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4話

「水のスキップ風のスキップ炎のスキップ、MANA 炎の5で上がりっと」


 3度戦いを交えるも、ナルには勝てる気配すらない。

 しかしながら、何度か戦っているうちに、相手の必殺技の正体にはだんだんと勘付いているようだ。


(お姉様たちの必殺技とは違います。このヒトの必殺技は、トリックありきの偽物!)


 確率すら捻じ曲げる強者たちのMANAを見てきたナルにとっては、この店員の行動はあまりにも拍子抜けで、それでいて厄介なものであった。

 やっていることは単純なカードのすり替えである。話術や山札へ伸ばす手などで巧みにナルの意識を場札の外へと誘導し、そのスキに手札の要らないカードと場札の強力なカードを交換している。

 それはあまりにも一瞬の出来事で、瞬きをすれば見逃してしまいそうな程の早業だ。ノーヒントで気づけという方が無理がある。

 ナルが必殺技の正体を見抜いたのも、5枚目のワイルドドロー4というあり得ない現象が起きたからだ。それがなければナルはとっくにこの勝負を投げ出していることだろう。


(一瞬のすり替え、防ぐのは不可能……とでも思っているのでしょうか?)


 そう思ったナルは、4回目の戦いに向けて新たな戦略を組み立て始める。

 ドロー2とワイルドドロー4を逆さまにするイカサマは継続中だ。しかし、今はそれを活かすときではないらしい。

 店員の手札にドロー2が入っているときでも、ナルは適当にドロー2を出していた。当然ながらドロー2返しはくらってしまう。

 『還らぬドロー2』のナルらしくもない行為だが、これもまた後の決戦に向けた布石のようだ。


(やりすぎて勘付かれる訳にはいきませんからね。こちらのイカサマに気づかれてないのは大きなアドバンテージです)


「4戦目、よろしくお願いします」


「よし、500ゴールドだ」


 朝からやっているバザールで、昼下がりまで額縁が売れずに残っているということは、この店員は間違いなくMANAの強者である。

 たとえ必殺技が偽物だろうと、その実力は本物だ。そのことこそがナルにとっては重要な事であった。


「それじゃあ配りますね……」


 7枚ずつ配ったあとに、手札の中身を眺めるナル。表情にこそ出さないが、心のなかでは思わずため息を付いてしまった。


(風の4 風の5 水の6 土の9 土のリバース 土のスキップ 風のドロー2……今回はダメダメですね)


 ノーペアな上に色の偏りも酷い。ナルは4回戦を捨てることを早々に決め、相手のイカサマを防ぐ方法について考えを巡らす。

 山札からめくられた最初のカードは炎の3。それに対して店員は水の3を重ねた。


「水の6です」


 ナルは水の6を被せると、その右手で相手のイカサマを封じるべく、小細工を行う。


「……あれ? わざわざきれいに並べなくてもいいのに、お嬢ちゃん」


「あとでシャッフルする時に、この方が楽でしょう? 大した手間じゃないですよ」


 現在の場札に置かれた3枚のカードは、角を揃えてぴっちりと重ねられていた。

 今はまだ3枚しかないが、これがもし10枚、20枚と重ねられていった時には、ナルの小細工が威力を発揮することになるだろう。


(きれいに重ねた場札から、目的のカードを拾えますか? 場札を崩さずにすり替えることができますか?)


 店員も、ナルがカードをきれいに並べた目的にはおおよその当たりをつけているようだ。当然ながら、自らのすり替えが少女にバレていることもわかっている。

 だけど店員に慌てるような素振りはない。そのような小細工に意味があるのかと問うような目で、水のリバースを場に送り出した。


「土のリバースです」


「土の3」


「土のスキップ、そして土の9です」


 この時点でナルの手札は、風の4・風の5・風のドロー2。順調に減らしてこそいるが、手札の色が全て風であるというのはあまりいい状況とはいえない。

 だけどそれでいいとナルは考えている。


(4回戦の目的はあくまで相手のすり替えを封じることです。場札をキレイに整え続けなければ)


 店員に一矢報いるべく、ナルは布石をうち続ける。いつか来るチャンスに向けて入念な準備を重ね、ここぞという時に一太刀でバッサリと勝利をもぎ取るつもりのようだ。


「おっと、アタシは出せるカードがないよ。1枚引かせてくれ」


「奇遇ですね、私もです」


 ナルが引いてきたカードは炎のスキップ。相変わらず引きが悪いようだが、それは店員も同じ。

 お互いに出せるカードがないまま交互にカードを引き合うと、あっという間に手札が6枚まで膨れ上がってくる。


(これ以上手札を増やしたくないですね……)


 ナルはさらに炎の4と水の5を引いている。

 再び手番が回ってきて、出せるカードが出ることを祈りながら山札から1枚のカードをとった。


(土のスキップ……!)


 ナルの7枚目の手札として加わったのは、土のスキップであった。

 1回戦のナルであれば、普通に捨てて、その後で店員に拾われていたかもしれない。

 しかし、今のナルは店員のすり替えを見抜いている。カードをきれいに重ねておけば、すり替えて拾われることはないと踏んでいた。


「土のスキップ、炎のスキップ、炎の4に風の4です!」


 4枚のカードを一気に消費するナル。当然ながらきれいに整頓しておくことを忘れない。

 また、さり気なくカードの向きも揃えている。ドロー2やワイルドドロー4以外が逆向きになることがないように気をつけているようだ。


「風の0、水の0」


 対する店員も、ナルの生み出した流れに乗るかのようにカードを減らし始める。

 ナルの手札は水の5、風の5、風のドロー2。


(場札は『水の0』……水と風の5をペアで出しても記号カードが残るだけですし、ここは流しましょう)


「出せるカードがないですね。1枚失礼します」


 そう言ってナルは山札の1番上のカードを引く。4回戦が始まったときの手札は最悪だったが、ここまで来ると十分に勝ちも見えてきているだろう。

 さらに言えば、たった今引いてきたカードもナルの勝利を後押ししてくれそうな1枚であった。


(土の5……! いい流れです!)


 水の5・風の5のペアがトリオに化けてナルの手札に加わった。

 表情は相変わらずのポーカーフェイスを保っているが、内心では目前まで迫った勝利を今か今かと待ち構えている。



 その一瞬の気の緩みを、店員は見過ごしてくれなかった。



黄泉帰り(ゾンビソウル)



「水のスキップだ」




エルメスの跳躍(スキップ・ステップ)




「土のスキップ土のスキップ炎のスキップ 炎の6風の6で上がり!」


「な……!」


 あまりにも一瞬の出来事に、ナルの思考は置き去りにされた。

 慌てて場札を見返すと、本当によく見ないとわからないほどの微妙な乱れが発生していた。

 ナルの脳内で導き出された答えは1つ。


「いやー、4連勝悪いね! 関係ないけど、アタシぐらいのレベルになると、山札の厚さでカードの枚数がわかるもんだよ!」


(このお姉さんのすり替えを防ぐことは、不可能……!?)

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第5話 バザールでの戦い3



「さて、どうするよ? 5回戦もやるのか?」

「やります」

 一瞬の迷いもなく、ナルは返答をした。

(やっぱりこの人は本来の意味での必殺技なんて持っていない。あくまで普通の人……その人から1勝もできないなんて!)

 ナル自身は必殺技を持っていないとはいえ王族の端くれ、幼少期にはMANAの英才教育を受けており、その辺の一般人に負けるようなことはないという自負があった。
 しかし、そんな自負を店員は粉々に打ち砕いたのである。確率や必殺技などに頼らず、イカサマのみでナルを圧倒する堂々とした姿に、ナルも意固地にならざるを得なかった。

(私はMANAで勝てないからこんな生活をしている。それは認めざるを得ません)

 キッとした顔つきになって、店員の目を睨み返す。

(昔の生活を取り戻したい。家族に受け入れられる強い私でありたい。そのためにはこんなところで負けてられないんです!)

 そんなナルの気迫に、店員も少しだけたじろいだ。
 4回も敗北しながら、それでも諦めずに勝利を得ようとする少女の姿を見て、頭をポリポリとかきながら声をかける。

「アンタみたいな負けず嫌いは久しぶりだな。この額縁がそんなに欲しいのか?」

「額縁なんてどうでもいいです。私はアナタに勝たないといけないんです」

「えー。何でそんな目の敵にされてんのかなあ……」

「アナタには関係ありません。ほら、5回戦のカードを配りましたよ」

「おっと、いつの間に」

「それじゃあ5回戦を始めましょう。最初は水のリバースです」


 5回戦も進み、ナルの手札は残り3枚、店員の手札も残り3枚となっていた。
 今回のナルは場札をきれいに揃えるということはしていない。最初のときと同じように、出されたカードはそのままほったらかしで、場札はゴチャゴチャと乱れている状態であった。

「1枚引かせてもらいます」

「じゃあ、風のドロー2だ」

 相手の手の動きを見ながら、ナルは脳内で考えを巡らす。

(このお姉さんは派手な上がり方に執着している感じがありますね……)

 1回戦目は14枚もの大量ドローをさせた上での勝利。
 2~4回戦はスキップの同時出しでナルの手番を飛ばしてからの上がり。
 どちらもきれいに決まるとさぞ気持ちがいいであろう勝ち方だ。大量の手札をいっぺんに消費する快感は何物にも代えがたいものがある。

(だけどそのためには、戦いを長引かせて必要なカードを集めるスキがあります。イカサマしようが必殺技を使おうが、その点は同じ)

水のドロー2返しです」

「おっと、ここで4枚ドローかぁ」

(そのスキにつけ込みます!)

 全ては1勝をもぎ取るために、そのためだけにナルはこの試合に小細工を仕掛ける。
 負けっぱなしは許せない。何としてでも一矢報いなければという強い意志を胸のうちに秘めながら。

「ところでお姉さん、お姉さんはなんて名前なんですか?」

「ほ? どうした急に?」

「いえ、5回も戦っているのにお互い名前を知らないなんてのも気持ち悪いなあと思いましてね」

 ナルの言葉は、半分は本当で半分は嘘だ。
 自分を何度も負かしている相手の名前が気になるのは本当。あわよくばその正体と強さの理由について知りたいとも考えているのも本当。
 その一方で、今の質問にはもっと短期的な目的もあった。すなわち、店員の意識を一時的にでもMANAの外へと引きずり出すという目的が。
 その一瞬のスキを突くために、ナルは手札を裏返したまま自分の横に置く。

「ふーん。まあいっか。アタシの名前はセロだ」

「普段は何をされているんですか?」

「なんでこんなお見合いみたいな会話になってんだよ。普段? そのへんぶらついているよ。運が良ければ会えるかもな」

 会話を交わしながら、ナルは今まで手を付けていなかった場札の整頓に着手する。
 出されっぱなしの状態だった場札をきれいに重ねながら、ナルは店員の意識をそらすための質問を続けていた。

「その辺ぶらついて生きてるってことはないでしょう。何か仕事とか……」

「あぁ、仕事っぽい仕事はしてないんだ。まあ金はあるし、今んところは不自由もしてないな」

「質問に答えてもらったのにより謎が深まりましたね」

「まあな、ミステリアスな女性も悪くないだろ?」

「ミステリアス……? いえ、なんでもないです」

 ケラケラ笑いながら質問に答えてくれる店員のセロに対して、表情や目線などの観察を怠らない。
 ナルも楽しそうな様子を演出してこそはいるが、その裏では虎視眈々と小細工を仕掛けるタイミングを見計らっていた。

「ところでさ、お嬢ちゃんはなんて名前なんだ? こっちだけ名前が知られているってのも不公平だろう」

「それもそうですね。私の名前はナル……」

 店員セロの気は緩んでいる。そう結論づけたナルは、小細工を仕掛ける大きなスキを作るために、とっておきの情報を口にした。

「セオーリ王国の第7王女……」

 セロの顔に浮かんだのは疑問の色、僅かに驚愕したような表情も見せてくれた。
 そこにできた決定的なスキを見逃さずに、ナルは場札の整頓を終わらせる。

「と言ってみたいお年頃です」

 冗談めかして朗らかに自己紹介を終えたナルに対して、セロは安堵のため息を吐いた。

「お、おぉ。言っている意味はサッパリわからんが、心臓に悪いぜ。マジもんの王女様をMANAでボコボコにしたとか、どんな制裁が来るかわかったもんじゃねえし」

「それはすみません、時に水の9です」

「お、それじゃあ……」

 ナルの言葉をただの冗談として受け取ったセロは、MANAの続きをするために場札と手札を交互に見つめる。
 そんな時に、往来を行き交う人混みの中から一人の貴婦人が現れて、店員であるセロに声をかけた。

「ごめん遊ばせ。あそこにおいてある額縁は貴方が売ってくださるのかしら?」

「あ、ちょっと待ってなアネさん。すぐに終わらせるから」

 その言葉を聞いたナルの心がざわつく。
 思い出したのは先ほどの戦いのことだ。ナルが声をかけた直後に、セロは客であったおばさんから一瞬にして勝利を奪ってしまった。
 先ほどのおばさんの立ち位置には、今はナルが座っている。そして今のセロの目は先ほどのような優しいものではない。

「なかなか楽しかったけれど、そろそろ終わりにさせてもらうぜ」


ゾンビソウル
黄泉帰り



水のスキップ……ん?」

 水のスキップを出すと同時に、風の1 炎の3 土のドロー2を場札のカードとすり替える。
 しかし、セロが場札から回収してきたのは、炎の2 炎の7 炎のリバースの3枚。
 本来の標的であった炎のスキップ風のスキップ土のスキップも、一切回収できていない。


デッドオアデッド
不死鳥殺し



(場札を整頓するだけじゃなくて、こっそりとカットしておきました! 目的のカードはそこにはありませんよ!)

 目の前の少女が小細工を仕掛けたことに気づいたセロだったが、既に遅い。
 ナルの目には逆さまのカードは映っていない。場札からすり替えてきたカードの中にドロー系カードが入っている可能性もあったが、不思議と手札の中のドロー2を出すことに何の抵抗も感じなかった。

(不思議な感覚です。世界のすべてが私にドロー2を出せと教えてくれるような……)

 ナルは手札に入っていた2枚のドロー2を手に取ると、ためらいなく場札へと送り出した。

水のドロー2風のドロー2! MANA!」

「あああぁぁ!」


アンフィスバエナ
還らぬドロー2



「そして、風の1で上がりです!」

 大声でカードを場へと叩きつけたナルのもとに、周囲から痛々しい目線が注がれる。
 先ほどの貴婦人も、この2人に関わるのはやめておこうと思ったのか、そそくさとその場を離れていってしまう。
 しかし、周囲の目線など気にはならない。圧倒的な強者であるセロから1勝を奪った喜びと充足感が、今のナルの心を埋め尽くしていた。

「か、勝ちました……よね?」

「……ああ、アンタの勝ちだ。額縁でも何でも持っていくがいいさ」
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