前と話すなんてごめんだ。
「やだね、俺も今日忙しいんだよ」
「ふーん、アンタいつもそう言って残業断ってるそうじゃない。
一体なんの用事があって忙しいのか言ってみなさいよ!」
うぐっ。考えてなかった。。。
「。。。。金魚の餌やりだよ」
しまった。
完全にアホな言い訳になってしまった。
もちろん相田も納得してくれることなく
「アホね。
用事もないなら残業決定ね。
部長のデスクにある資料、全部まとめときなさい!」
そう言うと、彼女はそそくさと部屋を出て行った。
なんてこった。俺の至福の時間が、、、この為に生きていると言ってもいいこの時間が、仕事なんかに奪われてしまうなんて。
もし、俺が過労で明日死んだら、絶対彼女を許さない。
くそぉ!!
ついに17時になり、同僚たちは荷物をまとめて退社していく。
本当なら、寿司を食って、映画見て、オンラインゲームに興じれた、この時間が奪われていく。
あー最悪だ。
心の中で、声にならないうめきと慟哭が渦巻いていく。
そんな暗い気持ちと戦いながら、俺は部長のデスクへと資料を取りに向かう。
50センチはあろうかという巨大な資料の山だ。
これを分類して、ファイリングしなけりゃならない。
今日中に終わるんだろうか。
いや、考えないようにしよう。
それから、俺は黙々と退屈な仕事を続けていった。
外は真っ暗になり、会社には人気が全く無くなった。
「はー」
俺のつくため息が、部屋中に響く。
それほど閑静なのだ。
「ため息つくのやめてくんない?
私の幸せまで逃げていくじゃない。」
「は?おまえ、、なんでここにいるんだよ!」
俺の目の前にいたのは相田だった。
「あんたに、お前呼ばわりされる筋合いないし」
いや、俺はお前にアンタ呼ばわりされる筋合いがないんだが
「残業頼んだ手前、私が帰るわけないでしょ。」
「てっきり、俺に仕事押し付けて帰ったのかと思ってた」
「アンタ、私が、そんなに性格悪い女に見える訳?」
うん、そうにしか見えなかった。
「まあ、いいわ。ちゃっちゃと片付けちゃいましょ
いつまでも、アンタと同じ空気吸ってると病気になりそうだわ」
いつも、一言多いやつだ。
俺は、黙々と仕事をしていった。
彼女も特に喋るわけでもなく、静かな時間が過ぎていった。
1時間くらい過ぎた頃だったか
「あーーー疲れた。
てか、飽きた。」
耳を疑うような言葉が出てきた。
「ねえ、腹減ったからアンタなんか買ってきなさいよ。
私、牛丼でいいわ」
強引なやつだ。こいつの口調は命令形。
返答に選択肢などない。強制なのだ。
「吉田屋でいいか?」
「いいわよ。紅生姜は抜いてね」
俺は、上着を羽織り、会社を後にする。
まったく、最悪な1日だ。
残業ってだけでも最悪だが、性悪女と一緒だというのが、もっと最悪だ。
空気が悪い。
そういう意味では、夕食を買いに行くこの時間は良い気分転換かもしれない。
俺は、大きく背伸びをしながらいそいそと歩いていく。
「おはよう」
俺はその声で目が覚めた。
うーん。。。。
妙に眩しい。
俺は、重い瞼をゆっくりと開ける
「おはよう。健吾くん。」
「は?、、、相田?」