5話
「さて、どうするよ? 5回戦もやるのか?」
「やります」
一瞬の迷いもなく、ナルは返答をした。
(やっぱりこの人は本来の意味での必殺技なんて持っていない。あくまで普通の人……その人から1勝もできないなんて!)
ナル自身は必殺技を持っていないとはいえ王族の端くれ、幼少期にはMANAの英才教育を受けており、その辺の一般人に負けるようなことはないという自負があった。
しかし、そんな自負を店員は粉々に打ち砕いたのである。確率や必殺技などに頼らず、イカサマのみでナルを圧倒する堂々とした姿に、ナルも意固地にならざるを得なかった。
(私はMANAで勝てないからこんな生活をしている。それは認めざるを得ません)
キッとした顔つきになって、店員の目を睨み返す。
(昔の生活を取り戻したい。家族に受け入れられる強い私でありたい。そのためにはこんなところで負けてられないんです!)
そんなナルの気迫に、店員も少しだけたじろいだ。
4回も敗北しながら、それでも諦めずに勝利を得ようとする少女の姿を見て、頭をポリポリとかきながら声をかける。
「アンタみたいな負けず嫌いは久しぶりだな。この額縁がそんなに欲しいのか?」
「額縁なんてどうでもいいです。私はアナタに勝たないといけないんです」
「えー。何でそんな目の敵にされてんのかなあ……」
「アナタには関係ありません。ほら、5回戦のカードを配りましたよ」
「おっと、いつの間に」
「それじゃあ5回戦を始めましょう。最初は水のリバースです」
5回戦も進み、ナルの手札は残り3枚、店員の手札も残り3枚となっていた。
今回のナルは場札をきれいに揃えるということはしていない。最初のときと同じように、出されたカードはそのままほったらかしで、場札はゴチャゴチャと乱れている状態であった。
「1枚引かせてもらいます」
「じゃあ、風のドロー2だ」
相手の手の動きを見ながら、ナルは脳内で考えを巡らす。
(このお姉さんは派手な上がり方に執着している感じがありますね……)
1回戦目は14枚もの大量ドローをさせた上での勝利。
2~4回戦はスキップの同時出しでナルの手番を飛ばしてからの上がり。
どちらもきれいに決まるとさぞ気持ちがいいであろう勝ち方だ。大量の手札をいっぺんに消費する快感は何物にも代えがたいものがある。
(だけどそのためには、戦いを長引かせて必要なカードを集めるスキがあります。イカサマしようが必殺技を使おうが、その点は同じ)
「水のドロー2返しです」
「おっと、ここで4枚ドローかぁ」
(そのスキにつけ込みます!)
全ては1勝をもぎ取るために、そのためだけにナルはこの試合に小細工を仕掛ける。
負けっぱなしは許せない。何としてでも一矢報いなければという強い意志を胸のうちに秘めながら。
「ところでお姉さん、お姉さんはなんて名前なんですか?」
「ほ? どうした急に?」
「いえ、5回も戦っているのにお互い名前を知らないなんてのも気持ち悪いなあと思いましてね」
ナルの言葉は、半分は本当で半分は嘘だ。
自分を何度も負かしている相手の名前が気になるのは本当。あわよくばその正体と強さの理由について知りたいとも考えているのも本当。
その一方で、今の質問にはもっと短期的な目的もあった。すなわち、店員の意識を一時的にでもMANAの外へと引きずり出すという目的が。
その一瞬のスキを突くために、ナルは手札を裏返したまま自分の横に置く。
「ふーん。まあいっか。アタシの名前はセロだ」
「普段は何をされているんですか?」
「なんでこんなお見合いみたいな会話になってんだよ。普段? そのへんぶらついているよ。運が良ければ会えるかもな」
会話を交わしながら、ナルは今まで手を付けていなかった場札の整頓に着手する。
出されっぱなしの状態だった場札をきれいに重ねながら、ナルは店員の意識をそらすための質問を続けていた。
「その辺ぶらついて生きてるってことはないでしょう。何か仕事とか……」
「あぁ、仕事っぽい仕事はしてないんだ。まあ金はあるし、今んところは不自由もしてないな」
「質問に答えてもらったのにより謎が深まりましたね」
「まあな、ミステリアスな女性も悪くないだろ?」
「ミステリアス……? いえ、なんでもないです」
ケラケラ笑いながら質問に答えてくれる店員のセロに対して、表情や目線などの観察を怠らない。
ナルも楽しそうな様子を演出してこそはいるが、その裏では虎視眈々と小細工を仕掛けるタイミングを見計らっていた。
「ところでさ、お嬢ちゃんはなんて名前なんだ? こっちだけ名前が知られているってのも不公平だろう」
「それもそうですね。私の名前はナル……」
店員セロの気は緩んでいる。そう結論づけたナルは、小細工を仕掛ける大きなスキを作るために、とっておきの情報を口にした。
「セオーリ王国の第7王女……」
セロの顔に浮かんだのは疑問の色、僅かに驚愕したような表情も見せてくれた。
そこにできた決定的なスキを見逃さずに、ナルは場札の整頓を終わらせる。
「と言ってみたいお年頃です」
冗談めかして朗らかに自己紹介を終えたナルに対して、セロは安堵のため息を吐いた。
「お、おぉ。言っている意味はサッパリわからんが、心臓に悪いぜ。マジもんの王女様をMANAでボコボコにしたとか、どんな制裁が来るかわかったもんじゃねえし」
「それはすみません、時に水の9です」
「お、それじゃあ……」
ナルの言葉をただの冗談として受け取ったセロは、MANAの続きをするために場札と手札を交互に見つめる。
そんな時に、往来を行き交う人混みの中から一人の貴婦人が現れて、店員であるセロに声をかけた。
「ごめん遊ばせ。あそこにおいてある額縁は貴方が売ってくださるのかしら?」
「あ、ちょっと待ってなアネさん。すぐに終わらせるから」
その言葉を聞いたナルの心がざわつく。
思い出したのは先ほどの戦いのことだ。ナルが声をかけた直後に、セロは客であったおばさんから一瞬にして勝利を奪ってしまった。
先ほどのおばさんの立ち位置には、今はナルが座っている。そして今のセロの目は先ほどのような優しいものではない。
「なかなか楽しかったけれど、そろそろ終わりにさせてもらうぜ」
黄泉帰り
「水のスキップ……ん?」
水のスキップを出すと同時に、風の1 炎の3 土のドロー2を場札のカードとすり替える。
しかし、セロが場札から回収してきたのは、炎の2 炎の7 炎のリバースの3枚。
本来の標的であった炎のスキップも風のスキップも土のスキップも、一切回収できていない。
不死鳥殺し
(場札を整頓するだけじゃなくて、こっそりとカットしておきました! 目的のカードはそこにはありませんよ!)
目の前の少女が小細工を仕掛けたことに気づいたセロだったが、既に遅い。
ナルの目には逆さまのカードは映っていない。場札からすり替えてきたカードの中にドロー系カードが入っている可能性もあったが、不思議と手札の中のドロー2を出すことに何の抵抗も感じなかった。
(不思議な感覚です。世界のすべてが私にドロー2を出せと教えてくれるような……)
ナルは手札に入っていた2枚のドロー2を手に取ると、ためらいなく場札へと送り出した。
「水のドロー2、風のドロー2! MANA!」
「あああぁぁ!」
還らぬドロー2
「そして、風の1で上がりです!」
大声でカードを場へと叩きつけたナルのもとに、周囲から痛々しい目線が注がれる。
先ほどの貴婦人も、この2人に関わるのはやめておこうと思ったのか、そそくさとその場を離れていってしまう。
しかし、周囲の目線など気にはならない。圧倒的な強者であるセロから1勝を奪った喜びと充足感が、今のナルの心を埋め尽くしていた。
「か、勝ちました……よね?」
「……ああ、アンタの勝ちだ。額縁でも何でも持っていくがいいさ」