6話
「それじゃあ、遠慮なくいただきます」
ナルは額縁を掴んで持ち帰ろうとしたが、何かに気づいたみたいでそのことをそのまま店員のセロに向かって呟いた。
「あれ、よく考えてみれば、この額縁ってそれぞれの辺が赤・青・緑・黄に塗られていますけれど、これってMANAの炎・水・風・土と同じ配色ですね」
「ああ何だ。今更気づいたのか? その配色が特定の人の深層心理に訴えかけて、欲しいと思わせるっていわれてるんだ」
「へえ。確かにこれをひと目見たときから、手に入れたいと思ってましたけど、そんな理由があったんですね……特定の人ってどんな人ですか?」
そんなナルの疑問に対して、セロはニヤリと笑ってから意味ありげにささやく。
「そうだな。ナルちゃんとやら、この後時間はあるか?」
「え? まぁ、時間はあるといえばありますけど」
「決まりだな。私たちの組にちょっと顔を出してもらえないか? MANAを通して切磋琢磨している組なんだけどさ」
悪巧みをしているようにしか見えないセロの顔を見て、ナルの心のなかに小さな恐怖と、それを上回る好奇心が芽生えてくる。
セロは間違いなくMANAの強者であった。5度も対戦を交わしたナルには、相手に対する強い興味が生じていたのである。
(組……なんだか物騒な響きもしますが、このセロさんが所属しているということは、セロさんの強さの秘密はそこにあるんでしょうか?)
ナルは人一倍にMANAの強さを追い求めている。強くなれる手段があるのなら、それがどんなものであれ、すがってみたいという覚悟はあった。
幸いにして、ナルが追い出されたパーティはまだまだ終わるような時間ではない。ナルが急いで帰る必要はどこにもなく、むしろ帰りが遅くなる口実を見つけたということで少し浮足立った気持ちにもなっていた。
「私なんかがお邪魔しても大丈夫なんでしょうか? 人に誇れるほど強くはないんですけど……」
「実力だけじゃねえよ。戦ってみてわかった。ナルちゃんのMANAで勝ちたいって気持ちは、アタシが今までに戦ってきたやつの誰よりも強かった。ならその気持ちを育てる場を紹介してやろうっていう、アタシの粋な心配りだぜ」
「なーんか裏がありそうですけれど……わかりました。私もその組には興味があります。私のMANAがそこでどのくらい通用するのか、試させてもらってもよろしいでしょうか?」
トントン拍子に話はまとまり、セロは昼下がりにして早々と店じまいを始めてしまった。
とはいっても、唯一の商品であった額縁は既にナルの手元に渡っているのであり、店にはもう何も売るものはないのだ。店じまいをするのも当然だろう。
シートを片付け、地面に置かれていた108枚のMANAカードを回収する。そして持ち運び用の小さな椅子を持ち上げると、手持ち無沙汰にぼんやりとしていたナルに声をかけた。
「よし、それじゃあいくとするか。目的地はMANA研究所の本部だ」
それだけ言うと、バザールの道を抜けて町の外れの方へと向かう。その後ろからは、大きめの額縁を抱えたナルが早足でセロを追いかけていた。
(確かについていくとはいいましたけど、ここは……)
歩みを進めれば進めるほど、町並みがどんどんと寂れていく。
バザールの喧騒から少し歩いただけで、周りに人がほとんどいなくなってしまっていた。
周りにだれもいないことを確認した上で、セロは歩きながらナルに話しかける。
「時にナルちゃん。アンタの正体が気になるんだけれど」
「え? どういう意味でしょうか?」
「まあな、今アンタが持っている額縁に関する話なんだけれどさ」
あくまで軽々しい感じだが、先ほどMANAをやっていたときより、セロの声のトーンは真剣なものとなっていた。
ナルも、今持っている額縁にどんな秘密が隠されているのかと思い、思わず身構えてしまう。
「この額縁……ある人に欲しいと思わせるんでしたっけ。どんな人に?」
「MANAカードに強く共鳴する人だ。特にあんたはなかなかいい共鳴を見せてくれたな。MANAの必殺技を持ってるんだろう?」
話を聞いたナルは、予想もしていなかった言葉に思わず反応してしまう。
その言葉が本当であるならば、どんなによかっただろうか。MANAのせいで落ちぶれた彼女にとって、どれほどの救いになっただろうか。
しかし、真実でないことは、ナル自身が最もよくわかっているのだ。王族に生まれながらにして一切の必殺技を持たない第7王女のナルは、目を伏せてから力無げに首を横に振ることしかできない。
「持っていませんよ。いくら望んでも私の手に必殺技はやってきませんでした」
しかし、セロはそこで引き下がるようなことはしてくれなかった。
「いやいや、さっきの戦いのラストに見せてくれたあの雰囲気、まさしく必殺技だっただろ。誤魔化そうったってそうはいかんぜ?」
「そう言われても。あれはただのドロー2同時出しです。それ以上でもそれ以下でもありません」
「強情なやつだなあ。まあ、戦ってもらえばわかることもあるさ。っとそんなことを言っている間についたぞ。ここがアタシの所属する組の本部だ」
そう言われたナルが目線を上げると、組の本部というにはどこかこじんまりとした一つの建物があった。
はたから見れば普通の一軒家で、別段変わったようなところはない。一般人が住んでいそうだなというのが、ナルの率直な感想であった。
「本当にこの建物の中でMANAの切磋琢磨をしているんでしょうか?」
「アタシが言うのもなんだけど、見た目からじゃそうは見えねえよな。ま、見てみりゃわかるさ。ほら入った入った」
急かされるように建物の中へと促され、玄関の扉を開いて建物の中へと入る。
中の光景と聴こえてきた声が、ナルの半信半疑な気持ちをふっ飛ばしてくれた。
「風の2……あ、組長!? お疲れ様です!」
「風のリバース! お久しぶりですね! また手合わせしてください!」
中にいたのは、シルクのローブを身にまとったシスター、緑色の髪をしたエルフ、ナルとは1~2歳ぐらいしか変わらないであろう女の子……その他大勢の人たちが、あまりにも本気すぎる目でMANAをしている。
最速で勝利を目指す者、手札を整えてから一瞬で上がりを掴み取る人、相手を妨害してそのスキにちゃっかり上がってしまう人、様々なスタイルのMANAプレイヤーたちが、自分の強さを示さんとばかりに場にカードを送り続けていた。
「すごい……」
部屋から伝わってくる熱気が、ナルの想像を超えている。誰も彼もが負けることなど微塵も考えていないかのように、勝つために最善の手を尽くしていた。
そんなナルの顔を見て、セロは満足気に頷くと、部屋の奥の方にいる一人のMANAプレイヤーに声をかける。
「おい、マスィ。ちょっとこの子と対戦してもらえないか?」
マスィと呼ばれた女性は、ボサボサの髪をかきあげてから振り向くと、セロに向かって軽く敬礼をする。
ヨレヨレのズボンにダボついたシャツを身に着けており、丸いメガネの下には黒いクマができている。
およそ健康的な生活からは縁遠そうな格好だが、ギラギラした目線はまっすぐにナルを貫いていた。
「組チョーの頼みなら仕方ないなー。 その子は強いのー?」
「見込みはあるぞ。手加減せずにやってくれ」
おっとりとした喋り方とは裏腹に、その目からは歴戦の勝負師が携えているような誇りが伝わってくる。
この人も強力なMANAプレイヤーであることを、ナルは直感で感じ取っていた。
(セロさんの狙いはよくわかりませんが、今はこの人に勝つために全力を尽くしましょう)
ナルはマスィの前に座ると、渡されたカードの束をカットしてからマスィに返す。
そして配られた7枚のカードを開き、一介のMANAプレイヤーとして真剣勝負を始めることにした。