7話
(水の1・土の4・土の5・水の7・水のリバース・土のドロー2・ワイルド……うわぁ……)
ナルの手札には水土しかない。ワイルドが入っているのはありがたいが、かなり偏った手札であることは間違いなかった。
最悪、1ターン目からワイルドを消費することになるかもしれない。そんなことを危惧しながら、ナルはマスィが山札の1番上にあるカードがめくられるのを見ていた。
「最初は……水の9だねー」
「水のリバースです」
ナルは迷うこと無く、1枚目のカードを場に送り出す。
2人対戦のMANAでは、リバースを出し惜しみすることに意味はない。リバースカードは上がるときの邪魔になるだけであり、早々と処理すべきカードでしかなかった。
「うんうん。1枚引かせてよー」
「それじゃあ、こちらは水の1です」
「1枚引かせてー」
(相手の手札も相当偏っているんですかね……)
マスィは、未だにカードを1枚も出していない。手札の中に水が無いのなら、この状況はナルにとってはかなり有利だといえるだろう。
問題となるのは、それが真実であるかどうかということのみである。
「水の7です」
(ですがこちらも手札がワイルドと土だけになってしまいました。相手の手札は9枚ですか……ここは速攻で行きましょう)
「もう1枚……だめだぁー」
相手がまごついている間に速攻で決めようと、ナルは手札にあるワイルドに手をかける。
「ワイルド土です」
「土ー? うーん……じゃー土のスキップ、そしてワイルドドロー4で水!」
「う……。仕方ないですね。4枚引かせていただきます」
そう言うとナルは、山札の上から4枚のカードを引き取る。
このタイミングでワイルドドロー4を出されたことに少し違和感を覚えていたが、ナル自身の手札が残り3枚ならあり得ない選択ではないと結論づけてそれ以上考えることはやめてしまう。
(さて、手順が1回飛ばされてしまいましたが、相手のワイルドドロー4を消費させましたか。場を支配する色は水……)
「私のターンだねー。1枚引かせてー」
その言葉を聞いたナルの心に、疑問が芽生える。
(あれ、水を指定したのはマスィさんですよね。なのに自分のターンでは水を出さない……わざわざ手札にない色を指定した? 何のために?)
そんな疑問を持ちながらも、ナルは先ほど引いた4枚の中から水の6を場に送り出して、相手の動きを見る。
「1枚……だめだあ、なかなか出せるカードないやー」
「こちらも1枚……水のスキップ、もう1枚……ダメですね。そちらどうぞ」
その後もお互いカードを出さないまま、交互に1枚ずつ山札から引いていく。
(く……土の0土の1土の4土の5土の5風の6炎の7風の7炎の9土のドロー2、手札が10枚にまで膨れ上がっています!)
場にあるカードは水のスキップ。祈るような気持ちで11枚目のカードを引いたナルはというと……
「炎のスキップ、そして炎の9です!」
出せるカードを引いた場合はそのまま出しても良い。そのルールにしたがって2枚のカードを場に送り込んだ。
しかし、ナルにも予想していなかった言葉が、マスィの口からは流れ出てくる。
「炎の4、水の4だよー」
「ま、待ってください! 水持ってたんならなんで……」
「知らない知らない。私だって水を持っていたなんて知らなかったよ。それより君のターンだよー」
「そ、それもそうですね……」
釈然としない気持ちを抱えながらも、ナルは手札の中から出せるカードを摘んで場へと送り出した。
「土の4です……」
「ワイルド水」
清流滾々
(また水!? この人は何がしたいの!?)
場を引き伸ばすことが目的としか思えない行動が、ナルの思考を混乱させる。
当然ながら引けるカードのないナルは、また山札から1枚のカードを引かなければならなくなった。
(風のドロー2……! く、また手札が増えていく一方です!)
ナルが手札を出せないことを確認したマスィは、当然のように山札の1番上のカードを引いて、自分の手札へと加える。
その後もお互いにカードを出さないまま、じわじわと手札だけが増えていく時間が続いた。
(13枚目……! 水のドロー2!)
ナルの手札は13枚、マスィの手札は16枚にまで膨れ上がっている。
お互いの手札が15枚近くあり、水ばかりが消費されていく。今までに経験したことのないMANAの戦いに、普段のナルの戦略は崩壊を始めていた。
(水のドロー2……出したら確実に返されるでしょう、でも私の手札には既に3枚ドロー2があることですし……)
今回は、ナルがカードの向きを弄る前にゲームが始まってしまったため、相手の手札の向きからドロー2・ワイルドドロー4の存在を知ることはできていない。
だけど、マスィは手札が16枚もあって、なおかつまだドロー2は出していない。相手がドロー2を持っている可能性は限りなく高いとナルは考え、水のドロー2を出すのに躊躇してしまう。
「出さないなら引くよー」
「だ、出します! 水のドロー2!」
「おっと。2枚引くことになっちゃったかー」
「え? あ、もう一度、土のドロー2です!」
「2枚引くねー」
(この人、ドロー2を持ってないんでしょうか……?)
疑問に思うも、マスィが答えてくれるはずもない。疑心暗鬼に陥りながらも、ナルはひとまずMANAを続ける。
「土の0です」
「水の0だよー」
ドロー2返しすらしない。ただ場の色を水にすることだけに心血を注ぐマスィのMANAに、ナルはいいようのない不気味さを覚える。
相手の正体もつかめないままに、大した意味もなくドロー2を消費してしまったナル。『還らぬドロー2』らしくもない失態であった。
時々ナルが水カードを引いてきて、それを使って同時出しで色を変えても、マスィは即座に水に戻してしまう。
順調に手札を増やし続け、お互いに手札20枚の大台へと乗っかっていた。
「マスィさん! このMANAにどういう意味があるんですか!?」
いよいよガマンが効かなくなったナルが、冷静さを欠いた状態でマスィへと怒鳴る。ナルが今までにやったどのMANAでも、ここまでひどい展開は起こらなかった。
二人対戦のMANAで、山札がなくなろうとしているのだ。一対一の戦いでは滅多に見ない光景だったが、マスィはこれが作戦通りだとでも言わんばかりに首を振り、そしてのんびりとした声でナルの声に応える。
「そろそろだねー、私の作戦の内容、教えてあげよっかー?」
「はい……?」
「うーん、生返事はいただけないなー。それと、山札が無くなるから場札をシャッフルして戻すけど、いいよねー?」
「誰のせいですか……」
ナルが呆れたような声を出すと、マスィは場札をシャッフルしてから、残り1枚となっていた山札の下に重ねる。
そして、その1枚の札を手札に加えようとしたマスィはというと。
「ちょーど出せるカードだったよ。これとこれを組み合わせて……はい、水の3炎の3土の3」
「ようやくまともな勝負になりますか。土の2、炎の2です」
「炎のリバース土のリバース水のリバースだよー、出せるカードはあるかなー?」
(あ、ありません……水も、リバースも……)
上がりの邪魔だからと、積極的にリバースを処理してきたナルの手札には、リバースが1枚も存在しない。
水については言わずもがな。マスィの手によってボロボロにされたところなのだ。
「1枚引かせてください……水の2」
(なんてタイミングの悪い水の2ですか)
現在の山札は水の割合が圧倒的に高い。ナルが水を引いてきたのも偶然という言葉では片付けられない。
しかしながら、さきほど消費したばかりの『2』がまた手札に舞い戻ってくるのは、ナルにとってはあまりいい展開とはいえなかった。もっと早く来てくれれば土2炎2水2のトリオができたと言うのに。
そんな思いとは裏腹に、マスィは上機嫌に手札の大量消費をしてくる。
「風の2風の2土の2水の2だよー」
ナルの心のなかに嫌な予感が芽生え、自らの手札を凝視する。
そこには果たして、『水』も『2』も存在しなかった。
「君、今手札20枚ちょうどでしょー? そしてドロー2を3枚、スキップを2枚、ワイルドドロー4を1枚持っている……ちがうかなー? ちがわないよねー?」
氷遠の記憶
「……まさか、私のカードを全部把握しているってことですか……!?」
「そのまさかだよー。108枚のカードから、今までに捨てられたカードと、私が持っているカードを引けば、君が持っている手札になるからねー」
考えもしていなかった相手の作戦に、開いた口が塞がらないナル。
自分が持っている手札がすべて相手にバレている。そのことがMANAプレイヤーにとってどれほどのディスアドバンテージになることだろうか。
「……なかなかとんでもない作戦を実行してくれましたね、マスィさん」
「それほどでもー。勝てないと思ったら投げてもいいよー。引き際を知るのも大事だからさー」
マスィの挑発とも勧告とも取れる発言に、ナルは臆する事なしに口先の笑みを浮かべる。
「いえ、戦いは続行です。その余裕そうな笑顔、すぐにしかめっ面へと変えて差し上げますよ」
「へぇー。いってくれるじゃんー」
108枚のカードを使い切った上で、戦いは第2ラウンドへと突入していく。
そのゴングは、ナルが山札からカードを1枚引くとともに鳴り響いた。