プロローグ 無限の闇に呪われし者
深夜0時。
夜空は黒の炎を焚いていた。
静寂に包まれた海辺の小屋に、園窪伊予次が戻ってきた。
ボサボサの頭と無精髭が汚らしい、冴えない風貌の中年男である。
園窪は、そのポツンと建てられた小屋を住居にしている。元々はボートハウスだが、現在は使用されておらず、所有者の計らいで住まわせてもらっている。
稼ぎの少ない園窪にとって、家賃が要らないという、とても有り難い住居だ。
「今日も唯一の楽しみに入るとするか」
ボソッとつぶやき、園窪は右手の買い物袋にチラッと視線をやった。
彼は工事現場での肉体労働を終え、コンビニで缶ビールとつまみを買って帰還したところである。
園窪は、小屋の扉を開けようとした。
その時。
突如、眼前の風景がグニャリと曲がった。
園窪は目を凝らす。
刹那、月下の黒を割り、何者かが出現した。
「ひっ」
見知らぬ来訪者を直視し、園窪は小さな悲鳴を発した。
思わず買い物袋を落とし、タタッと後ずさりをする。
その様子を、来訪者は腕組みで見据えている。
「園窪伊予次、お前は地獄に落ちるべき人間だ」
相手の低い男声が、張り詰めた空気に絡み付いた。
「な、何っ?」
園窪は戸惑いを見せた。
「今すぐ、死んでもらおう」
相手は緩い潮風を頬に受けながら、冷たく凍った言葉を口にした。
「ふ、ふざけやがって。だ、誰だ」
動揺しつつも、園窪は精一杯の強がりを見せた。
相手が自分より遥かに大きいため、彼は見上げて口を尖らせた。
園窪が生じさせた怒気は、しかし喧騒に変わることもなく消滅した。
言葉を言い終わるか終わらないかのタイミングで、心臓に致命傷の打撃を受けたからだ。
謎の来訪者が、無慈悲な拳を食らわせたのである。
その一撃で、園窪の人生は終わりを迎えた。
遺言を残すことも無く、彼は逝った。
さざ波の音が、小さく聞こえてくる。
砂上に倒れ込んだ園窪の死体を、来訪者は見下ろした。
その姿を、嘆きの月光が照らし出す。
青い鱗に覆われた殺人者の顔には、何の表情も無かった。